第69話 迷宮都市に行くために 前編
あけましておめでとうございます!
いつものことながら遅筆で読んでくださる皆様に大変ご迷惑しております。
そんな作者ですが、2020は一層気合を入れて頑張っていきたい所存です!
樽――――
樽というのは古くからヨーロッパにおいて容器として重宝されてきた歴史がある。
その利用法として、水や飲料水、果ては金属などのバラ荷を一手に引き受け、流通において大きな役割を担った。
その樽の形状と言えば、円筒形の容器で側面が膨らむように湾曲したものに、鉄で作られた箍と呼ばれる輪っかで縛ったモノが最も知られている。
膨らんだ形状は決して飾りなどではなく、木板と箍を上手く利用することによって理にかなった構造をしている。
そんな樽は片手で持てる物から、成人男性が何十人も入れるような巨大な樽も存在する。
当然だが、大きくなればなるほど重量も比例するように大きくなる。
つまり、自分が入れるほどの樽というのがどういう意味を持つのかというと――
「――ぐっ、お、重い……」
試しに素の筋力で持ってみようと思ったのだが、足首くらいまでしか持ち上げることが出来ず、落とさない様に気を付けながらすぐに荷を下ろした。
「はぁ、はぁ、キツっ!?」
ダメだ、重すぎる……。それに腰への負担が半端じゃない。
想像以上に重かったというのもあったが、このままでは持ち上げられずに何もできない。
そう、このままでは――
「ふぅー……よし」
深呼吸したユートは魔力を纏わせ【身体強化】を発動させると再び持ち上げようとする。
腰を落とし、両手でがっしりと樽を掴む。その様はまるで“ベアハッグ”というプロレスの技を彷彿とさせた。
そして、ユートはゆっくりと力を入れながら持ち上げる事に成功すると、そのまま肩に乗せて運んでいく。
持ってみて初めて気付いたのだが、中身が液体のせいでゆらゆらと重心が移動するため意外と持ちにくい。
とは言うものの、これはこれで何となく大幹が鍛えられるような気がして、気軽に遊び半分で運んでいった。
【身体強化】は重いものを運ぶ時が一番実感できる、そんな気がした。
「これ、ここに置いときますねー?」
保存するための棚に樽を置こうとしているおっさんに気を使いながら話し掛けた。
「あ? ああ、そこ置いときな――って、おまっ、そんな細腕でよくそれ運べたな……」
おっさんの後ろに樽を下ろそうすると、振り向かれた時に変なものを見たような目でギョッとされた。
「えっ、まあ、魔法使ってますから」
普通じゃあり得ないよな。魔法が無ければ、の話だけど。
「ああ、そういうことか。それにしても魔法っつうのはやっぱりすげえもんだな」
口からは羨む言葉が出て来ているが、どちらかと言うと、それよりも感心する様な声音に感じられた。
だからだろうか。いつもより少しばかり口が軽くなったのは。
「魔法無かったら俺、冒険者廃業してる自信ありますしね。見た目通りの力しかないんで、本来なら荷運び系の依頼されても鬼門ですけど、魔法のおかげで何とかなってますし」
「へえ~、俺も一回くらいは魔法使ってみたかったぜ。まあ俺としても便利だから文句は言わねえけどよ。早く終われば、その分早く連れてってやるし。ま、頑張りな」
「それはこちらとしても嬉しいですけど……ちなみにいつ頃出発する予定なんですか?」
気軽に話している流れでつい言葉が出た。
出来れば早く行ってみたい俺としては、時間というのはいま最も重要な話と言っても過言ではない。
そのせいで、少しばかり緊張の面持ちでいると驚くような答えが返って来た。
「そりゃあおめえ、運び入れるのが終わったら準備して飯食って、その後すぐ行かなきゃなんねえからよ。場合によっちゃあ、真夜中もあり得るかもな」
「え゛っ、それ、本気で言ってます?」
明日の朝頃かな~、起きれるかなー、なーんて軽く考えてたが全くの見当違いだった。
いや、時刻的には近くはあるがそういう事を言っているのではない。
「当然だ。ワインっていうのは温度が重要なんだ。なのに、真っ昼間に何時間もかけてえっちらおっちら運ぶわけにはいかねえだろ。だからいつも行くときは夕方って決めてんだよ」
「ちなみに、護衛とかはどうしてるんですか? 森には魔物だけじゃなく、盗賊も出ますし……」
現にこの町に来る時、剣士のシルグさんのせいで無理矢理盗賊に出くわされましたしね、と心の中で毒を吐く。
それに本を読んでそういう諸々の常識というやつも増えてきている。
だから、街を行き来するために自衛手段や護衛などを雇うという事も認識していた。
そのせいか、色々なモノに対して警戒心はいつも以上に倍増している気がするが、それはいまは置いておくとして。
問題はどういう対処をしているのか、だ。
