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0002 紹介と勧誘


「なあ、なにそれ……食べ物?」

「やだなぁ、どこからどう見てもホットケーキじゃないですかー!」


 なんかもうこの世の終わりみたいなホットケーキだった。


 頂上では三種のアイスが溶け、シナモンと粉砂糖が雪のように降り積もり、蜂蜜とイチゴジャムが大河の如く流るる。


 外壁は厚さ二センチはありそうな生クリームと敷き詰められたアラザン。その周りとてっぺんを蜂蜜、イチゴジャムを取り込みながらドロドロと這う練乳。


 茜がフォークを入れてみれば、コーンフレークのザクっという音が響き、ココナッツパウダー、アーモンドクランチ、小豆が混ざり気色悪い色になった液体が白濁とした外壁を更に濁す。


 ホットケーキと同じ厚さがありそうなこしあんパートを見たとき、もうなんていうか目を逸らした。


 当の本人はけろりとした顔でその毒物染みたものを食べながら、練乳がメインみたいな白いココアを飲んでいるが、見ているこっちは溜まったものではない。嗅いでいるだけで気分の悪くなる匂いが漂ってくるのだ。


「ごめんなさい……少し、お手洗いに」

「俺も……」


 きょとんとする彼女を置いてお手洗いに向かい、充分に時間を空けてからテーブルへと戻る。テーブルの上にあった終末のパンケーキは綺麗さっぱり消え去っていたが、しかし、ココアが残っているせいか、甘ったるいじゃきかない匂いが充満していた。


「遅かったですね」

「でかかったわ……」


 ぶふっと練乳を吹き出した彼女はむせた後、恨めしげな目で俺を睨んでくる。


「ちょっ、やめてくださいよ! なんてこと言うんですかー!」

「悪い悪い……ちょっと仕返しをしなきゃ気が済まなかったんでつい」


 もう、と口を尖らせて彼女は練乳をすする。こっちこそ、もう、って感じなんですけど。よくそんなの飲んで生きてんなこいつ。


「とりあえず、改めて自己紹介をしようか。月の見える里で月見里やまなし月見里雪やまなし ゆきだ。歳は16。レベルは18」


 レベル、ステータス、まさしくゲームらしいそれはあの女神さまによる革命の産物だ。


『全世界で生きとし生けるものに、レベルをつける。能力を数値化するということだ。これは、努力すれば努力するほど上昇する。魔物を倒せば経験値が入る。当然、極めれば既存の銃弾を跳ね返したり、避けるくらいのことは造作もなくなるだろう。妾は努力は報われるべきであると思う。精進せよ』


 これに関しては正直、感謝している。努力がイコールで強さになるのなら、可能性は誰にでもあるということだ。


 俺が自己紹介を終えると、隣の黒髪の女が口を開く。


「見るに月で見月みつきよ。同じく、16歳。レベルも16」

「……性は?」


 不思議に思って訊ねると、見月は小さく首を振る。


「ない……いえ、言いたくないの。でも、そうね……雪里ゆきさととでも名乗っておこうかしら」

「いや、そんなペアルックじゃねぇんだから……」


 月見里雪と雪里見月って……姿を見ただけじゃわからない分、むしろペアルックを着るより恥ずかしい。まあ、別にこいつがそれでいいのなら、どうこう言うつもりはないが。


「着る? ペアルック」

「着ねぇよ。どうしてそこで提案しようと思った」

「楽しそうじゃない」

「周りの人間がな」


 ああいうのは、名前も知らないすれ違っただけのカップルを友達とバカにするのが楽しいのであって、当事者にはなりたくない。似ている服装ならまだしも。


「それで? お前は?」

「あっ、はい!」


 俺たちが会話を始めてしまったためか、所在なさげに視線を迷わせていた茶髪の少女に話を振ると、彼女は快活な笑みを浮かべて自己紹介を始める。


如月茜きさらぎ あかね、14歳です! レベルは……9、です」


 俺たちのレベルが十代後半だったからか、茜は小さな声でレベルを告げる。


「そんな下を向くほどのことじゃねぇだろ。あの大群がなけりゃ俺も13とかその程度だったろうし」

「ご、ごめんなさい……」


 なんでそこで謝る。と思いつつ、隣の見月へと視線をずらす。俺はレベルが上がった理由があるが、こいつはどういうことだろう。視線に気付いた見月は俺の疑問を察してその理由を述べた。


