第93話 オークションの前に
オークション当日。
時刻は午前六時ごろ。
たまたま目が覚めた俺は生活魔法で身支度を整えると、いつも通り【宵闇のコート】という呪われた外套を纏い、外に出る。
呪われているといっても近くに置いておけば外すことは出来るし、特別不幸になる事も無く、外套に宿る"オボロ"と名付けた狼の怨念はあれから語り掛けてこない。
眠っているのか、それとも力を蓄えているのか定かではないが、そのうちまた会う時が来るだろう。
そんな事を考えながら宿屋で食事を取ろうと思ったのだが準備中らしく、そのあいだ街中を散歩する事にした。
今日の迷宮都市はどこもかしこもお祭り一色だ。
昨日はあそこの雑貨屋も、あっちの武器屋もみんな空気が浮ついていた。
そしてそれは俺が住んでいるこの宿屋も例外ではなかったらしい。
宿屋を背にして道を眺める。
早朝なのにも関わらず、いつもと比べてやや人が多い。
店の開店準備をしている所もあれば、屋台で料理を作るために下拵えなど余念がない。
今日はオークションがあるから財布のひもが緩い内に稼ぐつもりなのだろう。
他にも、フリースペースでは場所取りのために昨日から寝ているのか、ござのようなものに横になり、いびきをかいている姿も少なからず見られる。
(朝早くからご苦労な事だ)
俺では理解できない行動原理に呆れながら通り過ぎる。
そうして歩き続けていると、冒険者ギルドが見えて来た。
興味本位で中をのぞくとまだ早い時間のためか、ギルド員の人数が少なくゆっくりと動いている。
特別する事が無いので、お疲れ様と思いながら、外に出た。
丁度その時、知らない冒険者とすれ違った。
ところどころ汚れた装備を身につけていたので、さっきまで迷宮に潜っていたのだろう。
ここで一月も過ごしていて気付いた事がある。
朝早く起きる冒険者というのは街や周囲の森を拠点に活動し、街に根付いた仕事をしているのに対し、昼まで寝てる冒険者はダンジョンを中心に絞って活動しているということだ。
町や森を中心に活動するのは低ランク、もしくは魔物を倒すのが苦手な人間だ。
反対に先程のような冒険者は依頼書を受注し、迷宮の中で魔物退治や採取を生業としている。
そのため実入りが良く、朝は眠り続け、昼からぶっ通しでダンジョンに潜る生活を送っている。
「ま、俺はどちらでもないけどな」
パーティーを組む時は宿で朝食を摂っていると勝手に集まるので、会話の中でどこに潜るのか決めているくらいだ。
他のパーティーよりは潜る回数はそれほど多くないが、休息日が決まっているので今の所三人から不満を述べられたことはない。
ボーっと考え事をしていると、どこかへ人が流れていくのに気付いた。
流れに逆らわずにいると、小さな通りで朝市のようなものが行われていた。
ざわざわと騒々しい中で人々は野菜や干し肉を売ったり、古着やおもちゃ、植物、骨董品、本、ガラクタなど様々なモノが並べられている。
冷やかしながら、本や野菜など気になったものを購入していく。
当然、値切ることも忘れない。
そんな風に楽しんでいると、自然とうわさ話が聞こえて来た。
「――オークションで魔剣が出品されるらしいぞ」
「ホントか? 俺は魔導書が出るって聞いたが」
「――ねえねえ、聞いた? 万能薬が出るんだって」
「えっ、万能薬!? それってどんな病も治せるっていう? 出品者は?」
「なんと、あの剣聖様だって!」
「やっぱり剣聖様か……貴族に売れば大儲けできるのに、良く出品したわね」
「それが三つもあるんだって!」
「三つも!? 夫にも剣聖様を見習ってもっと稼いでほしいわね……」
「あはは……剣聖様と比べられちゃ可哀そうよ」
「――今年はどんな宝箱が出るのか、楽しみですな。オーナー」
「ふふっ、何と言っても二百八十階層ですからねえ。我々の想像できない次元でございましょう。ドクター」
「宝箱マイスターたる我らをうならせられるか、見物ですな」
「ふふ、見物ですねえ……」
ふらふら歩いていると、色々な会話が聞こえて来た。
魔剣に魔導書、万能薬か……。
それにしても、宝箱マイスターって何かの隠語だろうか……?
