第67話 予想外の出来事
剣士の人と一緒に冒険者ギルドに入る。
中は思っていたよりも騒がしく、人の出入りが多かった。
時刻は午前十時頃。朝の忙しい時間帯だからこそ、運悪く人が多い時間にぶつかってしまったんだろう。
そんなギルドの中を俺は人の家にお邪魔するくらいの気持ちで入り、眺めていると一歩前にいた剣士に「ついてこい」と言われた。
剣士はいつも通りとでもいうように進んでいき、スルスルと人の隙間を縫っていった。
これは挑戦状だな、と勝手に解釈すると、俺も負けじと突き進んでいくものの、背中から誰かに押された衝撃で受付のカウンター前に放り出されてしまった。
「いてて……」
「誰だ押しやがった奴……」と内心ムッと思っていると上から女の声が聞こえてきた。
「あのー、大丈夫ですか?」
「えっ? あー、大丈夫大丈夫」
どうやら、カウンターの向こうから声がしている様だが、転んでしまって向こうが見えない。
そのせいでもないが、反射的に生返事をしてしまうも誤魔化すように服を払いながら起き上がった。
声をかけて来た女と目が合うと、空笑いでその場を乗り切ろうとするがあちらはにこやかに返して来た。
「やり慣れてるなー……」と心の声が漏れそうになるが、すぐに剣士を探すように周囲を見回した。
「あっ、いた」
どうやらカウンターの二つ隣りで受付嬢と話しているようだ。
剣士に近寄る前にもう一度愛想笑いしながら会釈すると、小さく手を振ってきた。
それを横目で見ながら剣士の方へ近づいていくと、何やら馬車での出来事について話していた。
「――では、ダラムとリフトの街道間で盗賊を発見、排除した、ということですか?」
「ああ。奴等の数は十三人。うち、頭とみられる従魔術師の男がゴブリンを使役して馬車を襲ってきた。これが証拠だ」
そういうとギルドカードらしきものを懐からカウンターへ出した。そこには微かに血で汚れた十三人分のギルドカードと小さな魔石が並べられていた。
……いつの間に回収していたのか。
「これは……確かにお預かりしました。それと確認の為にあなたのカードもお借りしたいのですが」
剣士は何も言わずに自分のカードを差し出した。
受付嬢は血で汚れたそれを受け取る時、ほんの少し眉を顰めたもののすぐに顔を取り繕うと、ギルドカードを読み取るための機械に差し込んだ。
その行動と道具もそうだが、何度見ても空間との調和が無さ過ぎて違和感が半端なかった。
そんな感情に乏しい二人の関係を真横でひっそりと垣間見ていると、剣士が俺を連れ回して来た行動の意味を理解することとなる。
「さて、少々お待ちいただく間に、先程の会話で嘘が述べられていないかを調べるため、とある質問に答えいただくのですが、正しければ“はい”、間違っていれば“いいえ”、とお答えください。なお、嘘偽りがあった場合、当ギルドとしての評価に影響しますのでくれぐれも注意してください。場合によっては、ギルド資格を剥奪する可能性があります。また、答えたくない質問、答えられない質問には分からないと回答してください。これは冒険者の方に虚偽の報告をされた結果、多くの犠牲者を出してしまったという過去があるために考案された方法です。そのため、大きな依頼や犯罪に関わるモノに対しては信憑性の有無を確かめることがあるので、その点をご理解とご協力ください」
そういうと、受付嬢はカウンターの下から手のひらサイズの小さなベルを取り出してカウンターに置いた。
今から何が始まるのだろうか?
