第34話 解体部屋
少し投稿が遅れてしまいました。
緑小鬼たちが中層にコロニーを作り、今もなお奥に居続けている事を伝えるためダラムの町に戻って来た。
そのためギルドまで一緒に来たは良いが、ジャック達三人はその事を報告しに行ったため、俺は一人になってしまった。
とりあえず、何もすることが無いので『薬草採取』の依頼が完了したことを伝えに行く。
時間帯は大体昼前なので人は疎らにいるものの、数はそれほど多くない。
そのため列に並ぶことなく空いてた受付の所へ行く。
「すいません。この依頼が完了したんですけど……」
用意したダミーのリュックから取り出したように見せて、依頼書と一緒にギルドカードと納品予定の薬草も渡す。
「はい、分かりました……ってユートさん!? お久しぶりです」
目の前で目を丸くしてながら微笑んだのは、初めてギルドで出会った受付のマリーだった。
まあ、マリー「さん」というより、マリー「ちゃん」の方が身長や雰囲気に似合っているのだが、それは言わないお約束。
何だかんだギルドに来ていたが初日と二日目以外、巡り合わせが悪かったのか会っていなかったので、面と向かって話すのはこれが初めてになるかもしれない。
「ああ、えっと、久しぶり……でいいのかな。マリーさん」
「ふふっ、さん付けなんてしないで、普通にマリーでいいですよ?」
「そう、ですか? じゃあ、遠慮なくマリーって呼ばせてもらいますね」
「はい! それでは、依頼を確認しますね。少々お待ちください………確かに指定された薬草で間違いありません。これにて依頼の完了を確認しました。これは依頼の報酬です」
そう言うと、小銀貨三枚に大銅貨五枚を渡された。
「――それと、これまでの依頼の評価によりFランクに昇格出来ますが、どうしますか?」
どうやらもうギルドランクを上げられるようになったらしい。
特にデメリットもないので早速上げてもらう。
「じゃあ、お願いするよ」
「分かりました。……はい、出来ました! Fランク昇格おめでとうございます! カードの色も赤に変わったのでFランクだと一目でわかりますね」
待つこと五秒。受付にある小さな機械がポンッという小気味良い音を鳴らすと、元の白いカードが真っ赤な色に変わって出て来た。
妙なところでコミカルなのが面白い。
「ははっ、そうだね。ありがとう。でも赤い色はあまり好きじゃないから、早く変えられるようになりたいかな」
「ふふっ、そんな理由でランクを上げたいなんて言った人は初めてです」
マリーは口に手を当てながら笑みを浮かべた。
「それはそうと、他にも解体していない魔物とかがあるんだけど、どうすればいいかな?」
「具体的にどういったものですか?」
「えっと、ハニービーが数十体とハニーベアが一体、だね」
「えっ! そんなに多いんですか!」
予想よりも数が多かったのか、声が大きくなった。
周りも一瞬こちらを見てきたが、すぐに顔を戻していた。
「す、すいません!」
大きな声を出して恥ずかしかったのか、顔を少し赤らめている。
「いや、別に大丈夫だよ。それで解体したことが無いから、どうすればいいか分からないんだよね」
解体の仕方が分かれば自分でチャレンジしてみるのだが……と思いながらも聞いてみる。
アサルトボアの解体はジャックがしたので、俺の中ではノーカウントだ。
「そういう事なら、地下にある解体部屋でやってもらえますよ。ですが手数料として解体代金がとられますが大丈夫ですか?」
「それは当然構わないんだけど、その解体代金って素材の売却代から天引きしてもらえたりできるのかな?」
「出来ますよ。というか解体を頼む大半の方が素材の売却金額から引いてもらっていますから。もしくは解体代金をそのまま払うか、ですね」
「じゃあ、売却金額から引いてもらえるかな」
「分かりました。それであの……解体して欲しい物はどこにあるのでしょう?」
