第30話 採取・散策・戦闘
死体や血などの残酷な表現が使われています。苦手な方はブラウザバックしてください。
あの後、仕方が無く上層の方へと向かって行ったユートはと言うと……。
「はぁー、一人になるなんて随分と久しぶりのように感じるな」
いつもの自然な素の状態に戻り、周りの警戒をしながらものんびりと森の中を歩いていた。
それに今はまだ午前中なので気温も暖かく、森の中とは思えない程過ごしやすい。
そんなユートは一人獣道を進みながら、樹の裏側や落ち葉に隠れているキノコや薬草を見つけては採取していき、【無窮之亜空間】へと逐次仕舞っていった。
「この魔法も頑張って創った甲斐があったな……」
摘み取ったばかりの薬草が一瞬の内に手の中から消えるのを見て、一人感慨深く思った。
【無窮之亜空間】。
この魔法を創ったのは、ほんの一週間(十日)前のことだ。
この【無窮之亜空間】とは、【空間収納】を参考にしながら自分好みに設定や仕組みを変えてみたモノなので、ほぼ別の魔法と言えるだろう。
具体的には、「任意の物を瞬時に収納し展開可能・積載量の無際限化・空間内の物体認識・時間経過の有無」だ。
「任意の物を瞬時に収納し展開可能」にするとは、手で触れる事もしくは自分の魔力が届く範囲ならば、どこからでも収納し、展開することが可能になった。
現在の収納展開可能な範囲は自分の半径五メートル程度である。
「積載量の無際限化」は、量も重さも生物かどうかすらも問わず、入れることで出来る。まあ今は、万が一の為に生きている場合は入れないように設定してある。
方法としては、自分の近くに広大無辺の別次元の空間を思い浮かべ、それを哲学的かつ幾何学的、さらには数学的に想像し創造することだ。
自分でも何言ってるのか分からなくなりそう。
「空間内の物体認識」は、亜空間内に手を入れると中の物体を感覚的に脳で把握できるようにした。これは「魔法大辞典」に書かれてあった、【空間認識】の魔法を【空間収納】と組み合わせることによって出来たものだ。
最後に「時間経過の有無」だが、亜空間内は時間の経過が存在しない。
というか、時間の概念が入っていないと言うべきか。
つまり空間のみが広がっており、重力も時間もこの魔法の中には存在しないのだ。
だから自分で時間を設定しない限り、時間と言う概念に縛られることはない。
でもまあ、今現在の俺の実力では時間を操作することも創ることも出来ないので、時間の概念を入れられないというだけの話だ。
簡単に言えば、時間魔法とやらをおそらく俺が使えないために、時間の設定をいじれないのだろう。
結局のところ、現在のこの魔法の能力は超超巨大な【空間収納】でしかないのだ。
もっと魔法に対して造詣が深くなったり、時間魔法とやらを手に入れない限りは、という一時的な(仮)が付くが。
そもそも何故新しく魔法を作る必要があったのかと言うと、一週間前に【空間収納】の魔法検証をしたところ、とても使い勝手が悪かったからだ。
一つ目の理由として、一回一回、中に入れた物を頭に思い浮かべなければならない。
そうでないと、黒い渦に手を突っ込んでも何も掴むことが出来ないのだ。
今だからまだいいが、これでは最悪忘れてしまったら全てのアイテムが異空間へと消えてしまう事と同義となる。
二つ目に、積載量が魔力量に比例する事。
ステータス値のMP量――MPとは“マジックポイント”の意――に二倍掛けた数字が内容量だと、本に書いてあった。残念ながら、これの答えが正しいかどうかは検証できなかったが、それではこれからの旅に際して少なすぎる。
三つ目に、現実世界と同じ時間経過。
【空間収納】の中に入れて置いた、雑貨屋でのポーションの効果がものの見事に薄れていたのだ。一応現在の俺も薬師の端くれだし、大事な時に効果が切れては色々と困る。
