第97話 呪具
競売品を受け取ったユートはアギトたちの元に戻ると、アイゼンが一人だけ残っていた。
アギトはダンジョンに潜って一人で修行すると言い、どこかに行ったらしい。
おそらく、いつも通り白磁の塔に向かったのだろう。
残ったアイゼンとユートは、カフェのような店に入って相対していた。
「――それで、君はどうして、あんなものを買ったのかな?」
店に入って数分。
注文する以外、一度も言葉を発しなかったアイゼンは、カフェオレのような物を一口含んでから話を切り出した。
(今日は色々な奴から、どうしてって聞かれるな……)
ユートはそんな事を考えながら、どう言うべきか黙考する。
「うーん……何て言えばいいのかな……」
「じゃあ、質問を変えよう。君はアレを武器として使うつもり?」
「いや、それは違うかな」
「なら、呪術でもやる気かい?」
「呪術? そんな魔法あったか?」
「いや、呪術は魔法ではなく、古来から受け継がれた呪いを自在に操る儀式のようなもんだよ」
「へぇ……」
「そんなことより、君の話だ。何か言えない事情でもあるのか?」
「うーん、そういう訳じゃないけど……しいていえば、言い難い」
「……はぁ、今のでわかった。見た感じ、どうせ大したことは無いんだろう? さっさと話して正直になれよ」
アイゼンが小馬鹿にしたような顔でそんなことを宣う。
「……分かったよ。あとで文句を言うなよ」
ユートはいつも身に着けている宵闇のコートが呪いの装備である事、そこに何らかの意思が宿っている事、呪いのアイテムに対して過剰に破壊衝動を持つ事のみを、掻い摘んで要点だけ伝えた。
アイゼンは今まで着ていた黒いコートが呪いの装備だったことを聞き、少しだけ目を見開いたもののそれ以上驚くことはなく、むしろ積極的に「暴走しないのか」、「デメリットは無いのか」など質問してきた。
「――なるほど、嘘じゃない様だね。暴走の危険性は無さそうだし、実害も無い。うん、なら問題ないか」
「……何でそんなに落ち着いてんだよ」
呪いの装備を買う時には初めて見るくらい険しい顔をしていたのに、隣にいた時も普通に身に着けてたと知っても、平然とした顔であっさりと納得する。
気にならない訳が無かった。
「まあ、今までずっと変わった外套だと思ってたからね」
「えっ、なんで?」
見た目もそこまでおかしくないのに、気になる部分なんてどこにあるというのか。
「いや、だってあれだけ魔物の攻撃をくらっておいて一度も破けないんだから、特殊な素材か魔道具だと思うのは当然でしょ」
「君が攻撃受けたところを何回目にしたと思ってるんだ」とアイゼンは呆れながら言った。
確かに、今までも数えきれないくらい攻撃されてきたが、破ける気配は一度も無かった。
むしろ革鎧の方がそれなりに傷が目立ってきたし、しいていうなら、黒いから土煙の汚れが目立つくらいだ。
「あー……そういう考えもあるか」
「それより、呪いのアイテムを買う必要性はどこにあるんだ?」
「さあ? ただ、俺があの呪具を買ってやるっていったら衝動が収まったから、ああいうのが欲しいんじゃないか?」
「……いや、もしかしたらそれは、一種の呪術かもしれない」
真剣な表情をしながらアイゼンが考え込む。
「どういう事だ?」
「さっき少しだけ説明したけど、呪術っていうのは正確には、等価交換の法則で成り立っているんだ。
雨を欲すれば、大地に水を撒くことで雨を呼ぶ。
誰かを呪うという事は、自分も相手に呪われる事を意味する。
一見、呪術は過程を飛ばして結果だけをもたらす便利なものに見えるけど、法則に従って何かを代償に事を成しているんだ。
だから、呪術師は一番最初に呪い除けを作ると言われている。
君のその外套に宿る何らかの意思も、他の呪いを代償に何かをしようとしているのかもしれない」
「何かって……例えばなんだよ」
「例えば、他の呪いを破壊して、自らの呪いの根源――呪力を増幅させる、とかね」
「まあ、可能性の話だけど」と事もなげにアイゼンは言った。
呪われたモノは皆、呪力という力を持っているのか。
「聞きたいことは聞けたし、俺はもう行くよ。しばらく一人考えて見な。もしもの時は【解呪】を掛けることも視野に入れてね」
