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ヘレティックワンダー 〜異端な冒険者〜  作者: Twilight
第三章 迷宮都市前編

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第63話 出発


 決闘騒ぎのあと、あれだけ騒いでいた冒険者達も波が引くように時間が経つ毎に散っていった。

 そうしてようやく解体を頼めるようになった俺は、決闘での後処理を健気にやっていたマリーを呼び出し、何度も待たせられた旨を遠回しに訴えながら解体の取り次ぎをさせた。

 途中、「決闘での報告をしなきゃいけないんですけど……」という声が聞こえたが、「なら、先に予定してたのに待たされている俺はどうでもいいのか……」と悲し気な表情をしながら伝えると面白いくらいに慌てていた。

 何度も何度も平謝りされるのを傍目に見ながら、これはこれで都合がいいなあという思いと、冗談を真に受けてチョロいなという二つの小さな思惑によって、今度何かあった時に使う手段として覚えておくことにした。


 解体の取次ぎをしてもらった後、その内容が豚鬼オーク森林狼ウルフだったことに驚かれたり、まだ低ランクだという理由によりマリーに注意されたり、金額が思っていたよりも高額になった結果、ちょっとだけ小金持ちになったりと色々あった。


 そうして魔物を狩ってお金を稼いだり、街を散策しながら知見を広めるなど、残り少ない日数を堪能し続けること一週間。

 ついに迷宮都市に向かう日がやってきた。




 ──☆──★──☆──




 いつも通りの時間に起きて、いつも通りに着替えをする。

 いつもと何も変わらない日常。


 けれど今日、俺はこの町を出て行く。

 何とも言えない奇妙な寂しさと浮足立つような嬉しさが混在して、ちょっと不思議な気分だ。

 その中には謎の清々しさもあるから、なおのこと自分自身に対して驚いている。


 一週間もあったのだ。外へ出るために色々と必要そうなものは買い揃えた。

 おかげで貯めたお金の半分が旅の準備費用として消えてしまったが、その分、外へ行く準備は万端だ。


 今日は天気が良い。気分転換という程でもないが白い方のコートを着ていこう。 

 生憎、鏡が無くて見れないが、水を浮かべてやれば鏡の代わりになる。


「うん、悪くないな」


 コートを着たその上から、準備して置いたずっしりと肩にのしかかる重さのリュックサックを背負うと扉を開ける。

 その時、ふと後ろを振り返り部屋を見回した。

 流石に一か月も住んでいれば、愛着は湧いてくるというもの。

 色々と感じるものを胸に抱いていると、すっと口から自然に言葉が出た。


「ありがとう。行ってきます」


 誰に言うでもなく放たれた言葉が部屋へと響き、消えていく。

 それを見届けると俺は静かに部屋の扉を閉じた。




 この世界の人は朝が早い。

 今の時間はまだ人が少ない方だが、三十分もしない内に町は目覚め、人で溢れる事だろう。

 既に出て行くことを伝えてあるが、もう一度最後にアマンダさんへ言うつもりだ。


 当の本人は朝から食事の支度に忙しそうだ。

 そんなアマンダさんを呼び止めるのは気が咎めるが、意を決して話し掛ける。


「あのアマンダさん……」


「ん、なんだい? ああ、ユートか。どうしたんだい?」


「えーっと、一か月、お世話になりました! アマンダさんのおかげで楽しく過ごせました」


 鍵を差し出しながら礼を言う。

 アマンダさんは呆気に取られて、数秒立ち尽くした。


「あはは、なんだそんな事かい! 律義な奴だねえ、アンタは。……そうか、今日出て行くって確かに聞いてたねぇ」


 「忘れてたけどね!」とおどける様に言った。


「まあ、なんだ、人生いろいろあるけど、捨てたもんじゃないからね。諦めずに頑張んなさいよ!」


「はい、ありがとうございます! じゃあ、行ってきます!」


「ほら、ユート! これはサービスだよ!」


 そう言って飛んできたのは、いつぞや見たパンだった。

 その出来立てのパンから手に伝わる熱を感じながら、もう一度礼を言った。




 町を歩く。この町を見るのも今日で見納めだ。

 とはいえ、それはいつ帰ってくるか何も決まっていないだけで、またここに帰ってくるだろう。

 こうして街を見てみると、今まで気付かなかった新しい発見に幾つか気付くことがある。

 

