第99話 指斬
点々と松明が設置された、ほのかに暗い洞窟の中。
横幅は槍と剣の長さを足してもギリギリ超えてしまうほど短く狭い。
通路にはあらゆるところに横穴が空いており、その全てを警戒しなくてはならないため気が抜けない。
ジメジメとした空気と悪臭を放つぬかるんだ地面、そして至る所に散らばった一センチ未満の鉄片。
五感で感じた情報が、ここに生き物がいる事を予感させた。
迷宮都市ウェルダムにある亜人のみが存在するダンジョン――ダンジョン名、【小鬼共の洞穴】。
通称、【亜人窟】と呼ばれるダンジョンにユート達は来ていた。
「――くっさ! ホント、いつ来てもここは臭いわね……。良かったわ、布持って来て」
到着早々、ノーナは鼻をつまみながら文句を垂れる。
確かに下水道とカビの臭いがブレンドされてあまり居たいとは思わないが、口に出されると嫌でも臭いに意識してしまう。
それを知らずにか、ノーナは乙女にあらざる表情をしながら収納袋から布を取り出すと、優雅に香水をつけてマスクにした。
花柄の可愛らしいマスクから、植物から抽出したと思われるフローラルな香りがする。
良い匂いと見た目だが、雰囲気と背景が全くと言っていいほど嚙み合ってない。
「それ、効果あるのか?」
「ちょっと余計な事言わないでよ! そんな事言われたら、何だか効果が感じられなくなっちゃうじゃない!」
「くくっ、そりゃ悪かったな」
些細な疑問を口にすると気に入らなかったのか八つ当たりしてくる。
みんな仲良く道連れだ。
「それにしても、今日は大きい道を通って来たけど、なんで前来た時と違う道を選んだんだ?」
この亜人窟では最初に一本道があり、そこを通り抜けると三本の分かれ道がある。
左から順に、天井が高くて横幅も広い大きい道、六人パーティーの人間が守りやすく攻めやすい道、そして一人が剣を振り回すくらいの狭い道。
ここに来たのは数回ほどだが、いつも真ん中の道を通って来た。
しかし、今日は何故か一番左の大きい道だ。
「このダンジョンは三本の道があるけど、それぞれなんて言われているか知ってるかい?」
「『巨人の塒、オークの棲み処、ゴブリンの巣穴』だろ?」
それぞれのダンジョンの情報を調べた時、そんな通り名が付けられていると知った。
巨人の塒は鍾乳洞のように広い洞窟で、鍾乳石が天井から無数に垂れ下がっている。
見た目は綺麗からも知れないが、洞窟の入り口を知れば分かるようにここでも悪臭が漂っている。
出てくる魔物は巨人ではなく、ゴブリンを基本に、オークやオーガなど巨体な魔物が複数存在する。
ダンジョンの名前通り、人型の魔物が生息している。
残念ながら、名付けられた由来については詳しく書かれていなかったが。
(全く、本なんだから、ちゃんと書いておけよな)
「じゃあ、その意味は?」
「……さあ? 本に書いてなかったしな。文字通り考えれば、住んでいるってことなんだろうが、巨人はいないって言うし、比喩として通路の大きさでも表しているんじゃないか?」
「間違っちゃいないけど、正解でもないね。ここは実力を表す門の役割なんだ」
「門?」
「……こういうことか? 小さき道は一人の修行場として、中央の道は仲間との協力を磨き、そして大きな道は集団戦の技術を身に着ける、と」
アギトが腕を組みながら予想を述べる。
「その通り。ここは道によって魔物の数や種類、強さが違うんだ」
アイゼンはパチンと指を鳴らして褒めた。
すると、奥から足音が反響して響いてくる。
「――ああ、噂をすればお客様だ。はは、どちらかというと、こっちがお客様かな?」
とアイゼンは冗談めかして笑った。
現れたのはゴブリン八体とオーク五体だった。
ゴブリンは全員武器を持っており、その内三体が杖持ち。
オークも同じように槍、杖、棍棒を持ち、残りの二体も杖を持っていた。
「杖持ちが多いな。とりあえず、いつも通り後衛は魔法で潰して、前衛は二人に任せるか」
瞬時に【氷の投槍】を出現させ、魔法使い共に狙いを定める。
「……いや、面倒だから全部倒して良いよ。あ、その代わり、ゴブリンを一体だけ残して置いてくれ」
「何するつもりなんだ……? まあいいか」
アイゼンの言うとおりに容赦なく魔法を放つ。
レベルも上がり、強くなった攻撃はこの程度の魔物に避けることを許さず、ただ死んでいく。
一分と経たずに戦闘は終了し、血だまりの中に一体のゴブリンが足元を凍らされたまま、こちらを睨んでいる。
「これでいいのか?」
「ああ。それじゃあ試しに、こいつをその呪いの剣で斬って見てくれ」
「そういうことね。りょーかい」
ユートは適当に返事をすると指輪を剣に変えて、右手に握った。
「おお……!」
「へえ……」
「売ったらいくらになるのかしら?」
「おい。後ろで品定めすんな。やらんからな」
「え~、今ならまだ好事家に売れば、チャンスがあるのに」
アギトは驚きと興奮に目を輝かせ、アイゼンも感心した声を出す。
そんな二人とは正反対に、ノーナは好奇心を刺激されて金勘定をするが、しっかりと止めさせる。
