第96話 オークション 3
今日は二話連続更新です。
こちらが二話目ですのでご注意ください。
オークションは閉会したが、俺にはまだやることが残っている。
スタッフから渡された証明書と呪いの装備を引き換えなければならない。
そう思って席に座っていると、従業員に呼ばれて予想よりも早く案内された。
落札したのが後半だったので、こういうのは落札順に案内されると思っていた。
(もしかして呪いの装備だからとか……?)
そんな風に軽く考えながら、従業員しか入れない通路を歩くと個室に通される。
そこにいたのは上等な服を着た、スラリとしたコンシェルジュのような男性だった。
「お待ちしておりました、お客様。当オークションの副支配人を務めております。ナムセルと申します。失礼ながら、最初に証明書をお見せいただけますか?」
ナムセルと名乗った老齢の男性は礼儀正しく接してくれた。
ここまで案内してくれた従業員が静かに退出する。
「これはどうもご丁寧に。どうぞ」
「ふふ、ありがとうございます」
見た目はただの冒険者にしか見えないだろうに、丁寧に接してくれたので好印象を抱いた。
そんな俺は手に持っていた証明書を渡すと、ナムセルさんは微笑みながら恭しく受け取った。
「――確認いたしました。それでは、こちらがお客様が落札された商品です」
ナムセルは後ろにあった、覆われた黒い布を勢いよく取り去る。
そこに隠されていたのは、真四角のディスプレイケースのようなものに飾られた、呪われた武具一式だった。
ケースに見えたそれから魔法の気配を感じたので、おそらくあれが結界魔法という奴だろう。
初めて目にしたが、隙間なく密封されており、難易度の高い魔法だと自然と理解する。
ナムセルはいきなりパチンッ!と指を鳴らすと、それを合図に結界が解かれる。
商品に近付こうと思考を過った瞬間、現物を目の当たりにし、そんな生易しいモノではないと悟った。
突然、呪われたアイテムだと確信できるほどの憎悪と怨讐が全方向に放たれたのだ。
風が吹くように呪いの余剰が体に纏わりつく。
まるで残り香のように、呪いはその存在感を示す。
封じられた呪いの装備は俺の想像を遥かに上回っていたらしい。
これはアイテムなんて気安く呼んでいいもんじゃない。
志半ばで倒れた無念の怨霊が宿りし武具――まさしく、【呪具】と呼ばれるに相応しい代物だった。
「ははっ……想像以上だな」
無意識に言葉が出る。
「――恐ろしいかな、少年よ」
後ろから声を掛けられる。
予想外の代物に触れて、人が来たことに気付けなかった。
(……気を抜きすぎたか)
「どなたでしょうか?」
振り向くと二人の男がいた。
こちらに向かってくる男と扉の近くでこちらの様子を窺う護衛のような男。
おそらく、目の前にいる四十代から五十代の男が話しかけてきたのだろうと目算をつける。
「こちらは、マクヴァレン商会商会長であるオーギュスト様です。今回、お客様が落札された商品の代理出品者様でございます」
ナムセルさんが相手に向かってお辞儀をしてから教えてくれる。
どうやら、それなりに偉い人の様だ。
それと同時に代理出品という言葉が気になった。
「紹介にあずかった、オーギュストだ。君の名は何かね?」
「ユートと申します」
オーギュストと呼ばれた男は、貫禄のある声で名を問うてくる。
一先ず、丁寧に対応しておこう。
「そうか。……それで君がこれを落札した本人で間違いないのだな?」
「そうですが、それが何か?」
代理出品が可能だから代理受け取りも出来るのだろうか?