アイゼンはそう言うと、銀貨を置いて店を出て行った。
「興味本位で聞くなら、アドバイスくらい寄越せよ……」
ユートの呟いた声はアイゼンに届かないまま宙に消えていった。
──☆──★──☆──
「どうすればいいんだ……」
あの後、宿に戻った俺はベッドに横になりながら考え続けた。
アイゼンに言われてから一人でずっと考えているが何も思い浮かばない。
ポールハンガーに掛けた宵闇のコートを眺める。
特にオボロから話し掛けられることもなく、今も沈黙したままだ。
「もうこんな時間か」
太陽が沈み、辺りは暗くなっている。
部屋は明かりを付けていないので、暗闇と静寂が支配している。
何も思い浮かばないとは言ったが、あることをすれば確実に何かが起きそうな方法が一つだけある。
それは――
「呪いの装備をオボロの前に取り出す、か……」
オボロの性質なのかはどうか分からないが、呪いのアイテムの時に意識が活性化する事は今までの傾向から理解している。
だから、その二つを合わせたら何らかの変化は起こると思う。
しかし、どうにもやる気が出なかった。
「だって、絶対何か起きそうだもんな……」
さっさとやるべきだとは思っているのだが、そのせいでまだ【鑑定】もしていない。
どんなことが起こるのか全く予想が出来ないので、決心がつかないまま数時間が過ぎていた。
「はぁ……やるか」
溜息を吐きながら寝転がっていた体勢から起き上がると、部屋の真ん中に立つ。
深呼吸をしてから【光明】で部屋を照らした。
「よし……!」
確実に何かが起きる予感はするものの、覚悟を決めよう。
身体に魔力を纏わせて、もしもの時に備える。
そして、ベッド――は呪いが付着しそうな感じがするので床に呪いの装備を取り出した。
というか、呪いの装備とか呪われたアイテムっていちいち言うの面倒くさいな。
やはり、この際【呪具】で統一しておこう。うん。
百万ノルで買った呪具が亜空間から出現する。
冒険者用の背嚢、長剣、短剣、剝ぎ取りナイフ、マント、ロープ、そして指輪。
亡くなった冒険者が所持していたのだろう、幾つもの道具。
程度に大小の差はあれ、どれも呪いが纏わりついている。
どのような経緯から生まれたのかは分からないが、今も悲しく呪具は怨念を生み出し続けている。
(もしも、この怨念が永遠に生み出せるのであれば、永久機関でも作れそうだな)
なんてくだらない事を考えていると、呪具からモヤモヤとしたものが浮き出て来た。
「うわっ、なんだか見覚えが……」
まるで嫌いな虫でも見たようなユートの反応に、呪具は抗議でもするかのように勢いを増していく。
「どこかで見たと思ったら、あの呪斧の奴と同じ現象か」
斧を振り上げ、周囲に呪いを巻き散らかしたあの光景が目に浮かぶ。
当時はまだ何も知らなかったが、あれは呪詛を強制的に付与し衰弱化させる、呪いの状態異常だ。
そんなものを部屋の中で巻き散らかされたりしては、宿の店主に怒られてしまい、最悪の場合追い出される。
というか俺だったら絶対追い出す。
そう思い慌てて、神聖魔法の【浄化】を発動する。
こんな時が来ると思ってしっかりと練習していた甲斐があった。
(まあ、本物の呪い相手には使ったことが無いから、効果があるかどうか分からないけどな)
大体いつも適当だけどな、と自嘲していたら、残念ながら(?)フラグになることはなく、柔らかな光が呪いを浄化していく。
四方八方に巻き散らかされる所だった呪いが一か所に集約して、押し込まれていく。
「さて、どうしたものか……」
このまま魔法で押さえ続ける訳にも行かないし、また亜空間に仕舞っても現状維持にしかならない。
肝心のオボロは今もまだ反応がない。
「もう少し近づけてみるか?」
ポールハンガーに掛けておいたコートを手に持って呪具の前に立つ。
しかし、何も反応がない。
その後もコートを近づけたり、呪具の周りをぐるぐる回るなど色々試してみたが、やはり何も反応が無かった。
そこまでやって、もしかしたらコートを着てないせいかもしれないと思い浮かんだ。
