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ヘレティックワンダー 〜異端な冒険者〜  作者: Twilight
第三章 迷宮都市前編

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第62話 決闘 後編


 冒険者たちが駆ける様に訓練場へと急ぐ。

 それを眺めながら、一人ポツンとギルドのロビーに残されたマリーを見る。

 本人は争いを止めようとしたのに止められず、決闘沙汰になり、むしろ騒ぎがより大きくなったようにも見える。

 しかしあれは不可抗力と言うものであり、彼女に責任は無いだろう。

 彼女では諍いを止めるための威圧感も無いし、諫めるだけの説得力が無かっただけだ。

 多くの人間に共通して言えるが、感情的ないしは興奮している人間に理性で立ち向かっても無駄な時がある。

 あれがそういう(・・・・)時だ。


 一人佇むマリーを哀れに思い、しょうがなく声を掛けた。


「なあ、大丈夫か?」


 マリーはゆっくりと声を掛けた俺へと振り返る。

 その目に驚きはなく、何を考えているのかは分からない。

 しかし、どうして欲しいかは簡単に読み取れた。

 ここで、「おいおい、そんなに落ち込むことないだろ。次、頑張ればいいじゃないか」と爽やかに言えれば良いのだが、生憎、俺はそんな優しい性格をしていない。

 だから、俺はこうすることにした。


「……どうしてそんなに落ち込んでいるの?」


「……見て、分かりませんか?」


「うーん、想像は出来るけどそんなに落ち込むことある?」


 本来こういう場では、いま本人がしている行動や状況について触れることは望ましくないが、俺はあえて最初に触れた。


「………」


「別に喧嘩したい人間なんてほっとけばいいじゃないか。それに、わざわざ何で止めようとなんて思ったの?」


「………」


 問いかけに対し、マリーは何も言わず、ただ俯き続ける。


「周りの……誰か男の職員にでも止めてもらった方が手早く簡単に済んだはずなのに。はっきり言って、君が口を出す理由なんて一つも無かったじゃないか」


 最も言われたくないであろうこと。

 それは、あの場での最適解を教えることと、行動した結果についての事実を指摘すること。

 つまりは遠回しに、「君がやったことは逆効果であり、無駄なんじゃないか」と説いてるに等しかった。


「……なんで」


 マリーが小さく呟く。


「ん? 何か言った?」


 先程よりも優しい口調と、優しく表情で訊ねる。


「なんで……喧嘩を止めることがそんなにおかしいんですか……? わたしは……間違っている事を言ってますか?」


「………」


「わたしはただ、喧嘩をしてほしくないからやったのに……みんな、みんな、わたしの言うことを聞いてくれない」


「………」


「どうして、聞いてくれないんですか? どうすれば、よかったんですか……?」


 今にも泣きそうになりながら、マリーが訪ねてくる。


(ここまでか)


「いま、どうしてって聞いたよな? ――教えてあげようか?」


 無害そうな口調だが、自分の口角が上がっていくのを感じ取る。

 俺の言葉にマリーは唇をかみしめながら、そっと顔を向ける。


「そんなのは簡単だよ。自分に自信を持てばいいんだ」


 だから俺はシンプルな答えを教えて上げた。


「自分に、自信……?」


「そう、自信だよ。君が自分に自信を持てていないから、君の言葉にも自信が生まれない。だから周りの人間は君の言う言葉に耳を傾けてくれないし、聞いてくれないんだ」


「でも、どうやって……」


「自信っていうのは簡単には手に入らないよ。だって、自分で自分を認めて上げなきゃいけないからね。それより、こんなところで油を売ってていいの?」


「……なんですか?」


「ほら、今って決闘騒ぎになってるじゃん? 君がこのままだと、誰か適当な奴が審判をして、適当に判断を下して、大怪我をする人が出ちゃうかもしれないよ?」


「そ、それは……でも、私が行ったってどうせ誰も……」


「そんなつまらないこと気にしてるから落ち込むんだよ。誰かがやらなきゃいけないなら、君が一番にやろうと思わないとダメじゃないか。それに、君が審判をすれば結果的に誰も怪我をしなくて済むかもしれないよ?」


