第82話 フェルドゥーラ・エクエハルト
「初めまして、諸君。私の名はフェルドゥーラ・エクエハルト。フィルギルドマスター、略してフィル様と呼んでくれたまえ! フィルマス、エクエハルト様でもよいぞ!」
と高らかに言い放った。
なんか愉快な人物が部屋に紛れ込んできた。
自己紹介後、痛い程の沈黙が部屋を支配する。
というか、「フィルマス」ってなんだ? 新種のマスの種類か?
いや、マスターを意味するんだろう。
分かっているが、つっこみたかっただけだ。
「……えっと、どのようなご用件で?」
誰も言葉を発さないので疑問を呈すると、一斉に視線がこちらに向くのを感じた。
「……おや、どうやら言葉が届いていなかったらしい。仕方が無いからもういちど言おう。私の名は――」
「あっ、名前は聞こえたんで結構です」
フィル様とやらがもう一度名乗りだそうとしたので、会話をスキップする。
――ふぅ……やれやれ。
その男は肩をすくめてそんな雰囲気を醸し出す。
そして部屋にズカズカと踏み入り、俺達の向かい側であるギルド員の座るソファに一切の遠慮なく腰掛けた。
「――さて、話は聞かせてもらった」
「あ、はい」
ボスキャラ感を纏わせながら言うので、とりあえずおとなしく話を聞いてみることにした。
「君たちはオークションの仲介料に不満があるらしいね」
どこで聞いていたのか知らないが、こっそり盗み聞きしていたらしい。
(魔法とか……?)
すぐにそんな可能性が思い浮かぶが、ふと視界の端にフクロウの人形が目に入った。
――あ、もしかしてアレか?
久しぶりに【鑑定】を使用する。
結果は【覗き見梟のからくり人形】と出た。
使用方法は梟の目に映った視界と音を別の魔道具へと繋ぎ、違う場所からでも伝達するらしい。
要するに、監視カメラみたいなものだろう。
そしてさらに、その魔道具の製作者の名前には目の前で足を組んでいる人物の名前が記載されてあった。
どうやら、アレを使って話を聞いていたようだ。
「へぇー、ギルドマスターは盗み聞きが趣味だとは、生憎知らなかったよ」
アイゼンが皮肉交じりの笑顔を浮かべて容赦なく言い放つ。
それに対して、目の前の男は柳に風と言わんばかりに華麗に受け流した。
「おっと、勘違いしてもらっては困る。私はギルドマスターなのだから、ギルド内部で行われている事を知る権利があるのだよ。それに君たちと交渉している彼は私が命令したのだ。ならば、私が仔細を知っていても何らおかしくない。そうではないかね?」
「ふーん、まあそういう事にしておこうか」
「ふむ。意外にもあっさり引くのだな。もっと爪を突き立てて、舐るように皮肉って見せてくれても構わないのだが?」
ニヒルな笑みを浮かべながら、男ながらに妖艶な雰囲気を醸し出す。
何だか寒気を感じたが、同時に何かが繋がった気がした。
――あっ、これが俗に言う変人という奴か、と。
俺は知っている。
本当の変人は「変人だ!」と指さされても、「私が変人だが、それが何か?」と開き直ってみせることを。
そして、変人と言われて嫌がる人間は、中身変人の外面常識人であることを。
「やめておくよ。迷宮都市のギルドマスターは変人だという噂は事実みたいだしね」
アイゼンも同じ様な事を思い浮かべたのか、すぐに身を引いた。
やはり、斥候は危機感に敏感でなければならないのだろう。
「その呼び方は少々不服なのだがね。変人というのは、金にがめつい商業ギルドや頭のおかしい魔術師ギルドの奴等のことを言うのだよ」
このフィルという男、ブツブツとここにはいない人間に対して暴言を吐く。
どうでもいいけど、全然話が進まんな……。
「まあいい。それで……何の話だったかな?」
「ギルド長、オークションの仲介料の件です……」
ギルド員が横でサポートする。
「ああ! そうだったそうだった。いやはや忘れる所だったよ」
ハハハッ!と笑い飛ばすが、いまマジで忘れてただろ!
目の前にいる男への主観的評価ゲージがどんどん下がっていく気分だった。
「それで仲介料だが……ふむ。別に下げてもいいぞ?」
「ちょっ、ギルド長っ!?」
「えっ? いいんですか?」
「うむ。何も問題ないな」
(えっ、ホントに? 今までの会話なんだったの? というか、何でいいんだ?)
