第72話 迷宮都市ウェルダム
明日も投稿、できると良いな……
【迷宮都市ウェルダム】に行くために紆余曲折を経て荷馬車に乗せてもらったユートは、襲ってきたフォレストウルフの群れを打倒し、真夜中の街道を走り抜けた結果、半日足らずの時間で辿り着くことが出来た。
その陰には強行軍で休みなく酷使された馬がいるのだが、神聖魔法によって無理矢理疲れを癒やすことで、通常不可能な時間短縮を可能とさせた。
そんなこんなで迷宮都市の門を通り抜けながら、荷馬車に揺られつつ周囲を見回した。
「おいおい、そんなにキョロキョロすんなよ。田舎者だって笑われるぞ?」
荷馬車の手綱を握りながら、ロウルが冗談交じりで言ってきた。
このロウルという男、リフトという町でワイン職人を営んでおり、仕事を手伝う代わりに迷宮都市へと乗せて行ってもらったのだ。
しかし、そんなガタイの良いロウルも流石の強行軍で疲れが出ているのか、通常の怖い顔を二割減にさせながら顔に疲れを浮かばせている。
それに、この町までほぼ休まずに来たためか、額には汗が滲み、タンクトップが汗を吸収して少し男臭い。
とりあえず、気休め程度だがこっそりと魔法を掛けて清潔感と疲労を取り戻してもらおう。
「んん……? しっかし、流石に休まず進んだからか、眠いな。お前は大丈夫か?」
「少し眠くはありますけど、なんとか大丈夫です」
「ふう、若い奴は元気が有り余ってて良いな。俺は少し休んでから酒を卸しに行くとするか」
「俺はどうすればいいですか?」
「あ? 何で俺に聞くんだよ。好きにすりゃあいいじゃねえか」
「いや、そうじゃなくて、何か手伝うことってありますか?」
「ああ、そういうことか。じゃあ、もう何もしなくていいぜ。ここに連れてくる前に前払いしてもらったし、後はお前の好きにしな」
それに、と言葉を続ける。
「お前、ダンジョンに潜りに来たんだろ? さっきから行きたそうにうずうずしてるじゃねえか」
「でも、荷物を運んだ方が――」
「ガキが人の心配してんじゃねえよ。いつも俺一人でやってんだ。こっちは一人で十分だよ。ほら、そろそろ着くぞ。降りる準備しとけよ」
そう言ったロウルは、以降到着するまで黙ってしまった。
手持無沙汰になった俺は辺りを眺めてみるがそこまで時間が経つことなく、すぐに目的地に着いた。
「――ほれ、着いたぞ」
「よっと」
御者席から横にずれて降りると、肩や腰が大きな音を響かせる。
「そんじゃ、ここらでお別れだな。ギルドに向かうんならこの道を真っ直ぐ通って、大通りに出たら中央に向かう人の流れがある。その先の広場に着けば後は場所は分かるだろ。ダンジョンもすぐ近くにあるしな」
分かったならさっさと行きな、とロウルは荷物を下ろし始めてしまった。
「ここまで送ってくれてありがとうございます。それじゃあ、俺はもう行きますね」
「おう、さっさと行きな。そんで、頑張れよ!」
「おっす!」
──☆──★──☆──
教えられた道を進み、大通りまで出てきた俺は十人十色な格好をした冒険者達を見た。
様々な武器を背負い、あるいは商売のためか、右へ左へと行き交う人の群れを眺めながら街の中央へと誘われるようについていく。
軽装を身に着けた美麗な容姿のエルフ、部分的に防具を身に着けた獣人、重量のありそうな鎧を着て荷物まで持つドワーフ、それ以外にも小人に巨人、鬼人、鱗を身に纏ったあれは龍人というやつだろうか。
こんな短時間街を歩くだけで、様々な種族をこの目で垣間見る機会に出会えるということは、もしかしたらダンジョンに潜れば、俺の想像もつかないさらなる出来事にも遭遇出来るかもしれない……!
そんな期待に胸を膨らませるが、ダンジョンに潜るのはギルドで情報収集してからでなくてはならない。
そうして長い道を歩いていくと、なぜ着けば分かると言われたのか、大通りの広場にはダンジョンがどのようなものであるかをこの目でまざまざと見せつけられることとなった。
「こ、これ、は……!」
その姿を見た時、呆気に取られて開いた口が塞がらなくなってしまった。
ただ道を歩いてきてはずなのに、広場に入ったその瞬間、今まで存在してなかったはずの塔が突如として出現した。
ダンジョンのことが頭から離れず、見逃してしまった……?
いや、そんな馬鹿な話は無い。これだけ大きな塔があれば、街の外からでも十分に見えていたはずだ。
なら、どうして……?
いや、そうじゃない。前提として、まず間違いなく塔は存在してなかったはず。
それなら、見える様になった何かしらの条件があるんじゃないか……?
例えば、町の中に入ったから? いや、町に着いた時に空を見上げたからそれはないはず。
ならば、広場に入ったとかならどうだ……?
