第2話 異世界への誘い
森の木々から射し込む木漏れ日の中で、一人スヤスヤと眠っている青年がいた。
着の身着のままのような格好で眠る彼は、無防備に寝顔を晒している。
暖かい日の光を浴びながら、その青年は何かに違和感を感じたのか、身じろぎをしながら目を覚ました。
「何だか眩しいな……ってここ、どこ……?」
そこは一見、何の変哲もないような森の中だった。
葉の上にのった雫が光を乱反射して、美しい絵画でも見ているような、森の中だと忘れさせるような神秘的な光景が目の前に広がっていた。
「って、そうじゃなくて」
その光景に茫然としていた青年は森の中で目が覚めたようだ。
暖かい日の光は木漏れ日であり、起きた時の違和感は顔に張り付く枯れ葉だったのだ。
「えぇ……何で俺は、『目が覚めたら、そこは森の中だった』みたいな状態になってんの?」
驚くのも無理もないだろう。
目が覚めたらいきなり森の中にいるなど誰が想像できるだろうか?
いつもと同じように冷静に対応することが出来る人がいるのなら、その人は日々を森の中で過ごしている人か、“そういう世界"を見慣れている人だろう。もしくは変人か。
ひとまず深呼吸してから、俺は周囲を見渡した。
「ふぅー……とりあえず、まあ、落ち着け、俺よ」
自身に暗示でも掛けるようにしながら一息吐くと、普段通りに思考を回転させていく。
とりあえず寝転がった体勢から立ち上がり、そばにあった木の根に腰かけた。
そして今までのどんな苦難よりもこの場所、この現状、この状況を打破しようと様々な知識を駆使して予測し、想像しながら、考えられるありとあらゆる可能性を導き出していく。
「――うーん、いくつか考えられることがあるけど、一つ目は拉致られた。まあ、真っ先に思い付く辺りがアレだが……。
二つ目は、まさかの「ドッキリ!」だが、俺はそんなことをされるような奴じゃないし、そもそもここまでするか、普通?
三つ目は、異世界。荒唐無稽だが、否定できる要素がない。残念ながら、俺は木を見ただけじゃ、『この木はこれこれこういうものだ』などと分かるはすもない」
(大体なんで小説の主人公は、樹の種類に詳しいんだよ……樵かっての)
青年は背に預けた幹に触れながらぶつくさと文句を口にする。
「……思考が逸れてしまったが、まあいい。
四つ目が、夢を見ている。だけど、こんなにも鮮明で、思考が出来るような夢なんか人生で一度たりとも見たことはないんだが……」
木ばかりの周囲を眺めながら情報を整理していく。
「まだまだ可能性は考えられそうだな……。例えば、何らかの災害があって未来や過去に来たとか、死後の世界、神隠しにあってどこかの森に来たとか、色々有り得そうだけど、一先ず置いとおくとして」
「2と4は危険性がないから除外するとして、問題なのが1と3だな……」
地面に数字を書いていき、2のドッキリと4の夢にバツをし、1の拉致と3の異世界に丸を書き思考する。
「1の場合、誰か見張りとかカメラがないとおかしいし、そもそも運ばれる途中でいくらなんでも気付くだろう。それに、今も声を出しているのに誰もいる様子が無いから、これも除外してっと」
1にもバツを付ける。そして残った3を嫌な目をしながら見る。
「最後が3の異世界かー……。まあ、まだ他にも可能性があるかもしれないが、これ以上は考えても詮無いことだし」
パンッ!と膝を叩き、決意を固める。
「とりあえず異世界だと、仮定して動いていこうか。違っていたら笑い話だが、もしその万が一が当たっていたら洒落にならないしな……。一応慎重に行動して冒険してみようかね!」
悠星に話をして笑い転げられる姿を幻視し頭を悩ませる。だけど、流石に命の方が大事なので、馬鹿馬鹿しいことだが“そういう”前提を置いて行動しよう。
それにこんな非日常を味わえるからか、心臓の鼓動が未知への興奮を伝えてくる。
「さーてと! 色々考えることはやめにして、仮に異世界だとしたら、数か月前に悠星に読まされたライトノベルの”アレ”があるかもしれないが……誰もいないことだし」
恥ずかしいが、そういう前提で進もうと決めたばかりだ。
誰に言うでもなく優人は意味もなく左右を確認すると、右手を前にかざし、心の中で“とある言葉”をそっと唱えた。
すると突然、頭でカチッというピースがハマるような音がすると、目の前に半透明のホログラムのようなものが出現した。