 ――お、あそこの路地裏に理髪店なんてあったのか。


 ――へぇ~、あっちには店と店の隙間にパン屋があるのか。良い匂いがするなぁ~。


 ――あっ、こんなところに魔法道具を売ってる店がある!? くっそー、昨日気付いていれば……。


 そんな風にいつもとは違う視点で見れば、俺が気付くことが無かったこの町の知られざる部分が浮き彫りになっていく。

 後悔してもすでに遅い。時間が無い以上、店に入る時間は残念ながらないのだ。


 町を歩きながら、ふと思う。

 思えばこの町にも、色々な種族が存在する。

 例えば、エルフやドワーフなどの一目見て違いが分かる特徴を持つ者や、一見してただの人間にしか見えない様な獣人なんかが町を歩いている。


 人の顔なんて多くの人間が凝視しながら歩いているはずも無い。

 それにアクセサリーや帽子を身に付ければ人の印象はガラリと変わるし、なおのこと種族特徴なんて気付けるはずも無かった。


 それ故、きちんと獣人だと判別できたのは数回のみだが記憶にあるし、冒険者にも何人かいるのはこの目で確認している。

 冒険者になる獣人は狼や犬、猫など俺が見た限りだが、肉食系動物の系譜ばかりだったというのは少し含み笑いしてしまったのはいい思い出だ。

 けれど、思えばこの町ではそこまで多くの獣人を見かけなかったこともまた事実だった。

 人数比で言えば数百人に一人といった所だろう。

 ただ道を歩いているだけなのに、こんなにも思い出せることがあるというのも結構乙なものだ。


 ――次に来たときは、もっと沢山回ろう。


 そう心に刻みながら、俺は町の出口へと歩き続ける。




 迷宮都市へ行くためには北門の入り口横で乗合馬車を待つ必要がある。

 この乗合馬車には予約が必要なタイプと不必要なタイプの二種類に分かれると聞いた。

 今回俺が乗るのは、この予約が不必要なタイプだ。


 しかしこの乗合馬車というもの、予約こそ必要ないが、出発時間を少しでも遅れたりしたら金を払っても乗せてはくれないという結構シビアなものだそうだ。


 西洋史の中世前後といえば、裏金渡せば「仕方ないなぁ」と茶番をしながら乗せてくれるようなものを映画とかで見るためイメージするが、そういうのは基本ダメらしい。

 何故かというと、まあ色々理由があるらしいのだが、そういう小さなことでも見逃したら他の客に対しても優遇しなければいけないという、人間関係の摩擦があるからだ、とレイグのおっちゃんが言っていた。


