0005 利点と欠点
チームを組むことによるメリットというのはいくつかある。同じ組織に所属することで一体感を得られるとかそういうことではない。コミュニケーションツールとしての側面はあるものの、明確なメリットがないのならわざわざ組む必要はないだろう。
「一つ目が、フレンドリーファイアの防止だ」
ぴんと指を立てると、「へぇ……」と感心したように茜が息を漏らした。どれだけ興味がなかったのか伺える。興味がないは違うか……縁がないから諦めていたというのが正しい。
まだ中学生の女の子がずっと一人で生きていくつもりだったなんて、あまり信じたくはないが。
「フレンドリーファイア、仲間内の攻撃だな。同じチームに所属している以上、すり抜けることはないが当たっても攻撃は無効化される。除名はリーダー及び権限を与えられたメンバーにしか行えねぇから裏切りの防止にもなるだろう」
「攻撃無効っていうのは、痛み自体がないってことですかね」
「どうだろうな。HPが減らないだけって可能性もあるにはあるが……刺してみるか?」
すっと手を差し出すと、茜は「ひぅっ」っとおかしな悲鳴をあげる。期待以上のリアクションごちそうさまです。くつくつと笑っていると、見月が興味深そうに見つめてきた。
「……好きな子をいじめたくなる心理?」
「違ぇよ……」
どうしてそうなる。俺は誰でもいじりたくなるタイプの人間だ。人類みな平等。ただし、自分がいじられるのは気に食わない。なんだろうね、この気持ち。まあ、別にしつこくいじられるのが嫌だというだけで、いきなりブチ切れたりはしないが。
しかし、自分のされて嫌なことは人にしない、とかは……うーん、ちょっと守れそうにないですねぇ。人の不幸で飯がうまい! ちなみに、身内以外の人間が身内の人間をからかったら一瞬でブチ切れるよ。気が短いとよく言われる。
「す、好きとかそんな……わたしなんかじゃ雪さんには」
視線を戻すと、周りが見えていないのか、都合のいいところだけ切り取ってデレデレしてるやつがいた。
「安心しろ。それはねぇよ」
「ひどいっ!」
うわぁっと両手で顔を覆う。なにこいつ面白いんだけど。いちいちリアクションが大袈裟だ。なんか芝居でも見ているような気分になる。
「……ま、まあ、わたしも雪さんはどっちかっていうとお兄ちゃんみたいな感じですし。完全否定はちょっとグサッときましたが……うぅ」
「お兄ちゃん、ね……」
なんだかむず痒い。兄弟はいなかったのでちょっぴり嬉しさを感じてる辺り、特に。
「年上のくせに妹のことより俺優先! みたいなお兄ちゃんですね……で、いざとなると優しくしてくれそうです。……モテそうですね。いつも冷たい男の人の不意打ちな優しさに女の子はときめくらしいですよ」
「なんだよ、らしいって……」
適当な物言いだ。危うく期待しちゃうところだよ。お兄ちゃんに春が来るのはいつだろう……目の前の女性陣を見る限りでは随分と先に思える。
「前になんかの雑誌で見たんですよ。わたしは常に優しくして欲しいので、まったく理解出来ませんけど」
「地獄のようなもん食ってるもんなお前……」
あの甘ったるいじゃ足りない食べ物をばくばくと平らげるやつなら納得。そもそもこいつ、ずっと一人で苦い人生を送ってきたわけだし、そりゃあ好き好んで冷たい男に惹かれる道理もない。
「ていうか、別に冷たくねぇだろ。俺優先、は一人っ子故だろうし。生き方として間違っちゃいねぇはずだ。エゴだよエゴ、この世はどれだけエゴを押し通すかで勝ち負けが決まるんだ。博愛とかクソだね」
「うっわ……」
心なしかガチで引かれてる気がした。気のせいだろう……気のせいだ、うん。
「まあでも割とイケメンというか、中性的な小顔ですし、学生なら釣れたんじゃないですかぁ? バレンタイデーとかチョコ何個貰ってました?」
「数えてねぇよ、そんなもん……」
「うっわ、リア充ですよ、この人! うっわ、死ねばいいのに!」
「ひっど……」
びっくりしちゃったよ、急に遠慮なくなり過ぎでしょう? リア充に親でも殺されたのかよ。
ていうか、バレンタイデーとか幼馴染みに勝てた記憶ないからね。小さいときは数えてたが、近くにクソナンパ男がいたから勝てないことを悟ってどうでもよくなったわ。
「……死ねばいいのには言い過ぎでしたね。すみません」
「いや別にいいけど……んな冗談でいちいち謝るなよバカか」
「死ねばいいのに!」
「ふざけんな、ぶっ殺すぞ」
「調子乗りましたごめんなさい!」
「ぶふっ……」
一連のやり取りでくすくすと愉快そうに見守っていた女が吹き出す。俺と茜は顔を見合わせて、おそらく満足気な顔をしていただろう。見月さん結構つぼ浅いですよね。シリアスな展開でも吹いてたし。
「くふっ……くっ……ふふふ……悔しい、こんなので。……ぷっ」
どうやらハマってしまったらしい。そんなに笑われると、こっちまで自然と頬が緩んでしまう。
というか、整っていると言えばこいつの方が整ってるだろ。十人とすれ違ったら十二人が振り返っちゃうレベル。二人はどこから来たのかな?
