第57話 幕間 見習い薬師の奮闘
この話は25話と26話の間の一週間についてのお話です
回復薬作製依頼から四日目。残り六日――
外の大鐘が朝を知らせる音を響き渡らせる。
大きくも心に届くような音色ですっきり目覚めた俺は、すぐに起床すると顔を洗い、歯を磨き、トイレを済ませ、外行きの服に着替え一階へと降りていく。
その頃には、既に幾人もの冒険者らしき人間が腰やテーブルに武器を携え、朝食を食べていた。
俺も昨日座ったカウンターと同じ場所に掛け、適当にさっぱりしたモノを頼み平らげていく。
食べ終わるとアマンダさんに礼を言い、すぐには向かわず、朝の喧騒を聞き流しながらぶらりと歩いて、ゆっくりと店に行った。
店には二人が既に準備しており、俺も手伝わされながら回復薬の作製に手を付けていく。
「――これ、気を抜かるでない。しっかり集中せんと、良い薬など出来るはずもないぞ」
「あ、ああ、悪い」
婆さんは自分も作りながら俺へと注意する余裕がある。
対して俺はまだまともに中級回復薬を作れてない。
失敗作が出来上がると回復効果が微量にあるモノだけ瓶へと詰め、効果も何もないモノは庭へと撒いて処分する。
これをすると土の栄養が蓄えられたり、木々の成長を高められるらしい。
まあ、撒いたものはほぼ水といっても過言ではないので、影響は全くと言っていいほど無いと思うが。
こういう同じ作業の繰り返しは嫌いではないが、こうも失敗続きだと流石に気が滅入ってくる。
「――作業は一旦中止じゃ。昼にしよう」
そうした気分のまま朝から昼まで作業を続けると昼休憩のため、いったん作業を停止する。
「ふぅ……」
昼食を一緒に馳走になり、たわいもない話をしながら過ごしていく。
作業を開始するまで、もう少しばかり時間が空いている。
その間に庭に出るための許可を貰い、婆さんが管理している場所へと繋がる扉に足を踏み入れた。
「赤に黄色、紫にピンク。まるでここは花畑みたいな場所だな……」
色とりどりの花が植物園の様に幾つもの花壇に分けられ、生き生きと太陽を浴びながら過ごしていた。
そんな花々をスキル【鑑定】を使って調べながら歩き回ったり、観察して匂いを嗅いだりしていく。
良い匂いのモノもあれば、嗅いだことの無い匂いだったり、俺の鼻に合わない様なキツイ匂いを放つモノもあった。
見た目にも様々な個性があり、ピンと伸びてどこまでも大地に逆らおうとしている花とか、花弁はどこだろうと探すと茎と葉のそれ自体が花になっている面白い花など見ていて飽きが来ない。
中には俺が今使わせてもらっている薬草だけでなく、薬効成分は高いが使いにくい薬草だったり、希少と表示が出た薬草が無造作に生えているなど、多種多様な薬草が無差別に植えられており、いまいちよく分からない場所だった。
「それにしても大きすぎじゃないか、この庭……?」
店の外からではまず想像できないほど、この薬草園とでも言うべき場所は大きすぎた。
「おーい! もうすぐ始めるよー!」
そんな風に考えていると、入口の方だと思しき方向からレイラの声が聞こえて来た。
この薬草園がどこまで広がっているのか興味が尽きないが、呼ばれているのでこの考察はまたの機会にして真っ直ぐ声が聞こえた方角へ向かった。
回復薬作製依頼から五日目。残り五日――
昨日は最後の方でちょこちょこと似非中級回復薬が作れるようになってきたが、成功率は未だ二割にも満たない。
ただただ腕が筋肉痛になり、辛い夜を過ごしながら一夜が明けた。
今日も今日とて回復薬作りを地道にしていくと思っていたが、昼前にとある変化が起きた。
(何となくだけど、作り方が分かる……?)
