想い…
第六章〔想い〕
あれから一年…
あの時、ケンカした彼とは一度も連絡を取ってない…
大学生活は楽しい、サークルの仲間も、みんな優しい、合コンにも参加した、告白されたこともある。
日に日に彼の事は、頭の中から薄れていった。
と同時に、私の中にもう一つの感情が大きくなっていった。
あの日、夕日を見ながら食べた、タイヤキの味…
あれから同じようなタイヤキを見つけては、食べてみた。
でも、どのタイヤキも、あの時食べたタイヤキより美味しくなかった。
「やっぱり、お店が違うと、味も違うのかなぁ」
私は、どうしても、あの時のタイヤキが食べたくて、ネットで調べて、お店を見つけ、買いに行った。
そして…今、この場所にいる。
目の前には真っ赤になった夕日…
キラキラとオレンジ色に光る海…
金色に輝く波…
そう、去年とまったく同じ日、同じ時間、同じ場所に私は居た。
でも…食べたタイヤキの味は変わらなかった…
本当は、最初からわかってた、なぜタイヤキが美味しくないのかを…
同じ日、同じ時間、同じ場所。
でも、隣に彼が居ない。
あのオートバイの彼が…
落ち込んでた私を、元気づけてくれた彼、
一生懸命謝って、一生懸命楽しませてくれて、
オドオドしてるくせに、ちょっと生意気で可愛かった彼。
「名前ぐらい聞いておけばよかった」
私は後悔していた。
その時、遠くからオートバイの音が聞こえた。
「あっ!」
私は思わず立ち上がり、音のする方を見た。
しかし、オートバイは一度もスピードを緩める事もなく、私の目の前を通り過ぎた。
それから何台か、オートバイが通ったが、彼のオートバイではなかった。
私は鞄からハンカチを取り出した。
「あ~あ、ハンカチ洗って来たのになぁ。
タイヤキ買って来たのになぁ。
この街に住んでないのかなぁ。
どこに居るんだろうなぁ。
名前、なんていうんだろなぁ。
会いに来たのになぁ。」
独り言のようにつぶやく…
「会いたい…なぁ…」
大粒の涙がこぼれ落ちる。
「えっ…、えっ……」
彼女は彼のハンカチを顔に押し当てた。
彼のハンカチは、去年と同じ日、同じ時間、同じ 場所で、同じ涙を拭く事になった。
ちょうどその頃、街中を抜け、海に向かう一台のオートバイがあった。
「もう、なんであんなにタイヤキ屋に並んでんだよ~!」
実は、去年の暮れ「白いタイヤキ」が、テレビで取り上げられ、ちょっとしたブームになっていた。
しかも、口コミで「冷蔵庫で冷やして食べると、より美味しい」
というウワサも広まり、夏でもタイヤキを買う人が増えたのである。
「間に合うかな?」
俺はスピードを上げ、真っ赤になった空を見上げ、海へと向かった。
タイヤキ屋で並んでる途中、買うのを諦めようと思ったのだが、
「俺と彼女を繋げてくれたのは、ここのタイヤキだ。
タイヤキが無ければ意味がない。それにタイヤキがあれば、彼女に会えるかも…」
もはや「タイヤキ」が俺のお守りと化していた。
この一年、彼女の事を忘れた事はなかった。
俺は相変わらずの生活を送っていた。
深夜アニメを見ては癒され、もちろん彼女も居ない、
親友と呼べる友達も居ない。
唯一相手をしてくれる妹も、去年のあの日から一週間だけは、口を聞いてくれなかった。
まあ、今では普通に接してくれているが。
なぜ口を聞いてくれなかったかというと「タイヤキ」を買って来なかったからである。
俺は海での出来事を妹に話した。
涙もろい、笑顔のカワイイお姉さんが居たこと、
そのお姉さんを元気づけるために、タイヤキをあげたこと。
しかし、まったく信じてもらえず、
「うっそだ~、お兄ちゃんが生身の女の人とマトモに話しできるわけないじゃない。
ど~せ、アニメショップに入り浸ってたんでしょ!
せっかく、明菜ちゃんに白いタイヤキあげようと思ったのに。」
食べ物の恨みは怖い、というのはこの事をいうのであろう。
俺は毎日謝り続け、やっと一週間後に許してもらえた。
もちろん、謝りに行く時、タイヤキを持って行ったのは言うまでもない。
オートバイは街中を抜け、目の前に見慣れた海が開けた。
「もう少し…」
ハンドルを握る手にも力が入る。
海岸線に入った時、ガクンとスピードが落ちる。
大きなトラックが前を走っていたからである。
「もう!遅っいなぁ!!」
ここの道路は片側1車線、もちろん追い越し禁止。
しかし、俺は苛立っていた。
もう、ほとんど夕日は沈み、辺りは暗くなり始めていたからである。
俺は少しセンターラインを越え、対向車線を覗いてみた。
「うわっ!」
すぐにもといた車線に戻る。
大きなバスが、横を通り過ぎて行った。
「危っぶね~、ヤバい、ヤバい。事故ったら大変だ~」
一気に我に帰った俺は、冷静になり、スピードを緩めた。
「そうだよな、だいたいこんなシチュエーションの時、
目的地に着く前に、主人公が事故って死んじゃうんだよな。」
俺はトラックの後に続き、海岸線を走った。
最後のカーブを曲がった頃には、夕日は沈み、辺りは薄暗くなっていた。
駐車場にオートバイを止めたが、エンジンは駆けたままだ。
「やっぱり来てないのか…そうだよな、来てるわけないか…」
俺は一度もオートバイを降りる事もなく、その場所を離れた。
まさか、さっきすれ違ったバスに彼女が乗っていた事など、夢にも思わなかった。
彼女もまた、すれ違った事など気付くはずもない。
恋の神様は意地悪だ、
恋する二人に試練を与える。
まるで二人の絆を確かめるように…。