「そんなものいる訳ねえだろ? ついでにその心配はいらねえよ。森つってもきちんと道が敷かれてるし、見渡しがいいように整備されてる」
そこまで言って一拍置くと、
「それに、一番の理由は今まで何度も一人で行ったが襲われた事なんて一度もねえからな」
と自信満々に言った。
まさかの答えに恐ろしいとしか言えない。
この世界においてそれは自殺行為と言われてもおかしくないというのに、事実としてそれを敢行している。
そういうのを一番当てにしてはいけないという事を知らないんだろうか。
なんだか早死にしそうだな……と思うが、空気を読んで口を閉ざしておく。
それに「いる訳が無い」というのは、人が必要ないのか、はたまた存在しないという意味なのか……。
あえて何も聞かないが、多分そういう事なんだろう、と無理矢理納得した。
こうまで雇い主の意志が固そうな以上、便乗しているだけの俺が文句を言えるはずも無く、
「そうですか……」
と取り繕った笑顔で小さく頷いてから仕事を再開した。
仕事を再開してからは、着々と工程が進んでいった。
途中、「必要以上に樽を揺らすような持ち方をするな」とお叱りをいただいたものの、それ以外では特に叱られるようなことも無く、建物の入り口で見た荷台から樽を下まで運び、運び入れたら今度は別の場所から荷台まで樽を補充したり、樽の場所をあちこち入れ替えるという重労働を繰り返していると、時間はあっという間に過ぎていき、ようやく全てが終わった時には既に外は真っ暗だった。
「あー、やっと終わった……体痛い……」
ボキボキという異音が体中から鳴り響く。
筋肉痛にならない様、念入りにストレッチしていると最終確認をしていたロウルが話し掛けて来た。
「よし、これで終わりだ。思ったよりも早く終わったが、腹も減ったし、なんか食いに行くか。お前も来るだろ?」
「あ、ご一緒します」
「よく言った! そんじゃ、今から俺の知り合いがやってる店に連れてってやるよ。味もなかなか悪くねえしな。それに最後まで弱音を吐かなかったから、今日は俺のおごりだ」
「ありがとうございます!」
「よーし、んじゃ行くぞー!」
上機嫌を態度を隠さず、ロウルを先陣を切って歩きだした。
その肩に大きな樽を担いで。
横に並びながら遅れないようついて行きつつ、ロウルの姿を横目で見流す。
まさか、その量を飲む気なのか……?
そう思ったものの、特に聞くようなことはしなかった。
「よーし、着いたぞ。ここがその店だ」
「……酒場、かな?」
目の前にあるのは、武骨な石造りで出来た建物だ。
店の看板らしきものには“コボルトの横穴”と書かれているが、残念ながらどういう意味かは分からない。
しかしながら一見、倉庫のようにも見える建物だが、扉から漏れる明かりと音、それに匂いから少なからず繁盛している店であることが窺える。
そんな店の中から美味しそうな肉の匂いが漂ってきて、エネルギーを消費した体が空腹を訴える。
お腹がぐるるると外に響くと、音が聞こえたのかロウルがニヤリと笑った。
「がはは! 腹が減ったか! そんじゃ、さっさと入るか」
「……はい」
ロウルに笑われながら促されて中に入る。
店内も外観と同じくシンプルな造りで、カウンターがおよそ半分を占め、三人から五、六人が掛けられるテーブルがちらほら散見する。
そんな店主のこだわりを感じながら、ロウルの後ろに突っ立った。
「よお、マッシュ! 今日も来たぜ。ほら、これやるよ!」
「おお、ロウル! って、うおおっ! あぶねえだろ!? いつもいつも、樽をぶん投げてくんな!」
「がはは!」
「笑い事じゃねえよ!!」
マッシュと呼ばれた男はロウルから唐突に投げられた大樽を軽々とキャッチすると、声を荒げつつも何事もなかったかのように樽を置いた。
そんな二人の関係が垣間見ていると、マッシュと言う男が俺に気付いた。
「ん? そいつはどうした? 万年金欠のお前がアンナちゃん以外を連れてるなんて珍しいが、なんだ、弟子でも出来たのか?」
「あーいや、こいつは弟子じゃねえ。なんていうか、こう……なんなんだろうな?」
「お前が分かんねえのに、俺が知る訳ねえだろ! はっ、まあいいや。お前はいっつもこうだもんな。そんで後ろにいるお前さん、名前は?」
「どうも、ユートといいます」
「ふうん、ユートっていうのか。普通だな。まあ、とにかく座れよ。おい、お前は酒飲む前に、あいつ等にも顔見せてこいよ!」
「あ? あいつらもいんのかよ。……ちぇっ、しょうがねえな」
マッシュからカウンターを指差されたので素直に座ると、同じようにロウルも隣に腰を下ろし、手慣れた様子で料理と酒を注文した。
そんなロウルにマッシュは奥で固まってる人達へ顎を差し向けた。
知り合いがいる事に気付いたのか、ロウルは酒と知り合いを天秤にかけると、未練たらたらになりながら渋々離れていった。




