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ヘレティックワンダー 〜異端な冒険者〜  作者: Twilight
第三章 迷宮都市前編

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第59話 真夜中を進む意味


 ジャックと会話をした後、部屋へと戻った俺は時間を潰すためにいつものように本を読み流したり、魔法で遊んだりしてから眠りに着こうとしたのだが――


「……寝られない」


 ベッドに横になって目を閉じ十分、ニ十分と時間が流れていく。

 たまにこういう風に、やけに外界に対して研ぎ澄まされる不思議な感覚に陥るときがある。

 そういう時は何もせず、ただ目を閉じて落ちていくように眠る、はずだった。

 けれどどういう訳か、今日は妙に針が刻む音が耳に残った。

 そう、まるで夢の中に入って、永遠に時を刻み続けるのではないかと錯覚するほどに。


 その間、ジャックとの会話から数時間も経っているが、ユートの頭の中ではぐるぐると思考だけが通常以上に稼働していた。


 『――レベルは神の祝福であり、試練だ』


 ジャックはそう言った。

 魔物を、生きとし生けるものを倒す――いや、言葉を濁すことは止そう。

 生き物を殺す(・・)ことで力を得られる。


 しかし、それは倒すだけにあらず。

 戦いという経験を積むことであれば、人間相手でも同様に力を得られる。

 つまり人間を殺せば同様に力を得られる?

 ……いや、これについては今は置いておこう。


 この場合の力を得るとはレベルが上がること。レベルが上がるから力を得られるのかは分からない。

 ならレベルとは何なのか? ただの数値か? それとも指標か?

 ……これも分からない。


 けれど、レベルが上がることで能力値が、ステータスの値が上昇する。

 ステータスの値が大きければ大きいほど、自身の力として扱えるようになる。

 それはスポーツ選手に一瞬で比類するほどの身体能力を得られるのと同義だ。

 しかも無意識下でも制御出来ているのか、ドアノブや家具などを壊さずに済んでいる。


 でも不思議な事がある。

 人型のゴブリンならいざ知らず、今日倒した獣型の猪は俺と同じくらいの能力値だったのに早く動いていた。

 能力値が高くても人によって速さが違うのか?

 ……いや、流石にそれは早計か。


 なら、肉体の形によって出せる速さに差異が生まれる?

 ……なんとなく違うような。

 あれが火事場の馬鹿力とは到底思えないし、普通に土を蹴り、普通に突進してきたと感じた。


 それなら体の大きさか?

 これはありそうだが、それなら能力値自体にもっと彼我の差が生まれそうなものだ。

 仮に能力値が神が創ったモノなら、人それぞれに能力値の数値の意味合いを変えるだろうか?


 俺はそうは思わない。

 あのステータスとやらは何かを基準に明確に決められているんじゃないかと直感的に感じた。

 そういえば、本を読んだ時にそれらしきものが書かれていたのを見た覚えがある――。


『――そして勘違いしているものがほとんどだが、ステータスに記されている数値は『ここまでの力を発揮できる』という目安であって、数値が高いだけがそのまますべて力に直結するわけではない。』


 そうだ、これだったか。

 確かにスキルやらステータスやらについて言及していた本だった。

 なら、アレに書いてあったことを全て鵜呑みにする訳には行かないが、今はそれが正しいとしておこう。

 とりあえず、身体が大きい奴には気を付けておけば大丈夫だろう。

 ゲームのような隠しステータスが存在するのならば、の話だが。


 ユートは思考に一端の区切りをつけると、閉じていた瞳をゆっくりと見開いていく。

 部屋には光が少ないため本来なら見えないが、暗闇に慣れた瞳は家具の位置を鮮明に映し出した。

 ふう、と息を吐くとユートはのそりとベッドから起き上がり、んーと背伸びをして体をほぐした。

 そして外出用の服に着替え、音を立てない様に静かに宿から抜け出す。

 外は夕時の街灯の明るさではなく、真夜中に合わせた色合いで町を照らしていた。


 人気のない静まり返った街をユートは一人歩く。

 周囲に目を光らせながら、路地から何かが出て来るんじゃないかと思い、腰に剣を差して警戒しておく。

 そんな無駄に気を使いながら歩き続けていると、すぐに町から出入りするための北門が見えた。

 本来なら森に近い東門を通るところなのだが、真夜中の東門は魔物の襲撃があったためか警戒を強化しており、固く閉ざされている。

 そのため、北門を通らざるを得ないため遠回りしていた。

 こうして真夜中に町の外に行くのがここ最近の半ば趣味になっているので、すでに慣れたものだ。

 その北門の周りには魔道具だと思われる幾つもの光源があり、衛兵が二人一組で不審者を見逃さない様に見張っている。

 それを離れた場所から近づきながら観察すると、そのまま門の通用口に足を運ぶ。


(ご苦労様)


 普通なら見咎められるか、最低でもどこに行くんだと話し掛けられるような状況で、見張り番の二人は何も訊ねてくることは無く、まるで存在に気付いていないかのように素通りできた。