こいつなら俺を酔わせるか、夜中に寝ているときにでも指輪を奪いにきそうだ。
冗談はさておき、俺はアイゼンの指示に従ってゴブリンの腕を浅く斬った。
少し待ってみると、三十秒ほどで次第に動きが鈍くなっていく。
「こんなもんなのか……?」
「うーん、どうだろうね。何回か斬りつけてみて」
そうして十ほど切創をつけると斬った個所から体が黒くなっていき、二十になる前にゴブリンは血を吐きながら息絶えた。
「もった時間は二分ちょっとか。普通に殺した方が早いけど、一応特殊な効果もあるみたいだね。斬りつけた者を呪う効果かな?」
「そうみたいだが、はっきり言って実用的とは程遠いな」
全身血だらけになり、ところどころ皮膚が黒くなっている。
おそらくこれが呪うという事なんだろうが、少しゴブリンが哀れに思えた。
「まあそれでも、こういう方法もあると分かるのは無駄じゃない。ついでに剣の刃を魔石に当ててみな」
「こうか?」
ゴブリンから抉りだした魔石に剣の刃を当てる。
すると、黒紫色の魔石がぐんぐんと色を奪うように半透明になっていき、最後にはパキリという音とともに粉々に砕け散った。
「魔力を吸い取ったのか?」
「いや、正確には魔石に含まれる瘴気を吸い取ったんだろう」
「……そういえば、魔石には瘴気が含まれていたな」
瘴気は形無き霧のようなモノで、負の感情や濁った魔力から発生する、いわば工業排気ガスのようなものだ。
そんな瘴気は魔物にとってはご馳走であり、肉体を活性化する重要なエネルギー源だ。
だからこそ、知性持つ人間を襲う事で効率よく負の感情を取り込むことが、魔物が人間を襲う一番の理由と言われている。
その魔物にも、生物学的な分類が存在する。
それは瘴気から生まれた【瘴気属】と瘴気に適応した【魔適属】という二種類に分けられる。
【瘴気属】はいわゆる、スライムやアンデッドのような特定状況下でしか生まれない生物を指し、魔法的理由で動く生命体の通称だ。
反対に【魔適属】は、動物系のウルフや昆虫系のアント、植物系のトレントなど姿形をほとんど変えずに適応した魔物の事を呼んでいる。
(逆に言えば、瘴気さえあれば生まれるから、理論上、人間が存在し続ける限り【瘴気属】は永遠に絶滅しないんだよな……)
この世界は魔物と戦い続ける宿命なのだろうと想像を膨らませる。
「じゃあ、この剣も分類では魔物であり、生き物と言えるのかもな」
「それは……難しい所だね。その剣も一応生きていると言えるし、アンデッド系の呪いの武具ともとれる。瘴気を吸い続けることが出来たらさらに進化するかもしれないけど、何ともね……」
「へえ……進化か」
武器が進化するなんてまるで御伽噺みたいだな。
まあ、進化の方向性は聖剣ではなく、闇を司る魔剣みたいなもんだろうけどなー。
「ま、特殊効果が増えるかも程度に思っておけば? そういえば、それに名前ないの?」
それ、とは剣の事だろう。
「いや、別にないけど……」
唐突にアイゼンが無茶な注文をしてくる。
別に名前なんて、何となくわかっていればいいだろうに。
まあ、確かに、毎回呪いの剣と呼ぶのも面倒だが。
(モノとしては呪具でいいんだろうが、それは総称で個体名では無いからな)
「うーん、指輪、呪具、呪剣……なんかないか?」
いい案が出なくて、アイゼンに訊ねる。
「俺に言われてもね。君が契約したんだから、君が付けるべきだろう?」
「なら、適当に呪具とでも呼んどけばいいだろうに……」
俺には分からないが、アイゼンはそれでは不満なんだろう。
そうして悩みながら、思い浮かんだ案に決めた。
「じゃあ、【指斬】とでも呼ぼう」
小指に着けた指輪が剣になるから、【指斬】だ。
我ながら悪くない名前だと思っていると、剣がほのかに光ったように感じた。
【鑑定】をしてみると、名称不明と書かれていたものが【指斬】へと変わっていた。
「なるほど、【指斬】ね。あ、ついでに呪いも吸収できるんだよね? それもやってみてくれ」
アイゼンの気持ちは分からないが、なにやら満足したらしい。
「どうやって発動するのか分からんのだが……」
「剣で触れればいいんじゃない?」
「そんな簡単にいくのか?」
半信半疑で、呪いで死んだゴブリンに剣先を触れさせる。
すると、黒ずんだゴブリンから抜け落ちる様に剣が黒い何かを吸い取っていった。
「マジかよ」
「ふむ。本当に出来るのか。随分多彩な能力を持っているんだね」
アイゼンは真剣な表情で【指斬】を見つめながら、何かを思案している。
「これで満足したか?」
手に持った剣を指輪に戻した。
最初は興味深そうに見ていたアギトとノーナも、いつの間にか飽きたのか、自主的に魔石を採取して勝手に休んでいる。
二人の気持ちも理解出来た。
(まだダンジョンに入って一戦目なのに、かれこれ十分近くここにいるもんな)
「ああ、満足したよ。みんな待たせたね。じゃあ、先に進もうか」
その言葉を合図に俺達はダンジョンの奥へと進んだ。