「私もよ。あのあと結局また追われて、この子を逃して殲滅したのよ。雪が戦った数よりは少なかったけれど」

「殲滅とか言うなよ、怖えよ。……なるほどなぁ。なに? お前、トレイン装置かなにかなの?」

「私じゃないわよ」


 その言葉に、再び茜へ視線を戻す。と、茜は申し訳なさそうに、


「ごめんなさい……」

「謝られても困るんだが……ていうか、重くない? こういう空気好きじゃないんだけど」

「ご、ごめんなさい」


 謝るばかりで埒があかない。どういうことなんだ? 魔物に寄られやすい体質とかがあるのだろうか。


「まあ、どうでもいいわ。とりあえず、チームを組もう。異論はないな?」

「えっ」

「なんだよ……」


 見月なんてもう諦めてんのか知らんが、無言で腕組んでるぞ。下手したら俺より男らしい。


「いや、その……わたしなんが、いいのかなって」

「はあ……そんなことを言うからには、俺が納得出来る理由を提示出来るんだろうな?」


 俺が問うと、茜はまたも俯いてしまう。長めのぱっつんが暖簾のように彼女の目を覆い隠した。まったくもって、暗い女だ。人生絶望しかありません、みたいな雰囲気を出しやがる。


「またそれ? あなた……中学生を虐めるのは感心しないわよ」

「またってなんだよ、虐めてねぇだろ」

「私のときもそう言って、無理やり頷かせたじゃない」

「お前はそもそもたいして断る気なかっただろうが、ふざけんな」

「あら、バレてたのね」


 くすっと笑みをこぼす。こいつ……隙あらば人をからかおうとしてきやがる。どうやら、勧誘したときに俺に主導権を握られたのを根に持っているらしい。


「……その、迷惑、お掛けするかもしれませんし」


 会話が終わったのを見計らって、茜がぽつりとつぶやく。


「迷惑? ……ああ、モンスタートレインの件か」


 思い浮かぶは列車のように連なる魔物の大群。見本のようなモンスタートレインだった。追われている間は確かになんでこんなことにと思ったが……結果としては倒してしまえたわけだし、特別迷惑とは思っていない。


「いいよ別に。経験値うまいし」

「そんな簡単に……わ、わたし、運が悪いんです。その、昔から」

「具体的に」

「一緒に歩いていた友達が……」


 そこで茜は言葉を止める。なにかを思い出したのか、血の気が抜けたように顔は青白くなっていた。


「し——」


 震えた声が妙に大きく聞こえた。見月に小突かれ、慌てて声を掛ける。


「いやっ、無理に言わなくても」

「——死んだんです」


 言葉を失う、というのはこのことだろうか。あまりに現実味のない言葉に、一瞬、時が止まったかのような錯覚に陥る。下を見る彼女は、そんな俺に気づいた様子もなく言葉を続ける。


