第13話 呪いと瘴気
レイグの店を出てから早20分ばかり、今日は歩いてばかりだなぁと思いながら道を歩くこの残念さ。
一応現代っ子だったので俺もさすがに疲れてきたが、そんな様子は見せずに黙々と歩いていると、詰所の入り口に到着した。
「ふぅ、これが最後のやるべきことだな。じゃあ中に入ってくるよ」
二人にそう告げると、優人は詰所に入っていく。
「すいませーん! ディナードさんはいらっしゃいますか?」
詰所の中に入ってそう言うと、奥から人が来た。
「どうしたんだ? ディナードさんに何か用か?」
「そうなんです。これを返しに来たんですけど」
そう言うと、優人は仮通行証を見せた。
「ああ、お前さんが隊長が言ってた仮通行証の持ち主か」
どうやら俺のことは他の衛兵さんに伝わっていたらしい。
しかも、ディナードさんは隊長だったようだ。
「それで、この仮通行証はどうすればいいんですか?」
「随分前に巡回していったから、もう帰ってくる頃だけど……」
すると、外から他の衛兵さんが大慌てで駆け込んできた。
「大変だ~! 街中で人が暴れているんだ!」
「なんだ? 女に振られてヤケにでもなったのか?」
奥で休んでいたのか、他の衛兵たちがゾロゾロと出て来て、その中の一人が冗談半分にそう言った。
「そうじゃない! 呪いの武器を持って乗っ取られているんだ! 今は隊長一人で押さえている状態だ!」
ふざけて笑い飛ばしていた他の衛兵達が即座に真面目になると、真剣な顔をして聞いている。
「なんだと! それを早く言え、馬鹿野郎! 直ぐに行くぞ!」
そう言って、みんな直ぐに着替えて出ていってしまった。俺たちは取り残されてしまったようだ。
「なあどうする、ユート?」
突然、オルガが俺に話し掛けてきた。
「ええっ!? 俺に聞くのか? いやまあ、ここまで付き合せてるから俺が決めるべきなのか?
そうだな……俺の目的はディナードさんだし、人手は多いに越したことはないから、俺達も手伝いに行くか? 回復とか支援なら役に立てるかも」
「だが、危険が高すぎるぞ。これは俺たちの仕事ではない」
俺の意見にアルジェルフが冷静に正論を言った。
「アルジェルフの意見は確かに正しいと思う。実際その通りだし、俺達が介入したら彼らの仕事を奪う事になる。だが、危険なのはどこにいても変わらないさ。その乗っ取られた奴がこっちに来るかもしれないしな。なら、全員で協力して取り押さえることが出来れば、安全は確保できる。
魔法が使える俺にオルガとアルジェルフの前衛二人がいれば、助けるとは行かなくても何か支援することはできるかもしれない。
それに巻き込まれた人がいるかもしれないし、その人の手当てや避難なんかは街に住む者として手伝うのは何らおかしくない」
「……わかった。だが、危なくなったらすぐに撤退するぞ」
「そりゃ勿論。死ぬつもりなんて毛頭ないしな。オルガもそれで大丈夫か?」
「あたしはなんでもいいさ。ただ、アルが言ったように、一番は命が優先だよ。ジャックから頼まれたし、無茶はしないどいてくれよ」
「ありがとう、オルガ。じゃあ、手助けしに行こう。と言ってももう終わってるかもしれないけどな」
(どうしてか、何故か行かなければならないような気がするんだよな……)
善意と言うより興味本意と何かに突き動かされるように、優人達は騒ぎがある場所まで走っていく。
──☆──★──☆──
走り続けること数分、街の中央の広場でディナードさんとさっき来たであろう、衛兵さん達が禍々しい斧を持った男相手に防戦一方だった。
「こりゃ、予想よりもヤバイな……」
近くで見ているだけで禍々しさが体にヒリヒリと伝い、四方八方に呪いを迸らせる斧を見ていると妙な懐かしさと憤怒、そして憎悪が体から沸き上がってきた。
優人はよく分からない感情に振り回されることなく、近くで倒れている人を介抱していく。
「なあ、どうする? あんなことを言ったが俺じゃ役に立たなそうだが……」
苦笑い気味で、オルガとアルジェルフにそう聞いた。
「あたしでも、数分持てば良い方だと思うけどね……さすがにアレはあたしじゃ気が重いな」
「逃げ回り続けるだけならまだしも、致命的な攻撃を与えることは俺も無理そうだ」
二人して自分じゃ出来ないと言ったのに、低レベルで戦闘経験ほぼ無しの俺じゃ相手にすらならないだろう。