ともあれ、見月の笑いが治まるまで数分待ち、話を戻す。この調子で脱線してたら進む気がしねぇぞ。
「二つ目は経験値の分配だな」
レベルを上げるには経験値を稼ぐ必要がある。ちなみにこれ、魔物を倒しても人を殺しても得られる。
世界革命の影響で治安自治組織や法的機関が機能していないので、あまり争いの種になるようなシステムは勘弁してもらいたのだが、管理者に抗議する手段がない以上受け入れるしかない。
死にたくなければ強くなれということだろう。管理者である女神さまの言葉を借りるならば、『殺られたら殺り返せ。最善は殺られる前に殺れ』。
「確か、経験値は相手の強さに依存するのよね」
「レベル依存だったらいいのに……」
見月の言葉の通り、倒したときに得られる経験値は相手の強さに依存する。正確には相手の経験値に左右されるらしく、レベルアップに必要な経験値というのは種族ごとに違っていて云々《うんぬん》。
要は、同じレベルのドラゴンとゴブリン、それぞれを倒したとき、ドラゴンの方が多く経験値が得られるよ、ということだ。
茜がレベル依存だったらいいのに、と言ったのは、相手のレベルによって経験値が決まるなら弱い方とだけ戦っていればいいからだろう。上げるつもりはちゃんとあるようで、少し感心してしまう。
「一人では苦戦するような魔物を連携することで短時間に多く殺せる。それも、チームを組む……というか、仲間を作るメリットだな。そこに経験値の分配が活きてくる」
経験値の分配。ちなみにこの経験値だが、通常、チームを組まずに複数で魔物を倒したときは、とどめを刺したやつのみに経験値が入る仕組みになっている。これも争いの種になりそうな仕組みだが……まあ、それはいい。
そういうなかなか共闘しずらいシステムを緩和するのが経験値分配。
「わたしたちは均等分配でやるんですかね? それとも、貢献度分配? ですか?」
空中に展開された半透明のウィンドウ弄りながら茜は首を傾げる。話を聞いて気になったのだろう。
クリスタル機能でいつでも閲覧出来るウィンドウは、例えるならゲームのメニュー画面。物の出し入れや念話はこのウィンドウからも操作出来る。
他には、チームの登録や、ステータスの確認、金銭管理、自らの行ったことのある範囲が記録された地図、あとはまあ細かいルール説明だったり、がクリスタルの主な機能だ。
「いや、調整分配だな」
「え……でもわたしとお二人とじゃレベル差が……」
分配方法は五つ。
一つ目は各自。つまりとどめを刺した人がすべての経験値を得るというソロと変わらないもの。
二つ目は均等。得た経験値を等分するという方法で、レベル制限があり、チーム内最高レベルの半分以下のプレイヤーがいる場合は使えない。つまり、50が最高なら25より下はアウト。
三つ目は貢献度。敵に与えたダメージ量を主に、サポートやタンク、様々な点を加味し、戦闘での貢献度に合った経験値が分配させれる。レベル制限はない。まあ一番文句が出にくい方法だろう。
四つ目は同調。こちらもレベル制限はない。得た経験値は当分なので、均等の上位互換にも思えるが、一番ステータスの低いプレイヤーに合わせてステータスが下がるというデメリットがある。
そして五つ目が調整。これはレベルが低いプレイヤーにより多く経験値が入るという方法だ。レベル制限はチーム内の最高レベルの三分の二以上。50を最高とした場合は、33より下がアウトとなる。
現時点で俺と見月のレベルは123。81以下がアウトになるわけだが、茜のレベルは95。予想以上に高かったので、問題なく調整分配を選択出来る。
「レベル制限はないはずだが?」
「いや、だから……それだと、わたしのレベルが追いつくまで雪さんと見月さんのレベルが上がらないじゃないですか……」
「? ……それのなにが問題なんだ?」
よく分からない。茜は言葉が出てこないのか、口を開いては閉じてを繰り返している。仕方ないので見月に顔を向けると、彼女はくすりと笑って俺の疑問に答えてくれた。
「茜は調整分配では私たちの足を引っ張ると思っているのよ」
