第89話 ダンジョン初攻略
「あっ、剣が!」
オーガの握っていた剣が半ばから折れた。
それを成したのは勿論、オーガ相手に独りで立ち向かっているアギトだ。
オーガは剣が折れたことにより致命的な隙を晒してしまい、最後にはアギトの振り下ろしにより一刀両断された。
「アギト!」
俺の呼びかけに対し、残心していたアギトはゆっくりと振り返る。
「フッ、一人で倒せただろう」
「ああ、見事だったな。それにお疲れ様」
話し掛けながら【治癒】を掛ける。
アギトの体に出来た傷が数秒と経たず消えていく。
「うむ、すまぬな。それに我の我儘を聞いてくれて感謝する」
「毎度は困るが、これくらいなら構わないよ。さ、素材を取って帰るか」
「――ちょっと待ったー!!!」
良い感じに締めようとしたのにノーナが横槍を入れる。
「ん、どうした?」
「えっ、いや、本気で言ってる? アレが見えないの!? た・か・ら・ば・こ!!」
そう言ってノーナが指差した先にあったのは、いつの間にか部屋の奥に置かれている宝箱。
アギトの方ばかり見てたので全然気付かなかった。
「へぇ~、あれが宝箱か」
「『へぇ~、あれが宝箱か』じゃないわよ! あれを開けなきゃ、ダンジョンに潜る意味なんてひとっつも無いじゃない!!」
「いや、そこまでじゃないだろ……」
「そこまでよ! それくらい重要なのよ! 分かってないわねえ~、アンタ。宝箱っていうのはね、ロマンが詰まってるのよ!!
私たちの想像もつかないお宝が入ってるかもしれないし、財宝が溢れるくらいあるかもしれない! そんな夢と希望が詰まった宝箱に対して、開けないなんて人間じゃないわ! 虫! ゴブリン以下よ!!
宝箱という何が入ってるか分からない、いわば未知に対して多くの人間が魅了され、追い求めて来たのよ!
それを魔物倒して、『はい、おしまい』なんて冗談じゃないわ!!
ダンジョンに潜るというのはね……宝箱を開けるために入ると言っても過言では無いのよ! どう、分かった!!?」
「あ、はい」
ノーナの熱量に負けて、もうそれ以上何も言えなかった。
けれど一つ思ったのは、「夢と希望」が詰まってるんじゃなくて、「金と欲望」が詰まっているの間違いじゃないだろうか、と――。
それから粛々と素材を集め終えると、大きな宝箱の前に3人で立った。
ノーナは宝箱に対してなにやら触れていると、おもむろに立ち上がってこちらを振り向いた。
「罠は無いようね。大丈夫そうよ」
「そうか」
どうやら罠が無いか調べていた様だ。
何をしていたのか全く分からなかったが、意味のある行為だったのだろう。
「ほら、早くしなさいよ」
「えっ? あ、俺が開けるの? 自分で開けないのか?」
「流石の私だって何もしてないのに、いの一番に開けたりしないわよ」
ノーナは「失礼ね!」と怒ったふりをする。
「それにアンタ達、初めてダンジョンをクリアしたんでしょ? ならアンタたちが開けるのが筋ってもんでしょうが」
「律義な奴だな。良い子ちゃんかよ」
ユートは含み笑いをしながら呟いた。
「いいからさっさと開けなさいよ!」
ノーナは顔を赤くしながら背中を押してくる。
その一瞬、アギトの方をチラッと見たが小さく頷いていた。
俺は覚悟を決めて、宝箱の蓋に触れる。
「開けるぞ」
ごくりと唾をのむ音が聞こえる。
みんな真剣な目で見つめる。
ゆっくりと宝箱を開けていく。
最初に目に入ったのは、金銀の煌びやかな光。
眩いほどに輝く財宝の中身は、大量の金貨や銀貨、武器や謎の袋、指輪などの装飾品といった様々なアイテムがぎっしりと詰まっていた。
「す、すごいわッ!! ダンジョン攻略するだけでこんなに入ってるの!?」
「おー!! すごいな、これ!」
ギラギラと光る宝箱の中を見て興奮に沸き立つ。
同時に、お宝というものを初めて見て、過去の童心が戻ってくるかのようだ。
「でしょー! これが宝箱を開ける醍醐味って奴なのよ!」
『中に何が入っているのだ?』
いつもは言葉が分からないために、会話に入ってこないアギトが興奮を隠しきれず聞いてくる。
とりあえず、一つずつ取り出してみる事にした。
「えっと、まず剣だな」
目に見える金貨は後にして最初に宝箱から取り出したのは、長剣に分類される剣だった。
といっても、申し訳程度に装飾された一見普通の剣だったが、【鑑定】してみると魔法道具に分類されるモノだと判明した。
「……どれどれ、銘は【魔力剣】。まんまだな……。内容は魔力を通しやすく、鍔の所にある窪みに空魔石を嵌めると魔力を貯めておける、と書いてあるな」
空魔石とは、魔石に詰まった魔力を抜いて加工したものだと書かれている。
「えっ、もしかしてアンタ【分析】使えるの!?」
「いや、【分析】じゃない」
「じゃあ、上の【解析】? あっ、もしかして魔道具とか?」
「それも違う。ただ単に【鑑定】だ」
「単にって……それってユニークスキルじゃない!?」
ノーナが何度も驚いている。
(いちいち驚いてて疲れないのか……?)
