第15話 図書室で
ギルドマスターであるゲオルグの部屋を出た俺達は、ギルドの中にある医務室へと向かっていた。
医務室は一階の左奥にあり、治療するには金が掛かるらしい。昔はタダでやっていたらしいが、擦り傷や喧嘩して傷を治療してもらう馬鹿が多かったり、住民が馬鹿なことをやって治してもらいにきたりと余計な仕事が増えたからだという。
それに個人で経営している治療院や神殿などからクレームがあって、「治療するのは冒険者のみで、その場合は怪我の大きさによっていくらかの金を払ってもらう」というルールが出来たそうだ。
無論緊急時の場合はまた別だが。
ついでにこの場合の治療院は回復魔法だけでなく、現代医学レベルではないが薬草や応急措置などの魔法を使わない治療方法も実践しているという。
神殿ではお金を払うのではなく、喜捨と言葉を変えてその対価に治してくれる。だが辺境なんかでは学のない平民に多額の金銭を要求して、中途半端に治し、また金銭を要求して、の繰り返しをする悪徳神父やヤブ医者がいるそうだ。
こういうやつらは一度痛い目にあっても治らないから質が悪い。
だが、今回は町の人たちを助けるために助力したため、特例として無料で治療してくれたらしい。ゲオルグも良いことをする。流石はギルドマスターだなと感心した。
そんなことをいつも通りアルジェルフから教えてもらっていると医務室についた。
「どうぞ~」
「失礼する」
ノックすると中から間の抜けた了解の声があり、アルジェルフが先に奥へと入っていく。顔には出てないが結構心配なんだろう。
中は病室みたいだった。部屋の中は壁は白、床は茶色の特徴的なタイルが磨き抜かれており、壁には薬や包帯と思しきものが棚に飾られていた。
ベッドは八つ程、横に等間隔に並べてあり、右奥には緊急時に使うのだろうものが雑多にあった。
「もう大丈夫か?」
アルジェルフが声のトーンを落として心配そうにオルガに聞いた。
「ああ、何とかな。それとユート――」
「どうした? どこか悪いのか?」
「いや、あの……助けてくれてありがとね」
「俺だけが助けた訳じゃないけど……まあ礼は受け取っておくよ」
俺だけじゃあの斧男は倒せなかっただろうし、神聖魔法もろくに役に立たなかったからな。
それに俺があそこに行こうと言わなければ、オルガが怪我を負わずに済んだのだ。
これは俺の無知さゆえの過ちだ。
俺はそれをしっかりと心に刻みつけなければならない。
「それでも助かったのは事実だからな。あたしが言いたかったから言っただけだ」
「そうか。……それで貴女は?」
オルガの隣で看病していると思われる女性がいた。しかも俺達が話終わるまでずっとニコニコしていたから気になっていたのだ。
「私はギルド員の一人で名前はミルテシア・リオーネ。ミーシャと呼んでちょうだい。でも、ふふっ青春してるわね!」
「いや、そんなんじゃないんですけど……」
ミルテシアと名乗った女は胸を強調するように腕を組み、こちらをからかうように見上げた来た。イスに座って見上げる形なので、その大きな胸が目に入ってしまう。
本人はそれをニヤニヤしてまた見てくるので質が悪い。一応俺も男だが、いちいちそんなので反応するほど初ではないのに。
「ふふん。どうしたのかしら?」
「いや、別に……。それよりオルガはどれくらいで復帰できるんだ?」
(うまい具合に話を反らしちゃって……かわいいわね)
そんなことは知らないとばかりに、お互いに心の中で言い合っていた。
「そうね、ざっと5日は安静にしているべきね。歩くくらいなら何も問題ないけれど、走ったり剣を振ることはやめた方がいいわ。そう思わない、オルガさん?」
「おいおい。まさか、今言ったことをオルガはしていたというのか?」
「オルガ……」
「い、いや、朝起きてちょっと暇だったから剣を振ってただけだぞ!」
俺だけじゃなくアルジェルフも呆れてしまった。
怪我をしたから安静にするべきなのに、どんだけ堪え性がないんだよ。
しかも朝から剣振ってるとか……。オルガのことを心のメモ帳に「脳みそ筋肉な残念美人」とでも付け加えておこう。
「まあそんなわけで、朝からそれを見た私は実力行使でこのベッドに縛り付けているわけよ」
剣士のオルガを押さえ込むって、相当力の差がなきゃできない芸当だと思うが……聞くのは地雷なのだろうか。
「そうか。まあ元気なのが分かったからよかった。じゃあ俺は邪魔だろうから先に帰るよ」
オルガが元気なことが分かったので、俺がここにいれば邪魔をするだけだ。
「俺はもう少しここにいるつもりだが、ユートはどうするんだ?」
「前から考えていた本を読もうと思う。どうせ三日くらい暇だからな」
「分かった。本はギルドの三階にあるから、そこで読むと良い」
「おう、ありがとな」
これでアルジェルフに、毎回説明を頼まなくて済むかもしれないからな。やはり本は読むべきだろう。
それに本は先代達の知恵の宝庫でもある。地球のように大量に本がある環境だと、そんなことは思わないかもしれないが、異世界なら俺にとっては財宝以上に価値があるしな!
