第48話 フェリシアと古き教会
「――ふふっ、確かに忘れていたよ。では改めて、僕の名前はフェリシア・クロロフィリア。しがない旅人さ」
頭のフードを取り外し、綺麗な金色の髪を靡かせながら彼女はそう名乗った。
「フェリシアさん、というのですか。自分はユートといいます。よろしく」
俺はスッと手を差し出しながら挨拶する。
彼女はその手に気付き握り返してくると「こちらこそよろしく」と言いながら微笑んだ。
彼女が微笑んだ姿はとても魅力的でそこいらに居る男なら見惚れるような力を持っていた。
現に周りにいた男たちは、彼女の笑顔に気を取られて少しの間、ボーっとしていた。
「それで静かな所で話したいって言ってましたけど、残念ながら俺はこの町の事に詳しくないので分からないんですが、フェリシアさんは知ってますか?」
「うん、この町には小さいときに来たことがあるんだ。だから場所に心当たりはあるから大丈夫だよ。あと、そんな堅苦しい言葉遣いじゃあ距離を感じてしまうよ。だからさん付けなんてしないで、普通にフェリシアって呼んでおくれ」
「……はぁ。まあ、あんたがそういうなら別にいいけど、これで満足か?」
「うんうん。っていうか最初から話せるならそういう風に喋ればいいじゃないか!」
「あー、まあ、この喋り方にも色々意味があるんだよ。それより話がしたいんだろ? とりあえずその場所でゆっくりしようぜ」
「あっ、うん分かった。場所はこっちだよ」
そんな風にデコボコした関係の二人は、横に並んで話しながら大通りを歩いていく。
道中、フェリシアが見たことの無い果物や食べ物に一喜一憂するなどして、道草を食うなどの些事があったが、それ以外は特に何ごともなく平和に進んだ。
「――あっ、そう言えばこの近くに少し用事があるんだけど、ちょっといいかな?」
古ぼけた民家が周囲に多くなってきており、それに比例するようにガタついた道に足を取られない様に気を付けながら歩いていると、先頭にいたフェリシアが横目に見ながら話しかけて来た。
「ん? まあ、時間が掛からなければそれでいいけど、何処に行くんだ?」
「ありがと。何処に行くかはすぐに分かるよ」
にこりと意味ありげに笑うと突然視界から消えた。いや、道を曲がったせいでそう見えたようだ。
追いかける様に曲がった道を覗き込むと、そこには小さな教会が建てられていた。
壁は白みがかった灰色に覆われ、所どころ汚れやひび割れが目立っているせいか年季を感じる建物だった。
そんな教会の前で彼女は一人立ち尽くしている。
「僕が来たかったのはここだよ」
「教会、か」
「うん、昔何度かここに来たことがあるんだ。まあ、今も同じ修道女かどうかは分からないんだけど」
そんな冗談交じりの言葉を言うと、彼女は古ぼけた木の扉を開けてゆっくりと中に入ってく。俺もその後ろをついて行く様に中に進んだ。
教会の中は外よりも薄暗かったが、日が差し込んでいるおかげで中が見える。
肝心の内部は礼拝堂の様な長椅子が幾つも並べられている作りになっており、正面奥には祭壇が置かれ、その祭壇上部の壁には七柱の神々と勇者らしき存在を描いた絵、そして、その神々を象徴とするシンボルが飾られていた。
「綺麗な絵だな」
「そうだね、僕も初めて見たときは目を惹かれた覚えがあるよ」
絵画に目を取られていると、奥の方から唐突に人の声が聞こえて来た。
「――それはよかったわ」
声の聞こえてきた方に視線を向けると、修道服に似た白い衣服に身を包んだ老女がいた。
どうやら椅子に座っていたため気付かなかったようだ。
「……も、もしかして貴女は……メイリア様、ですか……?」
そんな俺の思考とは反対に、フェリシアは朧気ながらあの老シスターのことを覚えていたようだ。
「ええ、そうだけど……ごめんなさい。どこかでお会いしたかしら?」
「……十年前、両親と一緒にこの町に来たとき、こちらへ母と二人で何度か訪ねて来たことがあるんです。元々は道に迷って泣いていた僕を、貴女が優しく声をかけて下さったことが切っ掛けなんですが……」
フェリシアは恥ずかしそうにしながらも、それ以上に思い出深そうに記憶を思い返している。