そうしてディナードさん達の戦いを見ていると、冒険者がやって来た。幸い死者はいないものの、自分も戦おうとして返り討ちになった冒険者が周りで沢山いたので、あまり期待してなかったが、魔法使いが後ろから様々な属性を撃ちながら、大きさが変化する剣を使う大男が圧倒していく。
「あれは……ギルドマスターだ」
そうオルガが呟いたのを俺は拾った。
「あの、大きさが変化する剣を使う大男か?」
「そうだ。あの人は無属性魔法しか使えず、他の冒険者には笑い者にされる日々を送っていた。けど、諦めずにその肉体と技、そして身体強化を極めて辿り着いたのがあの人だ」
オルガがあの男を見続けながら、教えてくれた。
俺も彼を見ていて不思議な感情が湧いてくるのを感じた。
諦めずに何かを成し遂げられる人はとてもスゴいことだと思う。他人に侮蔑され、嘲笑され、妨害され、周りの人間にどう思われようとも、自分を貫き偉業を成した人間はその人間としての本質が垣間見える。
だから俺は、そういう異端でありながらも挫けず前を向いて、立ち上がり、諦めないような人間に成りたいと思う。
そして数分たって、ギルドマスターと呼ばれた男が勝負を掛ける。今の自分じゃ逆立ちしても敵わないような敵に、怒濤の勢いで剣を振っていく。打ち合う度に剣の大きさが変わり、間合いが変わり、重さが変わる変幻自在の戦い方は俺の目指すものに近いと言えた。
敵の男もそんな厄介な攻撃にさきほどまでとは逆に防戦一方だ。それを食い入るようにしていると、横から声を掛けられた。
「おい、君! ここは危険だから怪我人を連れて直ちに離れてくれ!」
先ほど魔法を撃っていた一人なのだろう。俺たち三人の方へ駆け寄ってきて、そんなことを言った。今の状況を考えても俺のことなど無視をすれば良いのにと思ったが、善意で言ってくれているのも理解していた。
だが、ここを離れてはならないとそうナニカが俺に訴え、あの呪斧を壊せと叫び続けている。何かの呪いなのか意思なのか、俺の精神すらも乗っ取ってあの斧を破壊することを目論んでいる。
そんな強迫観念のようなものを感じ、動けなくなった俺を逡巡していると勘違いしたのか、もう一人の冒険者の男が苛立ちを俺にぶつけてくる。
「おい、お前! 今ここにてめぇみてぇな雑魚がいると邪魔なんだよ! さっさと失せろ!」
そんなことを言った男の言動に申し訳なさそうにしながら、最初に話し掛けてきた魔法使いの女性が俺にこう言った。
「すまない! こいつは口は悪いが君のことを心配して言っているんだ。不愉快に思ったならこの件が終わったあとで必ず謝罪するから、今はとりあえず離れてくれ!」
隣の男が文句を言っているが、他のついてきた冒険者によって、羽交い締めにされながら黙らされている。
「いや、大丈夫だ。あんたの言う通り怪我人を連れてここから離れるよ」
オルガが横で怒りそうな雰囲気を醸し出しているので、俺が押さえながらそう答えた。
どちらにせよ、俺達はなにも出来ないし、しなくても大丈夫そうだからだ。
そんな暢気なことを考えていたのが悪かったのか、ここから離れようと決意した次の瞬間、突如呪斧から大量の黒い魔力のようなものが風のように吹き出してきた。
奴を中心に吹き出したそれは、とても気持ち悪く吐き気を催してくる。
「なんだとっ! あいつは瘴気を操れるのか!?」
そう、魔法使いの女性は驚いて叫んだ。
「なあ、アルジェルフ! 瘴気ってなんなんだ!?」
「瘴気とは、魔力が歪に変化したものだ。一般的には死者から溢れ出たり、負の感情や積もり積もった怨念などから出現すると言われている。そういうモノを操れるものを邪剣や呪剣、例外的に魔剣と言われる。だがそれはあまり例が無く、荒唐無稽と言うことでただの与太話の筈、だった……」
近くにいたアルジェルフに聞いたら、そう返ってきた。言葉に少し違和感が感じられたが、そんなことはすぐに頭の片隅へと消え、目の前の異常に脳の処理が割かれる。
「それはつまり、その荒唐無稽な状況が今目の前に広がっているっていうのか!」
こんな状況を引き寄せる俺の悪運に舌打ちをしたい感情に駆られたが、そんなことより一刻も早く離れることを優先させた。
「仕方ない、すぐに離れるぞ!」
すると二人ともすぐさま体勢を立て直して後ろへ下がる。その時に怪我人も忘れずに回収した。