「これは【真実と嘘のベル】という魔道具です。効果は真実を言えば聴くものに安らぎを与える鐘の音を響かせ、嘘を言えば耳障りな音を放つという魔道具なのですが、今回はこれを使い、先程の言葉に嘘が無いかを確かめさせていただきます。では、手始めに……『私の性別は女性です』」
受付嬢が言葉を放つと、小さいながらもオルゴールのような優しい音色が聴こえてくる。
(すごいっ! こんなものがあるのか! 信憑性を確かめるって何のことか分からなかったけど、確かにこれがあれば嘘かどうか確かめられそうだ。是非欲しいところだが、この実用性の高さから見れば多くの者が欲しがるはず……なら売ってる可能性は低い。いや、売っていてもものすごく高価だろう。それでも作られている所に行くか、ダンジョンでなら見つけられる可能性も……!)
思っていたよりも面白いものが見られて興奮してしまう。
まるでマンマシンインタフェースのように音声認識が可能なんて、どんな仕組みならそんなことが出来るのか。
理系では無いものの、とてつもなく興味が引かれる。
それに不意打ちでの強すぎるファンタジー色に興奮してちょっと鼻血出そうだ……!
いや、冗談だけどね。
「このように、真実ならば鐘がなるのでこのようにお願いします。それでは質問に入ります。あなたは馬を射られたのがゴブリンだと気付き、討伐しようと森の奥まで追いかけたのは事実ですか?」
「ああ、事実だ」
魔法具のベルが真実を知らせるための音を発生させる。
「そのゴブリンを追いかけていくと、十三名の男性たちを発見したのは事実ですか?」
「そうだ、事実だ」
「その男性たちは盗賊と名乗りましたか?」
「盗賊とは名乗らなかったが、正体がバレると俺を殺そうとしてきた。それにゴブリンを嗾けてきたことは認めていた」
「襲ってきた彼らの死を確認しましたか?」
「確認した。今頃土の中で眠っているだろう」
「では最後に、以上のことを証明できる方はいますか?」
「こいつだ」
剣士が俺の肩を軽く叩きながら、前に押し出した。
「……えっ、俺!? ――あっ、そのためだったのか!!」
ただ流れていく会話を淡々と聞いているだけの役割だったのに、突然証拠代わりに押し付けられて流石に驚いて声に出してしまう。
それと同時に、なぜギルドまでついてきたのか、なぜ盗賊討伐に連れて行かれたのか、その全てに疑問が氷解した。
それは偏に、ギルドから疑惑とまではいかないものの、疑われることが分かっていたから俺を連れて行ったのだろう。
そうしておけば、剣士にとって無駄な禅問答を繰り返す必要もなく、証明する者として俺を矢表に立たせ、自身の潔白を立証できるという訳だ。
もしかしたら、中途半端に優しかったのも盗賊から奪った金を俺に渡してきたのも、悪印象を持たれないようにするために「飴と鞭」というほどではないが、与えていたのかもしれない。
少しばかり邪推が入っている気がするが当たらずとも遠からず、いや、多分その通りなんだろうな……。
「……なるほど。嘘は確認されませんでした。確かに真実の様ですね。ではこれにて正式に認められましたので、次に進ませていただきます」
俺が驚いて考えている間に耳に優しい音色が流れる。いつの間にか終わってしまったようだ。
俺は何も答えていないが、どうやら証明する者として俺を前に出した時、声を発したことが回答したと見なされたのだろう。
存外条件が甘く、適当なものだ。ギルドとしてもそれで認めていいのか……?
