第42話 考察と検証 3
中級回復薬の作製が終わると、今度は別の物を作りにかかる。
「ふっふっふ、婆さんの所では出来なかったけど、一人になった今なら何をしても、もう誰も俺を止められない!」
ユートはガサガサと周りに置いてあった毒草や毒キノコ類を嬉々として手に取ると、手元近くに置く。
そう、ユートが作ろうとしているのは、もっとも原始的な人間の武器である「毒薬」だ。
「とりあえず回復薬と同じ要領で、毒薬も作ってみるか。……っとその前に、他のモノも含めてもう一度鑑定しとくか」
そう言うと、ユートはスキル【鑑定】を発動させる。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ドクテングダケ:見た目は紫色の毒々しいキノコ。食べると腹痛、嘔吐、下痢などの症状にかかる。毒キノコの中では特にメジャーな存在として扱われる。
シビレダケ:見た目は黄色の斑点がある痺れそうなキノコ。生で食べると痺れる。毒は解毒しない限り、ランダムで体の一部や、五感が1時間程麻痺する。この特性と比較的手に入れやすさから暗殺や拷問に使用されることもある。
マジカルキノコ:見た目がサイケデリックな怪しいキノコ。幻覚作用を持ち、毒は解毒しない限り酩酊、幻覚、中毒症状などが1時間程続く。そのため麻薬の材料として使われることもある。きちんと知識を持って扱えば薬としても使用する事が出来る。
カエンタケ:極めて強い毒性を持ち、触ることすら危険なキノコ。このキノコから出る特殊な胞子は生物に触れると燃える様な痛みをもたらすため、厳重な注意が必要。もし食べてしまうと高熱の症状、運動機能や言語機能への障害などを及ぼす。この特性により拷問として使われていることもしばしば。きちんとした知識と技術を持って処理すれば毒性は消える。
クキリノコ:雑食性の高いゴブリンでさえも食べないと言われる凄まじいまでの不味さと猛毒性が非常に強いキノコ。別名、“ゴブリン殺し”と呼ばれている。
スノーブライド:真っ白く綺麗な見た目とは裏腹に強力な毒性があるキノコ。このキノコは体を中から蝕むという特性を持つため、毒に掛かった者は体の手先から白い斑点が出て来て次第に体を覆う様に全身が真っ白くなっていく。最後は全身が真っ白く染まってから一時間後に眠るように生命活動を停止させる。苦痛を感じさせずにただ神秘的に死していく様から、別名“白死姫”とも呼ばれる。
ムルモーア:一般的に流通している草。体の痺れと倦怠感、熱、寒気などを引き起こす。風邪に近い毒の為、見落とされてから毒に患っていると気付くこともある。サルモーア草と見た目が似ているためよく間違われる。風邪薬の材料に使われる。
サルネーア:一般的に流通している草。ムルモーア草の近くに生えている事が多いため“親子草”の異名をとるが、見た目が似ているため間違われることもある。ムルモーア草と違い、節々への痛みや頭痛、腹痛などの痛みを巻き起こし、感覚を鋭敏にさせる。
カネーティア:キリキリとした身体中に激しい痛みを伴う症状を起こす毒草。素手で触れるだけでもピリッとした痛みを感じるため、取り扱いには十分に注意が必要。この特性ゆえに拷問として使われることもある。
フラムニア:火傷に似た症状を起こす植物。特に毒性は無いが、この植物の水分に触れると火に焙られるような痛みを伴う。この成分を抽出して魔物を撃退するための武器として用いられる事もある。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「おっと、こうやってみると危険なものばっかりだなぁ……」
ユートは触れるだけで危険な毒草があることを今知り、内心冷や汗をかく。
たまたま近いところに置いといたので触らずに済んだが、もし触っていたら火傷をしていたかもしれない。
物理的に。
「ドクテングダケから使ってみるか」
釜に煮立たせたお湯を張ると、買っておいた包丁でドクテングダケを一センチ台に刻んで適当に投入する。
