第95話 オークション 2
中途半端に切りたくなかったので、今回はちょっと長めです。
結局、アイゼンについていった俺たちは興味のない宝石や芸術品を共に見る羽目になった。
最初は俺も物珍しさで見ていたのだが、途中から飽きてしまい鑑定のレベル上げで暇をつぶしていた。
そのおかげでスキルレベルが五へとアップしたものの、さして変化はなかった。
そんな俺を他所に、アギトなんて開始十分くらいから爆睡していたので、よほど興味が無かったのだろう。
(それにしても、見れば見るほど金がかかってるな……)
このオークションがどれくらい気合いが入っているのかはすぐに理解出来た。
オークション会場全体に張り巡らされた魔道具による仕掛けがあるらしく、半自動競売システムや司会者が持つマイクのような拡声器、プロジェクターのような商品の映像を映し出すなどの様々な魔道具を使用する事で、現代さながらに快適に観賞することが出来た。
そうして一部が終了し、参加者たちは興奮冷めやらぬまま昼休憩に入る。
アギトの肩をゆすり起こすと、外に出るために立ち上がる。
俺達は自然とできた人の波に乗り外に出ると、カフェのような場所で食事を取った。
食事を取り終わり、ゆっくりと戻ってきた俺達は先程と同じ席に向かい座った。
運よく誰にも座られておらず、周囲は空席だらけだった。
それからアイゼンがトイレに行くと言ってどこかに向かった数分後、ガラの悪い五人の男たちが近づいてくる。
嫌な予感がするので寝たふりをしていよう。
「おい、そこの兄ちゃんよ」
探知の指輪を使い、先頭にいるリーダーらしき男が話しかけて来たと知る。
これは探知の指輪で周囲をレーダーのように探り、空間魔法で人の形を立体として把握することで、目を閉じたまま周囲を把握する技法であり、空間魔法を持つ俺だからこそ出来る裏技だ。
とりあえず、人違いかもしれないのでひとまず無視してみる。
「おい、聞こえねえのか!?」
横にいる別の男が高圧的に凄んでくる。
随分、乱暴な言葉遣いだ。
想像よりも短気らしく、この方法では暴力に発展するかもしれないので、しぶしぶ今気付いたふりをしながら応答する。
「……えっと、もしかして俺に話しかけてます?」
「ああ、そうだよ。ところで兄ちゃんよ、どうしてそこに座ってんだ?」
最初に話しかけてきた赤い服を着たリーダー格の男が低い声で訊ねてくる。
まるで脅すように見下ろされながらの会話は何と言うかやりにくさを感じるが、他の男と違い見下すような視線は感じられない。
「どうして……? 席があったから座っているんですが、それが何か?」
「お前、ふざけてんのか! そこは俺達が取った席なんだよ!」
「俺達の席とは? ここは公共施設で、どこに座ろうが自由と聞いてますが。それに横も前も後ろも、いくらでも空いているんですから、ここに執着する必要性はないのでは?」
「て、てめぇ……!」
正論を述べると男は反論してこない。
それもそのはず、前後二列ずつ、横二十ほどの席が存在し、百人以上も座れる場所があれば十分なはずだ。
それをグチグチと何が目的か知らないがやかましい奴等だ。
相手にする価値も無いと自然に溜息が出た。
俺の態度が気に障ったのか口が悪い男は顔を真っ赤にしてさらに言い募ろうとする。
それをリーダーの男が手で制する。
「あ、兄貴!」
「……随分、肝が据わっているようだが、ここは俺達、焔魔貂が貸し切ってるんだ。兄ちゃんには悪いがどいてくんねえか」
(カルガロット……? パーティー名かなにかか?)
