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ヘレティックワンダー 〜異端な冒険者〜  作者: Twilight
第二章 魔物大氾濫篇

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第52話 大氾濫――スタンピード―― 3


 クフェウスが去り、一人夜の静かな空を漠然と眺めていると、何やら周りがざわざわと騒がしくなり始めていることに気付いた。

 気になって後ろの人たちの話を盗み聞いてみると、ようやくゴブリン共の全貌が見えてきたらしい。

 どうやら町に面している森の方を踏み荒らしながら突っ切って来ているらしく、知性があると聞いていた割に雑な行動だと思った。

 そんな中、俺と同じ様な新人っぽい冒険者たちが慌てふためくせいで、周りへ余計な不安と緊張を伝染させていた。


「ね、ねえ! これってヤバいんじゃないかな!?今すぐ逃げようよ!」


「ばかっ、静かにしろよ! ここで逃げたら一生冒険者続けられなくなるってさっき言っただろうがっ」


「で、でも、このままここに居たって絶対死んじゃうよ!」


 本人たちにしたらこれでも静かに喋っているつもりなのかもしれないが、静かな真夜中、そして全員に聞こえるほどの声量で喋っているせいで全て筒抜けになっていた。

 それを聞いていた――正確には聞こえていた――冒険者の数人が何かをしようとしたところで止めに入る者が現れた。


「落ち着け、お前ら! 敵はいま真っ直ぐ向かって来ているだけだ! それに駆け出しみたいに慌てていないで、冒険者ならどっしり構えてろ!」


「「お、おう!」」


「それと新人! ここは既に戦場だぞ! 甘ったれたこと言ってないで気を引き締めろ! 隙を見せた奴から死んでいくぞ!」


「「は、はい!」」


「これから嫌でも忙しくなるんだ! いつでも戦闘に入れるように、準備は怠るなよ!」


 クフェウスの掛け声で及び腰になりかけていた冒険者達が次第に気合を入れ、小さく声を上げた。

 それは襲ってくるゴブリンへの奮起であり、小さな意気であったが、しかし流れは変わったように見えた。

 幾ばくか暗かった空気も不思議と明るくなったように感じる。

 ただやはり、その空気の中でも不安な顔をし、死に怯えている者もいたがそれは仕方のない事だ。

 即席チームのリーダーに全てを預けられる人間なんて、そうそういるもんじゃないのだから。

 

(まあ、何とかなるだろ……)


 半ば楽観的に考えて心を落ち着かせながら最後の弓の見直しをしていると、遠くから雄叫びが聞こえてきた。

 どうやら想定通り、森に面している東側で最初に戦いが始まった様だ。


「向こうは始まったようだな……」


 クフェウスのその言葉で皆はビクッと体を強張らせる。

 それを聞いて、俺もつい自然と肩に力が入るのを実感しながら、けれどもゆっくりと力を抜いていく。

 肩肘張っていてはいざという時に力が入らないのは、最近弓の練習をしていて気付いたことだ。


 そんな事を考えていられるのには訳があった。

 それは東側で他の冒険者達が戦っている中、北側はゴブリン共が襲い来るまで少しばかりの猶予があったからだ。

 しかし、今まさに誰かが戦いながら刻一刻と武器を握りしめ待ち続ける間は、俺を含めた冒険者達にとってひどく苦痛とストレスが溜まっていく時間でもあった。

 戦闘音だけがただ轟き続け、月の光と篝火かがりびのみが冒険者の顔を浮かび上がらせる。それは五分だったのか、十分だったのかは分からないが、ただ戦うという事だけを考えていたのは覚えている。


