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ヘレティックワンダー 〜異端な冒険者〜  作者: Twilight
第二章 魔物大氾濫篇

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第53話 大氾濫――スタンピード―― 4

今日で年内最後の更新となります。

ちょっとスランプ気味になって執筆速度はお察しですが、来年も頑張っていきたいと思います。

それではどうぞ。


 北側でユート達が千体のゴブリンを倒し終えた頃、東側では町へと突き進んでくるゴブリンとの真っ向から鎬を削る厳しい攻防戦を強いられ続けていた。


「――はあっ、くらえ!」


「グギャッ!?」


 乱戦の中、ゴブリンナイトが後ろから一人の女剣士によって不意打ちを受け、一撃のもとに切り捨てられる。


「はぁ、はぁ、いつになったら終わるんだッ……! くそっ!!」


「――オルガ、素が出てるぞ」


 戦場の真っ只中でオルガと呼ばれた女は、肩で息をしながら名前を呼ばれた方へ顔を向ける。

 そこには月の光を浴びながら黒いロングコートに身を包んだ一人の男が、一瞬の内に数体のゴブリンの頸動脈を斬り裂いて、首から血を噴出させている光景があった。


「だって、しょうがないだろっ!? あたしが何体ゴブを倒したと思っているのさ!? かれこれ二百は斬ってるんだよ!」


 口角泡を飛ばす勢いでオルガは言い立てるが、コートの男は柳に風と受け流して溜息を吐いた。


「数を盛り過ぎだ。多くて百五十くらいだろう。俺がようやく百七十に達したくらいだからな」


 自分ならゴブリンの攻撃を避けながら攻撃することが出来るが、オルガは大剣の性質上、避けたり受け流してから攻撃しなければならない。

 そのタイムロスを計算に入れれば、自分の方が倒している数が多く無ければ可笑しい。

 男は会話の最中に計算しながら短剣を一振りすると、後ろから棍棒で殴り掛かって来たゴブリンを見ずに倒した。


「いや、ちゃんとそれくらい倒したさ!」


「倒すというのはただ止めを刺すことでは無いんだぞ? さっき見ていたが、横から大剣をぶん回して人様の獲物をまとめて奪った挙句に、その冒険者に向けてゴブリンを突き飛ばすとは……。彼らが呆然としていたぞ」


 ゴブリンの死体を飛ばされ血に塗れてしまった、さきの冒険者を哀れに思いながら首を横に振る。

 パーティーを組んでいたから故意ではないと気付けるが、あれは傍目から見ればただ単に嫌がらせにしか見えなかっただろう。

 一応、通り過ぎる時に一言謝っておいたが彼は聞こえていただろうか。

 その黒いコートの男――アルジェルフは妙に気疲れしながら溜息を吐いた。


 後方では、「いや、さっきのは違うんだ!」とか「あれは行き違いがあって……!」など、なにやら言い訳がましい言葉が聞こえてくるが、放っておいても大丈夫だろう。

 どの道、数時間としない内に、オルガはこの件の事なんて忘れてしまうのだから、気にしていても仕方が無い。

 そうしていつも通り(・・・・・)の対処をしておき周りを見渡すと、少ない数ながらも冒険者や衛兵が善戦していた。

 その中でも特に目立っていたのは、両刃斧ラブリュス使いの大男や杖を掲げ魔法を乱射する女、二本のバゼラードを巧みに使う軽戦士らしき男、そして自分と同じく(・・・・・・)暗殺技能を持った男の四人だった。


 ――あれがBランクのラドラスか。


 目の前のゴブリンを相手にしながら、アルジェルフの視線はラドラスと小さく口にした斧使いの大男に向けられる。

 その男、ラドラスは両手斧を木の枝の如く軽々しく扱うと、薙ぎ払い、振り下ろしなどの大振りのモーションを使いながらも一切のゴブリンを寄せ付けていない。

 それもそのはず、ラドラスは見た目に似合わず体を小器用に動かしながら、斧の弱点である大振り後の隙も次に活かすために利用しているのだ。


 ――どうやら腰の筋肉を使って、捻りを加えているみたいだな。そのせいで威力が上がり、()つ敵の攻撃に対処している様だ。


 左に薙ぎ払うと、空いた右側面を攻撃してくるゴブリンに蹴りを入れ、左下から逆袈裟で向かってくる敵を斬り倒す。

 前に一歩ずつ着実に進みながら、時たま振り下ろし攻撃をして一体一体屠っていく。

 そうして薙ぎ払い、袈裟斬り、振り下ろしを巧みに使い、他を寄せ付けない。


 ――うまい……自らの隙を利用しているのか。

 体を無駄なく使いつつ、まれにできる隙を相手に攻撃できると思わせてからの重量武器によるカウンターか。

 あれでは正面から対峙すれば、ただただ突き進むだけの壁か嵐だと錯覚しそうだ。


 もちろん、それは彼の経験と修練のなせる技だが、それ以外にも彼の一撃一撃が必殺に近く、振り下ろした斧がゴブリン諸共地面を砕いてクレーターを生み出しているからだ。

 しかも、振り下ろした斧の衝撃や石の破片で周りに居たゴブリンを倒しながら、巻き込み吹き飛ばしていた。


 ――一撃の威力が尋常じゃない……!

