第77話 パーティーメンバー
「――随分楽しそうにしているね」
「あっ、あんたはさっきの――」
「やあ、先程ぶりだね」
テーブルの横に立っていたのは、つい先ほど賭けをした優男だった。
優男は俺達の断りも無く同じテーブルに着くと、勝手に料理を頼んで寛ぎだした。
あれだけ龍人族のことをボロクソ言っておいて、恥ずかしげもなく姿を晒し、さらに堂々と居座る精神にはただただ感心した。
「くくっ、いやーそんな嫌そうな顔をされると流石の僕も傷つくね」
「俺は元々こんな顔だよ。人の顔をさり気なくディスるんじゃねえよ」
無表情で眺めていたら皮肉を言われたので、つい反射的に悪態をついてしまった。
けれど、言ってしまってから後悔したが、現代語なんて言葉が通じるはずもない。
「おっと、これは失礼。確かに顔のような繊細な問題をとやかく言うべきでは無かった」
「おい、それはどういう意味だ、こら」
「いやいや、特に深い意味は無いよ。ただの一般論じゃないか」
しかし、何事も無く話は進んでいく。
俺の言葉を前後の文脈で理解したようには見えなかったし、意味が分からずにスルーしているようにも思えない。
おそらく、これも【言語術】による補正の効果なのだと当たりをつけるが、便利さと底知れなさを感じ取り、何とも表現しきれぬ感覚が体に纏わりつくような気分だった。
「何を話しておるのか全く分からぬな」
「――ああ、悪い。放置しちゃったな」
「いや、構わぬよ。それより、そこの御仁を知っておるようだが、何者なのか紹介してくれぬか?」
「えっ、紹介と言われても……」
何とか普段通りを装いながら受け答えをしつつ、今は話に集中する。
俺も知っている訳ではないので、説明を求められても困る。
「というか、あんたなんでここに来たんだよ」
「何でって言われても、君に賭けで負けちゃったしね」
「ああ、覚えてたんだ」
そのまま逃げるかと思ってた。
まあ、逃げられても別に追いかけたりはしないが、どういう人間がギルドにいるのか良い指標になるからそれでも良かったんだけど。
「いやいや、僕は約束は守るよ。それでものは相談なんだけど……」
先程までふざけていた奴が少しだけ真面目な雰囲気を醸し出した。
「かしこまってなんだよ」
「いやね、君たちのパーティーに入れてもらおうかなって」
「は?」
意味が分からず、思考が停止した。
正確には、言葉は通じたものの、この優男が何を企んでいるのか分からず戸惑った。
「うん? どうしたのだ?」
「あ、ああ、こいつが俺達のパーティーに入れてくれってさ」
「ほう、我らのパーティーにか。良い所に目を付けたな」
「いや、論点はそこじゃないから」
「何か問題があるのか?」
「だってこいつの特徴はともかく、名前すら知らないし、それにあんたのことを見捨てようとした奴だぞ」
簡単に人を見捨てるような奴は、何度も同じことを繰り返し、いつか自分が困った時に手を差し伸べられず見捨てられる。
それだけじゃない。素性も知れず、何をやらかすか分からない人間をパーティーに入れるのはリスクが大きすぎる。
その危険性を解こうとしたのだが、その前にアギトの言葉に遮られた。
「ふむ、なるほどな。しかし、こう言っては気を悪くするかもしれぬが、我もおぬしの名を知らぬのだ」
「え? あっ、そういえば名前……」
彼の名前は教えてもらったけど、俺が彼に名前を教えた記憶はない……。
「別に含むところがある訳では無いぞ? それに、そこの者が我を見捨てたとしても、おぬしが助太刀してくれたではないか。それ以上は助けられた我がとやかく言えることでは無いのでな。しかし、それでもおぬしが嫌というのであれば致し方無い。我らはパーティーなのだろう? 我を助けてくれたおぬしが嫌だという事を、無理に進めるのは好まぬ。ならば、今回は潔く諦めてもらう他無いであろう」
冷静に告げられた言葉に、第一印象で決めつけばかり言った俺の頭を冷や水で浴びせられた気分だった。
確かにそこはかとない邪念さと正論ばかり並べる減らず口が気に食わなかったが、別に大した問題にもならず、大げさにすることでは無かった。
それを俺は、ただ気に食わないからという感情論で排除しようとした。
もちろん、しっかりとした理由はあったし、説得できる自信もある。
しかし、それ以上言葉にするのはただの恥の上塗りにすぎない。
感情論は論争において最も愚かなものだ。
だから、ただその一点だけは俺が悪かった。それを認めよう。
「ふぅ、分かった分かった。俺が悪かったよ。じゃあ、本当にパーティーに入れていいんだな?」
「そういう決断を下したのなら、我に異論はない」
アギトは口に笑みを残しながらも静かに首肯した。
「よかったな。あんたがパーティーに入る許可が出た」
「それはよかった。まあ、例え断られたとしても、勝手について行くつもりだったけどね」
「は?」
「ふふ、もちろん冗談だとも」