「まあ、そんなことより次だ」
「そんなことって……そっちもちょっと気になるんですけど」
なにやら後ろで呟いているノーナを他所に、次はガラス玉が嵌められている指輪を手に取った。
「これは……【探知の指輪】だな。効果は直径30メートルの範囲が分かるというものらしい」
「あー、【探知の指輪】かー。それは外れね」
「外れなんてあるのか?」
というか、そういうのは最後に言うもんだろ。どんなものがあるのか、何に使えるのか考えるのが楽しみなのに、外れとか言うなや。
「うーん、一見効果がすごそうに見えるでしょ?」
「まあ、確かにな」
30メートルの範囲が手に取るように分かるのなら狩りが捗りそうだ。
「でもね、その30っていうのが曲者でね。ハッキリ言ってその程度の距離なら視覚とか聴覚で十分わかるもんなのよ」
「へー、そうなのか」
「そうなのよ。大体、60とか80くらいにまで伸びるとそれなりに使い道あるけど、建物とか遺跡のような閉鎖的な場所じゃあ大して役立たないわね」
――大して、か
「どうして?」
「壁に邪魔されて効果が出ないのよ。例えば建物の中にある一本道を想像してみなさい。30メートルの距離が分かるその指輪を使って、意味あると思う? そんなの使うより目で見た方が断然早いじゃない?」
「ああ、そういうことか……なら隠し通路を発見する時とかに使えそうだな」
もしくは、目のついていない後方を警戒する、とかな。
「……! 確かにそういう使い方をするけど、よく分かったわね」
遺跡には様々な罠が仕掛けられている。
最もシンプルなのは踏むことで作動したり、特定位置を通ると矢が射出する罠だ。
中には、生き物の気配や魔力の揺らぎで作動する凶悪な罠もあるが、そんな中でトレジャーハンターに共通している言葉がある。
それは、「罠が沢山仕掛けられている所は絶対に何かが隠してある」ということだ。
そういう場所をくまなく探索する時に、一つ一つ罠を解除するのでは手間が掛かって効率が悪い。
そのため、スイッチや隙間の空いた壁などを発見するのに用いられるのがこの【探知の指輪】だった。
ある程度、技量と経験を積むと意外なモノが探索に役立つと気付くのだが、これもその内の一つで、初めて説明を聞いた人間が思いつける代物では無かった。
(だというのに初めて聞いて知識で、トレジャーハンターの隠し技を一発で思いついたっていうの……!? コイツ、どんな頭の回転してんのよ)
ノーナはユートの後ろ姿を凝視した。
「――ま、とりあえず置いといて次だ。これはブレスレットか?」
宝箱の中で最も煌びやかで装飾のついている腕輪らしきものを手に取った。
「名前は【火矢の腕輪】。効果は文字通り、魔力を対価に【火の矢】を放てる。ちなみに最低一本、最大で三本らしい」
くそ使えねえ!
「へえ、まあまあね」
「えっ? どこが?」
「だって、魔力があれば誰にでも使えるんでしょ? なら、前衛や中距離なら隠し玉に使えるじゃない。まあ、アンタは自前の魔法があるからそう思うんでしょうけど、そんなもんよ。ドンマイ♪」
う、うぜぇ……。
特に微笑みながら言ったのが一番腹立つわ。
でも、悔しいからもう一度言ってやろう。
この腕輪は絶対にショボい! この世界で使う事はまずないな!