 それに戦い続けているのに疲れている様子が見えない。

 巨人の血を引いていると噂されているが、あながち嘘ではないかもしれん。


 噂の理由は力だけではなく、背の高さが巨人と呼ばれる種族と同じ二メートルを優に超えているからなのだが、そんなくだらない事が真実の一端だと知る由もないアルジェルフは誤った事実を記憶に結び付けてしまうのだった。


 アルジェルフは次に、後方に位置する城壁の上から多彩な魔法を容赦無く撃ち続けている女魔法使いに注目した。


 ――ここ最近で名が出始めた、確か……クレーネという名前だったか。


 最初に気になったのはギルドマスターがゴブリン襲来の話をした時だ。

 あの場では多くの冒険者が魔物の襲来、それもゴブリンという冒険者にとって実入りの少なく厄介な魔物に、少なからず不快感や嫌悪があったはずだ。

 にも拘らず、彼女はゴブリンの大群が町を襲ってきたと知っても、女冒険者特有のゴブリンに対する凄まじい嫌悪感を露わにしたような様子が垣間見えなかった。

 それだけなら、ただゴブリンをそこまで知らない初心者とか、むしろ珍しい女冒険者だと思っただろう。

 現に、つい最近知り合ったユート(にんげん)がそういう変わり者(・・・・)な部類に入るのだから。

 しかし、彼女の実力はこの町に居れば自ずと耳に入ってくる。

 現在はCランクと冒険者としては中堅に位置する実力だが、この国の森を隔てた西方に位置する、ハイラント公国の魔法学校を首席で卒業したと聞けば、その実力は魔法という点を置いてBランクに近い実力があるはずだ。


 そんな彼女がこの町に居る理由も気になるが、それよりも彼女の実力だ。

 基本七属性の内、無属性以外の六属性を当然の様に使いこなし、更には氷に雷などの上位属性すらも手足の如く操っている。


 ――噂に違わぬ実力の様だな。それにしても、魔法というのはあんなに遠くから正確に当てられるものなのか。どうやら彼女は相当腕の立つ魔法使いの様だ。


 アルジェルフは彼女の能力を分析しながら戦っていると、突如、ゴブリンと戦う自分たちの真上を魔法の軌跡がまるで流星の様に駆け抜けていく。

 援護というには目立ちすぎ、目眩ましというには強力すぎる。

 そんな魔法の攻撃が城壁の上からゴブリンへと絶え間無く放たれ続けた。

 彼女が一度杖を振るえば、その先には数十の魔法の槍がゴブリン目掛けて放たれ、ゴブリンが魔法使いを狙い打とうと弓を射るも、その度に結界に阻まれる。

 その姿は、あたかも彼女以外の魔法使いが霞んで見えてしまうほどに、彼女は飛び抜けて目立ち、優秀な魔法使いだった。


 そんな彼女への注視からアルジェルフは戦場へと戻そうと正面を向いた時、何か視界に光るモノがちらついた。

 すぐさまそちらへ目を向けると、二人の冒険者が互いの背中を預けながら均衡している前線を大きく越えて、どんどん奥へと進んでいた。

 その二人は奇しくもアルジェルフが関心を向けていた、二本のバゼラードを巧みに使う軽戦士と暗殺者の冒険者だった。


 ――あの二人は、何をしているんだ……? もしかしてギルドマスターは気付いていないのか?


 アルジェルフは頭に浮かんだ言葉をすぐに打ち消した。

 ギルドマスターは気付いていて、あえて放って置いているのだろう。

 ならば自分が気にかけることでは無いと考えたからだ。

 けれど、ここで戦う一冒険者として気になるのも事実だ。

 町から一番遠くでゴブリンとせめぎ合っている場所が最前線であり、冒険者が共に援護しつつ足を伸ばす守備範囲だ。

 しかし、奥へ行けばそれだけ他の冒険者からも遠ざかり、援護がしづらくなる。

 その上、周りもゴブリンだらけな以上危険がさらに増す。

 そんなことは誰に言われずとも分かっているはずなのに、その二人の冒険者は暗闇の中、奥にいるゴブリンを屠っていくだけでなく、あまつさえ奥へ進む足を速めて闇の中へと消えていった。


 ――流石にこれ以上近づくのはまずいか……。


 気にはなるがこれ以上は戦闘を疎かにすべきではないと思い、戦場での情報収集(・・・・)の未練を絶って、離れてしまったオルガの近くまで戻ろうと後ろを振り向くと、闇の中から数十体の魔物が眼前へと立ち塞がって来た。


「……どうやら、俺が当たりを引いてしまったらしい」


 目の前にいる通常種のゴブリンから始まり、盗人シーフ槍術師ハイランサー格闘家グラップラー斥候スカウト暗殺者アサシン猟兵レンジャーなど上位種の、それも自身と同系統(・・・)に近いゴブリンがそろい踏みしていた。


