表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヘレティックワンダー 〜異端な冒険者〜  作者: Twilight
第三章 迷宮都市前編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

78/105

第78話 VS.トロール


 ダンジョン内を走ることおよそ一時間。

 出てくる魔物は全て横を通り抜け、入り組んだ迷路も迷うことなく最短ルートを走り続けた。

 おそらく身体強化が使えなかったら、半分も進むことが出来ずに途中で脱落していただろう。

 なんとか走り続けられた結果、辿り着いたのは30階層にあると言われている平原のフィールドだった。




 階段近くは冒険者によって踏み固められたせいか地面がむき出しになっており、そこから離れるにつれてまばらに草が生えながら見晴らしのいい野原が広がっている。

 ところどころ地面から岩が突き出ていたり、木々が生えて小さな林を形成した自然風景や匂いがここを創られたダンジョンだと感じさせない。

 また、東西には森が存在しているものの、平原を直進するのが次の階層への近道だろうと直感的に思った。


「――それにしても三十階層まで何の変哲もない洞窟だったのに、そこからいきなり平原に変わるって何か変な感じだな……」


「ダンジョンとは、なんと面妖な場所であるか!」


 恐る恐る草原へと足を踏み入れながら呟いていると、横にいるアギトも目を剥きながら口をぽっかりと開けて叫んでいる。

 おそらく、初めて見た光景に脳の処理が追い付いていないのだろう。


「確かに、普通に考えたらそうかもしれないけど、ダンジョン(ここ)なら何が起きてもおかしくないからね。これ以降には砂漠に火山、雪原、中には大海原なんていうフィールドもあるから、下層に行ったら君ならもっと楽しめるんじゃない?」


 ダンジョンとは想像よりもはるかに自然にあふれ、そして常識が通じない場所のようだ。


(とはいえ、どうやってこの空間が創られているのか、そっちの方が興味があるけど)


