第47話 【無窮之亜空間】の真価
一人で平原を歩く。
ゲームとかでは数歩歩いただけでエンカウントするモノもあるのに、この世界では数十分も歩かなければ出会えないらしい。
そんな悲しい事を考えた理由は、視線の先に初めて見た兎がいるからだ。
そう、十分以上歩いて初めて出会ったのだ。
まあ、先ほど会った冒険者達が予想よりも狩ったせいで数が少なくなったか、怯えて逃げて行ったんだろう。
全く、後の人の事も考えないからこういう目に遭うんだぞ、とブツブツと一人文句を言いながら兎を観察する。
何故兎を観察するのかって?
そりゃあ勿論、兎自身に巣穴へと案内してもらうためだ。
そんな事を言えば、さっき後の人とか何とか言ってたじゃないと言われそうだが、そんな事は関係ない。
誰しも自分が最優先で、一番好きなのは自分なのだ。
などと哲学者ぶって独り善がりことを考えていると、目標が動き出した。
ピョンピョンと跳ねながら動くと思っていたら、そんな事は無く、普通にピョコピョコと無警戒に歩いている。
内心では、動きがコミカルで可愛いっ……とか思っていない事も無いが、それを口に出してしまえば戦う気が失せ、自分の感情が心変わりしそうで怖い。
とりあえず弓を左手に持ち、草を食みながら進む兎の後を時間をかけながら追い掛けていく。
太陽が頂点まで昇り、燦々と輝き始めた頃。
ようやく素穴へと帰った兎を見納めながら、次の手を考える。
(まったく……予想以上に時間をかけて巣穴に帰りやがって。何度射殺してやろうと思った事か。でもまあ、これで巣穴が分かったから一網打尽に出来るけど、どうしたものか……)
水攻め、煙焚き、真空、地震。
色々策は思い付くが後始末が大変だし、肝心の素材が手に入らない。
やはり、一匹ずつ弓で仕留めていくべきか……と思考が傾いていると、唐突に一匹の兎が岩陰にある巣穴から出て来て周りを見渡すと、真っ直ぐこちらに向かって来た。
(まさか、匂いで気付いたのか……?)
そんな疑問を頭に浮かべるが、何とも緩い見た目をしているため警戒し辛い。
だが、俺の気も知らずにピョコピョコ健気に寄ってくると立ち止まり、一歩前進し、また立ち止まりを繰り返して、とうとう目の前まで辿り着いてきた。
(どうしよう……こいつ、殺るのか?)
クリクリとした目を向けてきながら、俺の事をジーっと見つめてくる。
予想外過ぎて頭が追い付かないが、何とかしなければいけないのは分かった。
(でも、殺すのはな……)
こんな幼気な目をしている奴を殺すのは気が引けるが、殺す以外に逃がすしか選択肢が無いため選びようがない。
何で俺は金稼ぎ兼鎧の試着ついでに来たのに、こんなことに頭を使わなければいけないのか。
そう頭を悩ませながら、ある一つの行動に出る。
「収納」
一言、収納と唱えると目の前に居た兎が何処へともなく消え去った。
まあ、正確には消え去ったのではなく、亜空間内へと仕舞われたのだが。
ちなみに何でこんな暴挙に及んだのかと言うと、今までも何度か試そうと思っていたのだが、やる機会も試せる魔物もいなかったので実験出来ていなかったのだ。
この【無窮之亜空間】は自分で作っておいてなんだが素晴らしい魔法だ。
亜空間という目に見えない場所に仕舞っておけば、奪われる心配も手に物を持つという無駄な行為をしなくて済む。
けれどこの魔法にはある一つの欠点がある。
いや、欠点が分かったと言うべきか。
それは――“俺自身の意志一つで全てのモノを収納する事が出来る”という点だ。
これに気付いたのはハニービーの巣を無造作に収納した時だ。
あの時は無我夢中だったが、ふとした違和感は感じていた。
けれど言葉に出来ないそれを俺は気のせいだと斬り捨てた。
でも戦闘が終わり、宿に帰ってから思い返してみるとようやく気付いたのだ。
――もしかしたらこの魔法は、生きた状態の生物をも収納できるのではないか、と。
これを確信する前にも幾つか不自然なところもあった。
例えば、薬草を採取している時。
――採取直後の薬草に“生きているもの”についての定義を疑問に思い。
例えば、ゴブリンを収納した時。
――ゴブリン討伐時に微生物は生き物に入らないのかを疑問に思い。
そして最後に、巨大蜜蜂の巣を収納した時。――巨大蜜蜂の巣に蜂の子が一匹もいないことを疑問に思った。