その時今更ながら、薬草とは違いキノコは固形として残ることを念頭に置かなければなぁと入れた後に気付く。
だが時すでに遅く、もう元には戻れないので気にしないふりをして中をかき混ぜていく。
この数分間のゆったりとした時間は嫌いじゃないが、釜自体が小さいのですぐに湯へと効能が溶けていき、毒々しい紫色が目に入る。
見た目は魔女がせっせと作る謎の薬だ。
釜をかき回すのを終えるとすぐに止め、鑑定を発動させる。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ドクテングダケの煮汁:ユート・ヘイズによって作られたドクテングダケの煮汁。ドクテングダケの毒性が汁に滲み出ているため、飲んだら毒の症状が現れる。キノコ本来の旨味も出ているため、毒に耐性がある特殊な者なら美味しく食すことが可能。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「な、なんだこれ……」
俺は目を三度見開いて確かめる。だが、何度繰り返しても鑑定結果は変わることは無い。
「何故、煮汁? どういう基準で食べ物になる? 時間か、切り方か?」
ブツブツと独り言を口にしながら、結果を鑑みて推測する。
今まで、薬草を刻んでも『薬草の煮汁』なんていう表記は出なかった。
ならば表記が変わった理由が何かあるはずだ。
それを調べるため、俺はもう一度同じ手順で作り始める。
先程と同じ要領でキノコを一センチ間隔に切り刻み、湯を入れた釜に投入する。
ここまでは特に変わったことは無い。
そのまま続けて釜を混ぜていく。数分とせずに釜の中身が先程同様、紫色に染まっていくのを確認すると【鑑定】を発動する。
しかし、また同じ表記であった。
「何故、表記が変わらないんだ? 回復薬と違う点なんてないはずだけど……?」
回復薬のレシピ手順を記憶を掘り返すように辿っていく。
一センチ台に薬草を刻み、湯に投入する。
数分間かき混ぜ、薬草が溶けていくのを確認する。
最後に緑色に染まったのを確認すれば終わりだ。
何も問題なんてないはずだけど――。
(ん? 溶けていく?)
もしかして……と思い、薬効が抜けたキノコを一つ残らず掬い上げて液体のみになったモノを鑑定する。
「ビンゴ!」
表記は『ドクテングダケの毒薬』へと変わっていた。
どうやら物体としてのキノコのあるなしが表記の決め手らしい。
何故そんな細かいのかと、ほとほと疑問が残る。
でもこれが分かれば後は簡単だ。
片っ端から全ての毒草と毒キノコを使って全速力で作っていく。
結果的に約240本分の毒薬と解毒薬が出来上がった。
ドクテングダケの毒薬と解毒薬×25
シビレダケの毒薬と解毒薬×25
マジカルキノコの毒薬と解毒薬×15
カエンタケの毒薬と解毒薬×10
クキリノコの毒薬と解毒薬×10
スノーブライドの毒薬と解毒薬×5
ムルモーアの毒薬と解毒薬×10
サルネーアの毒薬と解毒薬×10
カネーティアの毒薬と解毒薬×5
フラムニアの毒薬と解毒薬×5
しかしこれでも少ない方だ。何故ならまだこれの倍の数作れるだけの素材が残っているからだ。
まあ、解毒薬を作っていなければ毒薬はもっと作れたのだが、安全マージンはキチンと取っておく主義なので一応作って置いた。
ちなみに、解毒薬の作り方は毒薬の元になる素材にドクダミ草という薬草を混ぜて作ればいいだけなので、特に難しい事も無く簡単に作れて少し拍子抜けした。
あと、途中から気付いたのだが、水の量を増やせば増やすほど、その分体積は増していくが薬効も希釈されてしまう。
なら逆に水嵩を減らせば、その分凝縮していくんじゃないかと考えたのだ。
その予想は見事に当たり、劇毒と言っても間違いないモノはあえて凝縮しておいた。
これで俺は新たな武器を手に入れたことになる。
そして最後に――
「よし、出来た!」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
