第49話 道への欠片
あれから俺は少しばかりの仕返しとして、逆にシスターは好奇心からかフェリシアを弄って遊んでいた。
と言っても、その多くはシスターメイリアが大半を占めている。
現に今も――
「ほーら! 早く打ち明けた方が楽になれるわよ? 何で初対面の彼を教会へ連れて来たの?」
シスターはいつの間にかテーブルの短辺、つまり誕生日席にあたるフェリシアの横に座ると、彼女との距離を詰めてにじり寄っていた。
「い、いや、僕はただユートの事がちょっと気になっただけで……」
フェリシアもシスターに問い詰められて肩身が狭そうにしている。
「ふ~ん……? たったそれだけの理由で、自分の過去に関する場所までついて来てもらうものかしら? 最近の子はそこまで進んでいるのね……」
「だから、何でそういう方へ持って行くんですかっ!?」
フェリシアが顔を赤くしながら反論しようとする。
「だって私、色恋沙汰が大好きなんだもの! ここにずーっと居続けていると色々な子を見て来たからね。ある時、性格がおとなしくて可愛い子が居たんだけど、その子は自分の想いを打ち明けられないまま、ついには好きな男の子とは別々の場所に分かれて行ってしまった。そんな悲しいこともあり得ることなのよ。だから女の子には出来るだけ早く幸せになってもらいたいの」
「まあ、自分勝手な我儘なんだけれどね」と切なそうに笑いながらシスターは言った。
「……そんなこと言われたって、今の私にそんな資格なんてある訳ないじゃないか……」
フェリシアからは俯きながらも、恨みと悲しみの籠った小さな呟きが聞こえた。それは彼女の偽らざる本心なのだろう。
それと同時に、声をかき消すかのようなタイミングで正午を告げる鐘の音が響き渡る。
「あら、もうこんな時間ね。悪いけど子供たちに昼食の用意をしなくちゃいけないの。だから私は席を外させてもらうけれど、良かったらこの部屋使ってね。それとも一緒に食べるかしら?」
「いえ、なら僕たちもここで失礼させていただきます。今日は久しぶりに会えて嬉しかったです! ありがとうございました」
彼女は大袈裟に喜び、お辞儀をすると早々に部屋を出て行った。
俺も彼女と同様にシスターに礼を言うと、置いていかれない様について行こうとする。
だがそこで後ろから待ったが掛かった。
「ねえ、貴方。あの子が何に悩んでいるのか私には分からないけど、でも貴方なら何とか出来ると私は思うの。だからもし、あの子が貴方を頼ったら、出来る限り助けてあげて」
「……あいつが何かに悩んでいるのは見て解ります。でも、あいつが誰かに頼ることも、ましてや助けて欲しいなんて言うことは到底考えられませんよ。まあ、会ってまだ短いからそうとは限りませんけど……。というか何で俺に言うんですか? 初めて会った人間には過分に過ぎるお願いだと思うんですが」
「ただの年寄りの勘よ。それに、助けて欲しいと思った時に誰も側にいないのは寂しいじゃない?」
「そんなもん、ですかね」
「そうよ。じゃあ、約束よ。ほら、あの子が待っているから行ってあげて」
(俺はまだ助けるなんて言ってないんだけど……)
「はぁ、全くめんどくさいなぁ」
そう言いながらユートは足早に部屋から出ると、フェリシアを追いかけて行った。
教会を出るとフェリシアは後ろ手に組みながらその前で一人待っていた。
「話は終わったのかい?」
彼女からは先程までの陰が綺麗さっぱり無くなっていた。
「ああ、もう終わったよ。それでこれからどうする? 解散するか?」
「ふふっ、女の子を前にして帰る事ばかり気にしていると嫌われるよ?」
「ふっ、そっちこそ愚問だな。俺は別に嫌われても痛くも痒くもない」
「酷い事言うなぁ……まあいいや。今から予定してた、静かなところで食事でも取るつもりなんだけど君も一緒に行くかい?」
「……そうだな、まあ、俺も腹が減ってるから一緒に行こうかな」
ユートは迷った末そう答えを出す。
それを受けてフェリシアは口元に手を当てて、
「君は素直じゃないな」
と言いながら可笑しそうに笑った。
「……余計なお世話だ。そんな事より早く行こうぜ」
「分かった、わかったよ。だからそんなに怒らないで。ふふっ」
ユートが急かすようにフェリシアよりも前に出て歩く。
そんなユートを面白そうにしながらフェリシアは追いかける。
「怒ってねえよ」
「その態度が怒ってるじゃないか」
「怒ってねえって」
「じゃあ、むくれてる?」
「………」
「それは図星かな~?」
「やかましい!」
「痛っ!?」
ユートからチョップを喰らいながらも、フェリシアはユートの周りをふらふらと回りながら楽しそうに笑っていた。
──☆──★──☆──
カランとコップに入っている氷が響く。
ユートとフェリシアの二人は静かな場所として小さなカフェに来ていた。
“カフェ”と言う名の通り、ここではコーヒーを提供しているらしい。
そう、あの「コーヒー」だ。世界を隔てていても同じ飲み物があるとなんだか不思議な気分になってくる。
それだけでなく、室内もそれに準じた作りをしていた。
木の板が貼られた壁は人に温かさを感じさせ、幾つもあるテーブルは少数で来ることを前提とした形であり、カウンターや天井のライトなど様々な点で似た様な造りを彷彿とさせた。
「少し不思議な雰囲気の店だろう? 何だか別の国に居るような、けれど温かさも感じる面白い場所だ。ここも教会と同じでまだ続いてくれてよかったよ」