 他にも馬車を呼び止めるなどの騒動で、時間通り出発しなかった理由でとある高貴な方が暗殺された事件が過去にあるとか物騒な理由を聞いた。


 そういう訳で、たとえほんの少しであろうとも見逃すことは出来ないようだ。

 何ともまあ面倒くさいと思うが致し方ない。

 出来ればそういう細かい事に口を挟むような人間がいないと平和な道中になるのだが。


 そんな事を考えながら乗合馬車待っていると、ここに来る理由の無いジャックとアルジェルフ、そしてオルガがこちらへと歩いてくるのが見えた。


「おーい! ユート!」


 オルガが大きな声で呼びかけてくる。

 人がまだ少ないとはいえ、恥ずかしいから止めて欲しいんだが……。

 そう思うものの俺の思いはオルガに届くはずも無く、空しく消えていく。


「おー、おはよう。三人とも」


「よう、おはようさん! って、そうじゃなくて、なに普通に挨拶してんだよ!?」


「ん、どうした? ――ああ、ジャックもアルジェルフもおはよう」


 俺が挨拶するとジャックが「おう」と言い、アルジェルフが「ああ、おはよう」という風に返してきた。


「――おい、ユート! 何でもっと早く言わないんだよ!」


 どういう訳か、オルガが憤慨している。

 それを止めずに見守るジャックとアルジェルフ、そして追及される俺。

 変な図式に挟まれながらも、とりあえず理由を聞いてみる。


「いやいや、三日前の夕食時にちゃんと言ったじゃないか。それとも酔っぱらって忘れてんのか?」


「ちゃんと覚えてるけどさぁ、ほら、こう、何て言うんだ? あたしも遊びたい――じゃなかった。そう、暴れたいんだよ!」


 いや、言い方変えて誤魔化そうとしてるけどさらに悪化してるから、それ。

 とりあえず怒っているというよりは、迷宮へ一緒に行きたかった八つ当たりという所か。

 まったく、子供か!


「くっそー!! もっと早く言ってくれれば、商隊護衛の依頼は受けなかったのに……」


 オルガが両腕で頭を抱えながら嘆く。

 話の途中でアルジェルフはオルガの口汚さを諫めるように注意する。


「そんなこと言うんじゃねえよ。相手だってお前らを信頼して依頼したんだからな。だから、受けた依頼はきちんと最後まで終わらせろよ」


「はぁー……しょうがないか」


 ジャックが呆れながら諭すように、もしくは釘を刺すようにオルガを言い含めた。

 オルガはそれに気付かず、頭をだらんと下げた。


「そうだぞ。それに迷宮都市に行くなら、依頼が終わってからでいいじゃないか」


「いやいや、あの依頼、確か半月もかかる奴だったろう。それじゃあ、迷宮都市に着くのは一か月先になっちまうじゃないか!」


 「半月も掛かる依頼なんてあるのか……」と俺はそこに驚きながら、そういえばもうすぐBランクになるというのだから、そういう大変な依頼を熟せるくらい、この二人がすごいという事を再認識した。