マリーは俺の格好を見ながら困った顔をする。
まあ、持っているリュックは見ただけで分かる安物で、コートと剣以外、特に目ぼしいものがある訳じゃないから、どこに解体してもらうモノがあるのか気になるのだろう。
それに「そう言えば、空間魔法について言ってなかったか」と思い出し、教えてあげようかとも一瞬考えを浮かべたが、不特定多数の人がいるこの状況で見せる事は愚かな選択だと思い至ると、「とりあえずここじゃ出せないから、先に解体場に連れて行って」と小声で伝えた。
「?よく分からないですけど、それでは、こちらについて来てください」
小首を傾げながらも疑問を打ち消したのか、先導するように俺から見て右を指すとゆっくり歩き出した。
すぐに聞き出そうとしないのは職務に従っているからか、それとも天性の素直な性格だからなのか。
判断しかねるが、多分後者なんだろうと考えながら、マリーのあとについて行く。
ギルドの右奥へと進み、二階への階段の裏にあるデッドスペースに小さな地下への入り口があった。
マリーはそこを躊躇なく下っていくので、恐る恐る俺もついていく。
中は地下ゆえに少し暗いが、明かりがあるので問題なく進むことが出来る。
すると前方に続けて二つあった鉄扉をマリーが開こうとする直前、後ろを振り向いた。
「ここから先が”解体部屋”です。初めての方はちょっと辛いかもしれませんが大丈夫ですか?」
と眉尻を少し下げながら気遣ってきてくれた。
「うん、大丈夫だよ」
ユートは自分より小さな女の子に心配された……と思う反面、そんなに凄惨な場所なのかと期せずして自らでハードルを上げたのだった。
鉄扉を開けると向こうは先が見渡せないほど薄暗く、どこからかピチャンッという水滴が滴り落ちる音が聞こえながら、ところどころ、壁面が苔生した洞窟のような様相を呈している――――訳もなく、周りは白い壁に囲まれ、壁近くの地面は排水溝のように血が流れ落ちる様な仕組みに造られた特殊な構造をした”解体部屋”だった。
「ここが”解体部屋”か……」
何と言うか……只々感想を言い辛い。
白色を基調としているためか部屋の中央が血塗れになっていると、白と赤の対比が際立ってドラマで見た殺人現場のようにしか見えない。
幸い、俺はそこまで感情を揺さぶられる事は無かった。
まあ、何となく解体部屋という言葉を聞いてから予想はしてたし、心構えはしておいたからだろう。
「あはは……初めてここに来た方は皆さん、似た様な顔をされますよ」
流石のマリーも困ったような顔をしながら伝えてくる。
「私も最初にこの部屋に入った時は……ま、まあ色々ありましたから……」
マリーは顔を青ざめながら横に背けると話を濁した。
そんなに拒絶反応があるとは。
……前にここで何があったのだろうか?
よく見ると入口に始まり、地面や壁、果ては天井まであちこちに血が黒ずんで残った跡が見える。
それに臭いが落ちないのか、入った瞬間から血生臭さが感じ取れた。
もしこの部屋に、生物の死や血の匂いを一度も体験したことが無いまま入っていたら、俺も気分が悪くなって吐いていたかもしれない。
「こんにちは、ダグラスさん」
「ん? おう、マリーの嬢ちゃんか。それにもう一人、見慣れない奴がいるな」
ダグラスと呼ばれた男は一瞬だけこちらに目を見やると、すぐさま戻して黙々と魔物の解体作業を続ける。
俺達が部屋に入ってから声をかけるまでの間、一切の気にする素振りを見せずに解体をやり続ける集中力は目を見張った。
今も何らかの魔物を凄まじい速度で解体している。
その手際は見事と言う他無く、綺麗に剥かれた皮や切り分けられたブロック状の肉、骨、内臓と言った具合に机の上にあるトレーに並べられていく。
数分と経たずに終えると立ち上がり、部屋の隅に備えられた冷蔵庫に似た箱に丁寧に仕舞っていくとこちらに向き直った。
「それで、俺に用があるんだろう。何を解体して欲しいんだ」