疑問が次々に湧いていき、なんだか困惑してきた。
「さっきと言ってること違うじゃないですか!? 俺に交渉が上手くいくよう努力しろって言ったのは何だったんですか! あっ、もしかして、成功したら給料上げるっていうのも嘘だったんじゃないですか!? なあ、嘘だったんだろ!」
ギルド員が横で怒ったような表情でギルドマスターに詰め寄る。
というかあんた、そんな理由で交渉してたのかよ! 嘘だったのかはこっちのセリフだ!
口調も少し乱れてるし、今にも掴みかかりそうな勢いだ。
でも一応そいつ、ギルドマスターだから止めとけ。クビになるぞ。
「そう怒るな。アレは……うん、嘘じゃないぞ? でも成功してないから給料は上げないけどなー」
「なっ――チャ、チャンスを! もう一度チャンスを俺に下さい!!」
「うーん、そうだな……。なら、地に膝をつき、頭を垂れながら『慈悲深いフィル様、何卒チャンスをたまわれませぬでしょうか』と噛まずに言ったら考えてやらんでもないが」
考える仕草を見せたので一瞬優しいなと思ったが、内容を聞き、「こいつ悪趣味だな……」とちょっと引いた。
「慈悲深いフィル様、何卒チャンスをたまわれませぬでしょうか!」
「うん、ダメだ。なんか気分が乗らん」
ギルド員は一切の躊躇いもなくプライドを捨てると、人目もはばからず実行した。
だがこの男、逡巡することなく、にべもなく斬り捨てた。
気分で決めたぞ、こいつ! 考える仕草すらしなかったぞ!?
「くそー!!!」
悔しさに慟哭すると、それきりギルド員は動かなくなった。
意外と潔いんだな。
「――さて、話が逸れてしまったな。で割合だが、2.9でいかがかな?」
「どういう意味だい?」
アイゼンが至極当然の疑問を投げかける。
「これが我々の取り分だ。君たちが6.1に繰り上げとなる! 金額がアップだぞ!」
うん……? いや――
「――ほとんど変わってねーじゃねえか!」
「うん?」
抑えきれずに心の声が出てしまった。
とはいえ、目の前の男は不快感を感じてはいないようで、なんだか意外そうな表情をしながらこちらを観察してくる。
そしてニヤリと口元に笑みを浮かべた。
あっ、こいつ懲りてねえな。
「では、大負けに負けて、2.8にしよう」
「だから、1%ずつ刻むなよ! どこが負けてんだよ。全然変わらねえじゃねえか!」
「いやいや、この2%は大きいぞ? 2%をなめてはいけない。銅貨も集まりゃ金の山っていうだろう?」
「知らねえよ! なめてんのはアンタの頭だよ! そもそも、大きいも何もパーセントは元の値によるだろうが!」
「おお、悪くない! 今のは素晴らしいツッコミだ!」
「ああ、どうも。じゃなくてっ! 全然話し進まねえな!」
なんかこいつの相手するとすごい疲れる……。
むしろ、こんなにツッコんだのは久しぶりすぎて、何だか無駄にエネルギーを消費した気までする。
「ふふ、君気に入ったよ。初対面の私相手にここまでのツッコミをかますとは、いやはや恐れ入った」
「……満足してくれたんなら良かったよ」
「当初は適当に難癖付けて、条件をクリア出来たら交渉に応じようかとも思ったんだが、予想外に私は満足出来たので2割まで下げることを約束しよう」
無駄にならなくて、本当に良かったよ!?
「2割か……まあまあかな」
「下がっただけよかった……」
俺の苦労が、とは言わないでおく。
「それじゃ、交渉はお終い! では私は執務室に戻るが、君たちもお金が約束されているからと言って羽目を外し過ぎないようにね。アイゼン君、アギト君、そしてユート君も。さらばだ! ハハハ!」
ギルドマスターは扉を開けながら、一人一人名指しすると嵐のように去っていった。
「なんで俺達の名前知ってるんだ……?」
「さあね」
『腹が……』
「……飯、食いに行くか」
魔物と戦うよりも気力が消耗した気分になりながら、部屋を出て行く。
あとに残されたのは、石のように固まりながらソファに座るギルド員だった。