本当に唐突に脳裏へと何かが閃いたのだ。
ただただ切っていた薬草の切り方が、まるでこうするのが正解とでも言う様に頭で考えるよりも早く体が動く。
水の量もいままで一定だったせいで質にバラつきがあった様だが、これも薬草の大きさごとに水量を増やしたり、減らしたりして調整すべきだったみたいだ。
棒の回し方も力加減が強かったり弱かったりしていたが、どうやらもこれも状況に合わせて強弱をつけていく様だ。
そうして自身の直感のようなものに従い、身体をコントロールしていくと目の前に完成した物が出来上がった。
「――ほう、出来たのか。ふむ、間違いなく中級回復薬として仕上がっておるな」
(ここまで早く作れるようになるとは……この短期間でスキルの練度が上がったか。やはり、何か意味があるのかもしれんな)
婆さんからもお墨付きを貰った。俺の見間違えではなく、きちんと完成した様だ。
「すごい! こんなに早く作れるようになった人、初めて見たよ!」
レイラも手放しで喜んでくれる。
嫌味なく素直に人の成功を喜べる人間はすごいなぁと思いつつ、何となく元の世界に居るダチを思い出した。
「ありがとう。でもまだまだ中級だからな。それに成功率をもっと上げたいところだし」
「うんうん、頑張ってね!」
「うむ。この調子で続けるのじゃぞ。次は確実に出来る様に精進するのじゃ」
「おう! ってそれは早すぎないか?」
「何を言う。いつ何時どんなところでも成功させるのが超一流と呼ばれる者じゃ。大事な場面で調合を失敗するような奴など薬師として三流以下のゴブリンにも劣る畜生じゃな」
「まあ、それは確かに一理ある、のか……?」
ちょっとどころかかなりの暴言だと思うが、目の前に居るのはその超がつく一流の薬師だ。
そんな人間が言うのならば確かにそう思わなくもないかもしれないが……やっぱり言い過ぎだと思う。
回復薬作製依頼から六日目。残り四日――
今日は中級回復薬の成功率を四割までにすることを目標とし、他の魔法薬についても並行して調べるつもりだ。
そういえば、筋肉痛が次第に消えていっている。
おそらく肩や腕の筋肉が慣れたのだろう。
何となく嬉しく思いながら、午前中はいつも通りただ回復薬を作っていく作業が続いた。
そうして昼食を食べ終わり、昼の空き時間になると、今日は棚に飾られた薬草図鑑と魔法薬学についての二冊の本を手に取り、所有しているスキル【速読術】を駆使して読み流していく。
最初辺りには体力と魔力を回復させる薬草とそれを素材にして作る回復薬について書かれている。
さして難しそうな事は書かれておらず、俺でも素材を集めれば作れそうだ。
というかルクスの森で見かけたような薬草が書かれていた。
段々とページをめくっていくと、どうやら毒や麻痺、眠りなどの状態異常についても書かれており、それに相当する薬草やら素材についての情報、採取方法などの取り扱いに言及しながら記されてあった。
この辺りも素材と扱い方さえ気を付けておけば、失敗する事は無さそうだ。
次に進むと『強化薬』やら『狂化薬』などのデンジャラスな名前の魔法薬は希少な素材だけでなく、小難しい方法で二重、三重と折り返すような感じで作る調合方法が書かれていた。
作業行程も難しく、今の俺の実力では逆立ちしても作れない様だ。
これについて婆さんに聞いてみると厳しく取り扱いが決められているらしく、ある程度冒険者ランクもしくは商人としての信用ランクが高い者だけが扱っても良いらしい。
それがない者が持っていると犯罪となり、捕まりはしないが罰金刑に処されるとのことだ。
「持っているだけで捕まるとは、まるで麻薬みたいだなぁ……」
「もっと質の悪い麻薬なぞ、この世にごまんとあるからのう。この程度はまだマシじゃな」
「うへぇ……」
――さらにページをめくると、霊薬や秘薬、万能薬と言ったファンタジーなものが書かれていた。
これについては素材を集めるだけで苦労しそうなものばかりだった。
モルヴァノーゲ火山に生えている樹の実とか砂漠に咲く黄金の花とか霊峰カドラルから湧き出る聖浄水とか訳分からん。
そうしてペラペラとめくっていきながら最後のページを見ると、そこには【神仙薬】と書かれていた。
(ははっ、【神仙薬】なんてものもあるのか……。この世界は予想以上に何でもありだな……)
その名前を見ただけで乾いた笑いしか出てこないが、不思議と胸は高鳴っていた。
伝説上の生き物や鉱石なら世界が違うのだ。そういう事もあり得るだろう。
しかし、ご丁寧にページの最後に連なるほどの秘薬としてその名前が記されているのだ。
これが笑わずにはいられるものか。
別世界でなおかつ伝説のモノだとしても、流石にこれは出来過ぎている。
いや、もしかしてこの世界がそういう風に創られているのか……?