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名前:霞野 優人
年齢:17
性別:♂
種族:人族
称号:異世界転移者・読書家・哲学者
Lv:1
HP:260/260
MP:1026/1026
筋力:100
体力:116
耐久:280
敏捷:143
魔力:100
知力:257
スキル
高速思考Lv3
算術Lv5
速読術Lv2
ユニークスキル
鑑定Lv1
言語術
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「おおおっ!? ビックリした……。まさか本当にあるのか……ちょっと感動したな」
そんな彼――霞野優人の姿はおもちゃをもらった子供のように震えていた。
優人はホログラムのように透けて見える“それ”を横から見たり、下から覗こうとしたが、どうやら見ている視点――主観によって左右されているらしく、どれだけ顔を早く振っても、一歩を遅れることなくついてきた。
「ふぅ、いやいや、落ちつけ俺。まだ、超科学とかドッキリの可能性が無くなった訳じゃないんだ。とりあえず、この妙に目に付く、か、鑑定? とかいうスキルが気になるな……」
【鑑定】と書かれた文字を押そうとしてみるが、すり抜けてしまう。すり抜けない様に長押ししてみたり、撫でてみるがこれも反応なし。
「この鑑定って何なんだ!?」
イラっとして空に向って叫ぶと、直接脳へと情報が流れ込んでくるのを感じた。
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名前:その者を示す言葉。
年齢:誕生してから現在まで生きてきた時間。
性別:♂、♀、無性、両性、その他が存在する。
種族:同一の種類に属する生物。
称号:呼び名。一定の領域まで辿り着いた者。また、一定数の者に呼ばれることで付加される。
Lv:位階。
HP:生命力。ゼロになると死ぬ。
MP:魔力量。ゼロになると魔力枯渇になり気絶する。
筋力:攻撃力に加算される。高いほど肉体の性能を引き出せる。
体力:持久力に加算される。高いほど肉体の性能を引き出せる。
耐久:防御力に加算される。高いほど持ちこたえられる。
敏捷:移動時に加算される。高いほど動作の精度を上げる。
魔力:精神力の器。高いほど魔法攻撃力が上がる。
知力:知識の量に左右される。魔法のイメージ、精密性などに補正される。
スキル:一説には無限にあるとされている。どのような定義で得られるかは、未だ誰にも分かっていない。
高速思考:速く思考することができる。
算術:計算能力が高くなる。
速読術:本を早く読める。
ユニークスキル:特異なスキル。誰にでも得られる可能性を持つが、運や実力、称号からなど様々な要因がある。
鑑定:様々な物を調べて知ることができる。
言語術:様々な言語を読み書き、会話をすることができる。これは、自分の一番得意とする言語に翻訳される。
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「は? んん? なる、ほど?」
一瞬、何が起きたのか分からなかったが、おそらくスキルとやらが発動したようだ。
おそらく、音声入力ではないだろうが、それに近いものが鍵となったのだろう。原理は不明だ。
とりあえず、鑑定結果を自分なりに脳内で咀嚼、理解しながら整理していく。
(どうやら、この鑑定というスキルには物の知識を得る能力があるみたいだな。ステータスと合わせて使わなければならないのかは分からないが今は置いておくか。
名前から性別は分かる。種族も多数いることはここから何となく読み取れるが、Lvが「位階」だけだとよくわからんな。どういう風に作用するのかもう少し情報がほしいところだが……考えていても仕方がない。いずれ調べるリストにでも入れておこう。
HP、MPもゲーム知識から何となく理解できる。特に魔力枯渇なんかは文字通りなのだろうから、魔力は考えて使っていかなければならないだろう。魔力がどういうものかは知らんけど。
筋力から知力まではこれもそのままだろうし。なんだかゲームみたいというかなんというか。まあ、分かりやすくてよかったかな?