もしくは、俺のような小僧が来るとは思っていなかったパターンか。
「いや、なに。これを落札した者がどんな人間なのか気になってね」
「そうですか」
確かに、こんな物を欲しがるのは変わった人間だろうから気になるのは分かるが、ここに来た理由がそれだけとは到底思えなかった。
「それで君は、どうしてこれを買ったんだね?」
「……どうして、ですか。失礼ながらそれは質問でしょうか? であるならば、私に答える義務はなく、必然的にあなたに言うべき必要性を感じないのですが、いかがでしょう?」
出来るだけ丁寧に答えたつもりなのだが、こちらを見てくる護衛の視線が鋭くなった。
同様に、オーギュストという男もじっと観察するように見つめてくる。
「……ふむ。確かにそうだ。私の質問に答える義務はない。ならば必要性も、うん、ないな」
オーギュストは何度も咀嚼するように頷いた。
「では、世間話をしようではないか。君は冒険者だろう? 我が商会を知っているかな?」
先程と打って変わって、この男は手を変えてきた。
(さて、どうしたものか……)
商会長という地位がどれくらいのモノかは知らないが、おそらく現代でいう社長と同等レベルと考えた方が良い。
そんな人が世間話をするという事は、少なくとも俺が会話をするに値する人間だと認められたということだ。
好意的に見れば、「君に興味がある」という解釈なんだろうが……。
逆に言えば、これを断ることは「お前なんかと話したくねーよ、バーカ!」と言ってのける事と同義であり、出された茶を相手にぶっかけるくらいの失礼になり得る恐れがある。
そう考えて、とりあえず会話をしてみる事にした。
「確かに冒険者ですけど……マクヴァレン商会さん、ですよね? すみません、寡聞にして存じ上げないのですが有名なのでしょうか?」
「……!?」
「……ふふ、なるほど。そこそこ有名になったと思っていたのだが、どうやらまだまだだったらしい」
オーギュストは初めて笑みを見せた。
一瞬、周囲の反応がざわついたような気配がしたのだが気のせいだろうか。
いや、先程の護衛の反応を見るに間違ってはいないんだろうな……。
「……あのー、そんなに有名だったんですか?」
「ユート様。マクヴァレン商会はこの迷宮都市において武具や薬剤などを一手に担う、いわば冒険者御用達の商会なのです。それすなわち、冒険者なら知らぬ者はいないほど、と言えばご理解いただけると思いますが」
ナムセルさんが教えてくれる。
「なる、ほど……それ程とは知らず、失礼いたしました」
「いや、気にしなくていいとも。知られていないのならば、これから知ってもらえばいいのだからな」
「そう言っていただけるとありがたいです」
最初と変わり、少し和やかな雰囲気が流れる。
すると、今まで喋らなかった護衛の男が口を開いた。
「――オーギュスト様、そろそろお時間が……」
「ふむ、残念だが、お喋りはお終いの様だ。――そうだ、最後に一ついいかな?」
「何でしょうか?」
「アレをどうするのかはもう聞かないが、君はアレをどうやって持ち帰るつもりなのかね?」
アレとはもちろん、呪われた装備の事だろう。
今の俺は荷物という荷物は全く持っていない。
確か、司会が触るだけで精神を汚染するとか言っていたから、どうやって持って帰るのか知りたいというところか。
空間魔法を見せるのはあまり好ましくないが、話してみた感じ口は硬そうなので、まあいいか。
俺は無遠慮に怨念を放つ呪具へ近付くと、スッと右手を翳した。
三人が警戒する空気を醸し出す。
後ろから三人もの視線を感じながら、亜空間に収納した。
いつも通り、呆気なく姿を消す。
「なっ!?」
「まさか……!」
「ほう……」
護衛、商会長、ナムセルさんの三人が息を飲む気配がした。
「これで満足いただけましたか、商会長殿」
ユートは右手を胸に当て、華麗に礼をしながら商会長に向かって不敵に微笑んだ。
オーギュストは今の現象を解明しようと商人としての頭を働かせる。
(今のは収納指輪か……!? いや、左手に一つだけ指輪をしているが、右には何もつけておらぬ。あれは高価すぎて上級冒険者や貴族でなければ持てるはずがない。なら可能性は――)