 ――そして、その時が来た。


「ゴブリンが来たぞー!!」


 同じ後衛の冒険者の誰かがゴブリンの知らせを告げる。

 暗闇の中でどうして分かったのか考える暇もなく、どこからかきたならしい鳴き声が聞こえてくると、いつの間にか門の真下にいた冒険者と衛兵らによる雄叫びが響き渡った。


「ゴブリン共をぶちのめせ! 俺らの町を絶対に守るぞ!!」


「お前たち! 小鬼こおに如きに我らの町を一歩たりとも踏み入れさせるなよ! 我らの町を襲ってきた事を後悔させてやれ!!」


 即席パーティーの冒険者と衛兵のリーダーがお互いの仲間たちに発破をかけると、思い思いに走り出しゴブリン達と接敵していく。

 それを見て、俺たちのリーダーであるクフェウスも「俺達も続くぞ!」と声を掛けながら弓を番えると、


「撃て!」


 という合図で一斉に矢を発射した。

 数十人が放った矢は映画の様に放物線を描いて奥に居るゴブリン達へと向かった。

 その光景は昼間であったなら壮観だったであろうが外れているのか分からず、何とも言えなかった。

 けれど、俺が撃った矢はギリギリ胴体に当たったのが見えたが、殺すことは勿論、大した時間を稼ぐ事も出来ていなかった。


 それからすぐに冒険者達と衛兵、そしてゴブリンが乱戦に入った。

 ゴブリン共の数は暗闇と陰で視認し辛いため、目算だがおよそ二千といったところか。

 それに対してこちらの戦力は俺達後方部隊が十八人、前衛冒険者がおよそ四十人、そして衛兵がおよそ百人強、うち二十人ほどが弓や杖を持って城壁の下で彼らを援護していた。

 つまり百八十に満たない数の人間が散発的で連携を取っていないゴブリンとはいえ、二千の敵を相手取っているのだ。

 これが無謀と言わずに何というのか。

 楽観的だった自分への怒りよりもむしろ笑いが込み上げてくる。


 しかし俺は深呼吸して心を落ち着かせると目の前に広がる敵を見据えながら、遠くの敵を矢で一本一本丁寧に狙っていく。

 一本目、弓を思いっきり振り絞って放つ。ゴブリンの頭を越えて後ろの地面に刺さった。

 二本目、さっきよりも力を緩めて放つ。そのせいでゴブリンの棍棒に払われた。小馬鹿にした顔をされた、ムカつく。

 三本目、こっちを小馬鹿にしたゴブリンに狙いを定めた。結果、そいつの左足の甲に刺さり失敗だったと思ったが、後ろを巻き込んで玉突き事故の様になった。どうやら起き上がってこない。死んだようだ。

 四本目、三本目と同じくらいの――


「お、あんたやるな!」


 ――距離にいる奴目掛けて放とうとしたら、右隣に居た男がいきなり話しかけて来たせいで、左に逸れていった。地面に刺さり無駄玉にしてしまった。


「あっ……」


「あーあ、今度はどこ撃ってんだよ、矢がもったいねえじゃねえか。ちゃんと前見て集中しなきゃダメだろうが」


 「いや、お前のせいだよ」と喉元まで言葉が出掛かったが何とか耐えた。

 こんな所で怒っていたら時間の無駄だし、弓は冷静さと集中力が必要だ。

 何より自分の命が掛かっている以上、流石にふざけてはいられない。

 そう思い直した俺は横に居るウザい奴から目線を外すと、もう一度ゴブリンへと集中する。


 そして矢が無くなる事など気にせず、遠慮なく次々と放っていく。

 回数を重ねるごとにミスをすることも減っていき、次第に胴体から心臓、さらに頭に当たり一撃で倒せる事が増えていった。

 ただ弓に慣れていないせいか、弦を手繰る指がだんだん痛くなってきたが、それでも自分の弓の腕が上達していく手応えを実感しながら、無心で矢を射り続けた。


 狙いやすそうなゴブリンを見つける。矢を手に掴み番える。狙いを定めて即座に放つ。

 この三工程を何度も何度も繰り返していくと、徐々に体が弓の動作を覚え、考えるよりも前に勝手に動いていくのだ。

 そうして手元にある矢が無くなり、いつの間にか全て撃ち終わっている事に気が付くと、ふと我に返った。

 目の前に広がる強烈な鉄の匂いとゴブリンの死骸で埋まった戦場では、冒険者と衛兵たちが必死になって戦っている。

 横を見るとあのウザい言動の奴も、もう片側に居る死の恐怖に怯えながら矢を撃ち続ける新人っぽい奴も、ただただ余裕無さそうに前だけ見て戦い続けている。

 そんな中、矢を放ち終えた後の俺は集中力が半ば切れかかりながらも何とか振り絞って頭を働かせる。


 ――えーっと、ここは既に戦場だ。なら矢や予備の武器が置いてある――そう、あれだ!「補給所」がどこかにあったはずだ!