「ダンジョンを探索してみるのも面白そうだけど、深くまで潜る冒険者は色々と準備が大変だろうな。食料とか着替えとか」


 地上まで帰ってくるのに数日かかるなら、食料を多めに持っていくか、ダンジョンの魔物を食べるしか方法が無い。

 だが、ダンジョンの魔物は倒してから時間を置くと特徴的な部位――牙や爪、魔石など――を残して消えていくため、俺のように亜空間が無いと様々な状況で不便でしかない。


「実力のある冒険者は基本、大量にアイテムを収納できる魔道具を持っているから、その心配はいらないよ。それよりも警戒しないといけないのは冒険者にんげんの方だろうね」


「人間、ねぇ……」


 その言葉だけで嫌な想像ばかり浮かび、げんなりしてくる。

 だから、頭を振ることで想像を外へと追いやった。


「――ここでいつまでも話しているのもなんだし、これからどうするんだ?」


「想像よりも人が少ないみたいだし、このまま東側の森に入って魔物でも狩ろうかな。そこでなら君と彼の実力が分かるだろうからさ」


 アイゼンは意味ありげな視線を俺に送ってくるが、別に実力がある訳でも隠している訳でもないので、変な期待をされても困る。


「それはあんたもだけどな。じゃあ早速、アギトにも伝えて行くとするか」


「くくっ、楽しみだねぇ――」


 柳に風とばかりに受け流しても、アイゼンは飄々と含み笑いしながら前を歩きだした。




 ──☆──★──☆──




 30階層にある平原フィールド、その東の森に三人の男たちが警戒しながら歩いている。

 森の入り口はまばらに陽の光が差し込むほどに空間にゆとりがあったが、平原と比べ、奥に行けば行くほどやぶが増えて歩きにくくなり、暗さを増していく。


「――それじゃあ、ここから本格的に魔物が出るから気を付けてね」


「わかった。アギトにも伝えておく」


 警戒心を高めながら歩いているアギトに情報を共有していると、森の奥からドシン、ドシンという足音とともに森の樹々を薙ぎ倒す破砕音が響き渡る。


「来るよ! 散るんだ」


 緊張感のある声でアイゼンが呼び掛けると、俺とアギトも何かが起きたことを察知し、すぐにその場から離れた。

 思ってたよりも強力そうな敵との遭遇エンカウントに、心臓の鼓動が早まり緊張と高揚感が隠せない。

 しかしそこで予想外の事態が起きる。


「WOOOOOOOO!!」


「ぐぅ!?」


「ガァ!?」


 その何かがこちらに向かってきながら声を発すると空気の振動で樹が揺れ、俺達は爆音のような音に耳を塞ぐことを余儀なくされた。

 その間に何らかの怪物は歩を進め、奥から樹を倒しながら姿を現した。 


「――あれはトロールだ! 図体ずうたいはデカいけど、動きが鈍いから足を狙えば簡単に倒せる!」


「動きが鈍いって、不用意にあいつの足元に近付いたら潰されるだろ!」


 アイゼンが遠くから情報を伝えてくる。

 トロールは北欧の伝承に出てくる巨人だ。

 巨人と名の付くだけあって、人間よりもでかい事は想像がつくし、理解も出来る。

 しかし、目の前にいるのは樹々よりも頭一つデカい、十メートル近くの怪物だ。

 そんな怪物の足元に近付き、攻撃なんて仕掛けたら地面のシミになるのが容易に想像できる。


 トロールが口からと呼気を漏らしながら周囲を見回し始めると、何かを探す素振りをする。

 俺達は樹の陰に隠れながらトロールの様子を窺い、警戒心を高める。

 アイゼンだけ一人離されてしまったが、トロールを挟んだ向こう側に同じく樹に隠れているのが見える。


「さて、どうしたもんか……」


 魔法で撹乱しながら三人で同時に足を攻撃するか、それとも魔法で足を転ばせた後に急所を狙うべきか。

 移動速度は見た限り遅そうだが、あの巨体だ。巨人の膂力は相応のモノだろうから、特に気を付けなければならない。

 それに武器らしきものは確認できないが、そこらの木や岩を投げれば、瞬時に凶器に早変わりだ。

 モノを使うほどの知性があるかどうかは定かではないが、警戒しておくべきか。


 ――そういえば、あいつはどうやって俺達の居場所が分かったんだ?


 攻略の糸口が見えかけた時、アギトに肩を掴まれ、現実に引き戻される。


「大丈夫か? 戦闘中に考え事は危険だぞ」


「ああ、悪い。それでこれからどうしようか?」


「むむ、すまぬが考える事は昔からからっきしでな、むしろ我の方が聞きたいところなのだが……何か策はあるか?」


 この龍人族ドラゴニュート、見た目通りの脳筋なのか……?

 いや、話を聞いてくれるんだから猪突猛進タイプではない、はずだ。


「わかった。とりあえず、アイゼン(あいつ)一人なのが心配だけど、遊撃に回ってもらうとして、俺達だけで行動しよう」


「うむ、了解した。我はおぬしの指揮下に入ろう。突撃してこいと命じてくれても構わないぞ?」


「なら、最後のとどめはアギトに任せるとして、作戦内容を詰めていこう」


「どんな作戦を行うのだ?」


 アギトが真剣な顔をしながら、俺も見つめてくる。

 少し気恥ずかしい感じもするし、信頼されているようにも思えるから不思議だ。


「まず俺が囮になりながらあのデカブツの顔面を狙い、魔法で怯ませる。その隙にアギトには足を狙い、横倒しにしてくれ」


「足はどの程度の損傷が望ましい?」


「そうだな……足首を切断できるに越したことはないが、小指か親指、もしくはアキレス腱のどれかを断ち切ればバランスを崩すはずだ。まあ、倒れなくても最悪、魔法で何とかするから潰されない様にだけ気を使ってくれ」


「ほう、そんなにも選択肢があるのだな。よし、任せてくれ」


「頼んだ。その後は心臓なり、頭なりを狙えばおそらく倒せるだろう。ああ、地面に倒しても腕を使ってくる可能性もあるから一応、頭に入れておいてくれ」


「我の事は問題ない。それよりも、おぬしが囮になるのは危険ではないか?」


 「なんなら我が囮も行うが……」という顔をしながらワクワクした顔をしている。

 そんなにトロールと戦えるのが嬉しいのか……。


「まあ、それくらいのリスクは俺も負わなきゃな。トロールの足元うろちょろしながら、踏み潰されるリスクよりかは断然マシだからな」


「カカッ! そうであるか。では、おぬしのあとに我も行動に出よう」


「あんたが作戦の軸だ、頼んだぜ。よし、じゃあ作戦開始だ!」


 そう言うが早いか、樹の陰から出るとトロールの前方に踊り出て魔法を発動する。

 発動した魔法は【火球ファイアーボール】だ。

 その魔法をトロールの顔目掛けて有無を言わさず発射した。

 着弾と同時に【火球ファイアーボール】は爆発すると、トロールの顔から炎と煙が舞う。


「さて、どうなるかな……?」


 眺めながら戦闘中であることを思い出し、続けて【火球ファイアーボール】を準備し、また発射する。

 爆発しても何も反応が無いため、今度は【火球ファイアーボール】だけでなく、【氷の投槍(アイスジャベリン)】も同時発動した瞬間、トロールが登場時と同じく、爆音のような咆哮を響かせた。


