第54話 大氾濫――スタンピード―― 5
あけましておめでとうございます。
はい、もう二週間たってますが、今年も根気よく物語を紡いでいくつもりです。
こんなのんびりで申し訳ございませんが、いつも読んでくださる方には感謝しております。
そんな拙作ですが、また一年よろしくお願いいたします!
深く暗い真夜中の森で、彼等はただひたすら一つの場所へ向けて進軍していた。
人の形をした彼等は人間ではなく、ゴブリンと呼ばれる魔物。
子供ほどの知性と思考を有する彼等は、本来、偶然には起こり得ない大規模な群れとなって一つの目標へと進んでいる。
それを樹の上を走るように飛び乗りながら観察している者がいた。
「それにしても、数多過ぎじゃね? どこまで続くんだよ」
ぶつぶつと言いながら軽戦士風の軽薄な空気を纏う男、ブロイドが文句を垂れる。
「どうやら、森の外に出た町の周りにいる奴等はほんの一部に過ぎない様だな」
反対に、暗い森の中でも闇に溶け込むほど気配が希薄な男、サルドは冷静に答えた。
二人は森の樹上を走るかの様に飛び去って行く。
「かー、そりゃあこのままじゃヤバいんじゃね?」
「だからこそ俺達が選ばれた訳なんだが」
「そこなんだよな~。まさかまさかの王殺しをたったの二人でやってこいなんてさ。ギルマスもヒドイこと言うよな~」
「はぁ……自分の顔を鏡で見てからそのセリフを言え、ブロイド」
「うわっ、ひっでぇな! 俺の顔がまるで顔面凶器みてぇな言い方じゃねぇか」
ブロイドは顔を抑えながら、「俺の顔、変じゃねえよな?」と冗談交じりに独り言を呟く。
けれど、その隠した手の内側では獰猛な笑みが隠しきれていなかった。
そんなブロイドをサルドは横目で見ながら考えをめぐらす。
(しかし、予想よりもゴブリンの数が多いな……。それに真っ直ぐ町へと向かっている。想定よりも知能が高く、力があるかもな。これは森の奥に行っても、上位種が大勢いると考えた方が無難か)
ゴブリンキングの周りに山の様に腰巾着がいることを頭に思い浮かべてうんざりする。
そんな二人のずれた心境とは裏腹に、暗い森の中で何故か広がった場所が見えてきた。
「……いるな」
「……そのようだな」
広場手前の樹の影に隠れながら、ゴブリン達の様子を窺う。
そこには、掲げられた幾つもの松明が写し出したゴブリンが、数え切れない程うじゃうじゃと蠢いていた。
そんな大量のゴブリンが存在する中、中央には骨で出来た巨大な王座を模したと思しきものに座るゴブリン共の王――ゴブリンキングがふんぞり返る様にどっしりと腰を据えている。
どうやら周りに仲間がいるためか、油断をしているのが手に取るように分かるほど隙がある。
周囲には近衛兵士から始まり、騎士、指導官、武士、狂戦士、守護者、魔導師、上位神官、将軍など進化が分かたれた沢山の上位種のゴブリン達が、まるで一つの生物の様に存在していた。
「あれがゴブリンキングか……初めて見たが予想よりも強そうだな」
思ってたよりも楽しめそうだ、とブロイドは目を細め舌なめずりをする。
「……どちらかと言うと、周りの方が面倒そうだがな」
「くくくっ、違いねぇ!」
サルドはこれから起こるであろうことを考え、かえって嘆息した。
ただでさえ上位種だけでも種類が多く守りが硬い所に来て、通常のゴブリンはその十数倍は優に存在するのだ。
しかも、今から行くところはたったの二人だけ。
普通の冒険者であれば自殺しに行くようなものだ。
「じゃあ、当初の手筈通りに頼むわ」
「ふぅ……本気なんだな、というのは愚問か。……せめて早く終わらせてくれ」
「ははっ、よく分かってんじゃねぇか! もちろん、俺もそのつもりだ」
ブロイドはニヤリと笑みを浮かべながら標的へと目を向ける。
これから行われるのは、王との一騎討ちの戦いだ。
その邪魔をさせない様に周りの有象無象を倒し、注意を引き付けるのがサルドの役目だ。
本来であれば、そんな非効率な事などするべきではないし、任務中に私情を挟むのは論外だ。
