第25話 結局のところ
あの呪いを引き起こした本人(本狼?)に名前が無かったので“オボロ”と名付けた後、俺はさっさと現実世界に戻ってきた。
思った通り、強く意識して念じることで帰ってこれるようだ。
多分だがあの世界はいわゆる『精神世界』と言われるような場所なんだろう。
だから実体がないあの狼――オボロと会話をすることが出来たんだと思う。
まあ今はそんなことは置いといて周りの二人、特にセシルが騒がしい。
何でもセシルが提案したことを俺が実践すると、突然立ったまま固まったような状態になったそうだ。
あわあわと慌てるセシルを宥めながらベイドルフがすぐに冷静さを取り戻すと、「何が起こるか分からないから触らないように現状維持。万が一倒れてきたら支える」という方針でじっと待ってくれていたようである。
それを聞いた俺は何かすごく申し訳ないように感じたが、ベイドルフは笑いながら「気にしないでいいのよ!」と言ってくれた。
セシルは特に何も言わなかったが、ホッとしているのを見て心配してくれたというのが伝わったので、それが少しだけ嬉しかった。
本人には絶対に言わないが。
二人にはいずれ何かでお返しをしようと思う。
それから俺は精神世界で起きたことのあらましを二人に説明すると、
「ふぅ~ん、そうなんだ」
「へぇ~、そうだったの」
と何とも素っ気ない反応をもらった。
「それでいいのか! もっと驚くところがあるだろうに! 」と思ったが、こちらとしても質問されても上手く答えられないのでこれでよかったのか、と一人納得した。
とりあえず話が一段落したので、新しく作ってもらった服に着替えることにする。
まあ残念ながら一つだけ着ることが出来ないので、どれか一つを選ばなければならないのだが。
結論から言うと服の上、つまり「カットソー」を選ぶことにした。それが一番デメリットが少ないと思ったからだ。ブーツやズボン、コートは機能性が高く防御力にも期待できる(服に防御力を求めた訳ではないのだが)。
だが、シャツだけはどれを選んでも変わらないだろう。
なら、戦闘をすることを前提に考えた場合にそれがいいのではないか、という考えに達した。
という訳で着替えを終えて試着室を出る。
「あら、かっこいいわね! 服によって印象が全然違うわ~。すっごく似合っているわよ!」
「そうね、まあ良いんじゃない? 今のあんたには勿体ないくらいだけど」
ベイドルフがいつもよりテンションが高いようだが、それ以外は普通だ。
反対にセシルはいつもと変わらずツンツンしている。
「うん、動きやすいし着心地も良いな。それに軽いし。これもこの服の効果なのか?」
服のおかげか今までよりも身軽に感じるし、身体も快適だ。
「そうよ、その服に使ってある素材のおかげで大体の気温には左右されないわ! 流石に溶岩近くや吹雪の中とかでは効果は発揮できないけれど、熱帯や少し寒いくらいならそれなりに快適に過ごせるはずよ!」
「へぇ~、それはすごいな」
「当然でしょ! なんてったって私とお父さんで作ったんだから!」
ドヤ顔をしながらセシルが少ない胸を張ると、貧弱さが強調されて残念さが浮かび上がる。
本人は気付いていない様子だが。
「そうだな、確かにすごいと思うぞ。流石だな」
「えっ! そ、そう?」
正直に褒められると思っていなかったセシルは、照れながら意外そうな声を上げる。
「ああ、こんな良い物を作るなんていい腕している」
元の世界にはない、異世界素材だからこそ作り出せるものがある。
だがそれを実物として作り出すことが出来る者は相応の技術を要求される。
様々な経験を積み重ねてようやく成し得ることがあるように、技術は一朝一夕で身に付くものではないだろう。
だからこそ俺はプロに対して一様に多大な敬意を持っている。
「う、うん。……ありが――」
「で、結局のところ、どっちが作ったんだ?」
「――なっ!? あんたねぇ……!」
セシルがプルプルと震えている一方、ベイドルフは苦笑いしながらユートの方を見ている。
「ん? どうした?」
「もう帰れバカーー!!」
そう言うとセシルは怒って、奥へと引っ込んでいった。
「ふふっ、想定通りの反応だな」
口に笑みを浮かべながら思わずそう呟く。