決めつける様にいきなり言い放った男は解体する獲物にしか興味が無いのか、「さっさと出せ」とでも言いたげな雰囲気を醸し出している。
俺もそれに倣うとハニーベアから始まり、ハニービー、ビッグフロッグ、ポイズンスネーク、ポイズンバタフライ、ビッグアント、グリーンキャタピラーなどの七種類の魔物、計44体を一度に出してやった。
まあ、その八割以上はハニービーが占めているのだが。
勿論、潰れない様に一つ一つ並べて置いていったため部屋の横側を占領する事態になった。
空間魔法が便利過ぎてもう手放せないな。
これには流石に驚いたのか、その男は目をパチクリと瞬きさせている。
「ユ、ユートさん……もしかして空間魔法を使えるのですか?」
マリーが驚きのあまり、声を震わせながら聞いてくる。
「ああ、そうだよ」
ユートは特に何でもない様な顔で答えた。
「す、すごいです! 私、生まれて初めて空間魔法を見ました!」
マリーは初めて目にした空間魔法を大喜びでその感動を伝えてくる。
キラキラと輝く瞳は憧れていた有名人を見ているかのようだ。
「そうなの? ギルドの受付嬢をやっていたら他にも空間魔法が使える人は居そうなものだけど」
「はい! 空間魔法は空間に干渉するため、その難しさ故に使い手が少ないのは有名ですけど、それでもそれなりにいると言われています。ですが、ダラムの町は辺境と言いますか、四方は森と草原しか無いのであまり外の冒険者の方は来ないんです……」
さっきまでのテンションはどこへやら、急に下がってしまった。
だが意外にもギルドの受付嬢さえ空間魔法を見たことが無いというのはいい指標なので、分かったのはラッキーだ。
さっき人が大勢いるところで見せなくて本当に良かった。
もし万が一見せることになったら緊急の場合か、自分が強くなってからにしようと心に決めた。
「確かに町の周辺には何も無いかもしれないけど、町の中にはもっと他に良い所があるはずだよ」
何だか落ち込んでいると保護欲がそそられる――じゃなかった、可哀想なので慰める様に言葉をかけてあげる。
「そ、そうですよね! この町には優しい人が多いですからね!」
「ああ、そうだよ」
適当に相槌を打ちながら話を終わらせると、先程の男をもう一度見た。
すると話している間に解体する準備に取り掛かっていたらしく、解体専門のナイフを洗ったり、机についた血を拭き取ったり、天井から吊り下げるためのフックに蛙を突き刺していたりなどしていた。
「あんた、さっきの一瞬で取り出す奴もう一度使えるか」
「ん? ああ、出来るけどどうするんだ」
「なら、このフックに付けて取り出すことは可能か」
ダグラスはフックを指差しながら注文してきた。
……なるほど。
いちいち床に取り出したモノをフックに付けるのは面倒だから、取り出すときに付ける様に出すのか。
説明がややこしいが言いたい趣旨は理解できた。
だが――
「それは無理だな」
「そうか……」
「でも、こうすれば可能だな」
自分の近くにあった蛇を一旦仕舞い、取り出すときにフックの少し上から取り出した。
すると自重で地面に落ちるところをフックが刺さり、吊り下がる状態になった。
「これなら出来るがどうする?」
ダグラスは目を丸くさせるが、瞬間、ニヤリとした笑みを浮かべてユートを見た。
ユートもニヤリとした笑みを浮かべてダグラスを見返した。
この時、二人は言葉こそ交わさなかったが互いに良い関係を築けると確信できた。
「それはあっちだ」
「分かった。次はこれか?」
「それは右だ」
「じゃあ、これはこっちだな」
それからダグラスが指示を出し、ユートは言われた通りに熟していくと三十分と経たずに全ての魔物が綺麗に解体されていった。
(お二人とも、突然どうしたんでしょうか……?)
その光景を見ていたマリーが何を思っていたのかは、神のみぞ知ることだ。
男同士の関係って嫌いじゃないですよ、私。