「でも、この状態で着るのハードル高くね……?」
もういっその事、コートを接触させてみようか、などと考えていると、【鑑定】をし忘れている事に気付いた。
「【鑑定】」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
名称不明・呪われた装備
とある冒険者が仲間に裏切られて、失望と怒り、憎悪、そして殺意を抱いた事によって生まれた呪いを宿した装備。死の間際に、この装備の持ち主は殺された理由を知った。それは幼馴染の少女を独占したいためでも、狩りの成果を奪うためでもなく、「仲間だと思っていた人間に裏切られた時に、どんな表情をするのか気になるから」というものであった。そして目の前で仲間であり、恋人であった少女が陵辱され、他の仲間たちも同様に弄ばれた後に切り刻まれて無惨に死んだ。身を焦がすような憤怒を抱きながら持ち主の意識が消え去る瞬間、ただ一言、「つまらない」と投げ捨てられた少女の首が転がるのを見て、やり場のない憎悪だけが残った。そして、命尽きた持ち主は【呪魂】となり果て、怨念と化し全てを呪った。
復讐を果たせぬ自分を、怨敵を殺せぬ無力さを、そして、この恨みの刃を突き立てられぬことを――――
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「……なんだこれ、――ぐっ!?」
【鑑定】を発動すると、今までで最も多く情報が記されていた。
それを読み上げようとすると、突然、目と脳に痛みが走る。
目を抑えると、血こそ出ていないが涙が分泌される。
すぐに【治癒】を使用して目と脳を癒やす。
コートをベッドの方に投げ捨てる。
痛みが引いてきたら、再度、視界に移る情報に目をやった。
そこには呪いが生まれた原因がつらつらと書き連ねてあった。
「……クズが」
胸糞悪い情報を読み取ったユートは反射的に言葉を吐き捨てた。
(なるほど、こんなことが起きれば呪いが生まれるのも当然か……)
同時に、オボロも同じ様な憎しみを呪いという全てのモノに向けているのかもしれないと思った。
俺が知らないだけで、まだそこには根深い闇が埋まっているのだろう。
目の前に置かれた呪具に目を向ける。
【浄化】で押さえた呪詛が目に見えて消えかけている。
少しの間逡巡したものの、結局魔法を解くことにした。
浄化から解かれた呪具は一瞬、呪いを解き放ったものの先程までの勢いがなくなり、蝋燭の日のようにか細い。
俺は瞑目し、そして開くと、ゆっくりと呪具の前にしゃがんだ。
意を決して長剣の呪具に触れる。
ビリッという静電気のようなものが走る。
触れた指が火傷のように痛みを感じる。
それを振り切り、柄を思いっきり掴んだ。
先程までの比ではない程の痛みが手の平に流れる。
歯を食いしばり、眉を顰めながら魔力を流した。
剣は反発するように呪いの力――呪力を生み出し続ける。
「――おい、お前はそのままでいいのか」
更に呪いの勢いが増していく。
「悔しいんだろ。憎いんだろ」
呪いが腕に巻き付き、燃えるような痛みを与える。
「無様にも呪いと化して、それでも諦めずに復讐したいんだろ! ええ!? どうなんだッ!!」
呪われた剣が慟哭し、唸るように刀身を震わせる。
それに伴って、腕に巻き付いた呪いが膨れ上がっていく。
「――だから、こんな所でのんびりしてないで、黙って俺に従え! そいつがもし今も生きているなら、この剣で俺が殺してやる」
握った剣に有無を言わせず言葉を押し付ける。
数拍の間、無言の時間が流れる。
手の平がじくじくと痛むが無視する。
それをどう理解したのかは分からないが、呪われた剣は次第に呪いを弱めていく。
(……収まったか)
そう思っていたのも束の間、最後に莫大な呪いを剣が吐き出すと、床に転がっていた指輪に勢いよく吸い込まれていく。
直後、手に握っていた剣がサァァァァと砂のように跡形もなく消えていく。
「な、なんだ……?」
目を丸くしながら推移を見守る。
静かになった部屋で手の平の痛みだけが、これは現実だと思い知らせる。
すると、残った指輪がカランという音を立てた。