あまりにも予想通りでむしろ微笑ましくすら感じてしまう。
「もう……あの子をあんまりイジメないであげて。あれでも貴方を心配していたんだから。いくら気を遣わせない為にだからって…」
「困った子ね」とでも言うように苦笑い交じりでユートを見てくる。
「さあ、なんのことかな。それより、服も受け取ったことだし、俺は帰るとするよ」
「あっ、ちょっと待って。はい、これ」
ユートはそれ以上は何も言わずに店から出ていこうとするが、ベイドルフが突然ユートを呼び止めてペンダントを三つ手渡してくる。
「何これ?」
「忘れたの? わたしに細工で何か造って欲しいと言ったのは貴方じゃない」
「ああ、あの時の事か」と他人事のように思い出していると、渡されたペンダントの説明をしてくれる。
「はぁ、まあいいわ。このペンダントには『魔法効果上昇』と『運気微上昇』という能力がついているの。効果はその名の通りよ」
「へぇ~、それはありがたい効果だな。早速着けさせてもらうよ」
ユートは貰ったペンダントを首にかけながらベイドルフにそう言った。
丁寧にそしてシンプルに作られた銀色の狼をモチーフにしたペンダントは、動きを阻害せず首に少し余裕を残しながら存在感を放っている。
「うふふ、どうかしら?」
「ああ、こういうシンプルな物は嫌いじゃないよ。ありがとう」
「それは良かったわ」
ユートが感謝の言葉を口にすると、ベイドルフが嬉しそうに微笑んだ。
「じゃあ、セシルによろしく。あと、ペンダントありがとな!」
去り際に手を挙げて出て行くと、二日目の薬師見習いとしての修行にユートは向かった。
──☆──★──☆──
今、俺は大きさを最大にした釜の前で、ポーションを作らされている。
どうしてこんな目に遭っているのかというと、少しばかり長居し過ぎてしまったせいで店に着いた途端、婆さんから遅刻した罰として作らされているのである。
「というか時間なんて聞いてないんだが……」
「ん? 何か言ったかの?」
「(地獄耳め……)いや、なんでも無い。そう言えば、あとどれくらい作ればいいんだ?」
「ふむ、そうだのう。今の数十倍ほど、と言ったところじゃな」
「はあっ!? 今の数十倍ほどって……現状でも千本以上あるって言うのにまだ必要なのか?」
数で言えば大体、数万本ってとこか…。
一体何に使うつもりなんだよ、と呆れながらため息をつく。
「うむ。だから諦めて口より身体を動かすのじゃ。まあ、一種の行事みたいなものじゃな」
「行事って……まあいいか。それより下級回復薬より上の中級回復薬はどうすれば作れるようになるんだ?」
世間話ついでに婆さんに問いかける。
「作るだけなら上位の素材を使えば、簡単に作ることが出来るじゃろう。だが、そう言うことではないのじゃろう?」
「ああ、そうだ。どうやって作るのかちょっと気になってな」
現時点ではもう既に、下級回復薬を作る時に失敗する確率は、全くと言っていい程無くなっている。
これだけでも凄まじい成長速度だと言われたが、やはりどうしても自分を基準にしてしまうので、これが普通なんじゃないかとしか思えない。
「教えるのは全く構わんのじゃが、まずは自分で考えて試してみたことは無いのかのう?」
「あるにはあるんだが失敗したら素材がもったいないし、それに依頼中に好き勝手する訳にはいかないだろう?」
何で当たり前なことを聞いてくるんだ? とでも言うようにユートは訝しげな目をする。
「変なところで小市民染みている奴じゃのう……。それより素材は山ほどあるから好きに使うのじゃ。スキルアップには経験あるのみじゃからな。無論、無駄遣いすることは許さんがな」
どっちなんだよと思ったが、婆さんなりの冗談なんだろう。
まあ、無駄にするつもりなんて毛頭ないしな。
「そりゃ勿論、婆さんに感謝しながら一つ一つ使わせてもらうさ」
「ほっほ。そうか、そうか。まあ努力あるのみ、じゃよ」
出来の悪い子供に言い聞かせるように、そう微笑みながら婆さんは言った。
――それから残りの数日間、俺は朝から晩まで同じように回復薬を作り続ける日々を送った。