「……いやはや、その若さで空間魔法を操るとは、これは驚いた。なるほど、そこまでの自信があるからこその余裕か」
商会長オーギュストは、目の前の少年に興味を持った。
(空間魔法を使える冒険者か……欲しいな)
空間魔法という巨大な倉庫を持つ者は、商人にとって喉から手が出るほど欲しいものだ。
幸い、今の時代は収納袋やアイテムバッグ等の魔道具のおかげで困ることは無いが、空間魔法は家一軒では収まらぬ程の容量を持っていることに等しい。
そんな人間が自らの右手として働けば、今の利益の数十倍は優に稼げるだろう。
オーギュストは思考を回転させ、目の前にいる少年の価値を推算する。
(しかし、ここまで頭が回るものがそう簡単に頷くとは思えん)
先程までの会話から、この少年が外見通りでは無い事は窺えた。
だから、今はまだ手を出すときではない。
そう考えたオーギュストは、護衛がせわしなく時計を見ているので、この場は一旦引くことにした。
「――ああ、満足だ。満足したとも。もう少し君と話しをしていたいところだが、これ以上は難しい。それと、私に用があったら、うちの商会に来てくれたまえ」
「その時は是非、お邪魔させていただきます」
「うむ。では、ナムセル殿、私はこれにて失礼する」
「かしこまりました。本日はご利用いただきありがとうございました」
商会長は忙しそうに駆け足で去っていった。
あとにはナムセルさんと俺の二人だけ残る。
その後、俺は料金を支払い、ナムセルさんに案内されながらアギトたちの元へ帰った。
──☆──★──☆──
部屋を出た後、オーギュストは護衛を後ろに引き連れて歩く。
予想よりも時間を使ってしまったが、これからうちの商品を落札した貴族へ挨拶回りをしなければならない。
上級貴族なら一言二言であっさり終わって楽なのだが、下級貴族は変にプライドが高く、時間が掛かり面倒な相手でしかない。
しかし、今はそんな事が気にならないほど気分が良かった。
「――オーギュストさん、随分と機嫌が良さそうですね」
「ふっ、そう見えるか?」
「はい。そんなにあの少年の事が気に入ったんですか?」
「そうかもな……」
あの少年――確か、ユートと名乗っていたか。
見た目は何の変哲もなさそうな少年だったが、口を開くと評価は一転。
機知に富んだ切り替えしに、変わった言葉遣いだったが礼儀もわきまえている。
さらに驚いたのが、誰かの代理ではなく、呪われた武具に対して個人で百万を出したという事実。
どこかのボンボンが怖いもの見たさにアレを買ったのかと思いきや、冒険者だと宣い、そのくせ我が商会の名は知らないという。
そして何より、あの年で空間魔法を操るとはな。
こんなところで面白い人間に会えるとは思っても見なかった。
流石に、あの剣聖にはまだまだ及ばないものの、このまま成長すればAランクには上り詰めるかもしれない。
その時までにあのユートという少年を引き抜く準備をしておかなければ。
「蒼天からの協力依頼もあるし、これから忙しくなるな」
「百階層攻略ですか」
「ああ、かつてない規模でのダンジョン攻略だ。武器や薬、食料、他にも色々仕入れる必要がある」
「冒険者ギルドは当然として、生産、錬金術、治癒師……複数ギルドへの要請、それに商業ギルドの介入。やる事多すぎません?」
「泣き言をいうにはもう遅い。契約をした以上最善を尽くしてやるしかないのだ」
「どこにも逃げられませんもんね……。でも、さらに心配なのは複数クランによる同盟……同時攻略なんて、うまくいくと本気でお考えですか?」
「そこは蒼天のリーダー、セレス殿の手腕に期待するしかあるまい。どちらにしても、うまくいってもらわなければ困るのだよ。失敗すれば他の町に出した支店はもれなく撤退。五年は少なくとも一から積み立て直しだ。だが、これが成功すれば純利益だけで総資産の数倍は超える目算なのだ。賭ける価値は十分ある」
「こうしてはいられませんね」
「それが分かっているならいい。話は終わりだ。行くぞ」
「はい! オーギュストさん!」
明日は……期待しないでください(笑)