欠片も悪いと思っていない表情をしながら、リーダー格の男は命令してくる。
俺とアギトだけなら席を移ることも検討するが、アイゼンがいない以上、勝手に動くとあとで確実に文句を言われるだろう。
こいつらのせいで『言い返せばよかったのに』とか重箱の隅をつつくようなあの男の愚痴を俺は聞きたくない。
そういう訳でお断りしよう。
「うーん、俺達が退くメリット無いですよね? だから嫌です」
満面の笑みで断った。
すると周囲で聞き耳を立てて、様子を窺っていた参加者たちが憐れむような感情を向けて来て、被害が及ばない様に見て見ぬふりをする。
兄貴と呼ばれた男は無言のままこちらを睥睨するものの、取り巻きの馬鹿が懲りずにつっかかってくる。
「おい、ふざけてんじゃねえぞ! てめえが何者か知らねえけど、焔魔貂に喧嘩売ってタダで済むと思ってんのか!」
「いや、喧嘩も何も吹っ掛けて来たのはあなた達でしょ? それとよく分からない名前を連呼されても何も怖くないんですけど」
おっと、皮肉だけでなく嘲笑も混じってしまった。
最近、うちのパーティーは口が悪すぎて、素が出てしまうことが多くなっている気がする。
「クソがッ、下手に出てりゃなめた口ききやがって! どうやら、身体に教えて欲しい様だな」
取り巻き改め、三下君がパキパキと拳の骨を鳴らしながら、威嚇してくる。
「きゃー、こわーい」とでも言えば、こいつらは満足するのだろうか。
こんなことをする輩が本当に実在すると知り、失笑が浮かぶ。
しょうがないので鷹揚に席から立つと、男たちの視線を受けながら真正面に見据える。
ついでにアギトも空気を察して一緒に立ってくれた。
視線を受けて男たちは身構える。
と言っても俺の視線では無くて、龍人族の視線のようだったが。
「ふっ……色々つっこみたいところがあるけど、あんたらの言葉からは一度も"お願い"の言葉は聞いてないし、大体その仕草もダサいよ?
それに……ここで暴力沙汰なんて起こしたら、オークションに出られなくなるけど、それでも良ければ殴って来れば?」
警備員の方を顎で指し示しながら、両手を広げて挑発する。
男たちは反射的に拳を握るものの、手出しをしてこようとはしない。
そこら辺の分別は理解できてるらしい。
お遊びも良いが、ことが大きくなるのは面倒なので、そろそろお開きにしたいと思っていると、
「――この神聖なオークションで何をしているんだ」
という女性の声が響く。
声のした方に目をやると、そこにはアイゼンと共にフォーマルな衣装を纏う見知らぬ女性がいた。
たった一言で場の雰囲気を塗り替えたその言葉からは、確固たる自信と力強さを感じた。
「……アンタは蒼天の――」
「君たちは、この街のオークションは初めてかな?」
有無を言わさぬ声で女性が言葉を遮る。
リーダー格の男は女性の事を知っているのか、おもむろに警戒し出した。
「……だったら、何だというんだ」
「他の国がどうかは知らないが、この街には明確なルールがある。それを破ろうとする者を見過ごすことは出来ない」
「……チッ、ここは一旦引くぞ」
「あ、兄貴っ!?」
「待ってください!」
男たちは逃げるように踵を返すとどこかへ行った。
「君たち、大丈夫だったかな?」
「え? ああ、大丈夫です。ありがとうございました」
何だかよく分からないまま、一件落着したようだ。
慌てて頭を下げて礼をする。
「当然のことをしたまでだ」
その女性は堂々と言ってのける。
キザなセリフなのに全く嫌味を感じさせないことに驚いた。
(それにしても、随分と美人な人だ)
滑らかな白い肌に透き通るような長い銀の髪。
目鼻立ちの整った顔をしており、まっすぐ向いた瞳には強い意思が宿っている。
纏う雰囲気は戦士のそれなのに、見た目はさながら貴族令嬢のように美しかった。
「ではそろそろオークションが始まる時間なのでな。私は失礼する。先程の件は頼んだぞ、アイゼン」
「ああ、分かった」
優雅に身を翻すと、コツンコツンというヒールの音を鳴らしながら去っていった。
アイゼンは友人のように気安く返事をすると、何事も無かったかのように座り話し掛けてくる。
「それで何があったんだい?」
どういう関係だったのか気になるが、そこはプライベートなので踏み入らない様にするか。
「馬鹿な奴等に絡まれただけだよ。確か……カルガロットとか言ってたけど」
「焔魔貂? ああ、それは魔物の名前だね。なら、どこかのパーティーか」
「どんな魔物なんだ?」
「簡単に言えば、炎を纏った細長くて小さいイタチみたいなものだよ。毛皮が良い値段で売れるんだ」
「へぇ~、随分と可愛らしい魔物だけど、なんでそんな名前にしたんだろうな」
「さあね。世の中には竜や虎を入れたパーティー名なんてごまんとあるからね。それに闇ギルドなんかでは悪名を広めるためにわざとゴブリンやオークってつけたりするらしいよ」
これ豆知識ね、とさらりと教えてくる。
……お前は何でそれを知っているんだ?