「死んだんですよ……目の前で。車に轢かれそうになった、わたしを庇って」

「それは……あなたのせいではないと思うけれど」


 掛ける言葉の見つからない俺の代わりに、見月が腫れ物に触るような声音で茜をフォローする。が、茜はぶんぶんと首を振って、ばっと顔を上げた。


「一回じゃ、ないんですよ……っ! 誰かといると、親しくすると、その誰かが危険な目に遭うんです! だから——だからっ、わたしはっ!」


 ぼろぼろと涙を零しながら、絶望に満ちた表情で、彼女は訴える。


「誰かと一緒にいちゃ、いけないんですよっ……!」


 キッと俺を睨んだ茜に、俺は喉から声を絞り出す。


「……偶然、じゃないのか? ……そんな、漫画やアニメじゃあるまいし……」


 愚策だった。と、直感した。


 ここで必要なのは、根拠のない否定じゃない。肯定して尚、受け入れるべきだったのだ。間違えた、故に彼女は立ち上がり、熱い吐息を漏らしながら言葉で俺を突き放す。


「お願いだからっ——」


 有無を言わせぬ剣幕で、


「関わらないで……っ」


 どこかちぐはぐな表情で、


「親しくしないでっ!」


 違う言葉でありながら、同じ意味を孕んだ言葉を——


「わたしを——助けないで……っ!」


 そうして、悲鳴にも似た声は叫びと呼ぶには声量が小さ過ぎて、瞬く間に空気に溶けていく。しん、と静まり返った人のまばらな店内で、いまだ哀しみを零し続ける彼女は、ゆっくりと頭を下げる。


「チームには、入れません。ごめんなさい……」


 刺さる。顔を上げた彼女の、すべてを諦めたような笑顔が。


「——誘ってもらえて、嬉しかったです」


 伝票をひったくるように取り、背を向けて遠ざかっていく。小さな背が店内から消え、俺は手を顔に当てて天井を仰いだ。意図せず長いため息が漏れてしまう。


「……重い」


 尋常じゃない。腹を下しそうな重さだった。クソシリアス。窒息するレベルで息詰まったわ。これが小説だったら、ハードカバーでダークな表紙がお似合いだろう。


「追わないの?」


 どうでもよさそうに隣の美女が訊いてくる。


「追うけども……ちょっと待って、コメディしようぜ」

「なんて?」

「だから、コメディ」

「なんで?」


 バカなの? と言わんばかりの表情である。勘弁してよ、やだよこの重い空気であれ追うの。胸熱展開は好きだけど、マイナス方向のシリアスは本当鳥肌立つだけだから。


「あの子を追いかけて、なんかさらっとかっこよさげな言葉で引き込むのがこの後の展開だと思ってたのだけれど……」

「なんだよ、さらっとかっこよさげな言葉って。冗談だろ、そんなキザな男に見えるかよ」


 そういう役回りはイケメン優男な王道主人公に譲りたい。俺が好きなのはもっとわがままで高笑いしながら主人公を足蹴にするような、ヘイト集めそうなキャラである。


「……見えないわね。コメディしようぜ、とか言い出すし……どういう神経してるのかしら、泣いてたのよ?」

「泣いてたからなんだよ……え、同情とかするシーンだったの? ああかわいそうだね、ぼくが守ってあげようって? 冗談じゃねぇよ、気持ち悪い」


 知り合いの優男を思い出すからやめて欲しい。俺はああはならないし、なりたくない。


 だいたい、そういう輩は得てして性格がゴミクズだったりするものだ。ここは現実なのだから、そんな優しいだけのやつなんていやしない。くだんの優男も一日何人から告られるか、とかえげつないゲームしてたし。


「はぁ……まあいい。とりあえず、探すか」

「本当に誘うつもりなのね」

「経験値がうまいからな」

「それだけじゃないくせに……ふふっ、まあいいわ。そういうことにしといてあげる」


 怪しく笑う彼女に、こいつの方こそ誘うべきではなかったかもしれないと後悔に似たなにかを思う。


 俺があいつを放っておけないのは、同情というよりは共感だろう。親しい人間が目の前で死ぬ恐怖を、俺は一応知っているつもりだ。それに、立ち上がった茜の放った言葉が、心を揺さぶる。


 席を立ち、お会計を、と思ったが、そう言えば伝票を持っていかれたのだった。


「歳下に奢られたままなのは、ちっとばかし気に入らねぇな」

「それには同意するわね」


 やはり気が合う。そんなことを考えながら、俺と見月は茜を追って店を出た。


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