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ヘレティックワンダー 〜異端な冒険者〜  作者: Twilight
第二章 魔物大氾濫篇

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第36話 弓術の教え


「そうかい。それはよかった」


 そう言って嬉しそうな表情をしながらも、その中には安堵の感情も見え隠れしていた。


(何故、安堵するのだろう? それは俺が断られないか心配すべき事で彼は関係無いはずなのに……)


 行動原理が理解出来ないものの、教えてもらう側故に詮索し辛い。

 それに隠す気があるのか怪しいものだ。

 

「じゃあ、少しばかり教授してあげようか。今からでも大丈夫かい?」 


 椅子から立ち上がりながら聞いてくる。俺に拒否権なんて無いのになぜ聞いてくるのだろうか。

 内心そう愚痴りながらも、ふと一瞬、ジャック達が頭に浮かんだがそう時間も掛からないだろうと割り切った。

 けれど、一応否定しない程度に柔らかくニュアンスを伝えておく。


「あまり時間が掛からなければ。それとどこに行くのでしょうか?」


 自分も席から立つと確認を込めて訊ねる。

 同時に視界の隅に残ったつまみが目に入った。


「ギルドの奥にある訓練場さ。今なら人も少ないだろうからね。それにすぐ終わるよ」


 言うが早いか、早速ギルド奥の訓練場へと歩き出してしまう。

 その時、優し気な雰囲気で流し目をしてくるが、瞬間その瞳の中に享楽的な印象も垣間見えた気がした。

 得体のしれない人だけれど、気にせずにユートは彼の後を追う。

 あとには、先程まで残っていたはずのつまみが、煙の様に皿の上から忽然と姿を消していた。




──☆──★──☆──




 受付の右奥を進んでいくとホールへの扉の様なものがあった。

 彼はそれをごく自然な動作で開け放つと、平然とした態度で入っていく。

 俺もそれに(なら)って後に付いていくと、そこは奥行きが四十メートル、横は二十五メートル程もありそうな体育館に似た空間が広がっていた。

 天井は目算で二十メートルもあり、地面は野球のグラウンドの様にしっかりと固められた土で出来ている。

 その訓練場に人影は全くと言っていいほどらず、みんな昼食を食べに行ったのだろうと推測した。

 入って左側の壁際には、様々な木製と鉄製の武器がズラリと立て掛けられていたり、防具などの小道具が数多く置かれている。

 その壁には、『自由に使っても構いません。ただし、訓練用の備品です。持ち出さないでください。』と書かれた張り紙が貼ってあった。

 よく見ると、実用として使えない様に刃の部分が潰されているようだ。


(なるほど、訓練場と言うに相応しい、きちんと整備された場所だな)


 地面を手で触れたり、足で地面を踏んづけて確かめていると彼がこちらを手招きしている。


「さて、運よく貸し切り状態みたいだね……。とりあえず、先に弓について教える前にあれに向かって撃ってみてよ」   


 彼は手に持った弓と三十本ほど入った矢の筒をユートに渡すと、何も無い壁際の方を指差した。

 すると突然、地面が生き物の様に(うごめ)き、不自然に人の形を取ると動きを止めた。


「あれは……」


「君が見た事があるか分からないけど、あれは【粘土人形クレイドール】という土魔法で作った人形さ。じゃあ、とりあえず一本だけ始めてくれ」


 そう言うと、彼は俺から離れて静かに見る姿勢に入った。

 つまりはもう始まっているという事だろう。


「……分かりました」


 俺は受け取った矢筒を背負うと最初に深呼吸する。

 

「ふぅ……」


 心を落ち着かせると足元を見ながら左前脚を人形の方に向け、右脚を肩幅に開き、肩の力を抜く。

 次に弓を持った左腕を地面と平行になるように伸ばし、左手の人差し指を銃の“エイム”の様に的に向かって指す。

 最後に右手に矢羽のところを持ち、弓の中心に対称になる様に番えると、誰しもが見た事がある弓の動作に近いものになった。

 そして、的である人形の頭を見据え、身体の揺れを出来る限り抑えるようにしながら、ここだ!という自分のタイミングを待つ。


 辺りは無音に近く、表のガヤガヤとした騒音が聞こえてくる。 

 けれど、それを上回る様に心臓のドクン、ドクンという鼓動がやけに大きく感じた。

 そして震えが一瞬止まり矢が人形の中心に来た時、俺はスッと手を離すと矢が放たれた。


 ――ヒュッ!