そうしていくつか買い漁っていると、錆びた剣や指輪、光る石などを売っているガラクタ店が目に入った。
そのまま通り過ぎようとしたのだが、声を掛けられる。
「そこのお兄さん、少し見ていかないか――ちょ、ちょっと!? 聞こえてるだろう!?」
「聞こえません」
「しっかり聞こえてるじゃないか!」
「すいません、持病の独り言なんで勘弁してください……」
「そんな卑屈そうな顔しても逃がさないよ! というか持病の独り言って何!? ちょっ、露骨にめんどくさそうな顔しないでくれよ!」
目深に帽子をかぶった薄汚れた格好のおじさんがしつこく話しかけてくる。
汚いのは嫌いなのであまり近くに寄って来てほしくないのだが、不思議と臭いはせず、肩に触れようと伸ばした手も引っ込めた。
(なんだこのおっさん?)
なんだか不思議なおっさんに遭遇したが、ニヤついている顔が視界に入り、少し、いや結構うっとうしい。
このまま振り切って逃げても良いのだが、どこまでもついてきそうな予感がしたので、とりあえず話を聞いてみることにした。
「……で、なんですか?」
「ああ、やっと話を聞いてくれるんだね。じゃあ、こっちに来てくれよ」
え、別に行くとは言ってないのだが?
背を向けて隙を見せるおっさん。
このまま逃げられそうだと考え、試しに回れ右をして反対方向に進もうとする。
「どこ行くんだい?」
「うわっ!?」
数秒前まで後ろにいたのに、突然目の前におっさんがいた。
驚いて心臓が飛び跳ね、大きな声を出してしまう。
――しゅ、瞬間移動か……?
「さ、こっちだよ!」
おっさんは俺の体を反対にすると、背中を押してくる。
こっちの事情もお構いなしか。
とはいえ、妙に手慣れた行動から逃げられる気が全くしないので、諦めてしぶしぶついていく。
(な、なんなんだ、このおっさん……)
「はい、好きに見てってよ」
「好きにって……」
連れてかれたのは二畳ほどのござの上に並べられたガラクタが置かれた場所。
そこらに転がってそうなゴミを拾い集めたようなものばかりだが、何を見ろというんだ?
この中でまともなモノを挙げろと言われたら、しいて言えば、この古びた指輪が一番まともそうだが……。
そうして何の気なしに、指輪を持ち上げた。
「あっ、それは……」
「えっ、触っちゃ――」
ダメなのか、と言おうとしたら視界がグルグルして気持ち悪い。
(うっ、吐きそう)
思わず指輪を手放して、口に手を当てる。
カランという音を立てて指輪が転がっていく。
指輪を手放すと、気持ち悪くなった感覚が嘘のように消えた。
とはいえ、まだ頭がグルグルしている気がする。
「……おい、その指輪なんなんだ」
こんな不愉快な目に遭うのは思わなかった。
呪いのアイテムか、なんかか?
「おお、よく喋れますね。これは既に契約されているんで、持ち主以外が触れると奪われないための防御魔法が掛けられているんだよ」
「契約……?」
「お客さん、契約魔法を知らないんで?」
「聞いた事はあるけど、どういうもんかはいまいち。というか、なんでそんなもんが並べられてるんだよ……」
「いや~、お客さんが言う前に触っちゃうから」
「……確かに勝手に触った俺が悪かったけど、そんなもん目に付くとこに置いとくなよ! そもそも何であるんだよ!」
「はは、こういう使い道のない魔法の指輪が好きなお客さんもいるんでね。その為ですよ」
こんなところに来る客なんて俺みたいな変わり者だろうから、そういうこともあるか。
「それより、契約魔法って?」
「うーん、そうだね。じゃあ、何か一つ買ってくれれば教えてあげよう」
このゴミの中から一つ選べと?