「おい、やっぱりこいつは入れない方が良いと思うぞ」
「む? こやつが何を言ったのか分からぬが、そういう事は言うものではないぞ?」
──☆──★──☆──
昼食を取った後、俺達はダンジョンに向かうことにした。
そう言い出したのは、パーティーに加入してきた優男――アイゼン・ローカスと名乗った男だった。
そいつは「パーティーについて理解するなら戦った方が手っ取り早い」とか言い出し、それにアギトも乗った結果、すぐに決定した。
文句の一つや二つ言っても良かったのだが、とりあえずあいつがどんな人間なのか見極めるには、確かに言葉を交わすよりもダンジョンの方が分かると思ったので反対しなかった。
宿の中にいたので、すぐに準備が出来たのも理由の一つかもしれない。
まあ、賭けに負けた代償は昼食代としてきっちり払わせたし、ダンジョンの中で情報を教えてくれる約束をしたので意趣返しには十分だ。
(あいつ、賭けの事をうやむやにしようとしたしな)
その上、さりげなく俺にたかろうとしたんだ。
賭けの事を持ち出した時、目を丸くしてから苦笑いしたあの表情は見物だった。
ダンジョンに向かう道すがら、俺達は名前とメイン武器、戦闘方法を簡単に教え合うことにした。
俺は魔法主体の剣士ということにして、アギトは長剣一本を武器に戦う剣士、アイゼンは斥候兼剣士のサーベル使いという、前衛に傾いたパーティーだった。
まあ、腰に付けた武器を見れば、全員剣士であることなど言われずとも分かっていたが、あらためて口にしてみると笑ってしまう。
とりあえず、剣士として一番使い物にならなそうな俺がもしもの時は魔法で援護する事を最初に提案し、それを聞いたアイゼンが、アギト、俺、アイゼンの順番で戦闘時の隊列を組むことにした。
それ以外はアイゼンが一番前で斥候をすることで話は落ち着いた。
そんな風に本物のパーティーっぽく行動を決めてから、世間話やこれからの目的について話しているとすぐに目的地に着いた。
「――それじゃ、予定通り30階層にある平原エリアに行こうか」
「それはいいけど、どういう風に戦っていくんだ?」
「うーんそうだね。平原エリアまでは雑魚ばかりだし、敵が現れる度に交代して戦うのも無駄だから、十階層ずつ交代して戦っていこうか」
「なるほど。それが自己紹介の代わりってことね」
「そういうこと♪」
まるで子供を褒めるような目で見てくるが、ただ溜息を吐きながらアギトにこれからの行動指針を伝える。
「じゃあ、十階層まではアギトが戦うらしいから、その後は俺、そしてアンタの順番でいいか?」
「それで構わないよ」
先程と打って変わって、つまらなさそうな顔をしながらアイゼンは答える。
俺に興味があるようには思えないし、アギトに対してもそれは同様だ。
会ったばかりでまだ一緒にいる時間は短いが、それでもアイゼンという人間がどういう人間なのか全く掴めなかった。
少し不安要素を感じた俺はアギトが戦う傍ら、情報を探るためにアイゼンの斜め後ろで観察し続けたが、十層に着くまでの短期間ではこれといった情報は得られなかった。
「――ユートよ。では、次はおぬしであるな」
「もうか。思ってたより早かったな」
下へと続く階段を前にして、アギトが話し掛けてきた。
体感時間にして数十分ほどだったが、俺がここに来るより速いペースだ。
「この程度の魔物では肩慣らしにもならぬからな」
「そりゃそうか。十階層までで出現する魔物はコウモリにカピバラ、それにスライムがせいぜいだもんな」
まあ、そのスライムの出現頻度すら少なくて、この前の依頼もあやうく失敗になるところだったんだが。
「もう少し歯ごたえがあると期待していたのだが、つまらぬな」
「まあ、そういうなよ。もっと下にいけば強い魔物だっているはずだろ?」
「それに期待するしかあるまいか」
「だからという訳じゃないが、この際、一気に走り抜けないか? その後であればいくらでも戦う機会はあるだろ?」
「それは良い案だな! しかし、アイゼン殿にも了解は取るべきではないか?」
「言われなくても許可は取るよ。なあ、ゆっくり倒すのも飽きたからこのまま走り抜けないか? アギトは了承してくれたし、俺が戦うのが見たいならその後でも問題は無いだろ?」
話す相手を切り替えるように、一応スキルを意識しながら言葉を紡ぐ。
「ああ、僕の方からも似たような提案をしようと思ってたところだよ。このままちまちま戦うんじゃ、時間も無駄だし、お金も稼げやしないからね」
「なら、全員一致か。それと、俺はニ十階層以降の地図を持ってないから、悪いけどあんたが前を走ってくれないか?」
「構わないよ。でもこれから先は罠も出てくるから気を付けてね」
「了解」
俺がアギトに伝えるのを確認すると、アイゼンは予備動作なしに走り出した。
驚くことなく追いかけたアギトを視界に入れながら、俺も遅れない様に床を蹴った。