見つからぬよう隠れながら、少しずつ暗殺なりして削って行けばいいのだから。
しかし、不利益を被りながらも、それを上回るほどの利益と遂行するための能力があるのであれば、そちらを取るのは然程おかしなことではないだろう。
そんな稀有な状況が現在起きていると言えた。
「さて、仕事の時間だ。準備はいいか?」
「ああ。お前の一分後に俺は動く。いつでもいいぜ」
ブロイドが言い終わるよりも早く、サルドはその場から消えた。
すると、十数秒経ってからゴブリンの悲鳴が聞こえて来た。
サルドによる、暗殺での陽動作戦という矛盾した何かが始まったようだ。
樹の上から見下ろしていると鮮明に解る。
どうやら松明を持っているゴブリンを真っ先に消して行っているようだ。
「はは、容赦ねぇな!」
時間が経つごとに森の中を照らしていた光が地面に落ち、消えていく。
あったものが突然なくなると、夜目が利くはずのゴブリンも慌てふためいている。
それに少しずつだがゴブリン達も気付き始めている奴がいるようだ。
しかし、そんな事は関係ないとばかりに次々とゴブリンの命が消えていく。
四十秒が経過する頃、明かりも半ば近くまで消え去り、周囲を警戒しているゴブリンの首を容赦なく刈り取ると、近くでドサッという地面に倒れる音が耳に入ってくる。
そして、一分を過ぎるとようやくブロイドは動き出した。
「よっしゃ、行くぜ! 【狂戦士化】!」
ただ一言、言葉を発するとブロイドの動きが固まった。
直後に、ドクンッ!と大きく心臓が跳ねると一緒に体も跳ね、全身の血管がだんだんと浮き上がってくる。
両手に持った剣の柄に気付かない内に力が入り、ミシミシと軋ませる。
ふっと短い呼気を吐いて力を抜くと、樹がたわむほどの凄まじい勢いで発射した。
常人では出せないだろう速さで、目の前に立ちはだかるゴブリンを力任せに吹き飛ばしていく。
ものの数秒で先程までいた場所から線が引かれ、足跡と空白の一直線が出来あがる。
ゴブリンキングに到達するまでの僅か数秒、たわんだ枝が戻るごく短時間に距離を詰めると、視認した瞬間即座に斬りかかった。
当のゴブリンキングはというと周囲の至る所で騒がしかっため、流石に何かが隠れ潜んでいた事には気付いていたがあえて見逃していた。
しかし、突如目の前に現れることは想像だにしていなかったため、人間を視界に入れるが時すでに遅く、油断していたほんの一瞬思考に空白が出来てしまう。
その一瞬を突かれ、ブロイドの剣がゴブリンキングの首をはねる寸前、反射的に伸ばした大剣に手が届き攻撃を防ぐと、そのまま自慢の豪腕で押し返した。
間一髪のところで命拾いしたゴブリンキングは、けれど首にほんの小さな切り傷が出来ていた。
「あちゃ~、惜っしいな! あと少しで斬り飛ばせたのに……っ!」
両手に握ったバゼラードをくるくると回しながら、軽薄な態度を隠せていない。
その言葉に侮辱されたと思ったのか、もしくは傷をつけられたことに怒ったのかもしれない。
ゴブリンキングは憤怒に燃えると咆哮をあげ、全力で斬りかかった。
「グガアアアアァァァ――!!!」
「おおっと、そんなに怒んなよ。事実だろ?」
「キサマッ! 殺ス!! 八ツ裂キニシテ貪リ喰ッテヤル!」
「おっ? 魔物が言葉を話せるってホントなんだな。生まれて初めて見たぜ。それと、ははっ、俺を殺せると良いな?」
小憎らしい顔でブロイドはゴブリンキングを挑発する。
「舐メルナ! 下等ナ人間ガッ! 殺セ、奴ヲ殺セェェエエ!!」
怒りで頭に血が上ったゴブリンキングは周囲に居た配下へと命令した。
それを悠長に見ているはずもなくブロイドはすぐに距離を詰めると、周りのゴブリンが手出しできない様にゴブリンキングの側をつかず離れずの距離を保ちながら攻撃していく。
ニヤニヤと大剣の間合いの近くでうろちょろする人間を憎々しげに睨みながら、ゴブリンキングは両断しようとがむしゃらに剣を振るう。
