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ヘレティックワンダー 〜異端な冒険者〜  作者: Twilight
第三章 迷宮都市前編

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第70話 迷宮都市に行くために 中編


 ロワルがいなくなって急に静かな空間に包まれながら、何を言うでもなくただ座り続ける。

 ふと、目の前にいるマッシュに興味を引かれ、顔を上げた。

 頭頂部は見事なまでのスキンヘッドで照明器具の光が反射しており、ロワルと同じくらいのガタイの良さ、手早く雑務を器用にこなす様など、見た目からは店を営んでいるようには到底見えない。

 とはいえ、そんな彼だが、その両手からちらりと見えた手の平の厚さとまめ(・・)が日々の努力を証明しているように感じられた。

 そんな風にジロジロと見られている事に気付いたのか、マッシュはこちらに目を向けて来た。


「ん、どうした?」


「いや、そうですね……この店って何を営んでるんですか?」


 何も話すことが無く咄嗟に店の看板を思い出したため、それに関係しそうなことを聞いてみた。

 本当は看板が意味する事を知りたかったんだが、流石に言い回しが迂遠過ぎた。


「ん? そりゃもちろん、料理屋のつもりだが……なんだ、もしかしてお前の料理はマズそうだなって喧嘩売ってんのか?」


 どういう受け取り方をしたらそうなるのか分からないが、唐突に険相な顔に歪めると険しい雰囲気を醸し出し始めた。


「いやいや、そんなつもりはないですって!?」


 突然の行動に目を丸くしながら、ブンブンと全力で横に首を振り、予想もしなかったキラーパスに慌てて対処させられることとなる。

 それを見ながら、何が面白いのか「してやったり」という顔をすると、


「ふっ、冗談に決まってんだろ。真に受けすぎだ」


 とおどけながら笑みを浮かべた。


「はぁ……勘弁してくださいよ」


 妙な気疲れを感じながら急な豹変には驚かされたものの、本当に怒ってなくてよかった。

 元の世界なら見た目が戦闘力に直結するが、この世界ならステータスこそがモノを言うので、必ずしも見た目で劣ってるからといって、力でも劣っているとは限らない。

 しかしながらおよそ20年弱、日本と言う国で生きて来たが、誰だってゴツいスキンヘッドの男に睨まれたらそりゃあ驚くだろう。それが日本人なら尚更だ。

 体格が全ての勝負を決める訳でもないけど、まともな喧嘩もしたことが無いもやしっ子に、正面切っていかつい男に勝てるとも思っていない。

 不意打ち、毒、奇襲奇策とかのバーリトゥード(何でもあり)なら勝てない事も無いだろうけど――。

 溜息を吐きながら、少しばかりの意趣返しの気持ちも籠めてムッと睨み返す。


「ハハッ、まあそんな睨むなよ。代わりと言っちゃあなんだが、ほら、これでも食えよ」


 そっと目の前に出して来たのは分厚いステーキだった。

 ホカホカと湯気が立ち上り、美味しそうな匂いが視覚と嗅覚をガツンと刺激する。

 お腹が減っている事を体が再び思い出してか、ギュルルルとお腹が大きくアピールする。


「ほれ、熱いうちに食えよ。なーに、金の請求はしねえからな。ハハッ」


「……じゃあ、お言葉に甘えて。いただきます」


 代金が頭をよぎったが、まあ、払える金はあるので遠慮せずにいただこう。

 どこからともなく現れたステーキを見下ろしながら、折角差し出された料理を断る意味も無いだろう。

 ご丁寧に用意されたナイフとフォークを使い、一口大に切ると肉汁が溢れ出てきて、堪らず口いっぱいに頬張った。

 歯ごたえの良い肉から肉の旨味が口の中に広がり、疲労した脳と体が喜んでいるのが分かる。

 一口一口噛むごとに肉の脂身の甘さと掛けられたソースの旨さがミックスし、減ったエネルギーを蓄えようと更に体が肉を欲する。


「俺の料理はどうだ?」


「美味しいです!」


「そうかそうか。美味しいか」


 しかしながら、「でも……」と言いよどむ。

 ステーキは確かに美味しいが、流石に肉だけ食うというのも味気ない。

 せめて、米かパンが欲しい所だが……。

 そんな口惜しいという思いを言葉にした訳でもないのにマッシュは汲み取った。


「ん? あー……悪いが付け合わせのパンはもうねえんだわ」


 肉が美味しいだけにそりゃ残念。

 そう思って「なら大丈夫です」と言いかけた時、「これならあるんだが……」とあるものを出してきた。

 それはバケットに入ったパンのようで――。


「これは……焼け焦げたパン?」


「ハハッ、間違っちゃいねえが、黒パンの事をそんな風に言う奴は初めて見たぜ!」


「あっ、じゃあ、これが黒パンなんですか。初めて見ました……」


 何でそのパンがカウンターの下から出てきたのか疑問は尽きないが、まあいい。

 黒糖のパンは食べたことはあるが、外国にあるという黒パンなるものは見たことも無かった。


「まあ、流石にそのままじゃ食べられねえから、今スープでも持ってきて――」


 マッシュが言い終わる前にどんな硬さなのか気になり、そのまま口で噛みついてみた。


「んー、確かに硬いですけど、このくらいなら食べられますね」


 「全然美味しいですけど」といいながら、バリッという音を立てて口で食いちぎると、小さく切った肉も口に入れた。


「おお!? お前すげえな……確かに頑張れば食えない事は無いけど、そのまま食うとは……」


 スープを用意してくれたマッシュがこちらを唖然としながら見る。

 そして我に返ると、手に持った皿をそっと置いてくれた。

 試しにそのスープを飲みながらパンを食べてみると、食感が全然違う事に気付いた。


「うん。スープも美味しいですね。でも、俺としてはそのまま食べたほうがおいしく感じますけど」


 腹が減り過ぎてバクバクと口に吸いこむように食べていく。


「そ、そうか。まあ、食い方に文句はつけねえから、好きにすりゃあいい」


 そう言うと他のことで忙しいのか、料理を作ったり、後片付けをしたりとせわしなく動き出した。

 話し相手がいなくなった後は一人で黙々と料理を楽しんだ。

 後ろでロウルの声や他の客の喧騒をバックグラウンドに、ステーキを半ばくらいまで食べ進め、三つ目のパンに手を伸ばした時、近くに空のグラスを持ったおっとりとした女性がやってきた。