 矢は風を切りながらそのまま一直線に飛んでいくと思われた。

 しかし、突如失速すると狙っていた頭ではなく、左胸の肋骨辺りに突き刺さる結果となった。

 それを最初から最後まで見ていた俺は数秒だけ残心すると、静かに弓を下ろした。 


「うんうん、初めてにしては筋が良いね。ほとんどの初心者はそもそも飛ばせなかったり、的に届く前に失速して届かなかったりと散々な結果が多いんだけど、君は狙いこそ外れたものの敵に命中させた。これは誇ってもいいと思うよ」


 弓を下ろしながら悔しさ半分残念半分な気持ちで黙していると、彼は楽しそうな表情を浮かべながらこちらに近付いて来た。


「ただ、改善した方が良い点が沢山あるね。例えば、君の撃ち方って大弓(おおゆみ)とか長弓(ロングボウ)って呼ばれる弓の撃ち方にそっくりなんだけど、僕たちが使う弓って基本、この真ん中の部分が(へこ)んでいる、波の様な形をした短弓(ショートボウ)って呼ばれるものなんだ。そしてこの長弓と短弓とでは撃ち方や姿勢とか色々変わってくる。まあ、これ以上詳しく話すと長くなりそうだから割愛するけど、とりあえず今から僕が撃ってみるからそれを参考にしてみてね」


 怒涛のように言っていくと、彼は訓練用の短弓をもう一つ持って来て撃つ準備を始めた。

 

「ふぅ」


 息をゆっくりと吐きながら深呼吸すると、その場の空気がピリピリとしたものに変わる。

 腕をダランとぶら下げると、肩だけでなく身体全体の無駄な力を抜いたのが分かった。

 そして前触れの無くスッと音をたてず弓を構える。

 訓練用で簡素なはずの弓が場違いなのにとても大きく、業物のようにすら錯覚させられる。

 その構えは洗練されており、動き一つとっても無駄が無く、一切の体のブレが感じられないその姿は絵画の様に美しかった。

 外套を被っているため目元が見えず、口しか見えないが先程とは違い真剣なことはその雰囲気から感じ取れる。

 それをそばで見ていると彼がどれだけの時間と努力、そして弓への愚直なまでの愛情と信念を持っているのか、巨大すぎてとても想像すら出来ない。


 ――これが達人と言うものか。


 そんな風に半ば畏れと感動が入り混じった眼を向けていると、ついにその泡沫(うたかた)のような時間に終わりを告げた。

 時の間隙を射貫(いつらぬ)くかのようなその矢は、いつ放たれたのかを気付かせずに人形の顔を貫いて粉々に破壊すると、そのまま壁に突き刺さった。


「えっ……!?」


(全く撃った矢が見えなかった……。いや、それよりも音がほぼ感じられなかった。あれも技術だとしたらあそこまでどんな修練をしたらいけるのか……)


 今この時も残心している彼に目を向ける。

 いつか超えるべき目標として――。




「いや~、やっぱり、弓って良いものだね!」


 上機嫌な声を響かせながら、彼はこちらに近付いてくる。


「すごいですね……。どうやったらあんな見えない矢を撃てるのか想像もできません。ちなみにあの境地までどんな修行を積めば辿り着くんですか?」


 機嫌の良い今の内に、何か上達するためのヒントを貰おうと微笑んでおだてながら聞いてみた。


「えっ、そんなにすごかったかい? いやー、ハッハッハッ! まあ、それほどでもないけど、そうだね……。大気、いや、自然と調和すれば出来るようになるよ」


 天狗の様に鼻が伸びている雰囲気を醸し出しながらも一応アドバイスらしきものをくれた。

 けれど、「なんだそりゃ?全然分かんねぇ」みたいな表情が少し顔に出ていたのか、その反応を楽しむように得意気な笑みを浮かべている。


「フフ、よく分かんないって顔をしているね。まあ、当然と言えば当然だけど、そう一朝一夕で出来るものじゃないからね。でも、これじゃあずっと分かんないだろうから、もう少しヒントを上げよう!」


 そう言うと、間を開けてもったいぶりながら話し始めた。


「この世界の(いた)る所にはある生き物が存在するんだ。その生き物は大自然である大地や木々、僕たちが大事に使っている武器や道具、そして僕たち自身などの身の回りに住み着いている。中でも人間のことを気に入っているから、相性によっては力を貸してくれる場合もある。そういう存在を一般に何て呼ばれているか分かるかい?」


 ……生き物?