指輪に目を向けると、誰かに操られてるみたいにふわりと宙に浮かび上がる。
その指輪は禍々しく、仄暗い呪いを纏っており、最初に見た時と微妙に形が変化しているように見えた。
「……これ、どうすればいいんだ?」
素直に疑問を口にすると、指輪はゆっくりと手に近付き、指にぶつかってくる。
それを見て、ピンときた。
「あっ、指につけろと?」
指輪はまるで頷くようにふよふよ浮かんだ。
何だか嫌な予感がするが、これも自分で蒔いた種だ。
半ば諦めながら、恐る恐る右手の小指にはめた。
「おっ、ピッタリはまった」
おそらく、魔法の指輪のように大きさを変化する効果があるのだろう。
あつらえた様にジャストフィットする。
試しに指輪を引き抜こうとしたが、あっさりと抜けたのでまた嵌め直した。
「なるほど、指輪は外れるって訳ね。あっ、傷が引いていく」
指輪をつけると、剣と格闘していた時の痛みが無くなっていった。
どうやら、呪いによる傷を吸収できるらしい。
まるで、妻に暴力を振るった夫が「さっきはごめん!」って謝って来たかのような変わり身の早さだ。
(「落として、上げる」とかやり手かよ)
そんな冗談に突っ込みつつ、万が一のために【浄化】を体に掛けておく。
指輪に神聖魔法が弱点とか無いようなので、消滅の心配はなさそうだ。
「うーん、悪くないけど、なんか意味あんのか、これ?」
指輪を眺めながら独り言を言うと、突然、妖しい光が放たれ、剣の形になる。
どうやら指輪が剣になる魔道具の様で、小指から変化した様だ。
胸の高さに剣が浮かんでいる。
試しに剣を掴んで振ってみると、程よい重さで肉厚な刃がギラリと銀色に光る。
剣全体は紫がかった銀色のようで、傍目から見れば【魔剣】と勘違いするかもしれない。
とりあえず、他の冒険者には見せると厄介ごとのタネになりかねないので、隠しておくのが無難か。
何度か振って見てから、小指を意識すると吸い込まれる様に指輪に戻った。
思念一つで剣に変化するらしい。
「こりゃ、奇襲にはもってこいだな。でもどうせなら、短剣にもなると便利そうなのに」
ははっ、と苦笑しながら指輪を眺めるが、残念ながら何も反応はない。
「――さて、こっちはどうするか……」
剣は良いとして、目の前に残った幾つかの装備達。
こちらにもまだ呪いが残っているらしい。
あと残っているのは、冒険者用の背嚢、短剣、剝ぎ取りナイフ、マント、ロープの五つだ。
気軽に触れてみるが、呪いが指輪に集まって強化されるとかはないようだ。
【鑑定】してみたが、不用意に触れると精神を汚染すると書かれているだけで、特別な効果はどれも無いらしい。
呪具というのはどれも効果がないモノなのか、それともこれが特殊なのか。
(そもそも、「精神を汚染する」って何だ? それに【呪魂】?)
色々と疑問は尽きないが、腹が減って来たので早く終わらせることにしよう。
少し考えてから、ベッドに投げ捨てたコートを手に取り、呪具へと接触させる。
やはり、反応がない。
渋々、宵闇のコートを身に着けると、小指に着けた指輪から呪力が流れていく様な気がした。
「気のせいか……?」
コートを着てから呪具に触れる。
すると、掃除機がゴミを吸い取るようにコートが呪力を吸収していく。
それを呆然と眺めながら見ていると、三十秒も掛からずに終了し、目の前にあった呪具から一切の呪いが消え去った。
その結果、先程の長剣と同様に砂のように塵になっていく。
幸い、物質としての消滅を表すエフェクトなのか、部屋の中が砂まみれになることはなかった。
「あれ? 何で短剣だけ……」
一つだけ残っていた短剣を持ち上げると、指輪が淡く光ると同じ様に塵になった。
「……もしかして、さっきの言葉が気に食わなかったのか?」
もう一度、指輪を武器に変化させる。
すると、先程より小振りになった剣が現れた。
そこには短剣へと姿を変えた武器が手の平に確かにあった。
「ハハッ、笑っちまうな! いいね! 悪くないぜ」
短剣を手遊びのように自在に振ると、指輪に戻した。
ユートは笑いながら扉を開けると、食事を取りに一階へ向かった。
【指輪】
探知の指輪
契約の指輪
呪いの指輪