「ぐっ!! マジかよ!?」


 目の前でやられたことで激しい耳鳴りに襲われる。

 その間に咆哮の余波で煙が晴れていくと、中から煤けた顔のトロールが恐ろしい形相でこちらを睨めつけていた。


「……あー、もしかして、怒らせちゃいました?」


 キーンとする耳を抑えながら、ひきつった笑みでユートが話し掛けると、その言葉の返答と言わんばかりに、トロールは大地を踏みしめながらこちらへと手を振り下ろした。


「ちょっ、そんな怒んなよー!!」


 瞬間、反転し全速力で走ると、先程立っていた場所に腕が振り下ろされた。

 巨人の力で殴られた地面は爆発したように土を吹き上げ、その勢いのまま進行方向に押し流される。

 瞬間的な風圧で体が浮かび上がり、前転宙返りをしながら着地するという奇跡に酔いしれる間もなく、ドシン、ドシンと音を立てながらトロールが追いかけてくる。


「くっそー! こっちくんなッ!」


 やけくそで先程待機させた魔法を顔面目掛けて放つ。

 しかしトロールは学習したのか手で顔を防ぐと、醜悪な顔に笑みを浮かべながら俺を見下した。


「なめやがって……上等だッ!!」


 【炎の投槍(ファイアージャベリン)】という【火球ファイアーボール】と【氷の投槍(アイスジャベリン)】を組み合わせたような魔法を発動すると、三本の投槍をトロールに向けて時間差で放った。

 一つ目は腕で防がれ爆発。その炎と煙の陰から二つ目は胸に直撃し、三つ目は左目近くへと着弾した。


「GAAAAAA!?」


 トロールは顔を抑えながら、苦痛に声を上げる。

 その時、トロールの後方からアギトが現れると、なんと剣一本で両足首を一太刀で切り落としてみせた。


「おお! すごい!?」


 あり得ないような光景に俺も驚いて声を上げるが、トロールの絶叫にかき消される。

 痛みに苦しみながら後ろにのけぞったトロールは、そのまま背中から地面に倒れこんだ。

 土煙を体に纏わせながら寝ころんだトロールの隙を逃がさず、アギトは胸に乗ると心臓を一突きし、最初の宣言通りトドメを刺した。

 その様子を離れながら見ていた俺は、一応警戒しながらトロールの上にいるアギトへ近づくと、トロールから降りながらアギトの方から俺に話し掛けて来た。


「遅くなってすまぬ。大丈夫であったか?」


「え? あ、ああ、俺は大丈夫だ。それよりちゃんと死んでいるか確認したか?」


 第一声が俺を心配する言葉なのには少し戸惑ったが、魔物の確認を聞いておきたい。


「うむ。しかと息の根を止めた故、問題ないだろう」


「そうか、よかった……」


 アギトの言葉に警戒を少しずつ解いていくと、どこにいたのか、アイゼンがこちらへ寄ってきた。


「お疲れ様。見せてもらったよ。君たちの実力」


「それはいいけど……いや、よくは無いが! とりあえず置いとくとして。それよりも、せっかく俺が隙を作ったんだからお前も戦えよ!」


「いやー、僕は一人で倒したこともあるから、二人の実力を知るためのいい機会だし、あえて手を出さないことにしたんだよ。まあ、流石に危なそうなら手を貸したけど、怪我する事も無く倒せたんだから問題ないでしょ?」


「いや、問題ありすぎだろ! せめて事前になんか言えよ」


「事前に言ったら緊張感が台無しでしょ? こういう時にこそ、冒険者としての質が問われるんだから」


 適当にそれっぽい事を言って煙に巻こうったって今度こそ許さねえ!


「あえて聞かなかったけど、そもそもあんた、何のために俺達のパーティーに入ったんだよ。別にパーティーが欲しいなら、他の冒険者のパーティーなんていくらでもいるだろ?」


「うーん。そんな大層な理由は無いんだけどね。しいて言えば、君の行動に興味があったから入ってみたんだよ」


「あのな……そんな適当な理由じゃ納得できないんだが?」


「といっても事実だしねぇ。それに俺、自分でいうのもなんだけど結構使えるよ? 索敵に戦闘、魔物やダンジョンに関する知識とか、俺をパーティーに入れておいても損は無いと思うよ」


 俺とアイゼンが喧嘩していると思ったのか、アギトが仲裁するように俺達の間に立った。


「どうしたんだ?」


「森の奥から何か音がする」


「音?」


 トロールがやってきた森の奥を指差しながらアギトが警戒を呼び掛けるが、奥をじっと見つめても何も見えないし聞こえない。

 もう一人に意見を聞こうとアイゼンの方に顔を向けると、先程と変わらず飄々としていた。


「何か違和感を感じるか?」


「うーん、何となく感知には引っかかるけど、それほど気にするようなものは何も感じないけど」


 アイゼンが目を細めながら森の奥を睨みつけるが、同じように違和感を感じていない様だ。


「とりあえずアギトを信じて、一回ここから離れないか?」


「そうしようか。人間である俺達が感じなくても、龍人族ドラゴニュート特有の感覚に引っかかる何かがあるのかもしれないからね」


「じゃあここから離れるとして……このトロールはどうする?」


 目の前に転がったトロールの死体。

 大きさはおよそ十メートル未満、推定体重は約二トンの巨体を今から解体するには時間が間に合わない。


「残念だけど、諦めるしかないね」


「そうか……じゃあ、持って帰るしかないか」


「は? 何を言って――」


 アイゼンが言葉を発するよりも早く、トロールの体に触れると【無窮の亜空間】へと収納した。


「――それじゃ、ここから離れようか」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