 そう考えた俺は、矢を撃つための狭間付き胸壁から少し下がり、深呼吸してから周りを見渡す。

 すると、東側へと続く城壁の道に置かれた巨大な弩砲(バリスタ)が、ゴブリンへと放たれる瞬間が目に入った。


「あんなものまであったのか……」


 最初は無かったはずなのでそこまで緊張して周りが見えていなかったのかと少し落ち込んだが、すぐに戦闘中にバリスタを組み立ててでもいたのだろうと考えなおした。

 そうしてもう一度周りを見渡すと、俺達を挟んで大型弩砲(バリスタ)が置かれた方とは反対側の場所に、他の冒険者が矢筒が積まれた所から勝手に筒ごと持っていくのが見えた。俺も近付いていき、特に変哲の無さそうな矢を空の筒と交換して持っていこうとした時、後ろにぬらりと人の気配がした。

 バッ!と振り向くとそこには月の光を反射させて光り輝くクフェウスが立っていた。


「おう、お前さんもお代わり(・・・・)か? 随分と早かったな」


 淡々と話し続けてくるが、その言葉の端々には殺気立っているものがある。

 やはり戦っている最中だからなのか、本人からは何も意図を感じないので無意識的なモノなのだろう。


「そうなのか? いつの間にか矢が無くなっていたから時間の間隔があまり分からないんだが」


「ははっ、なんだそりゃ。まあけど、大体戦い始めて四十分過ぎたくらいか?」


「まだ、そんなにしか経っていなかったのか」


「ああ。といってもゴブリン共も結構殺したからな……多く見積もっても残り半数ってところだろ」


 すなわち、もう残りは千体ほどなのか、と思ったがよく考えて見れば簡単な計算だった。

 後衛が衛兵合わせてもおよそ四十に対し、前衛が百二十あまり。

 その内の後衛の半数が弓士なので、残りを魔法使いと回復役、そしてその他だとしたら、最低でも二十人の弓士が現在進行形で六十よりも多くの矢を超えて暫定的に撃っているとする。

 その合計はおおよそ千二百本以上もの矢を撃っている計算になるので、そこから自分を基準に二割を外したと予測し、三割を一矢で殺せなかったと仮定すると、概算だが八百近くは弓によって死に、残りを前衛が倒したり魔法やら後ろからの衝突で死んだとすると、優に千は超えている計算になる。

 勿論、大雑把な計算なので絶対的な数値とは口が裂けても言えないが、それでも気休め程度だが幾分か気が楽になった。


「なら、この調子でいけばこちら側はすぐに終わりそうだな」


 気持ち声が弾みながら言ったが、想定した答えは返ってこなかった。


「いや……それはまだわからねえ」


「……何故?」


「俺達が倒したのは一番前に居るただのゴブリンだ。まだ進化してねえ雑魚を倒したところで、後ろには何回も進化を重ねた奴がうじゃうじゃいるだろうからさ」


「ちっ、そうだった。そういえばまだ進化した奴はあまり見てなかったな」


 矢を射っている時に剣や短剣を持っていた奴は結構見たが、槍や魔法を使っている奴はほとんどと言っていいほど見た覚えがない。


「そういう事だ。今までのはただの前哨戦ってところだな。じゃあ、休憩は終わりだ、ささっと仕事を終わらせようぜ、ユート」


 俺の名前を呼びながら自身の弓をこちらに傾ける。


「……そうだな、クフェウス」


 彼の意図を理解した俺はフィストバンプする様に弓と弓を軽く突き合わせた。 


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