「まあ、何か月居るか分からないけど、すぐにどこかへ行くわけじゃないんだから大丈夫でしょ。本当に二人が迷宮都市に来るのかは分からないけどさ」


「――だ、そうだ。お前が受けた依頼なんだから諦めて仕事に専念しよう。それに後輩であるユートに、そんな恥ずかしい姿を見せても良いのか」


 おい、オルガ(おまえ)が受けた依頼なのかよ。それじゃあ最後までやれよ。

 そう思ったものの、ぐっとこらえて言葉には出さなかった。


「むむむっ……、はぁー……わかったよ。最後までやればいいんだろ、全く」


 面倒臭そうな顔をしながらも、オルガは約束を破らずにきちんとこなす人間であることはこの一か月で分かっている。

 だから、ちゃんと約束したオルガを見て、これなら大丈夫だろうと思った。


「まあ、何はともあれ、頑張ってくれとしか俺からは言えないな」


「いや、頑張るのはお前だろ」


「ジャックの言うとおりだぞ! パーティーを組むのかどうかわからないけど、流石に迷宮は一人じゃ難しいだろうからな」


「えっ、もしかして一人じゃ入れなかったりするのか?」


「一人でも入れるには入れるが、そんな酔狂な奴はほとんどいないだろうな。いるとすれば高レベルの冒険者だろう」


 つまりソロじゃなくてパーティー推奨って訳か。

 まあ、初めてなんだから入るつもりだったけど、高レベルっていうのがどれくらいかわからないし、とりあえず先の話はその後決めよう。


「ところで、三人は迷宮に入ったことがあるのか?」


「あー、迷宮か。ちょっとした小さな迷宮には入ったことがあるが、迷宮都市には行ったことがねぇんだ、わりぃな。お前らはどうだ?」


「あたしとアルも同じようなもんだよ。旅がてらに、迷宮を幾つか潜って宝箱を見つけたり、最下層までクリアしたこともあったね」


「そんなこともあったな。特に最初のうちは、魔物を見つけて一人で突っ込んだり、宝箱を見つけたと思ったら解除せずに無理矢理こじ開けたことが何度あったことか……」


 オルガが過去を語り、それを受けたアルジェルフも遠い目をしながら何かを思い出すように喋った。


「突然何の話だ?」


 俺もジャックも何の話か分からず、頭に疑問符を浮かべた。


「いやなに、世の中には色々な人間がいるからな。迷宮の中では何が起こるか分からない。だから特に気を付けておいて損は無い、という事だ」


「お、おう、そうなのか……肝に銘じておくよ」


 アルジェルフからのやけに実感がこもった言葉を聞き、気圧されながらとりあえず頷いた。


「それから――」


 そうしてわいわいがやがやと話し続けていると、街の中から大きな二頭立ての幌馬車が来た。

 出発の時間だ。


「馬車が来た」


 俺は短く、ありのままを口にする。

 あれだけ騒がしく喋り続けていた三人はスッと口をつぐむように黙った。

 俺と同様に馬車を待っていたのか、客と思しき人間が乗り遅れない様に次々と乗っていく。


「あー、じゃあ、俺も行くよ」


 そう言って、その場を離れようとした。

 三人とも何も言わなかったので、そのまま見送ってくれるのだと思ったのだ。

 そして歩き出そうとした瞬間、唐突にジャックが話しかけて来た。


「まあ、なんだ、俺は迷宮については詳しくねえけどよ、冒険者たちん中で耳にタコが出来るくらいよく聞く事がある」


 俺は何の話かと思い、立ち止まった。


「それはな、『どんな時でも油断はするな』だ。当たり前に思うかもしれねえが、迷宮にいる間はいつ魔物が襲ってくるかわからねえ。休憩している間も、歩いている間も、壁に天井、床に罠。四方八方いつでも警戒しなきゃならねえんだ。たとえ順調に進めることが出来ても、それすらも迷宮の罠なんじゃないかって考え続けられる奴だけが生き残り続ける事が出来るんだ。だからな、死にたくなきゃよく覚えとけよ。お前みたいな一人でいる奴が一番狙われやすいんだからな。それだけだ」


「……ああ、ありがとな。ちゃんと覚えておくよ」


 馬車に乗ろうと待っている客が減っていき、俺の番が来た。


「大銀貨三枚。あと、その荷物の量なら銀貨二枚ってとこだな」


 愛想の無い御者に一方的に言われ、しぶしぶ代金として大銀貨三枚と小銀貨二枚を渡す。

 狭い狭い馬車内に乗り込むと何人かからジッと顔を見られた。

 その視線を無視しながら遠慮なく空いていた出入り口付近に位置取り、背負っていた荷を座席の下に詰め込むと剣士らしき男の隣に座った。


「……時間だ。じゃあ、出発するぞ」


 ゆっくりと馬車が動き出す。

 出入り口の側だったので、見送ってくれる三人の顔が良く見えた。

 ぼんやりとそれを眺めていると、オルガから「頑張れよー!!」という励ましが、次いでジャックからも「また来いよなー!」という声が聞こえた。

 アルジェルフからは無かったけれど、小さく手を振るさまがまた妙に可笑しく感じて笑った。

 俺も何か言おうかと思ったけれど、なんか青春ぽい上に、馬車の中から向けられる目が無性に恥ずかしく感じたのでやっぱり止めた。

 でも、何かしなくてはと思ったので、俺も小さく手を振り返した。

 馬車が町から遠ざかっていく。

 それにともない、少しづつ町も三人も小さくなっていく。


 風が吹き、悪戯をするように髪を揺らす。

 暖かな日の光が雲間からそっと顔を出して微笑んでくれているように思った。


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