いや、そもそも巨大蜜蜂の巣には蜂の子が一匹もいなかった可能性がある。
何故ならここは異世界で、元の世界の常識は通じないかもしれないのだ。
けれどそんな事は今はどうでもいい。
大事なのは、生きたままの生物を仕舞えるかもしれないという可能性に気付いてしまった事だ。
そして実際に、兎が仕舞われたことによって生き物を収納出来る事が証明されてしまった。
今更ながら、魔法を創った俺自身が知らないことに矛盾していると思うかもしれない。
確かに、最初はそういう風に自分で想像して創り上げたが、人体実験した訳でもないので本当に出来るのかは内心、自分ですら分からなかった。
というよりも、出来ない可能性の方が高いと踏んでいた。
それが常識だと思っていたし、出来てはいけないと、出来るはずがないと心の底で思っていたのかもしれない。
でもそれが可能な事がここで証明されてしまった以上、どんな相手であろうと生死構わず入れられる可能性があるという事になる。
つまり俺は、この世界で最強最悪の魔法を生み出してしまったのかもしれないのだ。
勿論、制約はあるかもしれない。
可能性としては、自分よりも強い生き物は収納出来ないとかだろうか。
まあ、今そんな事を考えたところで詮無いことだが。
とりあえず、魔法の事は後回しにして、兎を取り出す覚悟をする。
俺がしたことは【無窮之亜空間】という、一種の宇宙空間のような場所に放り込む事と同義だ。
しかもその空間には“時”と言う概念が入っていない。
だから、生きているのか死んでいるのかは取り出さなければ誰も分からない。
運が良ければ、収納した瞬間と同じ状況で取り出すことが出来るかもしれない。
運が悪ければ、その空間に入った瞬間死に絶えているかもしれない。
その重なるような曖昧な状態は、まるで<シュレディンガーの猫>のようだと、まるで他人事のように思った。
もしも死んでいたらきちんと埋葬しよう。
そう思いながら「解放」と唱えた。
「……くぅ」
「ん……? 生きている、のか?」
何か声が聞こえた気がするけど、兎って鳴くのか?
生きている事への心配よりも、鳴き声を聞いた事に驚いた俺は声を出してしまう。
「くぅーくぅー」
近くにトコトコと擦り寄って来た兎に、とりあえず万が一の為に治癒を掛けながら撫でた。
「柔らかいな……それより生きててよかった」
自分勝手に生物実験をしてしまい罪悪感が微塵も無かった訳ではない。
だが、大切なものと比べた時、良心などただの邪魔になると分かっていたから、ユートはあえて心を鬼にして実行した。
そのことを後悔はしていないが、少しばかりわだかまりとして心に残った。
「はぁ……何かやる気なくなったな。もう帰って魔法の練習でもするか」
兎を撫でていた手を止め、溜息を吐きながら頭を掻くと、ポンポンと頭に触れながら
「もう、お前は巣へと帰れ」
と語気を強めながら命令した。
気持ちよさそうに撫でられていた兎が、突然撫でる行為を止められたことに気付くと、俺の方を向きながら不思議そうに見上げてくる。
「ほら、家へと帰るんだ」
兎を巣への方へと向かせて押しながら、もう一度言う。
俺の言った言葉が分かったのか、命令通りに兎は巣へと戻っていった。
「……じゃあな」
そう言って小さく別れを告げると、最後まで見ずに町の方角へと歩いていく。
その後ろ姿を兎が見つめているとも知らずに。
──☆──★──☆──
町へと戻る途中、数体のゴブリンと出くわしたユートはむしゃくしゃした気持ちを静めるために剣で倒しながら帰ってきた。
それから昼時を過ぎていた時間帯だったので宿でゆっくり寛ぎながら体と心を休めると、気分転換に町へと散歩しに行くことにする。
町はいつも通り、至る所から陽気な声が聞こえてくる。
その声をBGMにしながら風景や風情を楽しんでいると、町の中央に位置する広場が見えて来た。
「ここに来たのは今日で二度目か……」
この広場は斧男との戦いのときに一度訪れたが、それ以降は一時的に修理していたため封鎖されていた。
だが既に修理し終えたのか戦闘痕は一切見えず、元通りになっていた。
そんな広場では誰かが露店で精を出し、それを客が冷やかして見たり、またカップルで食べ歩いていたりと平和そのものだった。
俺はそれを近くにあったベンチに座りながら眺める。
