03
少し、いや、私はかなり躊躇した。
私の家から逃げたいという妄想が、Gray-manというキャラを象って、私に命を捨てる覚悟で家を出るべきだと忠告しているようにとれたからだ。
これを真に受けるのはよくない。頭がすぐにそんな警告を出した。
こんなの、遊びにすぎない。
友達がいなくて、家族が無理解だから、遊んでいたにすぎない内容を真に受けて家を出てどうするの?
それで路金が尽きたなら、私は食いっぱぐれてそこで死ぬことになるのだ。
だったらまだここで……両親の言うことを聞いて生きていたほうが、ずっとずっと楽だし、苦しい思いなんてしなくてすむ。
私は脳の遊戯をやめるために、一度ノートパソコンを閉じた。
そして一階に降りて、カップヌードルを啜った。
路上で飢えて死ぬくらいなら、殴られながら食べるカップラーメンのほうがずっと美味しい。
そう言い聞かせながら食べたら少し涙がこぼれた。
部屋に戻ると、ノートパソコンが目に入った。
そこから視線をそらした。だってGray-manの存在を思い出すものはちょっと怖かったから。
きっと悪魔が……私のことをそそのかして死ぬように仕向けているんだ。
あれが私の知っているキャラクターのGray-manなわけがないことくらい、最初からわかっていたではないか。
私は息をついた。
それから机の前に座り、ノートを開いた。
Mary:Gray-man
Gray-man:なんでしょう。Mary
ノートでもGray-manと名乗る誰かは私に反応を返した。
ノートに書いているようでありながら、右の肩側からささやかれているような気もする。
Mary:私が本当にあなたの言うとおりにしたら、どうなるのか教えてくれるかな。
Gray-man:いいですよ
私はここで絵空事のような内容しか出てこなかったら、悪魔のそそのかしか私の空想として片付けるつもりだ。
現実的でない内容に乗じて、ここから出るわけにはいかない。
Gray-man:そうですね。あなたはまず家を出て、学校とは反対の方角、電車のある方角に向かいます。
両親が気づいたときには、探せない距離まで移動しなければなりませんから。
Gray-man:そこから北へ北へ、カナダ近くのシャロンノース州まで移動してください。
あなたは駅から降りて、エクソシストのいる修道院に向かいます。
Mary:エクソシスト!?
Gray-man:そこの神父はエクソシストです。あなたの素質を見抜いてすぐにエクソシストの訓練を開始し、宿を貸してくれるでしょう。
質問はありますか?
Mary:そのエクソシストの修道院なんてあるかないかもわからないもの、どうしろっていうの。探せっての!?
Gray-man:そんなの、Googleにでも聞いたほうが早いんじゃないですか? 今の時代便利ですから、マップを出してくれると思いますよ。印刷しておくのを忘れないでくださいね。
にわかに信じがたい会話をしたあと、私は即座に言われたとおり検索をかけた。検索単語は、「シャロンノース州 エクソシスト 修道院」だ。
本当にひっかかるわけがないと思って待っていた。
……トップに引っかかった。
本当にエクソシストの修道院が、駅からほどなく離れてないところに、ぽつんとあった。
私はその地図を印刷しながら、Gray-manに言った。
Mary:でも、でも。ここの神父さんが私のことを気に入らなかったらどうするの。私、仕事ができるほど世間を知らないのよ。
Gray-man:Mary、仮に僕が大丈夫ちゃんと気に入ってくれるよと言ったら納得して出かけるのですか?
Mary:出かけない!
Gray-man:では、Maryが出かけなかった場合の想定をしてみましょう。あなたはついぞGray-manの言うことを妄想だと片付けて、日々の日常に戻ったとします。
そして暴力的な両親のエスカレートする要望に疲れてある日……
Mary:自殺するの?
Gray-man:あなたは自殺したくないから今こうして苦難に耐えているのです。このままいくとあなたはある日、取り返しのつかない怪我を負うことになります。
もちろん治療に連れて行ってもらえるわけがありません。
あなたは家庭内暴力を隠蔽するためだけに狭いところに仕舞われてしまいます。食事も最初こそ与えてもらえますが、両親はだんだん面倒くさくなり
Mary:そんなはず
Gray-man:あなたの両親が、あなたに取り返しのない怪我を追わせたとき、病院に連れて行ってくれると思いますか?
Mary:思わない
Gray-man:あなたが助けを求めて泣き叫び続けて、世話してくれると思いますか?
Mary:思わない
Gray-man:あなたの声が聞こえないところにあなたを隠蔽したとして、ちゃんと食料を毎日
Mary:わかった。思わない。
Gray-man:リスクを犯すことがもっともリスクが小さくなります。あなたは十分にこの苦難に耐えました。次はリスクを取ることを覚えましょう。
汗が滲んだ。本当に、一度も街を出たことがない私が、別の街の見知らぬ、しかもエクソシストの修道院を目指して移動するってことになるとは。
でもここにいても同じなら、賭けたほうがいい。
若いうちに働くことを覚えたほうが、後々スムーズだ。
学歴もない、経験もない、自信もない状態はもっとも致命的なのだと今頃になって気づいた。