表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヘレティックワンダー 〜異端な冒険者〜  作者: Twilight
第三章 迷宮都市前編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

64/105

第64話 暴れ馬


 ゆらゆら揺れている。

 波に揉まれる様に、揺りかごであやされる様に。

 地面の上に立っているはずなのに、ゆらゆらと体が揺れている不思議な感覚だった。

 ゆっくりと目を見開いていく。


 町を出て数時間後。

 俺は人生で初めての乗り物酔いに陥っていた。




 ことの発端は馬車に乗ってから一時間が経った頃だろうか。

 最初はただの違和感だった。

 首というか肩というか、身体に変な強張りの様なものを感じた。

 当初は初めて馬車に乗ったから、自分で思っていたよりも体に負担が来ているだろうとそう結論付けた。

 車なんかに比べて揺れは酷いし、草の匂いも強く、狭い車内では暑く息苦しい。

 こんな状況では体と心に、そりゃストレスが溜まるだろう、と。

 しかし、段々と時間が経つにつれて胃がムカムカして気分が悪くなり、流石にこれは何かが起きていると確信した。

 そのため目を瞑り、無心のまま馬車に乗り続けること二時間、ついにその理由が判明した。


「――よし、ここで少し休憩するぞ。」


 壮年と初老の境にいる様な年代の御者が馬車内にいる俺達へと声をかける。

 出口側にいた俺は早くこの空間から解放されるため、そして降りる際の邪魔にならないために馬車から逃げる様に外へ出た。

 とりあえずどこかで腰を下ろすために出来るだけ離れておこうと歩き出すと、突然フラッと体が揺らぎ、力が入らず横向きに倒れかけた。

 地面に当たるということすら意識出来ないまま衝突すると思われたが、ふと誰かに支えられる感覚によって倒れる事は未然に防がれた。


「馬車に乗り続けた後に、急に体を動かすと危ないぞ」


「……あ、ありがとう、ございます」


 がっしりとした手の平の感覚を肩に感じながら、後ろを振り向きつつ礼を言った。

 どうやらその人は先程まで隣に座っていた剣士らしき男性だった。

 とりあえず支えられたまま話し続けるのは失礼だと思い、地面に踏ん張りを入れながら自分の足で立った。

 するとその人はもう大丈夫だと思ったのか、肩を支えていた手をゆっくりと離すとポンポンと叩いて、静かに微笑んだ。


「とりあえず腰を下ろして少しでも体を休めておけ。次に出発するのはおおかた三十分後だから、それまで安静にして遠くでも見ていれば、だいぶ変わるだろう」


 そう言って馬車から離れた所まで歩くと無理矢理俺を座らせた。

 その人も俺の近くにドカッと座ると、腰から何かの皮で出来た水袋を取り出し飲んでいく。

 それを傍目に見ながら、この人の全体像を観察する。


 日に焼けて健康的な肌、装備には丁寧に扱っていてもなお取り除けないほどの無数の小さな瑕疵かし、背中から覗かせる剣の柄は肉刺まめが潰れたのか血が滲んでおり、何度も繰り返し巻き直しているのか比較的新しい布が巻かれている。

 そして、服から見えた部分だけでも鍛え抜かれていることがよく分かる筋肉群。

 幾つもの要素から垣間見える実力と、その実力に裏打ちされた無意識に滲み出ている自信が本人の存在感をさらに増していた。

 先程まではしっかりと見えていなかったけれど、意識して観察することで今初めて、この人は強い人なのだと感覚的に理解した。


(すごいな……どれだけ強いか分かんないけど、もしかしたら幾つもの修羅場を潜ってきたのかもしれない)