謎は深まるばかりだが、関係ないので放っておくことにする。
「では審査が終わりましたのでこちらはお返しします。それとどうやら賞金首ではありませんでしたが、ギルド規約に則り、賊の討伐として褒賞を差し上げます。お受け取り下さい」
そういうとギルドカードと一緒に均等に並べられた十三枚もの大銀貨がトレーで運ばれてきた。
この枚数と盗賊の人数を照らせば、何も言わずとも金額の意味を理解した。
剣士は一枚一枚何を思う事も無く回収すると、そっとトレーを押し返した。
以降は何気ない雑談の様なものが続いたが、驚きの事実に頭が違う事を思考していたのでついつい聞き流してしまった。まあ、覚えていない以上、特に興味のある事も無かったと思うので、そこでギルドでの用事は終わった。
「ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」
受付嬢に定型文みたいな挨拶をされながら見送られる。
「……ああ」
「どうも、ありがとうございます」
剣士がそっけなく返すが、俺はいつも通りに言葉を返した。
受付嬢は俺達を見ながら、やっぱりにこやかに微笑んだ。
ガヤガヤと騒がしい酒場。
どこもかしこも見える範囲は全てゴツイ男たちばかりだ。
男たちはラウンドテーブルを囲みながら昼間から酒を浴びるように飲み、テーブルが埋め尽くされるほどの料理を喋りしながら消費していく。
それは目の前の剣士も例外ではなく、ウェイトレスに料理を頼むと肉料理も野菜もスープも片っ端から食べ尽くしていく。
「……ん、どうした? 食べないのか?」
剣士は俺が食べる手を止めているのを不思議そうに眺めると、口に入れた物を飲み込んでから話し掛けて来た。
「あー、いや、お腹は減ってるっちゃ減ってますけどね。それより気になったんですが、どうしてまだ俺を連れ回すんですか?」
気になっていた事を直球で聞いてみた。
というかこのまま話し掛けなければ、食事しているだけで会話が終わってしまうと思ったからだ。
すると剣士は「そうだな……」と勿体ぶって数拍の間を空ける。
俺はその雰囲気に合わせるように、お利口に話しだすのを静かに待つ。
「――まあ、あれだ、特に理由は無い」
自分から雰囲気醸し出して勿体ぶってそれかよ、と思いはしたものの剣士なりの恩返しなのかなと勝手に納得しておいた。
こういう人は素直に感謝の表現をするのが苦手な人が多い傾向にあるしな、と内心で思う。
「そうなんですか……あっ、それはそうと俺は迷宮都市に行こうと思ってるんですけど、剣士さんはどこか目的はあるんですか?」
「……シルグだ」
「シルグって町があるんですか?」
「違う。剣士ではなく、シルグが俺の名前だ」
そこで俺ははたと気付いた。
思えば、俺はこの人の名前を知らなかったな、と。
特に興味は無かったし、すぐに別れると思っていたから聞こうとは一切思わなかったが、剣士にとって、いや、彼シルグにとっては名前を憶えられていない事は不本意なものだったのだろう。
「へぇ~、シルグさんって言うんですね。そういえば俺も言ってなかったですね。俺はユートです。今更ですけどよろしくお願いします」
「ああ、よろしく」
「それでさっきの話に戻るんですけど、目的地とかってあったりするんですか?」
「特に決めてない。だが、剣の高みを目指すために旅をしている。ここに寄ったのもその程度の理由だ」
「じゃあ、特に目的地を決めている訳じゃないんですね。でも高みを目指すって結構漠然としてますけど、具体的な方針とかないんですか? ほら、魔物を倒すとか、強い武器を手に入れるとか、目標としている人物より強くなるとか色々ありそうじゃないですか。あっ、俺が迷宮都市に行くみたいにダンジョンに潜るとかもありますね。一石二鳥ですし」
「ふむ、確かにダンジョンに潜れば武器も魔物との経験も得られはするが、所詮ダンジョンによって創り出された生き物だ。思考も行動も外にいる魔物と比べれば本能という点で劣っている。あんなものを倒した程度で強くなっていると勘違いしてはいずれ死ぬだけだ。だから魔物を倒すのは嫌いではないが、ダンジョンに潜ることはあれど金稼ぎ程度に抑えている。それにいくら強い武器を手に入れたところで、剣の技量が伴わなくては話にならん」