錆びた剣、古びた指輪、古びた腕輪、欠けたナイフ、緑色と赤色に光る二つの石、黒い塊、ボロボロの布、カビたパン……。
その他、黒い砂が入った小瓶や刺繡されたハンカチなどよく分からないモノばかり。
というかそのカビたパンはなんなんだ。
全くと言っていいほどロクなモノが無い。
とりあえず【鑑定】してみようとするが、出てくるのは何の変哲もない説明文だった。
「……この中で、オススメとかあるの?」
「んー、オススメですか……。そうですね。あなたにぴったりなのはこれですかね」
そういって手渡して来たのは、黒いゴムのような固まり。
恐る恐る受け取ると、感触を感じる前に前触れもなく、空気に溶けるように消えた。
「は?」
「はい、じゃあお代として銀貨一枚を――」
「おい、ちょっと待てや。今の説明しろよ」
「ええー! それはないですよお客さん! こんな零細商店から奪うつもりですかー!?」
「『それはないですよ』はこっちのセリフだわ! 手渡されて突然消えたじゃねえか。どこいったんだよ! そもそもあれなんだったんだよ!」
「質問が多いですねえ。とりあえず、いつか役に立つときがくるとだけ言っておきましょう」
意味深な口調で預言者ぶりながら、おっさんはそれ以上の事は語らない。
何度か問い詰めてみたが、さっきの黒い塊については喋るつもりが無いらしい。
「しょうがない、今のはおまけにしますよ。その代わり、こっちの石を……」
そう言って再び手渡してきてのは、淡く光る石。
とはいえ、また手に乗せた途端消えても困るので、うかつには触らない。
「それは?」
「えー? 見た通りただの石ですよ。お代は銅貨三枚ってところで」
光る石をただの石とは呼ばん。
とはいえ、緑に光る石なんてもらっても……。
そう思いつつ、諦めながら小銅貨を渡す。
「ちょっとお兄さん? 大銅貨の方なんだけど」
「は?」
「あ、いや、なんでもないです」
おっさんは受け取った小銅貨三枚を手に、物分かり良くおずおずと引っ込めた。
「それで契約魔法って?」
「これだけじゃ足りな――」
ドンッと銀貨一枚をござにねじ込み、もう一つあった赤い石を奪い取った。
「それで契約魔法って?」
「……毎度あり! お約束通り話しましょう。契約魔法っていうのは、端的に言えば魔法により疑似的な繋がりを作る魔法でさ」
「疑似的な繋がり?」
おっさんは唐突に饒舌になると、下っ端口調で説明してくる。
「そうでさ。さっきのこの指輪を見ればわかるでしょう」
「おい、それ触っても大丈夫なのか……?」
おっさんは先程の指輪を掌で転がしながら見せてくる。
「大丈夫ですよ。それでこの指輪なんですが制限がついてまして、契約者以外が触れたり持ち去ろうとすると指輪に込められた魔法が自動的に発動するんですよ」
「じゃあ、さっきのは勝手に触ったから気分が悪くなったのか?」
「そうですね。――もし、お客さんが奪おうと考えたり、私を殺そうと悪意を抱いたら呪われていたかもしれないですね」
「……マジ?」
「ふふ、試してみてもいいですよ?」
おっさんがにこりと笑う。
しかし、その目には一切の笑みが含まれてなかった。
「……まだ死にたくないから止めとく」
「そうされるとよいでしょう」
「じゃあ、俺はこれで」
「はい。あ、客さん。うちで商品を買ってくれたおまけにこれ、あげますよ」
そういっておっさんが無理矢理手の平にねじ込んできた。
手の平を開いていくと、そこにあったのは先程の指輪だった。
「うわっ、アンタ何する――」
一言文句を言おうと視線を戻すと、目の前からおっさんはいなくなっていた。
ござに並べられていたガラクタも、おっさん自体も最初からいなかったように忽然と姿を消していた。
「……一体何なんだ」
驚きの連続でユートは空に向かって溜息を吐いた。
──☆──★──☆──
「ん? ……良い匂いがするな」
朝市を抜けて彷徨っていると、どこからか美味しい匂いが漂ってくる。
それにつられて足が勝手に動き出す。
身体が向かった先には串焼きの屋台があった。
初老を過ぎた四、五十ほどのおっさんが串を焼いている。
何気なくじっと見てると、視線が気になったのか話しかけてくる。
「おい、何見てんだよ」
口調は荒く、不審感がひしひしと感じるが串を焼く手は止まらない。
「いや……美味しそうだなって」
「ふっ、そうかよ」
暇つぶしに焼き方を見ていると、おっさんは何故か笑った。
おっさんの顔を見ても、すぐに仏頂面をしており、理由は判明しない。
そうして数分で焼き上がると焼き串を手渡して来た。
「ほらよ」
一瞬、思考が過る。
「……タダ?」
「……そういうのは、思ってても無言で受け取るもんだろうが」
「ふっ、そうだね。どうも」
手渡しで串を受け取る。
こういう時に手が触れ合うけど、なんだか人情味を感じて、生きてるんだなって気がするから嫌いじゃない。
そんなことを考えながら、「いただきます」と食礼をして口に入れる。
はふっ、はふっ、と熱を吐き出しながら舌で転がし味わう。
弾力な肉と甘ダレが絡み合って絶妙な味を表現している。
塩気もきいてて、どちらかというと冒険者向けの味付けだと感じた。
二本、三本と食事が進みそうな味だった。
「どうだ」
「旨いです」
「そうかよ。ほら」
「……なんですか、その手は」
おっさんは人差し指と親指で円を作りながら、何かを示唆する。
「そりゃお前、食うもん食ったんだから払うべきだろ?」
「……あんた、最初からその気だったな」
「カカッ、俺も商売だからな!」
おっさんがいい年して子供みたいに笑うので、それにつられて俺も笑った。
今日の迷宮都市はどこもかしこもお祭り一色だ。
あそこの雑貨屋もあっちの武器屋もみんな空気が浮ついている。
そしてそれは俺自身も例外ではないらしい。