「じゃあ、さっきの蒼天っていうのも魔物の名前なのか?」
「いや、あれは蒼天という意味のクランさ」
「クラン?」
よくあるゲーム用語の奴か?
「普通は六人くらいのパーティーを組むだろう?
でも、ダンジョンの深層を潜るためには金や情報、人材、準備と色々物入りだから、三十人くらいで攻略パーティーを支援する組織をつくるんだ。
まあ、言うなればパーティーを大きくして、ギルドみたいにした奴さ」
「ああ、そういうやつね」
やはり、想像通りだったようだ。
いわゆる、共通の目的を持った組織という奴だ。
ゲームジャンルによって個性は違うが、ギルド、クラン、連合、ファミリーなど色々な呼称が使われており、大規模戦闘やイベントなどを効率よく進めるために行われるシステムの通称だ。
この世界ではダンジョンがあるので、魔物を狩り、解体し、金を得て、武具を買い、回復薬や食料の準備にと、やることが多いのでそれを任せる組織を作り、効率化しているのだろう。
「なら、あの人はその攻略パーティーなのか」
「ほう。もしかして、あいつに興味でもあるのかい?」
「いや、そういう訳じゃないけど」
珍しくニヤニヤしながらこっち見てくんな!
「ふふっ、別に隠さなくてもいいじゃないか。でも、セレスは仮にもAランクだからね。今の君じゃあ、到底、目もくれないだろうね」
「だから、違うって言ってんだろ」
アイゼンが変な誤解をしている。
こういう下世話な話をこいつからしてくるとは思わなかった。
(しかし、あの人の名前はセレスというのか)
考えてる事がまるでストーカーみたいだなと他人事のように思っていると、そろそろ二部のオークションが始まるようだ。
三階まで客席があり、上に行くほど柱や装飾が豪華になっており、そこにはまばらに人影が存在する。
舞台を中心に半円形という独特なホール内が、ゆっくりと静まり返る。
真紅のオペラカーテンが中央から割れて両サイドに向かって開いていく。
壇上に立っていた男をライトが照らすと、自然と注目が集まる。
「――お待たせ致しました、皆さま。これより、第二部オークションを始めさせていただきます!」
男の言葉と同時に歓声が鳴り響く。
一部よりもさらに音量が上がっており、どうやら一部目とは違う人が司会をするようだ。
「今回、司会を務めさせていただきますのは、わたくし、バーガンディと申します。以後、よろしくお願いいたします。それではさっそく一つ目の品に参りたいと思います! どうぞ!」
バーガンディと名乗った男が舞台袖を手で指し示す。
すると横からワゴンに乗せられて何かが運ばれてくる。
「――一つ目の品物はこちら! 水晶樹から生成された魔法剣です!」
青い水晶で出来た剣が運ばれてくる。
参加者たちはどよめきながら再び歓声を上げた。
「博識の皆様ならご存じかと思いますが、水晶というのは魔法において最高級の触媒として知られております。
遥か昔の戦争によって水晶が採掘され尽くし、自然の水晶は市場から姿を消しました。
しかし! ある時、とある噂が人々の間で囁かれます。
それは――どこかの森の中で、水晶が樹となって生まれてくると。
それを聞いた冒険者達は一攫千金を目指してあらゆる森を探し回り、ついに見つけたのです!
そんな来歴を持ち、数百年に一度群生地が見つかるという、まさに生ける伝説から作られたのが、この剣なのです!!」
プロジェクターのようなものにデカデカと写し出される。
そこには切っ先から柄尻まで全て水晶で出来ているらしい。
「出品者については情報保護の為、秘密とさせていただきますが、この剣は鑑定士による証明書付きですので、皆さま、奮ってご参加くださいませ!