人間なぞ簡単に断ち切れる攻撃をブロイドは半身で避け、しゃがみ、時たま軌道を逸らしながら、大振りの隙を見逃さずに大小様々な傷を幾つもつけていく。
そんな隙をつく攻撃にゴブリンキングはだんだんと苛立ちを隠せず、剣さばきが雑になってくる。
その様子を見たブロイドは先程までの好戦的な表情から落胆の色を浮かべる事になる。
今しがたの攻撃はゴブリンキングの力量を測るための小手調べみたいなものであった。
なのに、ゴブリンキングは防ぐことは出来ても攻撃を躱す事は出来ずにくらっている。
その上、怒りに任せて攻撃精度は落ち、速度が上がっただけでこれと言った特質すべきものは何一つ無い。
そう判断を下さざるを得ないため、途端にこの戦いが楽しくなくなってきた。
――もういいや、つまんねぇ。
ブロイドは一気に攻勢を仕掛けることにした。
回避ばかりだった態勢からいきなり攻撃へと転じて来たため、ゴブリンキングは攻撃のリズムを崩され防戦へと回る事になった。
ブロイドは左右の剣による縦横無尽の剣撃を繰り出し、相手を休む暇なく防御へと専念させる。
右下から切上を行い、左手は薙ぎ払う。袈裟斬り、突き、唐竹など両手から放たれる多彩な攻撃を撃ち落としていくが、全ての攻撃を同時に防ぐ事は出来ず、ゴブリンキングは次第に傷を負っていく事が増えていく。
そうして追い詰めていくと、ゴブリンキングはとうとうなりふり構わず叫びながら突進してきた。
「グアアアァァァ!!」
「――ふっ!」
上から迫りくる大剣にブロイドも同じく真っ向から立ち向かって剣を振るった。
両者がすれ違い、周囲をゴブリンが見守る中、最後はゴブリンキングが倒れた。
自らの王が目の前で人間に敗れ地に崩れ落ちる中、ゴブリン達は一切の物音を出さず沈黙している。
そんな静寂が支配する中、一人の男がブロイドの目の前に現れた。
「……終わったようだな」
「……ん? ああ、最後の最後だけは楽しめたけどな」
サルドは数歩離れた距離でブロイドを観察しながら見守る。
そんなサルドを放っておいて、ブロイドは一呼吸間を開けて返事をすると【狂戦士化】のスキルを解いた。
あの一瞬、ゴブリンキングの振り下ろしをブロイドは紙一重で避けると、そのまますれ違う勢いで剣を横に薙ぎ払うことで決着がついた。
何のことは無い、簡単な幕切れだ。キングという大層な名前が付いていようと、首を絶ち、心臓を貫かれ、血を流し過ぎれば死に至る。
そんなあっけない終わり方の内の一つがこれなのだ。
「それでこれからどうする?」
「あー、ちょっと待ってくれ。頭が働かねぇや……」
「【狂戦士化】の副作用か。そんな長い時間使っているようには見えなかったが……」
「このスキルはいまいち使い勝手が悪いからな……。まあ、暴れるほどじゃねぇからそこは心配すんな」
ならいいんだが、とサルドは気持ち離れていた距離を近付ける。
「確か通説では寿命を削っているとか、肉体の枷を外しているなんて色々あったが、本当の所はどんなんだ?」
「さあな。でも寿命を削るのは英雄みたく、格上との戦いの場合だと個人的に思っているけどな。あー、だんだん頭が動いてきた。それで何の話だっけか?」
「いや、一応俺達の任務は終わったが余裕がありそうだからな。ここで少し削っておくのも一つの手だと思っていた所だ」
「ふーん、ならそれでいいんじゃねぇか。思ってたより全然消耗しなかったしな」
「なら、もうひと踏ん張りするか」
「よっしゃ! じゃあ、どっちが多く倒せるか勝負な!」
「またそれか……いい加減飽きないのか」
二人は言葉を交わしながら少しずつ静めていた敵意を再び表に出していく。
周囲を囲んでいたゴブリン達は戦いがまだ終わっていないことを本能で悟ったのか、同じように敵意をむき出しにし睨み合う。
それから二人とゴブリン達の戦いが再び始まった。
その戦いは幾体ものゴブリンが屠られ続け、しまいにはゴブリン達が怯えて逃げ去るまで続いた。