「ね~、マッシュ~。お酒無くなっちゃったんだけど~。それにお肉はまだなのかしら~」


 随分間延びした口調だなと思っていたら、強めの酒気が漂ってくるので結構酔っているのかもしれない。

 それにどうやら、その女性はマッシュに追加注文をしたい様だ。


「ああ!? 今やってるからそこで座って待ってな!」


「は~い」


 ステーキを口に運びながら素直に言う事は聞くんだなと他人事のように咀嚼する。

 横から「美味しそうな匂いが……」とか「まだなの~?」なんて声が聞こえるがもちろん一切触れない。

 料理を食べ進める手をただ黙々と繰り返していると、少しずつにじり寄りながら「美味しそう……」と囁いてくる。

 気になって気になって、ついには横に顔を向けるとその女性と目が合った。


「美味しそう……」


 よだれこそ垂らしてないが、目が肉に釘付けになっている。

 何だか得も言われぬ感情が湧いてくるが何とか我慢していると、突然、その女性は口をゆっくりと開いた。


「……あ~」


「!?」


 小さく、けれどしっかりと一口分の口を開いてこちらを見てくる。

 顔が整っているだけに、その威力は抜群だ。

 けれど、まるで無垢な小鳥のように餌を待つ様は、可愛いを通り越して単純に恐ろしい。

 葛藤に苛まれながらどうすればいいのか迷っていると、救いの手が現れた。


「おい、何やってんだ馬鹿!」


 マッシュが手に料理を持ちながら、思いっきり女性の頭をはたいた。


「イタッ!? いきなり何すんのよ~!」


「そりゃこっちのセリフだよ、この馬鹿ッ! 初対面の奴に食いもんねだる奴がどこにいるだよ!」


 いや、そこにいるから。


「私だけどー? それに~、とーっても美味しそうなんだもん!」


「『美味しそうなんだもん!』じゃねえよ。少しは待つっつうのが出来ねえのか、まったく……。ほら、さっさと持っていきな」


「わーい! ありがとねーマッシュ~」


 投げキッスをするとふらふらと嬉しそうに手を振りながら、危うい足取りでロウルの方へ戻って行く。

 アレをする人間を初めてみたが、テレビや漫画だけじゃなくリアルにいる事にも驚いた。

 災難が去っていき、平和が訪れた。

 マッシュのおかげでどうにかなったので、これで先程の冗談はチャラにしよう。

 いつになく俺はそう思った。


「はあ……すまねえな。あいつはああいう奴なんだ」


「いえ、おかげで助かりました」


「大したことはしてねえよ。でも、普通に押しのけてくれてよかったんだぜ?」


「ちょっとどうすれば良いのか思い付かなくて……」


「ハハッ、なんだそりゃ。もしかして、あいつのことが気に入ったのか? あっ、お前、ああいうのが好みだったりするのか?」


「――なんだなんだ、楽しそうな話してるじゃねえか! 俺も混ぜてくれよ!」


 マッシュにどう返そうか迷っていると、後ろから少し酔っ払った様子のロウルが来た。

 もしかしてうやむやにしてくれたり……その期待はすぐに裏切られることとなる。


「それで、お前、エミナみたいなのが好みなのか?」


「いや、違いますけど……」


 エミナというのはあの女性の名前だろう。


「なんだよ、隠さなくてもいいんだぜ? 男同士の会話だろ? 心配しなくても口の軽い奴はボコボコにされるのが流儀だしな」


「そうそう。確かにあいつは胸がデカいし、スタイルだけなら男好きする体をしている。顔だって贔屓目に見ても悪くはねえ」


「でもな……エミナは止めといた方が良い。それはな――」


「「無防備だから」」


 二人して声を揃えて酷い事を言う。


「知らない男の奴にも愛想よくフラフラしてる。それが外面ならいいんだが、アレは本物だからな……」


「何度も男が勘違いして面倒ごとになったことは片手じゃ足りねえ。それにこいつも襲ったことがあるしな」


 マッシュがロウルの事を指差してチクる。

 それに対して俺は驚きを隠せなかった。

 こんな職人っぽい雰囲気が出てるのに襲ったこともそうだし、男同士の秘密はどこいったんだ……とマッシュが速攻で裏切ったこともだ。


「おい! それは違うって言ってんだろ!」


「へえ~、 そうだったかな~?」


 ニヤニヤと楽しそうにマッシュがはロウルを弄る。


「アレは酔いつぶれたエミナを部屋まで運んだだけって、何度言えば信じるんだよ! ていうか、お前だってエミナの服を脱がせようとしてただろうが! この変態が!!」


「なっ! 何年前の話をしてんだ!! あれはずぶ濡れになったエミナが服を脱がせろってうるさいからだろ! あの時お前も隣にいたし、やらせたのもお前じゃねえか!」


「なんだと、このヤロー!!」


「こっちのセリフだ、ゴラァ!!」


 二人が喧嘩をする横で俺は静かに食べる。

 夜は更けていく――――


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