第84話 強壮と競争
ゴブリンに寄生していたキノコを袋に入れたアイゼンを見て、呆然とした。
――こいつ、アレを持って帰る気か!!?
あんなゴブリンに寄生していたキノコ、略してゴブキノコを素手で触り、あまつさえ袋に入れただと!?
そこらにある毒キノコを触るのとは訳が違う。
あんなものが人間界にばら撒かれたら、みんなの頭の上にキノコが生え、自我が消えて彷徨い歩く、そんな胞子パンデミックによる世界征服すら起きかねない。
そんな恐ろしい光景が頭に浮かんでしまい、人並みに常識があると自負する俺でも持って帰ろうとは思わなかった。いや、出来なかった。
それはまるでゴキブリを素手で撫でまわし、慈しむ変態を見るような顔であったと、後にアギトから伝えられる。
「――うん? どうしたのそんなに固まって」
「おま……そのキノコどうするつもりだ」
返答如何によってはこいつをここで殺さなければならない。
人類のために!!
「どうって、これ薬になるし、お金になるからもって帰るんだけど?」
――薬!? その薬って胞子パンデミックを起こす薬ってことか!
こいつ、お金のために良心すら捨てられるというのか。
一周回って、憐れみすら禁じ得ない。
仕方ない、ここは俺が手を汚してでも止めてやる。
目を瞑り、そして決意を決めて開く。
そんな気持ちを込めて剣を握りしめ――――
――はい、妄想終了、と。
いやー、まあ、あれだね。おそらく並行世界ではそんなことが起こってたかもしれないから馬鹿に出来ないよね。うん。
そもそも、そこまでの効果を発揮するならこの迷宮、何にも置いて真っ先に排除しないといけないし、俺みたいなのがのんびりとこの迷宮に入れるはずないもんな。
今頃世界は、人間と魔物の戦いではなく、胞子と人間と魔物の三竦みの戦いになってるだろうし、おそらく、寄生するとしてもそこまで強力な効果では無いのだろう。
そう、だといいな……。
「――はぁ……それで、薬になるって言ったが具体的にどんな薬になるんだ?」
「いや、頭にキノコが生える薬だけど?」
はい、ダウトー!!
何こいつ、俺の心でも読んだの? 怖い、怖いんですけど……!
「いや、そんな無表情になられても困るよ。冗談に決まってるだろ? これは俺の知り合いがそんな妄想を話して来たのを、ふと思い出してね」
俺、そいつと仲良くなれるかもしれない。
「まあ、そいつ、毒殺魔として国際指名手配されたんだけどね」
俺、そいつと仲良くなれないわ。
「……それで、そいつどうなったんだ?」
「確か、3年くらい前に死んだって言われてるけど、定かじゃないよ」
と何でもないように話すアイゼン。
そっちの無表情の方が怖えよ。
「……で、結局何の薬になるんだよ」
俺が怖さ半分、好奇心半分で聞くと、肩をすくめながら答える。
「ただの回復薬さ。モノによって違うけど、これは体力回復の材料になるんだ」
「ん? そのモノっていうのはキノコの種類ってことか?」
「それもあるけど、寄生する魔物によっても変わるんだ。ゴブリンは体力回復、オークは精力剤的な感じでね」
なんか一つ違ったものが聞こえたが、気のせいだろう。
うん、そうに違いない。
「あっ、その顔はもしかして勘違いしてない?」
「勘違い?」
表情に出してしまっただろうか。
「確かに精力剤って聞くと夜の方を想像するかもしれないけど、冒険者にとっては強壮薬として重宝されてるんだ」
強壮薬……滋養強壮って言葉が浮かぶが、オークからそんなものが作れるのか。知らなかったな。
「へぇー、ならアンタも持ってるのか?」
「まあね。必ず一つは持つようにしてるよ。危険な魔物に出会った時に逃げる手段くらいは持っておくべきだろう?」
「確かにな。じゃあ、そのキノコを採りに来たのか?」
帰ったら、強壮薬についてのレシピでも探してみるか。
「少し違う。オウゴンダケという希少価値の高いキノコがあるんだけど、それをギルドが高値で買い取り希望してるみたいだから、オークションで売って嫌がらせしようと思ってね。そうでなくても、ギンイロダケくらいは手に入るんじゃないかなって」
なんか聞いた事のあるキノコの名前が出て来たな。
ちゃんと記憶に残ってる。すっごく美味しい奴だ。
それにしても嫌がらせって、ギルドと何かあったのか?