「ん、どうした? お前も飲みたいのか?」


 じろじろと不躾に見ていたからか、水袋と俺を交互に見ながら剣士の男性が訊ねてくる。


「あ、いえ、大丈夫です……」


 少し気まずくなって小さな声で答えた。

 そのまま会話は続かなかったものの、助言通りに休んでいたおかげで少しずつ体調が回復しているのが感じられた。


 そうして静かな時間を過ごしていると、不意をつくように馬がいななきだした。

 馬の方に目向けると自由に動き回れる状態で、ロデオさながらの様に暴れている。

 どうやら、馬車と馬を連結させていたハーネスが休憩のため取り外されていたようだ。

 暴れられる理由が分かったが、肝心の何故暴れているのかが分からない。

 回復しかけていたけれど急な事態では流石に頭が働かず、周囲の乗客たちと同様に呆然と立ち尽くしてしまうことになる。


 そんな時、横にいた剣士の男性が唐突に歩きだした。


「ちょっ……!?」


 制止する間もなく、男性は馬へと無防備に近づくと両手を広げてゆっくりと距離を詰め始めた。

 乗客たちは呆気にとられるも、馬に近寄り始めた男性に好奇の視線を向けながら静かに注目する。


「何をするつもりなんだ……?」


 剣士の男性は馬の何かをじっと見つめながら、機を伺いつつ近寄っていく。

 暴れ続ける馬が前足を上げたり、後ろ足で蹴り上げるような動作を繰り返して土煙が巻き上がる中、剣士の男性がタイミングよく飛び掛かると、馬の首に抱き着いて押し負けないように両足で踏ん張った。


 馬は自身に張り付いてきた存在に気付くと、恐怖か興奮からか先程よりもさらに暴れる力を強くし、体を勢いよくよじらせる。

 馬と人間という本来なら勝ち目のない戦いにおいて、真正面から力で抑えるという偉業を間近で見て、乗客たちは妙な興奮に襲われてか、声を上げて応援し始める。


 剣士の男性は地面を踏みしめつつ馬を抱く腕に力を入れながら、何かを探しているのか馬の体をしきりに触れている。

 馬との格闘をし続けながら、ようやく何かを見つけたのか引き抜く様な動作をすると、馬はひときわ大きい鳴き声を上げながら跳ねるように体が動いた。

 剣士の男性はその一瞬の隙を突くように両腕の筋肉をパンプアップさせると、技をかける様に馬を力強く引き倒した。


 ドシンッ!という大きな音とともに、周囲へと振動が伝わるほどの揺れが響く。

 もわもわと立ち上がる土煙をどかすために風を起こしていくと少しづつ晴れていく。

 その中には、一息つくような仕草をした男性と地面に横倒しになった馬の姿があった。




 観客オーディエンスとなった乗客たちは暴れ馬をその身一つで止めた剣士へと拍手と称賛を送った。

 当の本人は気にしてなかったのか、開口一番、


「――誰か、治癒魔法を使える奴はいないか?」


 と言った。

 これには乗客たちも閉口し、一斉に黙ってしまった。

 その様を見て、人間というのは鉄と同じで熱しやすく冷めやすい、という言葉が浮かんだ。

 心中でくつくつと笑いながらも、剣士を注視する。

 意識もしっかりしているし、怪我をしているようには見えないのでなおさら不思議に思った事だろう。


「……それは、どういう意味だ? お前さんが怪我したようには見えんが……」


 そんな中、おずおずといった具合に前に出て来た御者がどういう訳か訊ねた。

 剣士は森の方から吹き矢が放たれ、その矢が馬に刺さったがために暴れたんだと話した。

 その話を聞き、乗客たちは「誰かが狙われたのか!?」とか「盗賊が近くに居るのかも!?」などと騒ぎ出したが、「ゴブリンの仕業だろう」と剣士の人が証拠となる血に濡れた粗末な矢を出しながら言い切ったことで一応は落ち着きを取り戻した。


「それでもう一度聞くが、誰か治癒魔法かポーションを持っている奴はいないか?」


 剣士の男性は治療するための手段を持っているかを再び訊ねてくる。

 なるほど、馬の傷を治すために必要なのかと俺は一人理解した。

 しかしながら誰もいないのか、うつむかせる乗客たちを見ながら、仕方ないかと俺が名乗り出ることにした。

 

(馬の怪我なんて治したこと無いから分かんないけど、多分大丈夫だよな……?)