(ふう。気付かれていないとはいえ、毎度緊張するな)


 そのまま足早に町から離れると、ユートは闇魔法による【認識阻害】の魔法とスキル【隠密】を解いた。

 この便利な【認識阻害】という魔法は、暇な時に読んでいた魔法大辞典の闇魔法欄に載っていた。

 魔法効果はその名の通り、「魔法を掛けたモノ(・・)に対し視覚からの情報を制限する魔法」だと思われる。

 というのもこの魔法の説明欄には、「掛けたものに意識を向きにくくする魔法」と書かれていたからだ。

 この世界の本は基本的に大雑把なのか、読み手に対し自分で考えろと言わんばかりの説明内容だ。

 流石にそうは思いたくはないが、そうとしか考えられない。

 いや、もしかしたら独学で魔法を学ぼうと思う方が間違っているのか……?

 ……こう、なんていうか今更だが、こういう部分に疑問は持っちゃダメなんだな……。

 こうしてまた一つ、世界というものの残酷さを理解させられた。


 そんな風に考えているといつの間にか森に着いていた。

 眠れないせいで頭が冴えているため、気分は上々だ。

 風の音も、小動物の声も、葉がすれる音も、空気の冷たさも何もかも明瞭に感じられる。


 森を前に俺は深呼吸して息を整える。

 そして武器と鎧を今一度確認すると、森へと足を踏み入れた。



 ガサガサと自身が草を踏み歩く音と息遣いだけが響く。

 月明かりと自前の目だけが頼りの森の中で、細身の剣はとても弱弱しく感じる。

 そんな森の中を手探り状態で歩いていると、自分以外の物音を感じ取った。

 足を止め、すぐさま剣を抜ける様な態勢に入ると、向こうの樹の陰からゴブリンが姿を現した。

 俺は彼我の距離を把握すると、相手に間を与えないようにするため走り出す。

 樹の陰を利用しながら近づき、死角外から首に一突き。そのまま剣を横に振りきると、大量に血が噴き出した。

 ゴブリンは驚きを顔に出すも、声を上げることなくすぐにこと切れた。


 慣れたもので何も考えずに魔石を回収し、次の獲物を探しに行く。

 ゴブリンはそのまま放置しておいた。

 他の魔物か小動物が食らうだろう。


 そのまま歩いてゴブリンを数体狩り終えた時、どこからか狼らしき遠吠えが森に響き渡る。


 ワオーーン! ウォーン! ウォーン!


「狼か……本物は見たこと無いからな。少し楽しみだ」


 空を見上げ、声が聞こえて来た方角に顔を向ける。

 ユートは笑みを浮かべながら、次の獲物を探すためにまた歩き始める。

 闇に包まれた森はとても不気味で恐ろしい。

 月明かりがあるため十数メートル先くらいは把握できるのだが、それより先は樹や藪が邪魔して見えない。

 その上、今は真夜中のせいもあり、魔物が視認し辛い。

 目だけではなく、音や感覚も研ぎ澄まさなければいけないため、真夜中の森はとてつもない緊張状態を強いられる。


(やはり、夜の森は厳しいな……。けど、だからこそ良い経験になる)


 どこから来るか分からない恐怖と長時間の緊張状態における疲労。

 この二つに挟まれながらもユートは慎重に森を進む。




 ――数十体目のゴブリンを倒し終えた時、剣に違和感を覚えた。

 薄暗い中、月明かりに照らし翳してみるがひびが入っている様子もなく、ただの気のせいかと気にも留めなかった。

 そんな折、中層に近い事を何となく察しながらもその周辺を探索していると、広場のような場所に出た。


(なんだここ?)


 やけに踏み固められ、ところどころ血の跡が散見しているのが目についた。

 不気味に思いながらも特に何かを連想する事も無く、警戒しながらぐるりと広場と森の境界沿いから眺めていた。

 その時、広場を挟んだ反対側から物音が聞こえたと思うと、後ろから何かに突き飛ばされるような衝撃が走った。


「ぐっ!?」


 思ったよりも衝撃が強く、地面を滑るように飛ばされる。

 すぐに態勢を整えようと立ち上がると目の前に飛び掛かった鋭い狼の牙が入った。

 危ない! と咄嗟に目を瞑りながら左手を翳すと、腕に噛みつかれる感覚が走った。

 ギャリギャリギャリッ! という手甲から出た鈍い金属音に目を向けると、くすんだ緑色の狼が俺に噛みつきながら敵意を向けていた。


「うわっ! このっ、離れろっ!!」


 慌てた俺は無造作に腕を振り回すも狼は決して離すものかと離れようとしない。

 そこで俺は空いていた右手で思いっきり狼の左目付近を殴りつけた。


「キャンッ!?」


 狼は犬っぽい鳴き声を出すと痛みから逃げる様に離れた。

 狼を殴ったことに対する嫌悪感と罪悪感に苛まれながらも、すぐさまその場から立ち上がる。

 そこで俺は目の前だけじゃなく、後方にも狼が取り囲んでいる事に気付いた。


(前に四体、後ろに五体……これって結構ヤバくないか……?)