そんな中で他の冒険者たちの数人が恐怖に立ち竦み、腰が抜けている奴等が残っていた。
瘴気が目前へと迫り間に合わない! と思ったその時、さっきの魔法使いの女性と口が悪い男、それに横からオルガが飛び出して、そいつらを庇っていた。
「ぐうぅぅっ! 早く逃げろ!」
「ビビってねぇで、どけ!」
「早く後ろに下がるんだ!」
そんな二人に発破を掛けられ、我を忘れていた冒険者は急いで後ろへ下がったが、その三人は瘴気によって周りの露店に突き刺さるように弾き飛ばされた。
「隊長!!」
助けられた冒険者が叫んだ。
そんな声を聞きながら、俺は急いでオルガ達を助け出したが、先ほどの攻撃で禍々しい瘴気に蝕まれているようだった。
「なあ! これはどうすればいいんだ!?」
「これは……大量の呪詛を浴びた状態と同じだ。元凶を絶つか、高位の神聖魔法でもないと……」
アルジェルフが戸惑いながら、俺にそう答えた。ならばすることは簡単な事だと、神聖魔法を試してみる。
「神聖魔法ってのはどういうやつなんだ!?」
「……神聖魔法は光魔法の上位属性だ。主な性質は解放と調和で、高等魔法の一つとして知られている。有名な魔法は『完全浄化』『起死回生』『新生再誕』だ。
前者の二つの効果は、あらゆるものを浄化し穢れを払う『完全浄化』。あらゆる病気や普通では治癒不可能な傷すらも治す『起死回生』。そして遥か昔に使われたとされる死者をも生き返らせる伝説の蘇生魔法『新生再誕』の三つだ」
アルジェルフは分かりやすく、簡潔に説明してくれた。
今の情報を頭の中で想像を繰り返して、イメージを確立させていく。
いま必要なのは、『完全浄化』と同程度の魔法。
ただし、使ったことのない魔法をすぐにできるとは思えない。
なら、この呪詛とやらを取り除く魔法だけを想像し構築すること!
イメージする魔法は、オルガの身に纏わりつく呪詛という穢れを払う魔法だ。
今回の場合は目に見えるこの瘴気を取り除けば良い。難しいことではないはずだ。
そうして深呼吸をし、精神を統一してイメージが固まったら、魔法を行使する。
すると、俺の手の平から暖かな光が彼等に降り注ぐ。
「これは……!」
「し、神聖魔法……!?」
「きれい……」
「やったか!?」
そんな声がユートの後方から聞こえてきた。
あたかも彼等は光に包まれ成功したように見えたが、彼等の顔にあまり変化は無かった。
「はぁはぁ……くそっ! 失敗か……」
初めて行使した魔法であり、抽象的な瘴気というモノを浄化するには多大な集中力を必要とする。しかも魔法スキルとして無いので補助は無きに等しく、効果はなかった。
「もうやめるんだ。それ以上は無理だろう」
「だが、オルガ達が今も瘴気に蝕まれている。時間もあまりない! もうそれしか! ――いやもう一つ、瘴気を操っている原因を倒すことか……」
付け焼き刃の神聖魔法じゃ、瘴気を浄化することは出来ない。
ならば一刻も早く敵を排除するしかない。
そう考えた俺は、即座にそれを行動に移す。
「おい、正気か!? いくらお前でもあいつには勝てないぞ!」
「なら黙って見とけって? 冗談よせよ。ただでさえギルドマスター一人だけで戦っている中で、魔法使いは役に立たず、ギルドマスターは圧倒は出来ても決め手にかけているんだ。それなら加勢して倒した方が確実に速い!」
「……お前は……この状況でも諦めていないんだな……」
後ろから魔法使い達の一人がそう呟いた。
「当たり前だろ? 俺は負けず嫌いなんでね。弱いから勝てないなんて、誰が決めたんだよ」
俺は顔に笑みを浮かべてそう言った。
力の大小で世の中方がつくなら、下剋上もジャイアントキリングも実現するはずがない。
重要なのは、バカみたいに勝てるという自信だけがあればいい。
「わかった、なら俺も手伝おう。一人よりはましだろう? それに撹乱するなら俺が必要だろうしな」
アルジェルフはそう言うと、隣に並んできた。
すると横からもう一人、出てきた。
「それなら、俺も入れてくれや」
「ディナードさん……!」
そこにいたのは、衛兵隊長であるディナードだった。
「あいつを止められなかったのは隊長である俺の責任なんでな。それにお前さん、何か策があるんだろ?」
「ああ、5分…いや3分、時間を稼いでくれ! そうしたら俺が魔法であの斧をぶち壊してやる」