それとも本当に唯の偶然なのか?
考えてもここでは永遠にその答えは出ない。
もしかしたらこの先、色々な場所を旅をしていったらその答えに辿り着くかもしれない。
一つ、この世界で旅をする上での目標が出来たな。
(それにしても、よく見たら結構汚れているな)
ページというか本自体も結構古いものだが、何度も読み返したのだろう。
ページの端が手垢に塗れて黄ばんだ痕があった。
ひょっとしたら、若いころの婆さんが【神仙薬】を求めて、何度も挑戦した痕跡なのかもしれない。
そんな妄想が頭に浮かんだ。
その【神仙薬】についての説明欄には、こう書かれていた。
『【神仙薬】。それは遥か昔、滅びた魔導王国に集いし偉大な魔導師達が研究の果てについに至ったとされる薬。その身に取り込むと不老不死に成ると言われている神の如き奇跡を宿した薬である。
錬金術や魔法、それに様々な知識を極めた者にしか創ることの出来ない神薬であり、【神仙薬】を創るために多くの魔導師や錬金術師たちが志半ばで寿命を終えて行った。そのため、魔法や錬金術に携わる者は皆一度は自らの手で創りだしてみたいと願っている。
また【神仙薬】には飲んだ者に癒しの奇跡を与え、どんな万病も立ち所に治すと言われている。
(中略)――――【神仙薬】を精製するための材料には、大変希少価値の高い素材が多く用いられている。その中には未だ解明されていない素材や集めるのが困難を極めるものがあり、ついには我々は断念する事を決意した。
そのため、もしも【神仙薬】を欲する者や探している者が現れるのなら、別冊にその精製方法などについても詳しく調べた物を書き記したため、その一助として活用してもらいたい。』
説明欄にはそう締めくくられており、下の方に必要とされている素材と目ぼしい候補が付け加えられていた。
(『賢者の石、竜の血、ユニコーンの角、マンドレイクの根、世界樹の葉、月の煌き、太陽の熱、悪魔の心臓、天の雫、人魚の涙』か……。妄想に取り憑かれているのか、現実としてこれが実在するのかいまいち何とも言えないな……)
荒唐無稽なものばかりが並べ立てられている。
それを鵜呑みにして信じることは難しいが、婆さんがこれを見て創ろうと考えたのだとしたら、あながち嘘とは言えないかもしれない。
まあ、頭の片隅には入れておくとしよう。
回復薬作製依頼から七日目。残り三日――
昨日は中級回復薬の成功率を四割にすることを目標としたが、惜しくも届かなかった。
残念ではあるが、少しづつ上達している事を加味すれば何も問題は無い。
この調子で今日もコツコツ作っていった。
昼になるとまたぞろ暇になった。
そうしてソファに腰掛けながら無言で考え、出した答えは武器を振る事にした。
本を読むのは嫌いではないが、折角武器を造ってもらったのだ。
振るわなければ勿体ない。
それに男ならやっぱり武器というものに憧れがあるからな。うん、仕方ないんだ。
という訳で、許可を貰い中庭に出る。
地面はむき出しのままだが、凸凹も少なく剣を振るには丁度いい。
空間魔法から剣を取り出し、剣道でよく見られる構え方で真正面で剣を握る「正眼の構え」をすると真っ直ぐ振り上げ、そして振り下ろしをする。
ブンッという風を切る音が耳に入る。これぞまさしく剣を振るうという実感が沸いた。
「うん、悪くない」
本物の剣術家や剣士から見たら、子供が木の棒で振り回すのと同じように見えるかもしれないが、それでもすごく満足だった。
それから飽きるまで素振りをし、殺陣やアニメで見たような横に薙いだり、逆に振り上げたり好きな様に剣を振るっていった。
そうしてある程度満足するとキリの良い所で止めて、今度は魔法を使ってみようと思う。
「幾つかの魔法はもう試してみたけど、まだ風と土、闇だけは出来てなかったな」
この一週間はステータスを覗かないと決めてあるので思い出すしか方法が無いが、多分あっているだろう。
「とりあえず風から……魔力を意識して、手の平から放つように……」
――風よ!