「そう、ですかね……わ、わたし、ちょっと行ってきます!」


「うんうん、頑張ってね」


 マリーが訓練場へ駆けていく後ろ姿を見送ると溜息を吐いた。


「はぁ、まったく。ホントに面倒くさいなぁ、人間って……。あっ、解体の話聞くの忘れてた……」


 そんなことを口にしながら、「……俺も行くか」と訓練場へと足を伸ばした。




 ──☆──★──☆──




 訓練場では野次馬により多くの人間が集まった結果、珍しく賑わいを見せていた。

 中央には、二人の男女が向かい合わせで立っており、周囲には多くの冒険者が真っ昼間にもかかわらずひしめき合い、今か今かとその時を待っている。

 そんな彼らの中心にいる人物は、一人は使い込んでいるせいか少し草臥れた印象の革鎧を身に纏った男。

 鎧と同じく使い込まれたシンプルなロングソードを手に持ち、対峙している相手を睨みつけるように見ている。

 もう一人はむき出しの地面にウェイトレスの格好をした女性が、刃を潰した剣をフラフラと手持ち無沙汰下に揺らしながら立っている。

 この場にとても似つかわしくない格好だが、それよりも刃を潰した剣と服装の組み合わせがさらに異様さを引き立てていた。


 そんな両者の間に、何やら頼りなさげな男が額の汗を拭いながら右往左往していた。


「えー、えっと、あの、その……」


「おい、いつまでもチンタラしやがって! さっさと始めろよ!」


「その三流男と一緒なのは不本意だけど、同意ね。早くしてちょうだい、ノーマン」


 ノーマンと呼ばれた男は、ビクリと体を震わせながら、「は、はひぃ!」という声を上げた。

 すると突然、横から「ちょっと待ってください!」と引き止める声が響いた。

 周囲にいた人間は声の聞こえた方へと目を向ける。

 そこには先ほど争いを止めようとしていたマリーの姿があった。


「どうしたの、マリー?」


ウェイトレス姿の女性が怪訝な顔をしながら問いかける。


「決闘の審判はわたしにやらせてください!」


 突然の申し出に周りの人間はざわめいたり目を見開いたものの、決闘を行う当の二人が審判が代わっても特に問題ないためすぐに了承した。

 突如現れた後輩に審判の座を奪われたノーマンはというと、むしろ重要な役目を代わってもらい内心では大喜びしていた。

 そこからはトントン拍子に話が進み、ノーマンが手間取っていた決闘に関わる諸々の手続きをすぐに終わらせると、いつでも決闘が出来る準備が出来た。


「それでは、準備はよろしいですか?」


「ああ」


「大丈夫よ」


「こ、これより、冒険者ゴーンさんとギルド所属のマルナさんによる決闘を始めたいと思います!」


 三人を囲むように訓練場の壁際に立ち見していた冒険者達が待ってましたとばかりに「うおおおおおぉぉぉ!!!」という歓声を上げ、決闘の始まりを告げた。


「ルールを説明します! まず初めに両者とも自前の武器の使用を可能とします。またどんな攻撃も可能ですが、後遺症が残るもの、相手を故意に死に至らしめるものは禁止です。勝利条件は相手が降参した時、相手の戦意喪失を確認した時、気絶または戦闘の続行を不可能と審判であるわたしが判断した時です。敗北条件も同様とします。説明は以上です。質問が無ければ、このまま開始したいと思います」