それでは――小金貨五枚、五十万ノルから!!」
舞台場外上方に設置されたモニターの魔道具が数字を表示していく。
「六十万!」
「六十五万!」
「八十万!」
「九十万!」
数字が飛び出るごとにモニターの数値も目まぐるしい勢いで置き換わっていく。
「――四千万! 四千万が出ました! それでは――四千万で落札です!!」
「よっしゃー!!!」
「くっそー!!」
数分の格闘の後に、水晶で出来た剣が四千万で落札される。
離れたところにいたとある男が大喜びしており、同時に別の場所では涙をローブを着た男が悲しみに暮れているれている。
あっちの喜んでいる男が落札したのだろう。
「……なあ、あれってそんなに価値があるものなのか?」
「あー、あれね。水晶は確かに価値があるけど、はっきり言って剣にした意味はほぼ無いね。あれじゃあ、切れ味は良くても耐久度が低すぎて、すぐに折れるのがオチさ。よほど作った奴のセンスが無かったんだろう。それに純度百%や他に効果があるとも言ってなかったから、実用性のない観賞用みたいなものが精々だ」
「じゃあ、あれ四千万の価値ないんじゃ……」
「ま、見る目が無い奴の自業自得さ。とはいえ一応、水晶には変わりないからね」
もう一度剣を視界に入れてから、両極端な男たちを交互に見た。
そして、あそこで大喜びしている男に向かってゆっくりと合掌する。
純度百%だと思い込んでいる男の今後を祈って……。
四千万で水晶剣を買った憐れな男から時間が進み、オークションでは様々な品物が登場した。
「ヴォーパルバニーのレアドロップ、【名剣ヴォーパル】! 五千百万で落札です!」
「白磁の塔150階層から得た、【雷の魔剣トニトルス】! 二億二千七百万!」
「危険地指定された場所に生息するという幻獣グリフォンの革で造った【鷲獅子の革鎧】! 三億三千万!」
「状態異常における幻惑、混乱、魅了、睡眠などを無効化する【無我のネックレス】! 一億九千万です!」
「空を飛ぶことが出来る、【天馬の靴】! なんと、現在最高額の六億四千万で落札されました!!」
他にも、魔法の効果を引き上げる【魔導書】や【収納指輪】という半径十メートル内にあるモノを重さに関係なく千個まで収納できる指輪型魔道具、他にも多数の魔剣や防具、装身具などが落札されていった。
そんな中、ときおり妙なモノが出品されることがある。
「謎の製法で作られたプレート! 六百万で落札です!」
「破壊することの出来ない黒い石! 三百万です!」
【鑑定】が効かないモノや効果があっても重要な情報が読み解れない物など、両手で数えられるくらい出品された。
丁度いま、錆びているが鑑定できない指輪が出てきているので競ってみることにした。
「確か、こうやって……」
席の真下に設置された電卓のようなハンドルに数字を入力するらしい。
今が二十万なので、一気に三十万にしてみよう。
そういえばこのハンドル、見た限り席に必ず一つはあるので、この会場だけでどれだけ金がかかってるのだろうか。
全く想像できないが、こんな場所で争いが起きた時には主催者は顔面を蒼白にする事だろう。
そう思ったら、何だか面白い。
「三十万! 三十万です! 他にいませんかー? ――三十二万! 出ました、三十二万です!」
「チッ、小賢しい真似を……」
余計な事を考えていたら、誰かが上乗せしてきた。
悔しいので、四十万まで釣り上げる。
しかし、再び誰かが端数で上乗せしてきた。
「四十二万! 四十二万です!」
そうして同じことを数回繰り返して相手が九十二万まで繰り返した時、俺は諦めた。
「――九十二万! 九十二万です! 他にいませんかー?」
「……いいのかい? あれ、欲しかったんじゃないの?」
「いや、欲しいって言うか、面白そうだなって思ったから参加したけど、これ以上粘られるのも鬱陶しいから諦める。そこまで欲しい訳じゃないし」
「そ、ならいいけど」
「九十二万で落札といたします!」
競売に参加してみたが、残念ながら初めてで勝てるほど甘く無いらしい。
それなりにショックを受けながらオークションは更に進んでいく。
その後も数回ほどチャレンジしたが、途中で五百万を簡単に超えたり、数字を入力している最中にそれより大きい数字を入力されて追い抜かれたりと散々な目に遭った。
幾度もの失敗を重ねていると、突然、体の中で何かが暴れるような衝動に襲われる。
「――続いての商品はこちらです!
とある冒険者の怨念が宿った呪いの装備一式になります。
こちらの商品は出品者様の希望によりセットで一つの商品となっております。分割でのご購入は出来ませんので、その点はご了承くださいませ。
ちなみに、これも出品者様のご意向により隠さず申し上げますが、鑑定士によると触れた者の精神を汚染すると記されており、先程も不用意に触れた従業員が意識を失いましたので、受け渡した後は全て自己責任でお願いいたします。
それでは――最低金額、一万からとなります!」
落札が開始すると、ゆっくりながら一万ずつ金額が上がっていく。
それを他所に、心臓がまるで暴れ出したかのように体の震えが収まらない。
身体中に力が入り、今にも歯が砕けそうなほど食いしばる。
(呪いは――全て喰ラウッ!)