びゅうっと奥の樹へと一陣の風が吹いた。
さして威力は無いが、風で葉と樹が揺れるくらいは強い風を創りだせたようだ。
こうして客観視してみると、やはり魔法というものは胸が躍る。
自分がまるで異なる存在になったような感覚がするし、特別になったようにも錯覚する。
その興奮はすぐに冷める事は無く、何度も風を吹かしていった。
途中で向きを変えたり、上下左右に操って見たり、様々な事を実験してみた。
また旋風を吹かして土煙を吸ってしまったりもしたが、それはご愛敬。
この調子で土魔法も使ってみると、掌の中から土が生まれた。
自分で言ってみても謎だが、事実として多めに魔力を消費して土を生み出すことが出来た。
魔法大辞典で調べてみると、どうやらこの魔法は【土生成】という魔法らしくて、大体の魔法にはこの生成系の魔法があるようだ。
火なら【火生成】、水なら【水生成】という具合にあるらしくて、見習い魔法使いが一番初めに使う魔法だそうだ。
「なんか微妙だな……」
まあ、無限に資源として活用できると言えば出来るが、ただの土では使い道に困る。
それにどうやって創り出しているのかすごく疑問が尽きない。質量保存の法則はどこにいったのか。
確かに宇宙論などでもこの法則は今のところ当て嵌まっていないし、魔法にもそれが適用されないだけと言えばそれまでだが、科学の世界で生きていたせいでそういう固定観念はすぐには消すことはできない。
そういう疑問は考えるだけでもとても興味が沸いてくるが、時間が無いのでそれはまた別の機会にする。
というかこれが金属ならいいんだが、そんな都合よくできたりしないかな……。
うーん、やはり謎だ。
続いて、闇魔法についても実験した。
こちらも【闇生成】という生成系の魔法だが、掌には小さな黒い闇?らしきものが出来た。
どうやら一定範囲に“闇”を創り出すと言うよく分からない魔法だが、敵の視界を奪ったりするのに使えるかもしれない。
それを言えば、水でも土でも光でも視界を潰すのに役立ちそうだが、魔法にしてはショボいという印象しかない。
魔法に幻想を持ち過ぎかな……?
風に土に闇。どの魔法も使い方次第では利用できても有効活用まではしづらい、というのが今の所感だ。
そのまま、雷や影、木の魔法についても実験しようとしたが、途中でレイラに呼び出され実験は一旦終わりになる。
こうしてずるずる先延ばしにして俺は忘れるんだろうな……。
回復薬作製依頼から九日目。残り一日――
一昨日は調子が良かったのか、中級回復薬の成功率が八割にまで届いた。
いきなり成功率が倍までいったのは、今までの成果が着実に出ているおかげだろうとは婆さんの言だ。
そのため昨日は朝から張り切って作り続け、結果は一度もミスすることなく中級回復薬のみを作る事に成功した。
つまり、中級回復薬を完全に習得できたのだ。
婆さんにも中級回復薬はマスターしたと言っても大丈夫だとお墨付きを貰った。
そのせいで気分は良いものの、どうしてか不完全燃焼気味だった。
そして寝て起きてから、一つのことが思い当たった。
それは婆さんが作った回復薬の半分にも届いていないということだ。
どういう訳かと言うと、回復薬にはもちろん回復量と言うものがあって、これが高いほど回復しやすいという目安みたいなものなのだが、俺が作り上げた中級回復薬と婆さんの上級回復薬とでは回復量に倍も違いがある。
流石にあそこまで簡単にいけると思っていないが、最初から諦めるのは俺のポリシーに反する。
であれば、見様見真似でも同じようなモノを是が非でも作ってやらねば。
幸い、近くで片手間の様に作っているのだ。
それを盗み見ていれば作れるかもしれない。
そして出来たものを見せて、驚かせてやろう。
――そんな思いを抱いたものの、しかし、そう簡単にできるはずもなく、午前中は中級回復薬に毛が生えた程度の回復効果しか上昇させることができなかった。
見様見真似で作ろうと画策するも婆さんの動きに合わせにくく、むしろ自分のタイミングを狂わされ危うく失敗しかけるようなこともあった。
そうして日が落ちて数時間ごとに挟む休憩の時に、この方法では無理だと一旦この案を破棄し、別の方法を模索することにした。
(回復量が上がれば、相対的に回復薬としての格が上がるはず……。その結果、見様見真似で技を盗もうとしたけど、これは失敗。技術では無理だった。なら他の方法で回復量を上げる方法を――)
回復、回復と念じ、婆さんやレイラを視界に入れながら頭を働かせていく。
そしてとあることを閃いた。
(回復量が欲しい。それならそのまま回復薬自体に回復効果が付与されていれば……? どうせ回復するんだ。魔法と薬の効果の二重で回復すれば、相乗されて効果が上がったりするかもしれない……!?)