とりあえず、オウゴンダケについて話すとロクでもない事に巻き込まれそうなので、これについては内緒にしておこう。
「そんなことのために……?」
「高値で売り捌きたいけど、そんな簡単に見つかるものじゃないしね。運が良かったらそれを資金にオークションに参加しようかなって考えてるのさ」
「あー、金を稼ぐためね」
「その言い方じゃ、君は参加しないの?」
「俺はそこまで金がある訳じゃないし、参加しても欲しいものが無さそうな気がするから、そこまで本腰入れてないっていうか」
オークションを謳うくらいなんだから、40万くらいじゃ話にならんだろうしな。
「確かに、オークションの最低金額でも小金貨1枚(10万)からだし、参加料ですら大銀貨(1万)が掛かるから、低ランクの君じゃ金額的に難しいだろうね」
ごめんね、と言わんばかりに憐みの視線を送られた。
まるで貧乏な人に豪華な食事を食べている事を誤って自慢してしまった、みたいな顔をしている。
ほほう……どうやら俺は喧嘩を売られているようだ。
その喧嘩、高値で買い取ってやろう。
「じゃあ、どっちの方が金を稼げるか勝負しようぜ」
「へえ……君と俺でやるのかい?」
俺が勝負を吹っ掛けると、アイゼンも目付きが本気になった。
もしかしたら、この前の賭けで負けたことを内心根に持っているのかもしれない。
「いや、アギトも含めて三人で勝負な」
とりあえず、アギトも巻き込んでおこう。
「うーん、それじゃこっちの方が上だし、有利になっちゃうから、君たち二人と俺で勝負しようか」
文字通り、上から目線の言葉で勝負内容を提案してくる。
その言葉に少しカチンときた。
「……ふーん、アンタがそれでいいなら、俺はいいぜ」
「ああ、大丈夫だよ。いいハンデさ」
気負う様子もなく、どこまでも挑発してくるらしい。
「負けた時に言い訳すんなよ」
俺も目が据わって来た。
技術や知識で劣っても、ジャイアントキリングできるってことを証明してやろう。
「もちろん。なら賭けでもするかい?」
「賭け?」
「そうだね……この前と同じように金貨でもかけるかい? ああでも、俺が勝つだろうから、君は賭けなくていいよ。負けたら俺があげるからさ」
「ま、どうしてもって言うなら、銀貨くらい貰おうかな」と言ってのける。
随分と余裕をかまして来るな。
(……正気か、こいつ?)
どっからその自信が来るか分からないが、この賭け乗ってみるか?
――いや、安易に乗るのは危険だな。
これはある意味、このパーティでの格付けを掛けた争いに等しい。
一見、俺が賭けを受け入れるデメリットは無いように見える。
しかし、金に釣られたという事実は残り、負けた時には敗者のレッテルが貼られる。
金貨は確かに惜しい気もするが、最悪の場合、パーティを乗っ取られる可能性。これが一番恐ろしい。
一度の敗北が今後を左右するとなれば、返答は自ずと限られてくる。
「――いや、賭けは止めておこう」
「ふうん……」
「その代わり、負けた方が勝った方に一回、飯を奢るってことで」
「……君がそう言うなら、俺はそれでいいよ」
アイゼンは勝負から逃げた臆病者とも、ともすれば興味深い生き物を見た時のような視線を向けてくるが、真偽は定かではない。
しかし、俺に対する何らかの印象の変動があったことを思わせた。
「時間はどうしようかな……うん、そうだな、夕刻の五時を制限時間として、外で集合しようか」
「五時か……」
おそらく他の冒険者が多くなく、それでいて混んでいない時間帯として選んだのだろうが……。
「何か問題があるのかい?」
「いや、ダンジョンにいると時間間隔がズレるだろ? だから、オーバーしたら心配だなって」
「なんだ、そんなことか」
「確かにそんな事だけども」
勝負事はルールを守ってやるから面白いのであって、守らなければ面白くないんだ。
「……しょうがない、これ貸してあげるよ」
ため息をつきながら懐から取り出したのは、古ぼけた懐中時計だった。
「……いいのか?」
「問題ないよ、もう一つあるしね。でも後でちゃんと返してくれ」
「そんなの当然だろ。人を何だと思ってんだ」
いいのかって聞いたのは、「高価なモノじゃないのか」とか「貸し借りするような間柄じゃないだろ」という意味も含めてだったんだが、本人が良いというならまあいいか。
懐中時計をポケットに仕舞おうとして、慌てて背負ったバッグに仕舞い直す。
亜空間に収納したら、時間がズレてしまう恐れがあるから無闇矢鱈に入れられない。
「じゃあ、今から開始ね。五時に地上で会おう」
「ああ」
言うが早いか、凄まじい速さでアイゼンは目の前から消えた。
あとには俺とアギトの二人だけ静かに残った。
「じゃあ、俺達も行くか」
「うむ? どこに行くのだ? それにアイゼン殿はどうしたのだ?」
「それについては歩きながら話すから、とりあえず目に付いた魔物は全部倒して良いぞ」
「おお、マコトか! ならば、昨日は見せられなかったが、今日こそ我が鍛えた剣技をその目にご覧にいれようぞ!」
「そりゃ、楽しみだ」
出来れば素材回収できる程度に原形を留めてくれるとありがたいのだが、果たしてどうなるか。
それからアギトは文字通り、目に付いた魔物を薙ぎ払っていった。
素材に関しては……可もなく不可もなく、かな。