「ふふっもう行っちゃうのね。またおいで」
……微笑みながら言ってくるミルテシアを見ると、何かあるのではと勘繰ってしまうから疲れる。
でもその笑顔を見た大半の奴は彼女の虜になるのだと悟り、哀れに思った。
「……ああ、じゃあまたな」
少しぶっきらぼうになりながら、医務室を出ていった。
──☆──★──☆──
三階まで自分の足音とギルドの喧騒をBGMにしながら、上がってきた。そういえば、異世界に来た最初の森以外ほとんど周りに誰かがいてくれたが、一人になるとやはり静かで心地良いなと思うあたり、我ながら孤高すぎではないだろうか。
ちょっとカッコつけ過ぎかなと考えていると、目的地についたようだ。
扉を開けると、すぐ左の扉沿いに眼鏡をかけた雰囲気ピッタリの女性司書さんがいた。
中を見渡すと大きな本棚が壁に沿うようにあって、横一列が縦に8列ほど並べられる大きな本棚だった。
奥にも幾つか本棚があるようだが、真ん中にぽつんと八人掛けのシンプルなテーブルが置かれていた。
俺がこの部屋を観察していると、横から声が掛かった。
「本を読みに来たんですか?」
「――はい、この世界の常識とか魔法、スキルについて知りたいんですが」
眼鏡をかけた司書さんの、小さいけれど何故かよく透き通る声を聞いて眉が上がったものの間断なく質問に答えた。
「なるほど……遊びに来られたのでは無いのですね。では使用料として銀貨一枚、と言うところですが、まずはギルドガードを出してください」
意外とこの人はノリが良いのかもしれない、と思ったが口に出さず言われた通りギルドカードを渡した。
すると、何かの機械にカードを通して俺の方に向いた。
「少し時間があるのでこの部屋の使い方について説明します。
まずギルド員は一般の方とは違い、お金は支払わなくて結構です。ただし、部屋の内部の物を破損もしくは損壊等をした場合は罰金としてお金を徴収させていただきます。
次にこの部屋の物には『状態保持』と『破壊不可』、『重力軽減』という魔法が掛けられています。ですが軽いレベルの魔法なので、本気で壊そうとしなければ大抵は大丈夫ですが、丁寧に扱ってください。
また、それらの魔法付与が掛けられている物や本などを奪おうとした場合は、問答無用で捕まえますのでやめてください。
最後に飲食等は禁止で、静かにこの部屋をつかってください。
説明は以上です」
司書さんはこれらの説明を淡々と無表情でしてくれた。
お金を払わなくて良いのは、元の世界の図書館のようだが、逆を言えば、重要な内容や研究資料はないという証明でもある。
そして内容はほぼ当たり前の禁則事項ばかりだが、一つだけ気になったことがあった。
「えっと、“魔法付与”ってなんですか?」
「魔法付与とは、【付与魔法】によって使われた魔法の総称です。人にすれば強化に、物にすれば特性が付き、道具にすれば扱いやすくなる。そういうものを魔法付与と言うんです。
今回説明した『状態保持』と『破壊不可』、『重力軽減』は高度な魔法ですので無闇に破ろうとしないために勧告として言ったんですよ」
「なるほど。でも『破壊不可』みたいな凄そうな魔法、破ることなんて出来るんですか?」
「魔法は完全な物ではありませんから、破ることは出来ますよ。それに魔法には階級が存在しますので、この部屋にある付与は高度であっても、最高レベルの付与ではありませんから。
でもまあそんなことができる人は、いちいちそんな無駄なことはしませんけどね。」
俺の疑問にも優しく答えてくれた司書さんは最後に微笑んでくれたが、でもすぐに無表情になってしまった。
「答えてくれてありがとうございます。それとさっき言った本の場所を教えてくれるとありがたいんですけど……」
のんびりと本を探すのも良いけれど、出来れば早く知識を吸収したいので探す時間すら惜しい。
「わかりました。少しお待ちください。それと先にカードを返します」
そう言ってギルドカードを返された俺は言われた通り待っていると、どうしてか司書さんはテキパキと本を集めてくれていた。
俺は本の場所を教えてほしいと言ったんだけど……。そんなことを思ったが、厚意を受けとるためありがたく待つことにした。
「あなたが読みたいと思うだろう本を集めました。ここに置いておくのでご自由にお読みください。それと片付けはこちらでやりますので、そのままで結構です」
司書さんは一息にそう言うと、音を出さず大きなテーブルにスッと本を静かに置いた。本は数冊ほどで、午前中には読み終わりそうだ。
「丁寧にありがとうございます。それじゃあせっかく本を集めてくれたので読ませてもらいます」
「ごゆっくりどうぞ」
俺は司書さんに礼を言うと、本の置かれたテーブルの前に座って、重ねられた本の一番上から一冊取って表紙を見た。
(えーっと何々? 『七柱の神々の伝説』?)