広場か広場でないかは、ご丁寧に線が引かれているため境界が目に見えて分かる。
とりあえず興味本位に駆られて、試しに広場を出てみる。
……しかし、何も変わらない。
変わらず出現した塔が見えるし、周囲の人間もそのことに驚いては――
「――うわっ!!? な、なんだこれ!? め、めめ、目の前に、と、塔がっ!?」
いない、と言い切ろうとした時、広場に入って来た冒険者に憧れたような格好の少年(?)が俺と同じ様に驚き、腰を抜かしていた。
……いや、俺以上に驚き、周りの人間に温かい目で見られている。
町の住民たちは、まるでその光景が見慣れたものであるかのような反応だ。
それを眺めながら、あの少年の位置や状況から、この現象についての予想が出来た。
どうやら、一度もこの町に来たことがない状態で広場に入ると、塔が見える様になるようだ。
それを裏付けるように、あの少年が立っているのは広場の境目だ。
さらに格好や驚き方から、冒険者に憧れて迷宮都市に初めてやってきたということが想像できる。
あとは一度でも広場に踏み入れたら、以降は広場の外からでも塔を常時認識する事が可能になる、といったところか。
まあ絶対とまではいかないが、不思議な現象に対して満足のいく回答が出た事だし、ギルドへ向かおう。
塔の近くにある看板を見て、ギルドの方へと向かう。
後ろからはまたやってきたであろう誰かの驚きの声が聞こえて来た。
カラン、という扉に付けられた涼やかな音が鳴っている。
扉は人の出入りが激しく、十秒に一回は人が出入りしているためか、開けっ放しにされている。
(もはや扉としての役割を果たせていないな……)
そんなギルドの扉を俺も出入りする人間の一人として進む。
流石に迷宮都市というだけあって、中は豪勢で広い。
ダラムと違い、直線のカウンターではなく、方形、いわゆる四角形の三辺がカウンターの形となっている。一つのカウンターにつき数名が対応できるため、処理能力は高そうだ。
依頼掲示板も見慣れたものだが、少し違う点がある。それはランクがD・E・F・Gの依頼しかない事だ。
Cランク以上の依頼はどこに行ったのだろうか……?
とりあえず、さっさと図書室で情報を集めたら早くダンジョンに向かわなければ!
図書室の場所を訪ねるために、受付に並ぶ。
「――次の方、どうぞ」
栗色の髪をした受付嬢さんが、対応するために呼んだ。
「あの、今日初めてこの町に来たんですが、図書室ってどこにあるか教えて頂けないでしょうか?」
「図書室……ああ、書庫の事ですね! それならこのギルドの地下にありますよ」
「地下、ですか? それってどうやって行くんでしょうか?」
「あ、初めて来た方には場所は分かりませんよね、失礼しました! その前に、ギルドカードはお持ちでしょうか?」
受付嬢は照れたような表情をしながら、にっこりとギルドカードについて聞いてきた。
「これでいいでしょうか?」
「はい、お借りします。少々お待ちください」
ポケットから出すふりをして、亜空間から取り出す。気分は手品師だ。
受付嬢は手渡したカードを謎の読み取り機のようなモノに挿し込むと、ピーという読み取り音を鳴らして排出したカードを抜き取った。
「あのー、いつも気になってたんですけど、それって何をしているんでしょうか?」
「おや、説明はされたことはありませんか?」
「いえ、ないですね」
首を横に振りながら、もう一度思い出してみるがやはり記憶にはない。
「このカードには様々な機能があるのですが、その中に最後に使用したギルドの位置を記すことが出来るので、それを更新する作業が必要なのです。例えば、この更新をしないまま依頼を受けてしまうと、最後に更新を受けた場所と依頼を受注した場所という二か所に冒険者の方々が存在する事になってしまうので、誤認を防ぐためにも更新をするんです」
なるほど。つまり、冒険者の位置情報を管理している訳ね。
「へぇー、そんな機能があったんですね。知りませんでした」
「この機能は行方不明になった方を探すのに使われるのですが……そのようなことにならないよう気をつけてくださいね?」
行方不明者以外にも使われそうだけどな……例えば犯罪者、とかな。
「忠告ありがとうございます。そこは気を付けているので」
「だと良いんですけど……それより! 書庫でしたね。場所は単純です。このカウンターの裏手、あなたから見て奥の壁際に地下への階段がありますので、そちらから降りて向かってください」
えっ、まさかそんなところにあるとは……これは盲点だった。
やっぱりギルドによって見取り図が全然違う様だ。まあ、ギルドの中に入れば違う事は一目瞭然だが、ゲームのように見た目同じで色だけ違うみたいなグラフィックの使い回しは妄想のようだ。
「ご丁寧にありがとうございます。じゃあ、ちょっと書庫で情報を集めなきゃいけないので」
「はい。あなたの冒険に幸運がありますように。それではまたのお越しをお待ちしています」
定型文の挨拶を受け、ちょっぴり微妙な気持ちになりながら会釈して書庫へと向かった。