スキルとやらは5つしかないが、多いのか少ないのか、今はまだなんとも言えん。いや、これから増える可能性を鑑みて、気にしないようにしよう。
ユニークスキルとやらもまだ情報が足りないから、人に会うことがあったら調べるか聞いてみよう。
そういえば、まだ3つの称号とやらは鑑定できてなかったな。これにも効くかどうか分からんが、やってみるか)
優人は早速、実践するためにスキル【高速思考】というのを使ってみながら称号へと視線を向けて【鑑定】を使ってみた。
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異世界転移者:異世界から転移して来た者。次元を越えて来た者に与えられる称号。MPに補正有り。【鑑定】を取得する。
読書家:本を沢山読む者に与えられる称号。【速読術】を取得する。
哲学者:考え続ける者に与えられる称号。思考系、言語系スキルの取得に補正有り。
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「なるほど……もしかして、己の経験や体験がこの世界ではスキルとして現れるのか? 現に、元の世界の経験がスキルとして実っているような気もするが……」
(無論、この推測が正しいかどうかは今のところ神のみぞ知るって言ったところか)
思い浮かべるよりも早く言葉として外に吐き出しながら、考察を進めていく。
こうすることで情報が整理しやすくなると本で読んだ。
「だが、都合良く【言語術】や【鑑定】とかいうユニークスキルがあるのはどうしてなのか? 地球での【喋る】という経験がスキルとして現れたのか? だとしたら、意外と早く他のスキルが得られるかもしれないな」
一人で喋りながら、優人はスキルやステータスに対して一応の結論をつける。
「ふぅ、ざっとこんなものか。あと、自分の手持ちはっと……金属製のバングル、黒のパーカーにTシャツ、グレーのスウェット、市販の運動靴か」
(着替えたはずなのに、何で靴があるのかよくわからんが、まあいいや。これも異世界転移(?)の弊害の一つなのか?)
物の確認をしつつ、絶えず思考を続けていく。
自己確認のはずが途中から思考がズレてはいるものの、一応の確認は終わったところで、周りを鑑定するためにとりあえず木の根から立ち上がった優人は、体を動かしながら座っていた木を鑑定してみる。すると――
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樫の樹:硬いので建築材として使われる
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「お、おう。まさかの樫の木か」
異世界にも樫の樹があることに驚きながら、とりあえず周りの木も一通り鑑定してみると、眠っていた周囲の樹は樫の樹だらけだった。
「何で樫の樹ばっかなんだよ! 食べ物寄越せ!」
そんなことを騒いでいるとき、ふと木の陰に赤い点が斑についている紅白キノコを見つけた。
「なんだこれ?」
と言いながらも、掴む前に鑑定してみる。
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紅白キノコ:生で食べると、微弱な毒にかかる。毒は解毒しない限り、半日程腹痛になり続ける程度。
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「うーわ……名前そのまんまじゃん。しかも、見た目と違ってたち悪いし……。何だよこの半日腹痛って。意外と辛いよ? 半日続くのって」
優人はキノコに対して引き気味になりながらそんなことを呟いた。
「しかし、『生で食べると』って書いてあるし、焼いたら食べられるのか? 摩擦で火を起こしたことなんてないけど、とりあえず採っておいて後で試してみるか」
そうと決まれば優人は、ささっと紅白キノコを採って周りを散策していくことにした。