「そういうもんですか……ん、あれ? ダンジョンと外の魔物って違うんですか?」
「全然違う。戦えば分かるが確かに見た目も動きも同じだ。血は吹き出すし、フェイントをかければ引っかかる。だが、さっきも言ったが本能が薄いんだ」
「本能……」
「そうだ。通常、生物であれば動揺や恐怖を感じるだろうが、それがほとんどない。……まあ、迷宮都市に行くのならばその目で確かめてみればいい」
剣士は勿体ぶった言い方をすると、再び食事の手を再開した。
それからも食事の最中に時折話し掛けつつ、たまに予想外な話が出るのに驚かされながらも会話に花を咲かせて楽しんだ。
その間も変わらずに憮然とした表情をしながら食事や会話をする彼の表情を、真正面から見続けるのを内心で笑いを押し殺しながら過ごした。
食事の後は思っていたよりもあっさり別れ、剣士は依頼を受けつつ別の町に行く事にするようで、俺も迷宮都市行きへの乗合馬車を探しにいった。
しかし――
「――あー、わりぃけど、もう満員なんだよ。他んとこ探してくれや」
「――ごめんね。今日はもう席が埋まっちゃったんだ。本当に悪いね」
「――ああ? 馬車に乗せてくれって? 見ての通り、今日は人でいっぱいじゃ。スマンが乗せてやることは出来んわい。……あ? わしのとなりぃ? 馬に負担をかけるわけにもいかんからのぅ、ムリじゃ。その分の金をくれるってんなら考えるが……たった銀貨数枚じゃ乗せてやることは出来ん。諦めて次のに乗ることを勧めるわい。ん? 次がいつって? そうじゃな……向こうから帰ってきたとしても準備があるからのぅ。雨が降らなきゃいいとこ三日ってところかのぅ」
こんな感じで乗合馬車を探すがほぼ全て全滅。
運よく乗せてくれそうなところもあったが、こいつらは足元を見て来る奴ばかりでこっちから断ってやった。
何が「金貨持ってくりゃあ乗せてやるよ」とか「一週間、俺のいう事聞くなら乗せてやってもいいぜ?」だ。足元見てんのがバレバレなんだよ、下手くそが! その気持ち悪い笑み浮かべた顔面、ぶん殴られてえのかってんだ。
……おっと。本音が出てしまった。冷静になれ、俺。
大方、田舎から来たカモなら搾り取れるとでも思ったんだろう。
あいにく、金銭管理はこれでもしっかりしてる方なんだ。
誰がそんな見え見えの手に引っかかるっての。
でも滑稽だったな……金貨吹っ掛けて来たヤツ。
断ると思っていなかったのか、驚いた顔をすると慌てて値段を半額にしてきやがった。
それでもまだ正規の値段よりも倍以上吹っ掛けて来たというのだから、一周回って商魂たくましいと褒めるべきか、一回り年の離れた相手に浅ましいと言うべきかなんというか……。
他にも、迷宮行きの馬車には物を売りに行く商人や買い付けに行く商人がいたので、彼らとも交渉してみたがやはり全滅だった。
大半は護衛を雇っているので、冒険者としてもランクが低い上によく分からない奴を連れてはいけない、という旨を遠回しに教えてくれた人もいたが、中には面と向かって罵倒してくる奴もいた。
「――ああ!? 乗せてくれだと! どけどけ、今は忙しいんだ! お前なんかに構ってられるかよ! 大体、何で俺様がてめぇみてえなのを乗せてやんなきゃいけねえんだよ! ああ!? どうせウェルダムに行って何もなせねぇまま低階層でくたばるのがオチなんだから、そこらの森でゴブリンでも狩ってろってんだ、低ランクの雑魚が!! おい、聞いてんのか――」
という具合に、俺の批判に繋がっていくのだから面白いものだ。
先程の足元を見てくる奴とは正反対で、苛立ちを感じるよりもむしろ、モルモットを観察する様な面白いものを見る目つきになってしまった。
何故なら、忙しいというくせに俺への罵倒するのに力を割いているというのだから笑わせてくれる。
しかし、話の途中で興味が無くなったし、暇だったので帰ってきた。
そいつは俺の姿が見えなくなるまでずっと喚いていた気もするが、もう会う事も無いのでいいか。
とりあえず、もう一度ギルドに行って情報集めなきゃいけないのか……。