 そう思いつつ、そっと手を挙げる。

 それと同時に、「治癒魔法と神聖魔法の違いって何だろう?」という俺の疑問の解消は叶えられることなく、泡沫の如く消えていった。


 小さく挙手した俺の顔を見ると、剣士の男性は意外そうな顔をしながらも特に異論はないのか疑うことなく受け入れた。


「ほう、お前か……。よし、ではこっちに来い」


 手招きしながら指示されるままに、倒れた馬の後頭部付近まで連れて来られる。

 ドクドクと血を流す馬の傷はそこまで深くはなさそうだが、どういう訳かピクリとも動いていない。

 これ、死んでるんじゃないだろうか……と内心で思っていると、剣士の人に唐突に話し掛けられた。


「とりあえず先に治してくれ」


 とりあえずって何だという疑問はさておき、曖昧な返事をしながら魔法の行使を始める。


「はぁ、わかりました……【治癒ヒーリング】」


 淡い光が俺の手から生み出され馬を包み込んでいくと、静かに矢傷へ吸い込まれていく。

 「頼む! 効いてくれ!」と恰好悪く祈りながら使用したからかは分からないが、魔法は問題なく発動し傷を癒していく。

 内心で「動物にも効くんだ……」という妙な感慨があり、いい経験になった。

 傷が治ったのを確認すると剣士の人に向き直った。


「ほう、本当に使えたのか……」


 おっと、どうやら疑われていたらしい。悲しいが、まあ赤の他人から見ればそんなものか。

 とはいえそんな事はおくびにも出さず、治療できるかどうかの不安すら無かった顔をして終わった旨を告げる。

 剣士は少し考えるような仕草をする。そして一拍開けて「よし」と発したかと思うと、思ってもみなかった言葉が返って来た。


「――では、この馬を射ってきたくだんの魔物を退治しに行くか」


「はぁ、そうですか……」


 そうか、このまま出発するといつまた襲われるか分からないから、憂いを絶つつもりなのか。

 そう納得しながら、心の中でぜひ頑張ってもらいたいと心ばかりの応援をする。

 しかし、現実は予想外の方向へと突き進むこととなる。


「なんだ、元気が無いな。そんな調子で大丈夫か? ――お前もついてくるんだぞ?」


「――はっ?」 


「……くくっ、そんな顔も出来るんだな、お前」


 言われた言葉を脳が処理しようとするが、思いがけなさ過ぎて呆然としてしまう。

 くつくつと笑う剣士を見るとそれが冗談で言っているようには見えない。


 とりあえず、納得はしていないが理由を聞かなければ先には進まないので、いまだ驚きながらも訊ねてみる。


「な、何で俺まで一緒に行くんですか?」


「ふむ、当然の問いだな。――まあ、しいて言えば面白そうだったから、ではダメか?」


 剣士は何もおかしなことなど言ってないかの様に真顔で返答してきた。

 その言葉と態度を見て、俺は思った。


 ――この人、ヤバい人だ……と。


 一筋の汗が頬を伝う。


 そうして俺は抵抗するのは諦め、「これもいい経験か……」などと悟ったような言動をしながら剣士について行くハメになった。

 そんな剣士は見た目に反し意外にも交渉上手の様で、御者だけでなく乗り合わせた乗客達までもから許可をもぎ取る事に成功した。

 これで後ほど文句が来ることは無いだろうし、来ても対応可能だというのだから随分やり慣れているなぁと思っても仕方ないことだろう。

 しかも、御者には横倒れした馬への対応といつでも出発できる様にするための準備も指示していたし、乗客たちに対しても同様の説明をすることで不安を和らげていた。


 まるで見本のような交渉に面白がりながら観察していた。

 しかしそれも終わり、魔物退治の時間がやって来た。


「よし、ではいくぞ」


「はぁ……そうですね」


 溜息という最大限の抗議をしつつ、剣士と共に森へと向かう事となった。


およそ二か月ぶりの投稿になりました。

まあ色々ありましたが、半分は免許を取るのに潰れてしまい、そして半分は時間が空いたことによるやる気の減少だったのは否めません。

それについては読んでくださる読者の皆様には大変申し訳ありませんでした!

今日からまた投稿を再開していきますが、これから度々同じことがあれば、「あっ、こいつまーたサボりやがったな!」とでも思って、蔑みつつも見守っててくれると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