第83話 菌界の胞子森
アギトとアイゼンの二人と夕食を取った次の日、ユートはアギトと宿で食事を取っていた。
「これが“パン”だ」
「ぱ、ん……」
「そうそう、上手いぞ。次はスープな。これが“スープ”だ」
「す、すう、ふ……?」
「おおー、惜しい! でも、大体通じてるから大丈夫だぞ」
『む、そうか。すまぬな』
「そこは“ありがとう”だろ?」
「あり、がと」
俺は言葉の代わりに笑顔で返した。
なんで俺とアギトが朝からこんな事をしているのかと言うと、昨日、狩りをして手に入ったお金で金額を気にせず食べて飲んではしゃいだ結果、アギトが「銘酒・ドラゴンスレイヤー」とやらを飲んで、散々暴れまわったあと気絶した。
アイゼンはアギトが暴れた時も高みの見物を決め込み、酔っ払って倒れたアギトの後始末をせずに忽然と姿を消して逃げやがったのだ。
そうして残された俺はアギトをどうにか宿まで運び、言葉を教えるような状況じゃないためそのまま俺も夢の住民になった。
そんなことがあったので、朝から食事を取りつつ言葉を教えていた。
方法は単純で【言語術】を介して何を言うかを事前に教え、次に人族の言葉で単語を発する。
あとはしっかりと発音できているか確認を行うことの繰り返しだ。
まだ簡単な単語だけだが、一通り挨拶やモノの名前については教えることが出来たので、そう遠くない内にカタコトの会話なら出来るかもしれない。
「ご馳走さまでした」
「ご、ごち? そ、さん、です」
手を合わせ、食事に対して礼をする。
アギトがそれを健気に真似をするのを、笑みを浮かべながら眺める。
「じゃ、ギルドに行くか」
「ぎるど、いく」
練習するのは良いことだけど、横に並びながらカタコトの言葉を喋るの止めてくれないかな。
なんか気持ち的にテンション上がらないんだよね……。
──☆──★──☆──
ギルドに入って行くと、流石に迷宮都市だけあって朝から人は結構いる。
カウンターの前には人が並び、夜中に潜っていたのか精算所で既に素材の清算をしている者もいてダラムよりも活発的な雰囲気がここにはあった。
二階を見上げれば、朝っぱらから酒を飲んで騒いでいる虎顔の獣人もいるし、多種多様な人が入り混じっている。
とりあえず、暇潰しに依頼掲示板でも見に行こうとすると、アギトに肩を叩かれ、テーブル席の方を指差した。
そちらに視線を向けると、アイゼンが優雅に座ってなにかを飲んでいる。
「……」
「いく、ない?」
覚えたばかりの共通語を器用に使うアギトをよそに、渋い顔をしながら向かった。
「やあ、二人ともおはよう」
「ああ、おはよう」
「おはよう」
アギトも同様に挨拶をする。
それを見たアイゼンは、おやっ?という表情を顔に出した。
「言葉……教えたのかい?」
「少しだけな」
日常で使う頻出単語だけだけどな。
「すこし」
「へぇ~、頭は悪くないみたいだね。あっ、それよりこれからどうする?」
「これから? とりあえずミミズの料金だけ聞いて、そのあとにダンジョンに潜るんじゃないのか?」
「ちょうどよかった。そのことなんだけどね、さっき聞いてみたんだけど、解体したら中から人間の死体と竜玉の欠片が出てきたらしくてギルドは大慌て。さらにギルドは謎の解明の方を優先したようで、解体の方は中止してるってさ」
ん? なんだか色々な情報を一度に告げられてよく分からなかった。
ミミズを解体して、中から色々出て来た。
ギルドは謎を調査し、ミミズは放置ということでいいのか?
「というか死体? 竜玉ってなに?」
「竜玉は竜の第二の心臓の役割を持っている、いわゆる魔石の上位互換だと思ってればいいよ。あと死体はギルド所属らしいけど名前は聞いてないから、知りたかったら自分で聞いて来れば?」
「ふーん、いや興味ないから別にいいや」
ひとまず、その仏さんに合掌。
竜玉とやらにもあまり関心が湧かない。
死体と一緒だったからだろうか?