他にも双子だと空間が共有されやすいとか、稀に他者によって自分の【空間収納】に干渉される可能性等々、本の中に注意点として色々と書かれてあったので、この際に必要な部分は強化して、要らない部分は削ることで難攻不落の魔法に変えたのだ。
まあ、そのせいで全くの別物の魔法みたいになってしまったが、それは置いとくとして。
そもそも今回の魔法の検証をしてみて、不自然なところが余りにも多かった。
何と言うか、「途中まで頑張って創ってみたはいいものの、一歩足りずに放り投げた」という様な印象を受けた。
異世界に来てまだ半月(二十日)も経っていない未熟者だが、魔法を適当に創った様なそんなちぐはぐとした歪さが特に目立っていた。
という訳で、修行の片手間に少しづつ改良していった結果出来たのが、この【無窮之亜空間】(仮)なのだ。
とても便利な魔法になったが、まだまだ魔力効率だったり収納範囲だったりと、改良点が見つかっているので精進あるのみである。
「それにしても、どこかに魔物がいないかな~?」
依頼に必要な薬草やキノコを魔法の空間内に仕舞い続けること十分。
ただひたすら森を縦横無尽に歩き続けることに、ユートは飽きていた。
「と言うか、思ったより森の中なのに魔物と出くわさないんだな……」
いつもなら心の中でしか言わない独り言を、今日は珍しく声に出して喋っている。
すると突然、右手を胸の前に上げる仕草をすると、前触れも無くユートが魔法を発動した。
「うーん、いつ見ても魔法と言うのは不思議だな」
氷魔法で創り出したのは、一般的な【氷の矢】と呼ばれる魔法だ。
何故、英語による魔法名なのかとても気になるところだが、今はそこはどうでもいい。
それは手の平から数センチほど離れて、独りでにポツンと一本のみ浮遊している。
しかもそれは俺が手を左右に動かしても、慣性の法則に反せずくっついてくるし、左手で触れても氷特有のヒヤッとした冷たさを感じる。
つまり、俺が知っている氷の知識と同等のものを、魔法は一瞬の内に創り出せてしまう。
そこでユートは思考を打ち切ると、浮かべた【氷の矢】を木々に当てないように右方へ向けて適当に飛ばす。
すると木々を縫って飛んでいった矢は、偶然横から現れた緑小鬼の頭へと突き刺さった。
「グギャッ!?」
「ん?……」
既に意識の外に追いやっていた魔法の矢の方から、何やら緑小鬼らしきモノの声が聞こえたので、少し気になりそちらへ警戒しながら向かった。
するとそこには、こめかみに【氷の矢】が刺さった緑小鬼が横向きに息絶えていた。
傍らには、緑小鬼が持っていたと思われる棍棒も一緒に落ちている。
しかも、一撃で殺されている様だ。
「あれっ? ……って、もしかしなくてもこれは俺の魔法の矢か」
その状況を見て、すぐに自分が飛ばした【氷の矢】だと気付いた。
どうやら俺は、いつの間にか魔物を事故ながらも倒していたみたいだ。
緑小鬼よ、南無!
──☆──★──☆──
緑小鬼・氷の矢事件から数分後。
緑小鬼がいた方に多くいるのではないかと予想した俺は、歩いていた道を右へ九十度角度を変え、方向転換していた。
藪をかき分け、慣れない森の中を四苦八苦しながら一歩ずつ進んでいく。
今のところ奴等には一体も出会わずにいたので半ば諦めかけていた時、二十メートルほど先の開いたところに三体の緑小鬼を見つけた。
(流石に今の俺だと三体揃っては難しそうだな……よし、やはりここは魔法を使うべきか)
自分の実力と現在の状況から即座にそう判断を下すと、緑小鬼達に気付かれない様にしゃがみながら近づいていく。
自分なりに音と気配も消すような感じで、そろりそろりと慎重に近寄っていく。
気分は暗殺者だ。
その奴等は未だ俺に気付かずに、何やらグギャギャと笑いあっている。
(もう少し……あともう――くそっ! 何でこっちに来やがった……!?)