これを思いついた時、俺は天才かもしれないと本気で思った。
といっても数秒後に我に返って、「やっぱりそうでもないな」と思い直したが。
俺はこの案を即座に採用すると、明日の昼をタイムリミットに急遽、作業効率を上げて試行錯誤していった。
回復薬作製依頼から十日目。依頼最終日――
回復薬に回復効果を付与する事は一応だが成功した。
けれど、思っていたよりも効果の乗りが悪い。
想定では二倍とまでは行かないけれど、五割増しくらいは行くはずだと思っていたが、まさか二割にも届かない散々な結果になるなんて。
いい方法だと思ったが、何度も躓くような気持ちになった。
(出来たばかりの回復薬に回復効果を付与する事は難しいのか……?)
籠める魔力の量が少ないが為に、回復効果が低いわけではない様だ。
理由が分からないまま、錬金釜の隣に置いたおいた自作の回復薬を観察する。
すると、とあることを発見した。
(えっ、回復の効果が落ちている……!?)
驚いて他の回復薬も見てみるとどうやら自分のモノだけで、なおかつ魔法を掛けたものだけの様だ。
(魔法の効果がちゃんと定着していないのか……? 何故?)
不思議に思い、通常通りの回復薬に魔法を掛けてみる。それをちらちら横目で見ながら、手だけは回復薬を作り続ける。
そして数分すると、回復薬内の空気に触れている部分から、ゆっくりと付与した魔法が微かな光となって空気に溶けていく。
その回復薬を見ると、ほんの少しだが確かに効果が薄れていた。
(中途半端な魔法はむしろ無意味という事か。なら魔法が消えないくらい何度も重ね掛けすれば、魔法が消えないまでも効果を持続できるはずだ)
そう考え、手始めに色々な段階で魔法を掛けてみた。
薬草を刻む時から水を入れる時、釜の中を回す時、様々なタイミングで試してみると、掛けた分だけ効果が上がり持続時間も伸ばすことが出来た。
途中、手元が光り過ぎてバレるかもと思ったが、何も言われなかったので多分大丈夫だろう。
流石に見つかったら誤魔化しきれないからな。
――そうして出来たのが、中級回復薬に魔法を掛けて出来た、似非上級回復薬。
効果は上級回復薬には到底及ばないが、中級回復薬の域は記載上もしっかりと上級回復薬と出ているちょっと不思議なもの。
結果的には、婆さんを驚かせるまではいかなかったものの、予想を覆すことには成功した。
その上、努力が認められ、ついでに“魔法添加”と“重ね掛け”という技を覚えた。
この技は“秘技”に属するようで意外と難しい技術らしいが、俺にとっては簡単に出来たので棚から牡丹餅となった。
あとは人を弄びさえしなければ良い人なのに……。
~婆さんが回復薬を納品しに行った後のお話~
「――あっ!? 忘れてた!?」
レイラが突然大声を上げた。
婆さんが納品しに行き、ゆっくりと時間が取れた俺達は思い思いに過ごしていたのだが、どうやら何かが大変なことが起きた様だ。
「おお、びっくりした……いきなりどうしたんだよ、レイラ」
「あれだよ、あれ! 生産ギルドに行って登録しなきゃ!? は、早くしないと、せっかく作ったのに納品が受け付けてもらえないよ!」
「は……? えっ……マジで……?」
この一週間でこんなレイラの姿は見たことが無かったため他人事の様に傍観していたのだが、突然話を振られ、しかも結構重大な話なのだと気付いて脳の思考が一瞬停止してしまった。
「そ、そうだよ! 多分お婆ちゃんも忘れているんだよ!」
一瞬、そんな馬鹿な、という反論が喉に出かけたが、あの婆さんは良くも悪くも高齢だ。もしかしたら、本当に、万が一の確率でそんなことがあるかもと内心で考えてしまった。
「そ、そうなのか……じゃあ今すぐ行った方が良いん、だよな……?」
あり得ないという思いと万が一の可能性が……という二つの心境のせいで足の動きが遅くなっているが、頭だけは正常に働いていた。
「そうだよ! というか私も保証人としてついて行かなきゃ……!」
慌てたレイラは俺を急かすように追い立て腕を掴むと、突如、着の身着のまま走り出した。
腕を掴まれているため、振りほどく訳にもいかずそのまま追いかける様に一緒に走る。