「じゃないと僕の面目が丸潰れだからね」とフェリシアはおどける様に言った。
「確かに不思議な場所だな。どういう感性をしていたらこういう場所を作れるのか聞いてみたいものだ」
「ふふっ、確かにそれは気になるね。でもここのマスターはあまりそういう話を気軽にするようには見えないけど」
チラッとカウンターの奥に居る渋い男のマスターを見てそう答える。
俺もマスターの方を見て、同意するように肩をすくめた。
「じゃあ、常連になってもっと仲良くなれば話してくれるかもしれないな」
「それは良い案だけど、残念ながら僕はこの町に住み着くつもりは無いんだ。だからそれは難しいね」
「ふーん、そうなのか。何処か目的地でもあるのか?」
何ともなしにそう訊ねると、彼女は困ったような表情を浮かべながら苦笑した。
「うーん、そういう訳じゃないんだけどさ……。僕にはやらなきゃいけない事があるんだ」
「やらなきゃいけない事?」
同じ言葉を復唱しながら聞き返した。
すると、飲み物を一口含んでから一拍置くと話し始めた。
「……僕は、とある理由から盗賊団を追っているんだ。残念ながら、その盗賊団の詳細については分からないけど、幾つか知っていることもある」
「……それは?」
「奴等の首領が持っている武器が禍々しい黒い大斧なんだ。それだけじゃない。他の幹部たちの何人かも似たような黒い武器を所持しているらしいんだ」
「ふーん、禍々しい斧ね……」
最近そんなこともあったが、おそらくそれのことではないだろう。
そこからふと、呪いや黒いモノという関連性であることが頭に浮かんだ。
(――あれ? それってもしかして、オボロが言ってた呪い関係だったり……? いやまさか、そんなことあるわけ……とりあえず聞いてみるか)
宵闇のコートの出自というか原因による、安直な発想からフェリシアに訊ねてみた。
「なあ、その黒い武器って呪いの武器だったりしないか?」
「呪いの武器かい? 何故そう思ったのか聞きたい所だけど、確かにその可能性はあるかもしれないね。まあ、奴等に会って確かめるまで確証は出ないけど、それでも情報は助かるよ! ありがとう」
「どういたしまして。他にも何か知っている事は無いのか?」
「うーん、そうだね……奴等は盗賊団なんだけど、その練度は並の騎士団にも劣らない精鋭揃いと言われているんだ。
それに数週間から一か月の間隔で拠点を移動する用心深さから所在がはっきりせず、どこの国も居場所が割り出せなくて捕まえる事が至難なんだよ。
他にも、そいつらの通称として“強欲なる餓狼”って名前を付けられてて、第一級の賞金首になっているよ」
“強欲なる飢狼”か。まるで「頭痛が痛い」みたいな、頭の悪そうな名前の盗賊団だな。
「……それ、ほんとにただの盗賊団なのか? 動きがただの盗賊団には思えないんだが」
ユートは顔をげんなりさせると溜息を吐きながら呟いた。
「そう思うよね。僕も調べた時は同じことを考えたものだよ。それに出現場所も神出鬼没だから後を追うだけで精一杯さ」
「ん? じゃあ、この町に来たのもそいつらの行方を追っていたからなのか?」
「いや、この町に来たのは君も知っての通り、教会とか思い出深い場所を訪れるのが主な目的だよ。あとは近くにあるルクスの森って場所で、素材集めや情報収集をするくらいかな」
「なるほど……それで、これからお前はどうするつもりなんだ?」
そう聞くとフェリシアは考える様に窓の外を見た。そしてすぐにコップを覗き込むように下を向いた。
「さて、どうしようかな……。この町に来たら何かが変わるような気がしたんだけど、結局何も変わらなかったからね。あっ、でも君に会えたことは本当に良かった事かもしれない」
「そうか?」
俺と会えたことを嬉しがる奴なんて初めてなのでシンプルに驚いた。
「そうだよ! 君みたいにちょっと変わった人と会うと、何だが世界の広さを感じる時があるからね。それが旅をする醍醐味でもあるんだから」
だが、会えたことに対する喜びはどうやら俺の思っていた意味合いとは違っていた。
何だよ、変な奴と出会うのが旅の醍醐味って。可笑しな趣味の奴だと思った。
「酷い言い草だな。俺のどこが変だと言うんだ」
「そういう風に変なところで屁理屈をこねるのが君の変わったところだよ。ふふっ、何だか短い時間だけど君のことが分かってきたような気がするよ」
彼女からいい笑顔をしながら言われると、何だか否定する気が失せてしまった。
これが彼女の魅力の一つなのかもしれない。
「まあ、俺が変わっているのはもう否定しないが、でも俺のことを理解するにはまだまだなんじゃないか?」
フェリシアの言葉に俺は不敵な笑みを浮かべながら言い返した。
俺のことを理解できる人間なんてそういない事は俺自身がよく分かっているからだ。
でもフェリシアだけは違った様だ。
「何だとぉ、そんな事は無いやい! 僕はちゃんと君のことを理解しているとも!」
こんな風にアホみたいな事で言い返してくる奴など、俺の周りにどれだけ居たことだろうか?
だからか俺はそんな彼女の態度というか、性格が可笑しくて笑ってしまった。
「はいはい、分かった分かった。ふふっ、あははははっ!」
「あっ、君笑ったな! この、この!」
「お、おい。脇をツンツンしてくるな。笑いが止まらないだろ! あははっ!」
そんな二人の騒ぎ声が静かな店の中で響き渡った。