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「ふぅー、結構集まったな」
優人は汗を拭いながら、川の近くに沢山の食料を置いた。
「いやー、意外と時間がかかっちまったな」
優人は森の中を慎重に歩いていたせいもあって、二時間もかかってしまっていた。
まあそりゃ、あの目覚めた場所を起点に前後左右斜めに、一定距離を歩いたら起点に戻り、反対側に一定距離を歩いたらまた戻り、と繰り返していたらいくらか素材は集まったものの、時間がかかりすぎてしまった。
俺も途中から、これやめようかなーとか思っていたんだが、何となく負けたような気がして止めるに止められなかった。
そのせいもあってか――おかげとも言うが――いくらか食材が集まったのだが、生き物らしき生物に一切会う事は無かった。
普通に考えたら運が良いで終わるのだが、何となく嫌な予感がしてならない。
人はこれをフラグというのだったな、などと他人事の様に振る舞う。
「コレクター魂に火がついて、使えそうなもの片っ端から採ってきたけど、ちょっとは遠慮した方がよかったかなぁ……」
そんなことを考えながら優人は、集めてきた物をもう一度見返した。
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癒し草:そのままだと少量回復する。
ドクダミ草:そのままだと、あまり効果がない。毒を中和する効果がある。
魔力草:ある草に魔力が溜まって変化した薬草。そのままだと、少量MPを回復する。
マイタケ:キノコの一種。食べられる。
ドクテングダケ:見た目は紫色の毒々しいキノコ。食べると腹痛、嘔吐、下痢などの症状にかかる。毒キノコ。
シビレダケ:見た目は黄色の斑点があるキノコ。生で食べると痺れる。毒は解毒しない限り、ランダムで体の一部や、五感が1時間程麻痺する。注意が必要。
マジカルキノコ:幻覚作用がある。毒は解毒しない限り、酩酊、幻覚、中毒症状などが1時間程続く。注意が必要。
ニオイダケ:傷が付くと強烈な臭い匂いがする。匂いは半日立たないと消えないので、注意が必要。
バクレツダケ:傷が付くと爆発はしないが、強い風圧が全方位に襲ってくるので、動物は近づかない。注意が必要。
メイサイダケ:視認しづらい、迷彩色のキノコ。生で食べると視界が迷彩色になる反面、一時的に気配が薄くなる効果があるかも?これを見つけられたら、あなたは二流キノコハンターの証。
ギンイロダケ:珍しい銀色のキノコ。金属のように固いため生では食べられないが、焼くとキノコから旨味が溢れだしてくる。その界隈では珍味として知られている。
オウゴンダケ:珍しい黄金色のキノコ。食べると全ステータスが永久的に増える効果があり、運が良くなる。これを見つけられたら、あなたは一流キノコハンターの証。
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「まったく、異世界っていうのは変なものしかないが、素人目に見て意外と採れたと思うんだがな」
そう優人は言ったが、内訳を見てみると、
紅白キノコ×5 癒し草×23
ドクダミ草×18 魔力草×13
マイタケ×15 ドクテングダケ×6
シビレダケ×8 マジカルキノコ×12
ニオイダケ×7 バクレツダケ×5
メイサイダケ×3 ギンイロダケ×1
オウゴンダケ×1
だった。
「と言うか我ながら採りすぎたな……」
優人は計100個近く集めた食材を見ながら、自分自身のしたことを振り返って、我が事ながら呆れた。
「とりあえず、袋代わりにパーカーを使っていたが、途中から気づけばよかったな。それに変なものばかりあるし、オウゴンダケとか言うレアそうなものまで採取する始末だ」
「意外と俺にはこういう生活の方が性に合っているのかもな」などと調子に乗りながら、それよりも次のことに意識が向いていた。
「キノコはいくらなんでも生では食べたくないし、ちょうど食料探しの時に運よく川を見つけられたから、魔法でも試してみるか!」