 内心で冷や汗をかきながら剣を抜きつつ、周りを見渡しながら必死に打開策を練る。

 徐々に徐々に取り囲んだ円を狭めていく狼たちに対し、剣を向けながらどうすればいいのか考える。


 見ている限り、きっちりと統制が獲れている。

 数は九体、今にも飛び掛かってきそうだ。

 狼たちは俺を逃がさないだろう。

 血走った目と涎が垂れている口が何よりも物語っている。


 けど、さっき殴った狼の横から抜けれそうだ。


 ――剣を使うか?


 だが、樹が邪魔になって全力で振ることは難しい。


 ――なら、手甲を使うか?


 あの生きているモノを殴る嫌な感触に目を瞑って。


 踏み出せないまま五秒、十秒と経ち、じれったくなったのか狼は今にも飛び出してきそうだ。

 決断を迫られている。


 そして俺は――


 覚悟を決めると体を魔力で自己強化し、すぐさま走り出した。

 走った先は最初に噛みついてきた狼。

 唐突に動き出したためか狼は一瞬虚を突かれる。

 その隙に一直線に走り、噛みつかれたその狼に向かって剣を振り降ろす。

 自身が死ぬことすら認識できないまま頭をかち割られた狼はそのまま沈む。

 続いて、横にいた狼たちへとデタラメに剣を振り、身体に傷つけ痛みに反応した隙に森へと走る。

 その頃にはすでに狼たちは立ち直っており、仲間が殺された恨みか、はたまた怒りか。

 何かを原動力に追いかけてくる。


 そこで俺は走り続ける先で見つけた大きな樹を目に、逃げた状態から反転、追いかけて来た狼に向かって刺突を放った。

 一番前にいた狼は不幸にも口内から貫かれ、その勢いのまま横を滑り抜ける。その勢いを俺は上手く利用し、剣を引き抜きながら樹の反対を回り、死角から横薙ぎを振るう。

 先頭が死に、樹の裏を回って見えない所から二体目が殺される。

 そんな意味不明な状況下で三体目は本能でブレーキを掛けてしまい、その隙を狙われ剣の錆になった。

 追いかけて来た四体目に移ろうとしたが、これは流石に避けられる。


 しかし、ユートは手を緩めない。

 避けられた狼に向かって三体目に倒した狼をボールを上に蹴り上げる要領で蹴り飛ばした。

 これには避けた狼もたまらず巻き込まれて倒れ込む。

 ユートは倒れ込んだそいつを今の内に狙おうと意識が向くが、横から噛みついてきた狼が視界に入ると即座に諦め、やられたお返しとばかりに左手で鼻面を殴り返した。

 使い慣れない左手だったせいで狙いがずれたのか、狼の右目辺りに突き刺さりながら殴り飛ばした。


 追いかけて来た八体の内、三体は最初に死に、二体はそれぞれ足と目を負傷してすぐには身動きが取れない。

 残りの三体は目の前に居るのが獲物ではなく敵だと、今さらながらに気付いたのか、睨みつけながら唸り声を上げている。

 それを見て俺は心に余裕が出来たので、諸手を挙げて魔法を放つことにした。


 剣を構えながら、【氷の投槍(アイスジャベリン)】と念じ、狼たちに放つ。

 撃ち始めのいくつかは避けられるも、最終的には体に幾本も突き刺さり全ての敵が無残な姿で死を迎えた。

 動きが止まっていた二体は避けることすらままならず、三体とは違って頭部に一撃を食らい、安らかに死んだ。


 そこで俺はようやく息を吐くと、樹に体を預けながら一息つく。

 あのハニーベアと同じくらいの緊張感があったせいか、疲労感を感じているが、それと同時に達成感もあった。

 策が上手くいったからよかったが、最悪の場合死んでいた。

 まあだからこそ、この真夜中の修行は重要な意味を持つ。

 今まで突発的な戦い以外は危なげなく倒せていた。

 ゴブリンや猪がいい例だ。

 あいつらは単純故に魔法を使わなくても今なら倒せる。

 けれど、ハニーベアやさきの狼などは魔法を使っても危ない。

 それどころか使うまでが大変だ。


 俺は自分が慎重な人間だと思っている。

 敵に見付からない様にしている事も、情報を事前に集めている事も、逃げる事を前提にしている事なども含めて、多くの面で性格が滲み出ていると自覚している。

 しかしそれ故に、いつまでも危険に遭遇することなく、ぬるま湯に浸かった状態が“普通”になり果ててしまう。

 

 それではダメだ。


 人間は生きることに意味を見出さなければ、それは死んでいるも同然だ。

 つまらない人生になど露ほども価値など生まれない。

 生きる喜びがあるからこそ、死ぬ意味が生きるんだ。


 俺はそう思っている。

 だからいつも探し続けている。


 ぬるま湯に浸かったままでいない為に、己と言うものが死なない為に。

 だって、人間なんて危機に陥らないと意外と気付かないことって多いんだから。


自らを突き落として、進む人間もいるんです。

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