突然奴等は笑い声を止めると、先程とは違い甲高い声を発し始めた。
どうやら警戒されてしまったらしい。
何故気付かれてしまったのか、困惑しながら思考するという離れ業をしているとすぐに気が付いた。
理由は単純で、こちらが風上になっており、後方から風が吹いたせいで臭いが奴等の方へと流れてしまった様だ。
二体は奇声を発しながらその場で動かず、一体のみ棍棒を構えて邪悪な笑みを浮かべながらこちらへゆっくりと近付いてくる。
場所も隠れていることもお見通しらしい。
緑小鬼だからと言って嘗めていたのは俺のようだ。
しゃがんでいた状態から立ち上がり、緑小鬼の方へ向く。
奴等の認識を改めながら今度は思いっきり殺意を込めて、一瞬の内に魔法を発動させた。
「【氷の投槍】!」
気持ち魔力を多めに籠めて想像力を固めながら魔法名を唱えると、ユートの頭上に十本の氷の槍が出現した。
それらは緑小鬼へと真っ直ぐ向けられており、解き放たれるのを待っているかのようにも見える。
自分たちにとって、格好の獲物が来たとせせら笑っていた緑小鬼達は、いきなりの魔法の出現に不意を突かれて呆然としている。
だがすぐに警戒を最大限にして怒鳴り声を上げた。
ユートはその呆然としている一瞬の隙を狙って魔法を解き放つと、初めて倒した猪の時の様に、槍は弾丸の如き速さで駆け抜けていく。
後方にいた二匹の緑小鬼が呆然としている前の仲間に呼びかけようとするが、時すでに遅く、三本の魔法の槍によって頭、胴、左足を貫かれると倒れた。
「グギィグギャギャッ!!」
即死した仲間を見て激高したのか、今度は棍棒片手に後ろの二体も雄叫びを上げてこちらに向けて走ってくる。
俺はそれを冷静に観察しながら待機してある七本の氷槍を、二体の緑小鬼へ向けて一つずつ発射していく。
一本目は真っ直ぐ飛んでいき、緑小鬼の左腕を奪うと倒れる。
それを見て調子に乗ってしまい、二本目と三本目は左右へと外してしまう。
四本目はもう一体の奴の右肩を貫通し、激痛に呻きながら棍棒を落とす。
五本目は左腕がちぎれた緑小鬼の胴を貫き地面に縫い付ける。
最後の二本はとどめとばかりに両方の頭を貫くと、後には緑小鬼の死体と幾分か千切れた血肉だけが残った。
「ふぅ、やっぱり精神的に疲れるな……。それにしても魔力消費量は四百近くか。全体量の約三分の一だから、多いのか少ないのか微妙なところだな」
ステータスを見ながら戦闘を振り返りつつ、緑小鬼達から魔石を剥ぎ取り終わると周りを見渡した。
自分を中心に辺り一面は血まみれで、すごい血臭が漂っている。
それに、緑小鬼の胸が裂かれた死体が三つあり、脳漿がこぼれているグロテスクなものもある。
こんな光景はスプラッタでホラーな、ゲームか映画でしか見ないようなそんな状態だ。
ずっと見ていると、流石の俺も気持ちが悪くなりそうだ。
早くここから離れようと考えていると、ふと思い出したことがある。
確か『冒険者の全て』と言う本を読んだとき、「魔物の死体は出来る限り燃やすこと」と書いてあったような気がする。
あれ? じゃあ、さっきの緑小鬼の死骸、二つともそのまま処理してない……やばっ、忘れてた!
あちゃ~と頭を抱えながら後悔が押し寄せてくるが、やってしまったものは仕方が無い。とりあえず今回は諦めよう!
そうして緑小鬼との戦闘の時よりも素早く気持ちを切り替えていると、火魔法の【円烈火】で一度に広範囲を焼いていく。
ちゃんと周りの生木まで燃やさない様に注意しながら、ついでに丁寧に浄化していくような感情も籠める。
ボアァアアアアッ!!
何となく最初の赤い炎から、オレンジがかった炎に変わったような気がしないでもないが、気にせずに燃やされていく緑小鬼を見つめる。
こんなことを言うのは殺された人間に失礼かもしれないが、この光景を見ていると葬式場での火葬を彷彿とさせた。
俺が初めて「骨上げ」を行ったのはいつだっただろうか。
忘れてしまったがあの時の、遺骨を掴む右腕が震えていたのだけはよく覚えている。
火葬の後に灰となって残った燃えカスと、嗅いだことのない奇妙な匂い、そしてひび割れた幾つもの遺骨の欠片。
そんな数年前の感傷に浸っていると、そろそろ炎が燃え尽きていきそうだ。
緑小鬼達も原形を留めずに灰と化してきている。
それを見終わる頃にはユートは先程の感傷を捨てて、一瞬だけ感情を感じさせない冷徹な表情が垣間見えた。