「足を引っ張る……?」
「自分がチームに入ることで私たちの成長を阻害する。それ自体を問題にしている。多分、デメリットがあるということが嫌なのね」
なるほど……よく分からないが、一応理解は出来た。ようは考え方の違いだ。確かに、茜をチームに入れて調整分配を使った場合、俺と見月のレベルは上がらない。だから、一見、それはデメリットに見えるかもしれない。
「……よく考えてみて欲しいんだが、それ、本当にデメリットか?」
茜に視線を戻して問う。と、茜はしばらく考えて首を傾げる。伝わらなかっただろうか。
「例えば、ゴブリン一体を倒したときに得られる経験値が30だったとする。これを三人で均等に分けた場合と、一人が独占した場合とで経験値は増減するか?」
「……しません」
「そうだよな、しないよな。っつーことは、チーム内の経験値総量は上昇しているわけで、総合力は確実に強くなっているわけだ。その上、この分配方法ならレベル差が埋まるのも早い。全員が同じレベルなのと、強さにばらつきがあるのと、どちらが安全に戦えると思う?」
「全員同じ……?」
「そうだろ。人気のない場所ほど魔物は強くなる。そういう性質を利用すれば安全マージンを取ることも可能だ。誰かを庇う必要がない状態で効率よく戦うならレベルは合わせた方がいい」
個々で見るからデメリットに感じるんだ。
「つまり、お前が強くなる、ということはイコールで俺たちが強くなるってことなんだよ。納得出来たか? 納得出来たら強くなれ、一生懸命頑張れ。それはお前のためにもなるし、俺や見月のためにもなる」
俺の言葉に、茜は少しの間を空けてぐっと両手でガッツポーズをする。
「はいっ!」
「いいお返事ね」
「姉のような台詞だな……」
「こんな美人なお姉ちゃんなら大歓迎ですっ! お兄ちゃんは別にいりませんが」
「そこでどうして俺に視線を向けた。正直に言ってみろ」
「気のせいですよ〜」
あははーとわざとらしく笑う。……なんか俺に対する当たりが強くないですかね。俺が先導して仲間にしたというのに。別にいいけど。
「まあいい。チームを組むメリット、三つ目はチームのレベルによる補正だ。今回説明……っていうか確認か? 確認しておくのはこれで最後になる。他は気になったときに各自で確認してくれ。それで、このチームのレベルだが、だいたいは個人のものと同じだと思ってもらっていい」
「経験値でレベルが上がって、レベルが上がるとステータスポイントがもらえるってことですか?」
「そういうことだ」
レベルを上げるとステータスポイントというポイントが手に入る。これを各種ステータスに振り分けることで値を上げるのだが、チームに関してもおおよそ同じだ。
「正確にはチームポイントというのが手に入る。レベル上げには経験値の代わりにG、つまり金を消費する。魔物を倒し、経験値を得、ギルドから討伐報酬をもらい、余った金を使ってチームのレベルを上げる。というのが、この世界を攻略するための一日のサイクルになるだろうな」
「まあ、そのレベル上げ、バカみたいにお金を吸われる上にステータスもたいして上がらないから、本当に攻略するつもりの人しかやらないでしょうけど」
「へぇー……廃人ってやつですね」
「廃人とか言うの止めてくれる? いいじゃん、どうせ余ってんだろ、宿と武器くらいしか使い道ねぇし」
いくらなんでも廃人はないよ、泣きそう。だいたいそういう地道な積み重ねが大事なんだよ。一応、命懸けなわけだし、いくら上げても無駄ということはない。
「……なんだよ」
くすくすと笑っている茜と見月に問う。
「いえ、雪さんも拗ねたりするんだなーと」
「……拗ねてねぇし」
「ふふっ、そういうことにしておきましょうか」
「ですねー」
拗ねてないからね、本当に。勝手な判断を押しつけやがって!
「はぁ。説明は終わりだ。レベル上げに向かうぞ」
「はーい」
「ええ」
なんだか居心地の悪い空気に若干の面倒臭さを感じつつ、外へと足を向かわせる。……早く男のメンバー入んねぇかな。