「それでいい」


「私もいいわ」


 両者とも武器をあげ、構える。

 観衆達もこの時ばかりは固唾をのんで静かに見守っていた。


「……では、試合開始です!!」


「っしゃあ!」


「ふっ!」


 開始の合図と同時にゴーンとマルナが気合を入れると揃って前に出た。

 二人は飛び出した勢いのまま剣を交えると、火花を散らし金属のこすれ合う音が響く。

 そのまま鍔迫り合いを続けるのかと思いきや、女性であるマルナの方が少しづつ押されていく。

 マルナはそこで飛ばされる様に一歩引くと、押し出された力を回転の要領で利用し斬りつけた。

 ゴーンは攻撃される前兆を掴むとすぐに半歩分下がり避ける態勢になるが、マルナがそこでもう一歩踏み込み、下からの逆袈裟を繰り出した。

 ゴーンはそれを強引に弾くと先程までと同じ様に、距離を離した。


「よっしゃ、行けー!!」


「頑張ってー!」


「負けるな、マルナー!」


 二人を応援している観客の声が聞こえてくる。

 数分ほど似たような光景が続いただろうか。

 そんな中、突如ゴーンが攻めに転じ始めた。


 先程まで押されていたように見えたが、まるで今が全力だとでも言う様に、鋭い剣撃で容赦なく攻め立てていく。

 マルナをそれを安易に剣で防ぐことなく、最小限の動きで躱したり、時にはダイナミックな動きで撹乱する。

 その効果があったのかゴーンは段々と苛立ってくると、攻撃のパターンが単調になっていくのが理解できた。

 ゴーンはそれに気付かず、何度も同じことを繰り返す。

 早く鋭い攻撃だが肝心のマルナにはほとんど当たらず、当たったとしてもヒラヒラと揺れる服に掠れさせる事くらいしか出来ていなかった。


「くそっ、何で全然当たらねえんだ……っ!!」


「ふんっ、アンタ如きの攻撃なんて、手に取るように分かるわよ! 今すぐ降参したら、これくらいで勘弁してあげるけど!?」


「調子に乗んじゃねえッ!! てめえ如きに降参してたまるか!」


「あっそ、だったらもう手加減してやらないから、ねッ!!」


 言い終わると同時に今までで一番早く鋭い横薙ぎがマルナから放たれた。

 これにはゴーンも慌てて剣でガードしたが、予想よりも強い攻撃に後ろへと下がることを余儀なくされる。

 意表を突かれたせいで崩れかけた体勢を立て直そうとするが、それに追い打ちをかける様に激しい攻撃の雨が降り注ぐ。


 先程とは打って変わってゴーンは剣で弾いたり、あるいは目で見切り躱し続けることを余儀なくされる。

 時々、身体に掠める事もあるがやられてばかりではなく、攻撃し返しているところも見かけた。

 そんな時だった。


「くそがッ!!」


 破れかぶれになったのか、ゴーンは力いっぱいにマルナの剣を弾くとその勢いのまま剣を振り下ろした。

 身を守るためにマルナは弾かれた剣を咄嗟に手元まで引き寄せると剣の腹で攻撃を受けた。

 ギギギッという金属の擦れ合う甲高い音が響き渡る。

 このまま拮抗するかに思われたが、しかしそれも長くは続かず、終わりを告げる様にパキンッという剣が折れる音が耳に届いた。


「あっ!?」


 誰かがそんな気抜けした声を発する。

 誰もがマルナの負けを確信していた。

 けれどただ一人、マルナだけが最後まで諦めてなかった。

 その瞬間、ほんのまたたきをする僅かな出来事だったが俺の目はそれを捉えた。


 剣を折られた一瞬の間隙かんげき、マルナは即座に剣を捨てる選択肢を選ぶと敵であるゴーンの懐に潜り込み、腹に一撃叩きこんだ。

 その勢いを利用するように、ゴーンの振り下ろそうとした剣を持つ手首と突き入れた腹へそっと添える様に触れると、ゴーンは自ら前転宙返りをするかのようにくるりと回った。

 ゴーンは背中から地面に叩きつけられ、呼吸を忘れたかのように咳き込む中、マルナがゴーンの剣を奪い首に差し出すと勝負を決めた。


 マリーはその二人の姿を見て息をのむが、すぐにマルナの勝利を宣言した。

 一瞬での逆転劇に同じくポカンとしていた観客たちも、勝利が決まった現実を少しずつ呑み込んでいったのか、会場中に歓声が轟いた。




 勝負していた二人は起き上がると、中央に佇むギルド員達を交えて何やら二言三言話していた。

 その最中に、戦って傷ついた二人を治しているのか、綺麗なエフェクトが巻き起こる。

 そして話し合いが終わると、不機嫌そうな顔持ちのゴーンが踵を返すようにその場から去って行った。

 一人残されたマルナはスカートが斬り裂かれて、足が見える少し扇情的な姿になっていた。

 そんな彼女を見て囃し立てて笑っている冒険者達がいたのだが、「これ以上見るなら金とってやるからね!」と言い返す気力があるほど元気だった。

 そんな事を言われても冒険者達は決闘の興奮が収まらないのか、大笑いしながらこの突発的なイベントを心から楽しみつつ、各々好きな様に言い合い続けていた。

 そんな一部始終を眺めながらギルドのロビーに戻ってくると、先程の戦闘について思いを馳せる。


 正直、あまり期待していないというのが本音だった。

 単純に他の人間がどういう風に戦うのかに興味があったから観戦していたが、そんな簡単に語れる話では無かった。


 あのゴーンとかいう男の冒険者はただ吠えているだけのならず者かと最初は思っていたが、そういう訳でもなかった。

 酒に酔っぱらい、人に絡んでくる面倒な人間ではあるが、剣筋は真っ直ぐで何か剣術の型でも習っているかのような印象を受けた。

 それに結果こそ負けたが、あのマルナとかいう女性に大きく劣っているという程でもない。

 言うなれば油断と運で負けていたが、それ以外では拮抗していたか上だった様に思える。


 反対にあのマルナという女性も予想以上に動けており、戦闘技術には目を見張るものがあった。

 女性だからと見下していた訳では無いが、男に一歩も引けを取らず、戦闘では常に主導権(イニシアチブ)を握っていたのは見事だった。

 それだけではない。

 剣を体の一部の様に扱い、まるで槍の様に矢継ぎ早に打ち出される連撃はすごいの一言に尽きた。


 通常、人間は前後に腕を突き出す動作はよほどの身体能力が無ければするのは難しい。

 それを可能にしているのは、女性特有の体の柔軟さと鍛え上げられたしなやかな筋肉があればこそだろう。

 何でそんな人間が冒険者を止めてウェイトレスをしているのか不思議でしょうがないが、それよりもあの連撃を躱したり、防御出来ているという事はゴーンも彼女と同等レベルの身体能力がある事を表している。

 あれは一朝一夕にできるものではない。


 今回の決闘では想像していたよりも十分、収穫があった。

 あの男からは思い切りの良さと性格とは魔逆の剣筋を、女からは相手の勢いや力を利用するすべとしなやかな筋肉に裏打ちされた技術。

 どちらとも今の俺が必要としているものであり、必要になるものでもある。

 あの動きや技術を使う、いや使いこなすことが出来れば、今よりももっと強くなれるはずだ。

 そのためにはより多くの実戦を積む必要性を感じた。


「やはり、行く必要がありそうだな……迷宮都市へ――」


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