「なら、もうダンジョンに行くかい?」
「まあ、ここにいても時間が無駄だしな。アギトもそのつもりだろうし。ダンジョン行くよな?」
「ダンジョン、いく」
剣を見せながら、おそらく楽しそうな表情をしているのだろう。
牙を覗かせながら、微笑んだ。
「そのダンジョンなんだけど、今日は別の所に行かないかい?」
「別の所? 確か全部で七つくらいあったよな。中央の塔を除いて、森系と屋敷型……あとキノコが出る迷宮くらいしか覚えてないけど」
「他にはアンデッド、人型、虫の三種類だね。付け加えると初級がキノコと虫。あとは中級のダンジョンだ」
虫とアンデッドか……臭くて汚いらしいからそこには行きたくないな……。
「ちなみに今回行きたいのはキノコの所なんだけど、どうだい?」
キノコか、と内心ホッとする。
「そう言われてもな……別に俺は良いけど、アギトがなんて言うか」
「アギト、君も一緒に行くだろう?」
「いく」
「じゃ、決まりだね」
「えっ、ちょっ、今の絶対、アギト理解して言ってないだろ!」
「本人が行くって言ったんだから大丈夫だよ。行くよね?」
「いく」
「ほら」
「おい、そんな適当でいいのか、お前! 騙されてんぞ!」
アギトの語彙力を逆手にとって、知っている単語を引き出させて言質を取ったぞ、こいつ……。
本当にこんなパーティーで大丈夫なのか?
そんな心配が頭を過ったがすぐに彼方へ消えて行った。
──☆──★──☆──
ダンジョン名、菌界の胞子森。
通称、キノコハウスと呼ばれているこの迷宮は一見、普通の森のような構造になっており、最下層は30階層と小さく思える。
しかしこの迷宮の一番の特異性は、出てくる魔物が全てキノコ系、ということなどではなく、森のように乱立した巨大なキノコがあちらこちらに樹と同様に生えている事だ。
あっ、ちなみにキノコハウス云々に関しては適当に言いました。
でも多分、キノコの森とかそんな名前で呼んでると思うから、そこまで呼び方は変わらんでしょ。
「でっかー……」
触ってみると見た目そのまま柔らかいのかと思ったら、意外にもしっかりと固い。
クッションのような感じで表面がへこむのかと思いきや、樹の幹と変わらないくらいの強度で触感くらいしか違いはないかもしれない。
「――満足したかい?」
「ああ、すまない。ちょっと好奇心が騒いでな」
出来れば剣でも斬りつけてみたかったが、それは今度一人で来た時にやってみよう。
あと書庫にも行ってここの事も調べないとな。
「少しくらい別に構わないよ。それじゃあ先に進もうか」
「そうだな。というか、ここに来たのは良いけど何するんだ? あと、どんな魔物が出るのかとか事前に情報教えてくれよ」
まあ、教えてくれないなら【鑑定】を使えばいいって言えばそうだけど、情報を分析して行動するより、知っていれば思考のロスが少ないから個人的にはそっちの方が楽だ。
「うーん、どんなのって言われると表現に困るけど、簡単に言えばキノコが生えた魔物かな」
「なんだそれ」
「そうとしか言いようがないしね。ほら、噂をすればあそこにいたよ」
「……あれが?」
整えられた道沿いを歩いていると十字路に差し掛かり、アイゼンが指差した先へ視線を向けると遠くに何かがいた。
目を凝らして見ると何の変哲もないゴブリンだと思ったら、頭の上に何か乗っているようだ。
じっと観察するように見つめると、頭の上にキノコが生えていた。
「は? なんだあれ?」
「ふふ、キノコ生えてるでしょ?」
「えっ、何で物理的に生えてんの? あ、もしかしてゴブリンに擬態した何かとか?」
「いや、あれは紛れもなくゴブリンだよ。キノコに寄生されただけのね」
「いやいやいや、キノコに寄生されただけって、それ結構重要じゃね?」
なにあれ、呪いなの? 倒したらキノコ生えてきたりしないよね? 俺でも流石にそれは嫌なんだけど。
「大丈夫。キノコが寄生した奴に殺されない限り生えてこないよ。多分」
「多分!? その中途半端な多分はなんなんだ!?」
「いやー、殺された奴がアンデッドになって生えてるのは見たことあるけど、それ以外は見たこと無いからねー。断言はできないじゃん?」
「そうだけども! なら、わざわざ言うなよ! ていうかあいつ、こっち向かってきてるんだけど」
眺めていたゴブリンがこちらに向かってくる。
「じゃあ、相手してあげて」
「えっ、俺が? なんで?」
真顔で聞き返した。
「あっ、魔法使っちゃだめだよ」
「いや、質問に答えろよ、っておま、押すな!」
マジでこいつ、いつかぶん殴ってやる。
そう胸に誓いながら、剣を構える。
しかし、遅い。とても遅い!