町の中を爆走するように、生産ギルドへと一直線に走る姿を町にいる様々な人間に見られるという羞恥プレイに耐えて走ること数分。
冒険者ギルドとは違い、倉庫の様なものを横に連ねた大きな建物が視界に入った。
「――はぁ、はぁ。す、すいません! この人の薬師登録をして欲しいのですが……」
「は、はぁ、分かりました。すみませんが、何かご自身の身の証明をできるものはお持ちでしょうか?」
受付にいた女性が困った顔をしながら、俺へと訊ねてくる。
「証明って、どんなものの事ですか?」
「はい。それは、どこか別のギルドに登録していらっしゃるとか、この町の住民カードをお持ちだったりした場合ですね。もしくは、高貴な方からの紹介状など持っていたらお出しください」
つまり、他のギルドカードでもいいという事だろうか。
そう思い、冒険者ギルドのカードを試しに出して聞いてみる。
「これでいいんでしょうか?」
「あ、はい。それで大丈夫です。それと少々のお時間をいただく間に、この紙への記入もお願いします」
「わかりました」
受付の女性は俺のカードを持って奥へと入って行く。
俺は渡された紙とペンを持って紙に記入していこうと思ったら、横から「貸して!」と声を掛けられると同時に何も言えないままひったくられた。
「――え」
何も言えずにそのまま横でスッと無言で佇んでいると、レイラは瞬く間に紙へと記入して終わらせた。
その後に、奥から受付の女性が帰って来た。
「――お待たせしま「すみませんが、早くしてください!!」」
受付の女性は途中で言葉を遮られ、可哀想に驚いてビクッてなるが最後まで諦めずに説明を果たそうとしてくれた。
うん、貴女は何も悪くないですよ。というか、むしろ本当にすみません。と思いながら暖かな目で同情の視線を送った。
「――え、えっと。こ、このカードは全てのギルドで共通していまして、カードの右下に生産ギルドを示す印が付いています。こ、この印があるという事が生産ギルドの一員という証明になりますのでくれぐれも今後はご注意ください。それから――という訳ですので、これで生産ギルドへの登録が完了しました。新たな職人の門出に神々と精霊の祝福があらんことを」
最初の方は驚いた影響が出ていたが、途中から段々といつもの調子を取り戻し、最後はきっちりと決めてくれた。突然ギルドに押しかけて迷惑な客だと思うが、本当にありがとうと大声で感謝したかった。
レイラも途中から登録が終わったのが分かったのか、茶々を入れずに静かに聞いていてくれたおかげで俺の胃に要らぬ負担がかからずに済んだ。
ちょっと隣で腕を掴まれたままだったので、そわそわしているのが直に伝わって来て心配だったが大丈夫だったようだ。
その後婆さんの家へと戻り、もう一度ソファでリラックスしているとすぐに婆さんが帰って来た。
流石に今回は冷汗をかいた。あんなに「もう休んでいてよいぞ」とか言ったくせに、休むよりも寿命が縮んだ気がしたわ。
流石に文句を言ってやろうと婆さんに詰め寄った。この思いはレイラも同じだったのか、同じように詰め寄り、目が合った時に共に頷き合った。
そして、婆さんに先程あったことを問いただしてみると、あっけらかんと
「ほっほっほ、わしが行っている間にそんなことをしていたのか。ご苦労な事じゃな。別に登録は後でも良かったんじゃがのう。まあ、手間が省けたわい」
などと言い放った。
これを聞いた俺達は呆然とした。
あの街中を走ったのは何のためだったのか。あんなに苦労して急いだ意味は。
俺はこの時、異世界で初めて膝を折った。レイラは唖然として魂が抜けたような顔をしていた。
その後、この件について詳しく聞いてみると、薬師の登録は確かに信用が大事なのだが、婆さんはこの信用ランクが高いために大丈夫らしい。そうじゃなくても、別に後で登録していても一応鑑定士がいるため偽装なんぞ出来ないので、どちらにしても大丈夫だったようだ。ただ、急いでいたのはその信用を貶さなかったという意味で少しだけプラスにはなるだろうと言われた。
そんな慰めを言われた所で、実質、大して意味は無かったという事を知り、むしろ意気消沈した。
こうして長い長い一週間の薬師生活が幕を閉じた。