脳内に強い怒りが浮かび上がる。
(――くっ、久しぶりに出て来たと思ったら、こんな時にオボロかよっ!?)
今はまだアイゼンとアギトの二人は気付いていないが、勘の良い二人の事だ。いずれ気付くかもしれない。
二人が気付いて面倒な事になる前に解決しなければと焦る。
怒りと殺意が水位が上がるように徐々に膨れ上がってくる。
このまま膨れ上がり続ければ本気で抑えきれなくなるかもしれない。
ふと、この原因についてくだらない思考が頭を過った。
――そういえば、なんでか【宵闇のコート】着て来たな……。
今日はオークションだから、一応正装のつもりで白いコートを出したのに、何故かこっちの黒い方を身に着けている。
別にどうという訳では無いが、もしかしたらこれも何か意味があったのかなと無意味に関連付けた妄想が思い浮かぶ。
不意に、身体が憎悪と怒りによって燃えるように熱くなる。
冗談で気を紛らわせてみたものの、これ以上は身体が持ちそうにない。
そこで俺は一発勝負をかけることにした。
(おい、オボロ……いい加減に――しろッ!!!)
【宵闇のコート】を握りしめながら、思いの限り、強い思念をぶちまける。
瞬間的に怒りの感情が引いたものの、巻き戻るようにすぐに湧き上がってくる。
――コイツ、調子に乗りやがって……!
俺はその怒りを力づくで捻じ曲げると、怒りをコントロールしてオボロへと向かわせる。
(――これ以上ふざけた真似をすれば容赦はしない……!)
俺の怒りを感じ取ったのか、体感で数分ほど経過した後にオボロから放たれる怒りが小さくなった。
しかし、まだ消えてはいない。
だから俺も少しだけ譲歩してやる事にした。
(お前、アレが欲しいんだろ。――だから買ってやる。それで今は我慢しろッ)
一瞬、「欲しいんだろ」と言った時に憎悪が膨れ上がったが、その後の言葉を聞いて、オボロは次第に息をひそめるように消え去った。
身体の震えが収まり、力が抜けていく。
どうやら、オボロの影響は無くなったようだ。
俺は大きく溜息を吐くと、ゆっくりと動きながら落札するために数字を入力する。
すると、いきなり横から手が伸びて来て、俺の腕を掴んだ。
「――おい、正気か? アレがどういうものか理解してやっているのか?」
「アイゼン……分かってるよ。それでもアレが必要なんだ」
主に俺の精神安定剤のために。
そんな事は露とも知らず、アイゼンは思案する仕草をした後、ゆっくりと腕を離した。
「……あとで何に使うか聞かせてもらうよ」
「分かったよ。大した理由はないけどな」
アイゼンは納得したわけではないだろうが、気持ちに折り合いをつけたのか背にもたれて目を瞑った。
おそらく自分は関与しないという意思表示だろう。
俺は六十万まで値上がりした呪いの装備を百万まで上昇させた。
「百万!? まさか、一気に百万になりました! このままいないようであればこの金額に決まります。
――落札! なんと百万で落札しました。おめでとうございます!」
司会はここぞとばかりに雰囲気をつくり、盛り上がらせる。
他の参加者たちも何が面白いのか、一緒になって騒ぎ立てる。
すると、音を立てずにスタッフが近づいてきて、番号と商品名が書かれた証明書を渡してくる。
(これで満足か、オボロ……)
呪いの根源となる闇の狼は何も反応しなかったものの、俺はそれに満足して目を閉じた。
その後、第二部のオークションが終わる間際まで眠り続け、目玉商品である最後の品物を見届けた後、オークションは終了した。
「――それでは栄えある最後の商品、【迷宮核】は今年度の最高額、七十八億九千百万ノルで落札されましたー!!!
皆さま、盛大な拍手をお願いいたします!
――それでは、これにて第二部オークションを閉会といたします。お帰りの方々は十分お気をつけてお帰り下さいませ!
第三部は二十時から開始いたします!」
わあああああああああああ!!!
大歓声の中、惜しまれる様に第二部オークションが閉会した。