「そうか、ならそのあいだ、前は任せろ」
「3分と言わず一時間でも稼いでやるよ!」
二人はやる気に満ちて、斧男へ走っていった。
「ほ~ら、こっちを向きな! お前さんの相手はこの俺だ!」
「ぐあぁぁぁああ!」
もうすでに正気を失っている男へ、ディナードは挑発して時間を稼ごうとする。
斧男はディナードの方を向き、攻撃しようと斧を振り上げた瞬間、投げナイフが後ろから飛んで斧男の右腕に刺さる。
血とともに、体内から黒い瘴気が噴出した。
「ディナードだけじゃないぞ! こっちもだ!」
アルジェルフは手持ちのナイフを確認しながら、瘴気と血には触れないよう大きく離れ、いつも通り冷静に獲物を誘い込む。
「戦闘中に余所見とは良いご身分だなぁ!」
アルジェルフが攻撃したあと、横からギルドマスターが大剣で斧男を凪ぎ払う。
斧男は前後左右ヒットアンドアウェイの戦術で三人に代わる代わる攻撃されて、少しずつ動きが鈍っていく。
「お前達! 戦いに参戦するのは良いが奴に直接触れるなよ! 瘴気に蝕まれてしまうからな!」
ギルドマスターが彼等に注意を呼び掛け、斧男を削っていく。
「もう少し……もう少し……今だ! 全員そこから離れろ!」
優人は斧男が再び斧を振り上げた瞬間、戦っている三人に叫び、イメージ通りに組んだ魔法を斧男に解き放つ。
「これでも食らえ!」
優人が即席で作り上げた魔法は、先ほど使った神聖魔法と氷魔法を合わせたものだ。神聖魔法の浄化の光を氷魔法で封じ込めるように弾丸の形にして勢いよく放たれた。
まるで吸血鬼に銀製の弾丸を放つように斧男が持っていた呪斧へとぶつかる。
先程まで何度も剣と打ち合っていた禍々しい呪斧に亀裂が入り、まるで砂糖細工のようにバラバラに砕け散った。
「これで終わりか……」
優人はバラバラになった呪斧を見ながら、そう呟いた。
全魔力を放ったせいで頭がくらくらし、視界が歪む。
おそらく、これが魔力枯渇という症状だろう。
「そうだ、オルガ達は!」
そういえばと急いでオルガ達の容態を見てみるが、3人ともさっきよりも顔色が良くなっていた。
「ふぅ、もう大丈夫か……」
「お疲れ、ユート」
「お前もなアルジェルフ。それとディナードさんも」
「おう! お前さんのおかげで死者は出なかったし、早期に対応できたからな!」
ディナードさんはそう言って、笑い返してきた。今回の件がやっと終わって、ホッとしているのだろう。だが、周りの被害は結構なものだった。広場の地面はひび割れて、周りの露店や家などにも被害があったからだ。
これからの後始末は大変だろうが、今はやっとこの事件が終わったことだし、ゆっくりさせてあげよう。さすがの俺も終わってすぐに被害の話をするのは忍びない。
「お疲れさん! お前達のおかげで奴を倒すことができた。それにそこの少年のおかげで、斧を使っていた男を生け捕りにすることができた。こいつから事情を聞くことができるし、お前さんには本当に感謝している。この件は後日、正式に報酬を渡すからギルドに来てくれ! それじゃあ、怪我人をすぐに医務室に運んでいけ! 終わったら無事なやつで宴を開くぞ! あっはっはっ!」
矢継ぎ早に言いたいことを言ったら、ギルドマスターはどこかに行ってしまった。まあもう終わったからみんな明るい顔をしているのだろう。それに俺も疲れたから、少し休みたい。
「ユート、宴をギルド主催でやるそうだがどうする?」
「そうだな、オルガ達を安静に出来るところへ運んだら、少し休ませてもらうよ」
「いや、それは俺がやっておこう。お前は少し休め」
「そうだぞ! 君のおかげで誰も死なずに済んだんだからな。後のことは俺達に任せてゆっくり休め」
会ってまもない二人に気遣われたので、俺は二人の言うように少し休むことにする。本当は二人も疲れているのだろうに、心配してもらっているので受け入れることにする。
「そうか、ならありがたく休ませてもらうよ。少し休んだら俺も手伝うから」
「ふっ、お前が起きたときにはすべて終わっているぞ」
「そうだぞ、この街の住人にかかればあっという間に片付いてしまうからな」
二人の冗談ともつかない言葉に俺は苦笑いしながら宿へと帰り、アマンダさんに戻ったことを知らせてから部屋で泥のように眠るのだった。