「あー、次か。なんか一々やるのめんどくさくなってきたな。とりあえず、適当にやるか」
「……まあ、好きにすればいいんじゃない?」
そうして、効果は後回しにして大雑把に分類する事にした。
まず魔法道具は【魔力剣】、【火矢の腕輪】、指輪が【探知の指輪】含めて3個、盾が1個、小さな袋が1個だった。
他に面白枠として、魔力回復と普通の回復薬がそれぞれ五本程あり、あとは小汚い棒も入っていた。
それ以外は効果も無いただの装飾品や宝石で、金貨や銀貨は宝箱の半分を占めていたようだ。
「――こんなもんだな」
「ねえ、この袋【鑑定】まだよね。ちょっとやってみてくれない?」
「ん? 分かった。……【収納袋】って書いてるな。効果は――」
「あー、やっぱり、そうだと思ったわ。ちょっと借りるわよ」
「おい、何するんだ?」
「まあ、見てなさい」
効果を見る前に俺から袋を奪うと、ノーナは宝箱に近付き、お金に袋の口を当てた。
すると、瞬きをする間にあれだけ埋まっていたコインが全部無くなり、宝箱の中ががらんどうになった。
それだけでもおかしいのに、あれだけお金を突っ込んだというのにノーナの持っている袋は一切膨らんでいない。
萎んだ水風船かよ。
「どうして膨らんでない――あ、アイテムバッグみたいなもんか?」
「それは知ってたのね。ほとんど正解よ。少し違うのは、念じるだけで物を吸い込める点ね」
「物を吸い込む? それはすごいな……」
「でも、容量が小さいのが欠点なんだけどね」
それでも十分だと思うんだが……と思ったものの、気になってノーナが手に持ったままの袋を【鑑定】してみた。
すると確かに30㎏までの容量制限があると書かれている。
(30㎏でも十分じゃないか……?)
「まあ、一番の特徴は何と言ってもこれに手を入れてみれば分かるわ」
ほら、とノーナが袋の口を差し出した。
中が見えないようで、真っ黒な口の中に恐る恐る手を入れてみた。
「これは……」
「分かった?」
「――ああ、まさかどれくらい中に入ってるのか浮かんでくるとはな」
どうやら俺の【無窮の亜空間】と同じ仕組みを採用しているらしい。
それによると、この【収納袋】には小金貨が32枚、小銀貨が65枚、大銅貨が128枚だそうだ。
お金だけでおよそ330万円相当で、これにアイテムを加算すれば相当な額になることは容易く想像できる。
「便利でしょ? ……でもアンタ、空間魔法持ってるみたいだけどね」
まるで、「アンタには無用な代物だったわね」と言わんばかりに巾着みたく振り回す。
一応それ、大金入ってるんだから丁重に扱えよ……。
「というか、最初からあたりをつけてたんなら、それ使えば楽に仕分けられたじゃねえか!」
「言ったでしょ? これは容量が小さすぎるし、それにお金の枚数くらいならまだしもアイテムの識別は出来ないのよ。だから、魔道具の指輪も普通の指輪も等しく同じ指輪としてしか認識できないの。まあ、空間魔法持ってるアンタなら形としてその些細な違いを見分けられるかもしれないけど、無理矢理詰め込んだら壊れちゃうんだから、どうしたって変わんないわよ」
「……意外と不便だな」
「自前で魔法使えるアンタには分かんないんでしょうけど、とーっても便利なのよ! 全く失礼ね」
「はいはい、俺が悪かったって。じゃあ、時間もあれだし、さっさと帰ろうぜ」
「ちょっと! まだ全部効果が分かってないじゃない。それはどうすんのよ」
ノーナがいきなり変な事を聞いてくる。
「そんなの歩きながらでも出来るだろ」
「それって、あんたのアイテムボックスに入れるってことでしょ? アンタがこっそりネコババしないって保障ないじゃない!」
「あのな。たった三人しかいないこのパーティーで盗んだらどうなるのかくらい子供でも分かるだろ。俺を何だと思ってんだ」
「そんなこと言ったって、アンタしか知らない亜空間の中なら何でもやり放題じゃない」
「じゃあ、鑑定するモノ以外は手で持って帰ればいいだろ」
「こんな大量のお宝をどうやって手で持って帰るってのよ!」
「そんなの俺が知るかよ……」
総重量は手に入れた収納袋を大きく上回り、手に持つのは難しかった。
しかし、自分で文句つけといて、重要なところは他人任せかよ。
さっきと打って変わって、なんでいきなり絡んでくるんだ。
「……はぁ、面倒くさいな」
「ちょっと、何よ! 面倒くさいって! い、一応、マナーに則ってアンタ達のためにこんなこと言ってあげてるのに……」
段々と言葉の勢いが失速していく。
そんな顔をされるとまるでこっちが悪いみたいじゃないか。
「……わかったよ。そんな疑うんだったら、宝箱に入れて丸ごと収納すればいいだろ。そうしたら取り出せないし、鑑定し終わったら収納袋に仕舞えばいい。それなら文句ないだろ」
「……わ、分かったわよ。それでいいわよ……」
少し空気がギクシャクしたものの、こうして俺達はダンジョンを初クリアした。
小銅貨10枚=大銅貨1枚 100
大銅貨10=小銀貨1 1000
小銀貨10=大銀貨1 10000
大銀貨10=小金貨1 10万
小金貨10=大金貨1 100万