「……そう、十年前の……思い出したわ。あの小さくて泣いてばかりだった女の子が、こんなにも大きく成長し美しくなるなんて、時の流れは早いものね」
「お、覚えて下さったんですか!?」
「ええ。といってもしっかりと、という訳では無いの。最初はあなたの様に綺麗な子がこんな寂れた教会に何の用なのかと思っていたけれど、よくよく見ればその太陽の様に美しい金の髪にも、薄っすらとだけど見覚えがあるわ」
「それでも嬉しいです!」
フェリシアは久しぶりに再会することが出来たためか喜びに溢れている。
そんな二人の間に、奥から幼い子供が出てきた。
「せんせー、なにしてるの?」
「その人たち、だれー?」
「あらあら、来てしまったようね。ほら、こちらにおいで挨拶なさい」
老シスターは口元に手を当てて微笑むと、二人の子供を手招いた。
「はーい。はじめまして! ぼくのなまえはミックです!」
「はじめまして! わたしのなまえはリラです!」
二人は老シスターの裾を掴みながら左右に引っ付くと、はきはきとした声で自己紹介をした。
「うんうん、ミック君にリラちゃんか。よろしくね。私の名前はフェリシアって言うんだ。フィー姉とでも呼んでおくれ」
「俺の名前はユートと言う。二人とも、よろしくな」
フェリシアがしゃがみながら目線を合わせる様に挨拶する。
それを受けて、とりあえず俺もフェリシア同様に優しく挨拶した。
「うん! フィー姉ちゃんにユート兄ちゃん、よろしくね!」
「ふふっ、ミックにリラも、よく上手に挨拶出来ましたね」
「えへへー、ぼくほめられた!」
「うん! だってせんせーにちゃんと挨拶しなさいって教わったから!」
ミックとリラはシスターに褒められて嬉しそうに笑っているのを、シスターは暖かな目をしながら見守っている。
「それは良い事です。それより、いつまでもここで立ち話はなんですから、お二人も中へいかがですか?お茶くらいしか出せませんが」
シスターから告げられた言葉に俺とフェリシアは二人して顔を見合わせる。
その一瞬でアイコンタクトをして小さく頷き合うと、フェリシアが代表して述べた。
「では、少しの間お邪魔します」
「そうですか。では中へ案内しますね」
シスターはミックとリラの二人と手を繋ぐと奥へと連れて歩いていく。
それに遅れない様に俺達も一緒について行った。
教会の奥――正確には横部屋――は至って平凡な作りになっていた。質素な色の壁に囲まれた部屋の中央には、六人掛けに出来る長方形のアンティークのテーブルとチェアーが置かれている。そのテーブルの奥側に俺が座るとフェリシアも隣に来て自然に同席した。
横目でフェリシアをチラ見してから視線を戻すと、シスターがお盆にお茶を三つ載せて運んできた。
側には子供がいない様だから、元の場所に置いてきたんだろう。
「はい、どうぞ。熱いから気を付けてくださいね」
「ありがとうございます」
シスターに礼を言い早速お茶をすすると、ズズズッという音が部屋に二重に響く。
お茶は緑茶に近い色合いをしているが、昆布茶の様な旨味のある味わいだった。
そんな風に品定めをしていると、横で同じ動作をしていたフェリシアがこちらを見ていた。
「ん? どうした?」
「いやー、何か君とは仲良くなれそうだなぁと思ってね」
「それは……嬉しいことなの、か?」
「いやいや、そこで疑問形はダメでしょ! 僕みたいな美人さんに言われたら男の人はもっと喜ぶべきだよ!」
「フッ、自分で美人と言うのか……」
「やれやれ、馬鹿な事を……」みたいな仕草をしながら鼻で笑う。
「えっ? 僕、今まで色んな人から美人って言われてたけど違うの!?」
「いえいえ、貴女は十分美人ですよ」
俺の投げ遣りな態度に、フェリシアは今までこんな経験が無いためか、少しばかりショックを受けた様な顔をする。
そんなフェリシアを見て、小さく笑いながらシスターが慰める。
「ホントに、本当ですか! 嘘じゃないですよね!?」
「ええ、貴女はかわいい子ですよ。彼は照れているだけです」
「えっ、そうなんですか! ふーん、なーんだそういう事なのか」
……あのシスターが適当な事を言うもんだから、フェリシアが真に受けてニヤニヤしながらこっちを見てくる。
何だその得意そうな顔は!