異世界に行く前からこういう風にベンチに座って眺める習慣があったが、忙しくて出来る機会が無かったので丁度良かったのかもしれない。
そんな風に思いながら、何とはなしに【鑑定】で他人のステータスを覗き見た。
そこには一般人の平均ステータスが多数を占め、本では分からないスキルなんかも見えた。
(大体、一般人が持っているスキルの数は片手程度なのか……。それに料理や洗濯なんて言う家庭的なスキルもあるみたいだな)
他にも露店で販売している人には、レベルの高低はあるものの俺と同じく【算術】スキルを持っていたり、中には【話術】なんて言うスキルもあった。
やはり、一般人なだけに戦闘系スキルを持っている方が稀だという事がステータスからよく分かる。
(まあ、冒険者らしき人物には武術系スキルや魔法系統は勿論、肉体強化なんていう戦闘のためだけにある様なスキルも実在するらしいがな)
今見た強化系スキルは最優先で取得する方向で努力するつもりだ。
どうやったら得られるのか分からないが、多分忘れた頃に手に入るだろう。
そんな風にして一切の遠慮なくステータスの盗み見をしていると、ふとおかしな“称号”を持っている人が見えた。
(何だ今のは……? “復讐者”とかいう物騒な称号が見えたんだが、気のせいか?)
キョロキョロしたりはせずに目線だけ左右に動かしながら注視してみると、右斜め向こうから黒い外套を被った人物がこちらに向かって歩いてきた。
何となく直感でこいつがさっきの奴かな、と予想を付けていると空いていたベンチの隣に無言で座り、前触れもなく話しかけて来た。
「君かい? さっき僕の事を視てきたのは」
一瞬、本気で誰に話しかけているのだろうとさりげなく周りをみて確認するが、こちらに注意を向けている者はおらず、俺個人に話しかけているのだと悟った。
「もしかして、俺に話しかけてます?」
「うん、そうだよ。君に話しかけているんだ」
(あちゃ~、こりゃあ俺がスキルを使ったのが確実にバレているじゃねえか……)
とりあえず誤魔化そうかとも思ったが、面倒なことになりそうな予感がしたので正直に話すことにした。
「……まあ、スキル使ってたのは事実ですけど、不快に感じてしまいましたか?」
「ふーん、嘘ついたり、誤魔化したりしないんだね。それなら許してあげるよ」
「それは良かったです」
まあ、別にバレても構いはしないから、良くも悪くもないんだけどな。
しいて言うなら、バレない方が良かっただけと言えるけど。
「ふふっ、まあ、許すも何も別に怒っては無いんだけどね。でも人によっては見られることを不快に感じる人もいるから注意した方が良いよ? そういう人に出会うと、いきなり喧嘩を吹っ掛けられるからね」
それって、貴方の経験ですか? と聞き返したいけど、何て言うかそういう質問が聞きにくい人だなあという印象を抱いた。
「それはご丁寧に。ですが、注意するのではなく、止めさせようとはしないんですか?」
「そう言ったって、君、止めようなんてこれっぽっちも思ってないでしょ?」
「……どうしてそう思ったんですか?」
「そうだね……、しいて言うなら“勘”かな? 他にも、経験上そういう視線系統のスキルには詳しいんだ」
勘や経験でスキル使っているのを当てられても困るけど、これから使う場合はそういう人間もいる事を前提にしなければいけないと知れたのは不幸中の幸いか。
「なるほど……あなたもそういうスキルがあるようですね」
ここまで俺の事を当ててくれた礼に、俺も八割方の確信を抱いて相手の事を暴き立てる。
すると分かりやすいくらいに動揺したのが目に見えた。
「っ! ……へぇ~、なら今度は僕から聞こうか。どうしてそう思ったんだい?」
「ふっ、そうですね……。人が、何を考えているのかを考えていれば自ずと分かりますよ」
意味ありげに見上げながら俺は答える。
「それは……。いや、何でもないや。それより少し君に興味を抱いたんだけど、どこか静かなところで話さないかい?」
「これまた唐突ですね…。まあ、暇なので構まわないのですが、まず最初に自己紹介して頂けませんか?」
「ふふっ、確かに忘れていたよ。では改めて、僕の名前はフェリシア・クロロフィリア。しがない旅人さ」
頭のフードを取り外し、綺麗な金色の髪を靡かせながら彼女はそう名乗った。