 最初に思い浮かんだのは微生物的な意味かと思ったが、文脈的にそういう話じゃないだろう。

 ではなんだろうか?


 う~ん、身近なところに存在しつつ、相性が良かったら手助けしてくれるものねぇ……。

 どんなナゾナゾだよ。

 俺はそういうの得意じゃないんだけどなぁ、などと考えつつ、「生き物、生き物ねぇ……」と言葉にしながら思案する。

 いや、そう難しく考えなくていいのかもしれない。ここは魔法(ファンタジー)が存在する異世界(せかい)なんだ。

 じゃあ、それを加味して考えるとするならば、選択肢は限られてくるだろう。


 あっ、そう言えば本でそれに近いものを読んだ気が……。

 確か――“精霊”だっただろうか?

 「どこで見かけたっけなぁ」と蟀谷(こめかみ)をいじりながらと記憶を掘り起こしていると、『魔法大辞典』という本で精霊についてちょろっと書いてあったのを思い出した。


 『世界のあらゆるところに遍在し、大地から生まれ大地に還る。遥か昔から人と密接な関わりを持ってきた自然を司る超常の存在』


 そう書いてあったのが特徴的で覚えていた。

 

「――よく知ってるね。その通りだよ」


「えっ?」 


 突然、声を掛けられてユートは思わず素で聞き返した。


「あれ? 今自分で言ってたじゃないか。もしかして無意識で喋ったのかな」


 そう言うと彼は俺を見ながらフフッと小さく笑みをこぼした。

 それを見て、少し複雑な表情をしながらも自分もため息の様な笑いが出た。


「まあ、それは置いといて、先程の答えは君が言った様に精霊なんだ。彼らは魔法の属性と同じ様に、いや、それ以上の多様性を持って存在している。特に弓術において、大気に存在する”風の精霊”と意思を交わせるようになれば一流の弓術師と呼べるだろう。風を読み、風を味方につけた弓術師ほど敵にとって厄介なモノは無いからね」


「まあ、そこまで出来る人間はそうそうはいないだろうけど」と最後に付け足して不敵に笑った。




 それから余った時間を使って、彼は様々なことを教えてくれた。

 彼は俺が今持っている訓練用の弓を指さしたり、ジェスチャーで大きさをイメージしやすいように手振りをしながら話を進めてくれたおかげで素人でも分かりやすく、話に飽きさせることはなかった。

 特に話の中で「テレビや映画で見る撃ち方は違うのか…」と半ば愕然としながら、異世界で長弓と短弓の違いを理解したりもした。

 他にも、


「この真ん中の屈折した部分を斜めにして矢を弓の左に置くと安定して撃ちやすいよ」


 とクロスボウの原理に似た撃ち方を学んだり、


「弓を撃つときは“(かい)の状態”で一本、中指と薬指に一本、薬指と小指に一本っていう風に持てば、二の矢、三の矢っていう風に続けることが出来るよ」


 と複数の外敵と出会った時に役立つような戦闘方法だったり、


「もし、安定して真っ直ぐ飛ばしたいなら、右膝をついて左膝を立てて撃つのも悪くないね」


 と初歩的ながらシンプルな助言を貰ったりもした。


「――さて、これで一通りのことは終わったかな」


 弓について基本的な事を教えてもらい後片付けをし終えると、彼はそう言葉を発した。


「じゃあ、後は自分で試行錯誤とかしてみるんだよ?」


「はい、教えて頂きありがとうございました。最後に、名前を教えてはもらえませんか?」


 お礼を言って頭を下げると、折角丁寧に教えてもらったので名前を訊ねた。


「そうだね……もし、また会ったらその時にでも教えてあげるよ。ついでにどこまで弓の技量が上がったのかのチェックも兼ねてね」


 そう言ってにこやかな笑みを浮かべると手を振りながら去って行った。

 というか、また会った時ってどんな時を想像しているんだろうか?


(何て言うか捉えどころのない人だったな……まあ、嫌な人ではないんだろうけど)

 

 「それに何がしたかったのか結局分からないままだったし」とこぼしながら、自分もジャック達を待つために訓練場を出た。


・”会の状態”とは弓術に置いて、矢を放つために弦を引き絞っている状態の事です。

・二の矢、三の矢はその名の通り、二本目の矢、三本目の矢と言う意味です。

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