スロー再生しているのではと思うほど遅いので、距離が五メートルを切ったらこちらから斬りかかった。
狙った場所はキノコだ。
寄生していると言っていたので、もしかしたらここが弱点なのではと思ったのだ。
予想通りと言うべきか、キノコを切り離すとゴブリンは前から倒れ込んだ。
これでおしまいか……。
拍子抜けしながらも、ゆっくりと警戒を解いていく。
「あっ、それじゃダメだよー」
後ろからアイゼンがのほほんとした声で忠告してくる。
どういう意味だ。
そう振り返ろうとしたら、倒れていたゴブリンが起き上がると同時に襲ってくる。
「うわっ!」
慌てて剣を振り、怪我をする前に倒せた。
「びっくりした……でもなんで生きてるんだこいつ?」
心臓がドクドクと跳ねているのが分かる。
突然起き上がってきたことに驚いて、小さな独り言が出てしまう。
目敏く気付いたアイゼンが俺の独り言に反応した。
「ん? 何言ってるの? 別にゴブリンは死んでないじゃん」
「えっ? は?」
色々な疑問が泉のように湧いてくる。
「見れば分かると思うけど、どこも腐ってないし、アンデッドにもなってなかったでしょ?」
「いやさっき、死んだら生えてくるって言ってたじゃん」
「ああ、あれは人間の話だよ。このダンジョンで人間が死んだら、ダンジョンには吸収されずにそのままアンデッドになって彷徨うんだよ。言ってなかったかい?」
「言われてませんけど」
「そっか。まあいいか。今言ったしね」
「おい、流すなよ。じゃあ魔物はどうなるんだ?」
「魔物はこのダンジョンで変なキノコを食べると、寄生されてさっきみたいな傀儡になるんだ。だから下手に知性をもって行動されるより倒しやすいから、キノコ切るより魔物切った方が早いんだよね」
「だからここが初級ダンジョンに認定されているんだけど」と話すアイゼン。
「なんでそんな頭のおかしい仕組みになってるんだ……」
寄生された方が倒しやすい魔物とかなんだそれ、本末転倒じゃねえか。
というか、なんでキノコ食ってんだよ。拾い食いは止めなさいってお母さんに言われなかったの?
あっ、魔物だったわ。
「とはいえ、それはここみたいな上層だけの話だけで、下に行くと知性を取り戻し始めるし、ボスは再生能力持つから手間が掛かるんだ」
手間が掛かるだけで、大変とか辛いとは言わないんだな。
アイゼンの言葉から滲み出る余裕が、そこまで大変では無いんだなと安心させる。
でも油断したらまた騙されるから気を引き締めなければ。
そう思いながら魔石を取り出していると、アイゼンは横でゴブリンに寄生していたキノコを袋に入れた。
えっ……?