複合毒薬:複数種の毒を混ぜ合わせた特殊な毒薬。効果は腹痛、嘔吐、下痢から始まり、一部身体の麻痺、酩酊、幻覚、高熱、運動機能の障害、猛毒、倦怠感、寒気、痛覚過敏、痛覚上昇、火傷等の症状が現れる可能性がある。どの症状が出てもおかしくなく、喰らえば一溜りも無い最悪の毒と言えるだろう。解毒は非常に困難で薬学に精通する者でないと毒の選別は難しく、毒を受けてから半日とせずに命を失うほどの劇薬。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「うわ……これはヤバいな。我ながら危険なものを作ってしまった」
ドン引きした様子を見せながらも、その目にはほんの少し笑みを浮かべている。
それはまるでおもちゃを与えられた子供か、もしくはマッドサイエンティストの含みのある笑みの様である。
だがユートはそんな事は関係無しに、いそいそと大きめの土瓶に慎重に慎重に注いでいく。
解毒薬も一応作ったがこの劇毒に効くなんて保証は無いので、万が一も無いように丁寧にしなければならないのだ。
その広口瓶に似た土瓶に満杯になるまで注ぎ終わると、ピッタリ蓋を閉めてすぐに【亜空間】内に仕舞った。
「ふぅー……心臓に悪いな。でもこれで一段落か」
安全のため【中位解毒】を自分に掛けておき、周りにあるモノをさっさと片付けると大きく伸びをする。
同じような体勢で作り続けていたからか少し肩が凝っているようだ。
気分がてらに屈伸したりストレッチをしながら次の予定について考える。
「“魔石”か……」
――魔物にのみ宿る不思議な石。
魔物にとっての心臓と同等に大切なものでありながら、弱点にも成り得るもの。
魔石を破壊されると魔物は死に絶える。
そう本に書かれていたが、実際の所、あまりよく理解してはいない。
生物の進化というのはきちんと合理的に成り立っているのであって、わざわざ弱点となるモノを増やす必要性は感じないのだ。
人間の顔の形や手足、毛髪に身長、理性に感情と言ったものは環境に適応していくために人間自らが作り上げていった様に、何らかの理由がある。
だと言うのに、ただ生物としての弱点が増えるというのはあまりにも不可解だ。
つまり環境にしろ、天敵にしろ、必要に駆られた理由があると俺は考えている。
そして、この世界の人たちが魔物に対して一切の研究をしてきていないとは考えづらいので、それも出来なかったのか、やらなかったのかと言った理由についてもいずれは調べていきたい。
「という訳で、ここに緑小鬼の魔石が幾つかある訳なんだが……どうしたものか」
ポトッとベッドの上に魔石を置きながら相対する。
とりあえず科学実験の様にまずは五感で感じ取ることにする。
「クンクン……匂いは無臭か」
手に魔石を抓んで嗅いでみるが、何も感じない。
一応他の魔石にもしてみたが結果は変わらない。
その結果を紙に「魔石について」と題して、無臭だったと情報を書き込んでいく。
「次は視覚だが……黒紫色なだけで何の変哲も無いな」
それから色々調べてみたが、聴覚も触覚も味覚でさえも何も感じ取れなかった。
……味覚は嫌々ながら魔石を舐めてみたが、ゴブリンの味や血の味も感じ取れず一先ず安心した。
「見方を変えて、今度は砕いてみるか……」
最小にした魔法の釜に魔石を十個ほど入れて棒で砕いていく。
これが意外と難しくコロコロと滑って上手に砕けなかったが、時間をかけてゆっくり一つずつ砕いていくと粉々にすることが出来た。
その砕いた魔石の粉――“魔石粉”とでも言うべきものを瓶に入れて保存しておく。
今の所使い道は考え付かないが何かに使えるかもという可能性に任せ、【亜空間】の肥やしにしておいた。
ああ、こうやって人はゴミ屋敷となっていくのだろうなと一つの真理に気付いてしまったが、その心に俺は蓋をした。
「これでよしっと。――あっ、もうこんな時間か。あんまり腹減ってないし、何か軽いもんでも頼むか」
十二時を告げる鐘の音が響く。
ユートは使っていた道具を片付け、空気が籠らない様に窓を開けると、自分の腹具合と相談し軽食を食べに一階へ降りて行った。