「グギャギャギャ!!」

「ギィギャギグギャ!」

「ギャギィギグギャ!!」


 ――数が多いな……。だが――上位種と言ってもゴブリンは所詮ゴブリンに過ぎない。


 口元まで隠れたロングコートの中でアルジェルフは薄ら笑った。

 彼我の実力差が分からずにゴブリン共は耳障りな甲高い声を発し、邪悪な顔で嗤いながらこちらを指差している。

 ゴブリンにとって人間とは、いくらでもいる食料くらいにしか思っていない。

 そのため、どれだけ進化しても人間とゴブリンが永遠に相容れない理由の一つがこれだ。


 しかしそんなゴブリンだが、唯一人間に勝っている部分が一つだけある。それは力だ。

 ゴブリンと言っても鬼の系譜に入るためか力だけは強く、それ故、老若男女問わずゴブリンを恐れ、上位の冒険者でも油断していたら殺されたという逸話さえある。

 そして、ゴブリンの数が増える(・・・・・)原因になり、さらなる脅威となる。

 だからこそ、ゴブリンは見つけ次第排除しなければいけない。

 

 真っ直ぐと目を見開き、敵を見据える。

 逆手に握った両手の短剣に力を込めながら、息を薄く吸い、そして吐く。

 この動作は長年の修行によって身に付いた癖であり習慣だった。

 何度も繰り返す事によってスイッチを入れ替え、だんだんと気配を抑えていく。

 傍目からは何もせずにただ立っている様に見えるだろう。

 その状態を保ったまま敵と自分の位置を把握すると、すぐさま駆け出した。


「ギギャギャギャ!!」


 ゴブリン達はその動きに対応しようとするも、数で優り、敵ではないと見下していたせいで虚を突かれ反応が一歩遅れる。

 その隙を逃がさず、アルジェルフは一番近くに居た二体の盗人シーフの首を斬り落とし、そのまま三体目の格闘家グラップラーも過ぎ去り様に首を斬り飛ばした。

 ゴブリン達は仲間がやられた事に気付くと怒気を含んだ叫声を上げて、一斉に襲い掛かってくる。

 最初に攻撃してきたのは槍士ランサーの上位種である槍術師ハイランサーだった。

 進化したことによって手先の器用さがさらに上がり、槍を巧みに使いこなしていく槍術師ハイランサーは、リーチを上手く利用し中距離から鋭い突きを仕掛けてくる。

 胴体へと狙われた槍をアルジェルフは危なげなく躱し、逆に右の短剣で槍を握るゴブリンの左手首を斬り落とした。


「―――!!?」


 甲高い声を出しながら暴れる槍術師ハイランサーを蹴飛ばして、左右から迫ってくる斥候スカウトを両の手の短剣で受け流しながら小さな傷を幾つもつけていく。

 攻撃しても躱され、受け流され続ける斥候スカウト達は焦ったのか力任せに攻撃をしてきた。

 闇雲な攻撃でがら空きになった右のゴブリンの武器を弾くと心臓に突き刺し、もう片方のゴブリンは足を使って体勢を崩し空いた首元に短剣を滑らした。

 瞬く間に六体の、それも上位種ばかりがやられると流石に臆したのか、無鉄砲な突撃してこない。

 しかし、ある魔物達だけは違った。

 暗殺者アサシン猟兵レンジャーのゴブリンは両手が塞がった瞬間を見逃さず、数本のナイフを投げて撹乱したところを急襲する。

 アルジェルフは慌てずに突き刺した短剣を引き抜きナイフを避けると、四方八方から迫りくるゴブリンを一瞥し、自分の持つ短剣を何の躊躇もなく投擲した。


「――フッ!」

「グギャッ!?」

「ギャッ!?」


 二体の猟兵レンジャーは頭と首にそれぞれ深く突き刺さると、蛙が潰れるような汚らしい音を出して、走る勢いのまま前のめりに転がり倒れていく。

 二体の暗殺者アサシンと残った一体の猟兵レンジャーは仲間がやられても動揺せずに同時攻撃で仕留めに来た。

 アルジェルフは向かってくる三体の魔物の攻撃を受けるのではなく、素手で受け流しその力を利用してゴブリン自身の肉体へと突き刺させた。

 まさかゴブリンも攻撃を利用され自分や仲間の体へ突き刺すとは思っていなかったため、驚きと痛みに一瞬止まってしまう。

 そのごく短時間の間に、ゴブリンの体から(・・・)ナイフを引き抜き奪うとすかさず止めを刺していった。

 革手袋をゴブリンの赤黒い血で(したた)らせながら、周りで恐怖で固まったゴブリン達へと歩いていく。


「最初からそうして怯えながら、森の中で過ごしていればよかったものを……」


 それから数分と経たず、辺りには息絶えたゴブリンの血塗れの死体だけが横たわっていた。


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