少し触っただけでボロボロになってしまいそうなくらい薄汚れた絵本で、その表紙の題名をスキル【言語術】がギリギリ読み取った。すごい便利な能力だ。ついでに著者は書いてなかった。
中を開いて文字を読んでみる。
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―――むかしむかし、遥か昔。この世界が生まれる前のお話。
ある日突然、何もない無の空間から生まれた七柱の神々は、初めから少しの知識と権能、そして人格を有していました。
彼らは生まれながらに刻まれていた知識から、自分達で世界を創らなければならないことを知っていました。
なので彼ら七柱の神々は、力を会わせて世界を創造することにしました。
――一柱、炎を司る神フラシュヴァラム――
生と死、破壊と創造、力、変革、憤怒の象徴。
――一柱、水を司る神アクアーシュ――
流動、恵み、再生、沈静、知恵、嫉妬の象徴。
――一柱、風を司る神ヴェンテミトゥス――
知識、秩序、想像、変化、自由、強欲の象徴。
――一柱、大地を司る神ウルカテラ――
守護、誕生、生命、歓喜、繁栄、暴食の象徴。
――一柱、光を司る神ルクトゥナス――
勇気、希望、奇跡、浄化、調和、傲慢の象徴。
――一柱、闇を司る神ネブラニエル――
支配、絶望、苦悩、侵食、孤高、色欲の象徴。
――一柱、無を司る神ヴァハルタス――
終焉、混沌、虚無、真理、神秘、怠惰の象徴。
彼らは太陽を、月を、大地を、海を、木々を、魔物を、動物を、そして人間を創り出しました。
それから何万年、何億年もの長きに渡り、“神界”と呼ばれる神々が御座す場所で人々を見守り続けている時、神聖不可侵な場所である神界に突如黒い霧を纏い、現れた存在がいました。
その者は自らの名を“呪神デボテカティトル”と名乗り、この世界に絶望と死を撒き散らす事を宣言すると、七柱の神々が創り出した世界へと降りていきました。
だが、七柱の神々はそうはさせまいと、下界の人々に加護と知恵、そして聖なる武具を与えて邪なる者達を倒すことを使命としました。彼ら聖なる武具を持ちし勇気ある者達を神と人は『勇者』と呼び、褒め称え、人類の希望としたのです。
彼らは幾多の困難に見舞われようと、諦めず、挫けずに何度でも立ち向かっていきました。
そしてついに目の前まで呪神を追い詰め、倒すことに成功した勇者達は神々と共に封印を施しました。
こうして呪神との戦いは終わり、平和になりましたとさ。
めでたし、めでたし。
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パタンと本を閉じてテーブルに置くと、優人は顔をあげて黙考していた。
(この世界に七柱の神々とやらが存在することが分かったな。まあ、呪神とかいうのも合わせれば八柱になるわけだが……。
俺がこの世界に喚ばれた理由の一端が分かるかなと思ってたが、そう簡単には分かりそうもないか。もしかして封印した呪神を倒せとか言わないだろうしな。まさか、な……)
自分でそう考えながら、嫌な事を頭に浮かべてしまったと思い、打ち消すように頭を横に振った。
だが、神の存在を確認出来たことは一番の収穫だった。
「これからの目標は神と会うことだな」と他の人間が知れば嘲笑されること間違い無しなことを優人は心に決めた。
当然のことながら、本人とて、そんな簡単に会えるとは微塵にも思っていないのだが。