そんな風に楽しげ? に会話をしていると老シスターが本題に斬りこみにかかる。
「――そう言えば聞いてなかったけど、二人はどうしてここに来たのかしら?」
その言葉を聞くと俺からは何も言う事が無いため、後はフェリシアに任せる。
教会に来たいと言ったのはフェリシア本人だからだ。
「えーっと、その、特に理由があった訳ではないんです。ただ、昔会ったメイリア様にもしかしたら出会えるかなーっていう、そんな希望的観測で来て見ただけなので……」
つまり、ただ昔お世話になった人に会いに来ただけという訳だ。
そんなフェリシアは自分で言っててちょっと恥ずかしかったのか、顔を赤く染めている。
しかし、シスターは本心を聞けて嬉しかったのか、今日会った中で最も慈愛に溢れた顔をしていた。
「ふふっ、十年も前の事なのに覚えていてくれるだけでなく、ましてや会いに来てくれるなんて、ここ数年でこんなにも嬉しい事は無いわ。それにこんなにも美人になって……」
「あはは……。そ、それより、さっき見た子供たちってやっぱり孤児、なんでしょうか……?」
予想よりも恥ずかしかったのか無理矢理な話の方向転換をし出した。
彼女の言葉に先程まで微笑みを浮かべていたシスターは一瞬、悲しげな顔を浮かべるとすぐに元に戻る。
「ええ。けれど正確には、盗賊による被害や冒険者の両親を亡くした事によって、身寄りのない子供たちがここに集まっているの。貴女に会ったあの十年前は、こう言っては悪いけど、普通の孤児や捨て子が多かったのだけど、その点では今とは少し違うわね」
「なるほど……だから昔と少し雰囲気が違ったんですね」
「……やっぱり、子供にはそういう雰囲気が分かってしまうものなのね」
彼女が昔と今の子供たちの雰囲気を比べた言葉を言うと、シスターはため息をつきそうな顔で肩を落とした。
「そう、なんですかね……。あの頃は何て言うか、ここにいた子達は「外から来た人間はみんな敵」っていう印象が強かったからかもしれません」
「短い時間でも貴女がそう思ったなら、それは間違いではないのでしょう。事実、ここに慣れるのに随分と時間が掛かった子も居ましたからね。ですが、ここを出て行く頃には、みんな笑顔で自分たちの居場所を見つけて巣立って行きましたよ」
「それにたまに、贈り物や食料、手紙なんかを届けてくれる子もいるんです」とシスターは上機嫌になりながら話していた。
「そう言えば、あなたたち二人はどういう知り合いなのかしら? 同じ冒険者仲間には見えないけれど、付き合っているの?」
「えっ!! ち、違いますよ! ただの、えーっと、知り合いですよ?」
はぁ……何故そこで疑問形なのか。
このシスターもその答えにキョトンとしてしまっているじゃないか。
仕方無い。ここは俺がキッパリと言ってやろう。
「いえ、俺たちは先ほど道で通りすがっただけの赤の他人です。むしろ彼女からいきなり『お茶をしないか?』と誘われたところですね」
そんな風にちょっとばかし主観的な目線を入れて答えると、シスターは獲物を見つけたと言わんばかりに食いついてきた。
「まぁ、そんなに大胆に……! やるわね貴女も!」
「えっ!? 何か違くないかい?」
「気のせいだ」
「気のせいよ」
「二人して息ピッタリじゃないか! やっぱり、何かおかしいよー!」
狭い部屋の中にフェリシアの悲痛な叫び声が響いた。