その間では中級回復薬の試行錯誤や婆さんから魔法薬学の本を借りて勉強に勤しんだり、他の薬の作り方について調べたり、昼の空いた時間に魔法や剣の練習をし、レイラから噂や伝承について教えてもらったりとそんな平和な日々が過ぎて行った。
そして最終日にはついに――――
「……よし、これで完成したぞ!!」
「すごいわ! ユート君!」
「ほっほっほ、上出来じゃ」
ユートが珍しく大きな声を上げ、レイラが一緒に大喜びをし、婆さんが弟子の成長を見守るように笑みを深めた。
「まさか、たったの一週間で“上級”まで作れるようになるとは……思いもよらなかったのう」
「うん、一週間で上級まで出来た人なんて歴史上でもほとんどいないと思うよ!」
「ははっ…、ま、まあ、俺も頑張ったってことだよ」
何故かユートは先程の機嫌の良さとは裏腹に、あまり喜んでいるようには見えない。
それは――
「――でも、ちいとばかし方法が違うようじゃが。のう、ユートよ?」
「えっ、ホントなの!?」
レイラが驚きながら俺に視線を向けるので、それに肯定するように首を縦に頷く。
そうなのだ。婆さんが言うように確かに上級回復薬を作ることが出来た。
だが……それは全てを技術のみで作ったという訳ではない。
ある特殊な方法で上級回復薬に達することが出来たのだ。
婆さんが言うにはたった一週間で中級回復薬を作れるようになるだけでもすごい事だと言われたが、あまり実感が沸かず、それになんだか負けた様な気がした。
その為なにが何でも予想を超えてやる! という意気込みの元、数日間不断の努力を重ねた結果、上級に到達することが出来た。
と言っても、本物の上級回復薬よりは効果は落ちているが。
「はぁー、やっぱりバレるよなあ……」
「そりゃあお主、分かるに決まっておろうに。大方、中級回復薬に魔法でも付与したのじゃろう。魔法で言えば、神聖魔法、かのう」
婆さんは見ていたかのように全てを言い当ててきた。
「ああ、その通りだ。ついでに言えば、工程の一つ一つに神聖魔法を使ったから基本的な効能は上昇してるし、劣化も普通よりかはゆっくりになっているはずだ」
鑑定でその違いを調べてみればよく分かる。
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上級回復薬:中級薬師ユート・ヘイズがレスト草から一つ一つの工程に神聖魔法を掛けることにより、中級回復薬から上級回復薬へと効能が上がった。その為、劣化も遅くなっている。回復量は800程。薄っすらと若草色のポーションになっている。味はまあまあ。
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これが俺が今現在作ることの出来る、最高の回復薬だ。
そして、婆さんが作った前のポーションと比較してみると……。
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上級回復薬:魔女アナトマ・ウィルドレアがレスト草からただ技術のみで作成したポーション。回復量は1200を優に超える。透き通った若草色のポーションが特徴である。美味しい。
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ご覧の通り、まだまだ先は遠いということがよく分かる力量差だ。
しかもこれをただ技術のみで作り上げたのだから、本当に末恐ろしいと感じる。
作ってみて初めて理解出来るこの難しさ。
水の量に湿度と温度管理、薬草の切り方、大きさ、回す力加減、時間。
これらを一度に全てこなさなければならないのだ。
一つミスをしただけでマイナスとなり、効能はグンと下がる。
並大抵の作成回数ではこの境地にまで到達することは厳しいと言わざるを得ないだろう。
それと多分だがこの数値は、ここまでが薬草から引き出せる効能の限界なんだと思う。
それを軽々とやってのける婆さんは途轍もない技量を持っているのだと脱帽した。
結果的にやはり俺はまだまだ未熟だということがよく分かっただけだった。
安易に簡単な方法を選んでもロクなことにならないということか。
「ふぅー……やっぱりまだまだダメだな」
「何を言っておるか、この馬鹿者め」
「えっ?」




