第11話 服と変人 2
*2017/3/18 一部加筆修正しました
奥へと入っていった俺達は、ソファーに座らされた。目の前にはあの巨漢がイスに座っている。巨体とあいまって、相対的に自分が小さくなったようにすら感じる。
「いらっしゃい。そういえばまだ名乗ってなかったわね。わたしの名前はベイドルフ・ガーベラよ。この店の店長をやっているわ。まあ、娘と二人しかいないんだけどね。主に、服飾の細工やデザインを担当しているわ。そ・し・て! 見ての通りのオカマよ!」
目の前のテンションの高い大柄の男? オカマ? はベイドルフと名乗った。
どうやらあっち側の人らしいと自己申告されたが、俺はノーマルサイドです、とでも茶目っ気たっぷりに言うべきか。いや、しかし……。
疑問は尽きないが、とりあえず俺達も名乗っておく。
「俺の名前はユート・ヘイズだ。今回は俺の服を頼みに来た。右にいるのが――」
「オルガ・ロルガンだ。ただの案内役だけど」
「アルジェルフ・ブラッドリーだ。左に同じく」
俺・オルガ・アルジェルフの順番でソファーに座っている。
オルガは気の毒な事に外へと一番出にくい真ん中の席だ。いや、この説明に特に意味はないけど一応な。
「あら、見覚えのある顔の子がいるわね」
「前は世話になったな」
「ふふっ、良いのよ! また困ったことがあったらうちに来るのよ!」
「なんだ、アルジェルフは来たことあったのか?」
「……ああ、このロングコートを作ってもらったんだ」
「なるほど」
ここに来たときのアルジェルフの態度に引っかかっていたが、前に一度来たことがあったからか。
とはいえ、気乗りしていなさそうなようなので、関係は悪くないがアルジェルフの方が一方的に引き気味といったところか。
「じゃあ早速だけど本題に入っていいかしら? ウチに来たのは、貴方の服が珍しいから、目立たない服に変えるためにわたしの所で新しく仕立てたい、とそういうことね?」
俺の服が欲しいと話しただけで目的の大部分を当ててきた。
この漢、すごい観察力だと感心した。
「その通りだ。そして彼女――セシルからこの服を買い取りたいと言われたんだが、いまいち値段がつけにくいらしい。そんな時にあんたが帰ってきたというわけだ」
「そういうことだったのね。でもそもそも具体的にどんな服を作ってもらいたいの?」
「ああ、そこからか。とりあえず今は普段使い出来て着心地がよく、戦闘でも使える服、があると嬉しい」
「ふ~ん。そういうことなら出来るわよ。それにしても、今は、ね」
ニヤリ、と笑みを浮かべながらベイドルフはこちらに視線を向けてきた。
「それでどのくらい時間と金がかかるだろうか? それによっては、その間に着る服を買いに行かないといけないんだが……」
「そうね……大体3日というところかしら? それくらい無いと雑なものになってしまうから。そんなもの使ってほしくもないし、売りたくないもの」
どうやら、予想以上に早く出来上がるようだ。貴族も買いに来るような店だから、本音では半月から一月程かかる目安だったのに、いい誤算ではあるが――
「――それってさすがに早すぎやしないか? 素人だからなんとも言えないが、いくらなんでも大丈夫なのか?」
「心配してくれてるの? 大丈夫よ、わたしたちはこれでもプロなんだから! それにもう構想は出来ているから」
それはプロとか言う次元じゃないと思うが、本人達が出来ると言うのであれば、元より全て任せるつもりだ。
「じゃあ、採寸するからね。5分程で終わるわよ。それと貴方たちはどうするのかしら?」
ベイドルフはオルガとアルジェルフにそう聞いた。
「あたしたちはいらないよ」
「そうだな、今は特に必要ないな」
そう二人は言ったが、ずっと付き合わせてしまっているので申し訳ない。
「この二人にも何か作ってやってくれ」
「う~ん、どんなものがいいかしら?」
「そうだな、細工と言うからには何かないのか?」
「わたしができるのはベルトやバングル、ペンダント、イヤリングかしら?それを常時発動型の魔道具みたいにすることくらいね?」
魔道具なんかもやっぱりあるんだなとそんなことをふと思った。
「それいいな! 俺の分も作ってくれよ。もちろん俺のは後で構わないけど」
「おい、ユート!?」
「俺達の分は……」
「どうしたんだ?」
二人の声が聞こえたので、そちらを向くと、
「いや、何で作ること前提で話が進んでいるんだ!」
「そんなの、俺に付き合わせちゃってるし、それのお返しでもあるから気にしないでくれ」
「いやいや、あたし達が勝手にやってるだけだから」
「そうだぞ、気にしなくていいんだ」
「うるさいぞ。俺が勝手に払って作ってもらうんだから、お前たちは黙って貰っておけばいいんだ。その後であれば、捨てるなり売るなり好きにしろ」
あえて俺は傲岸不遜に言い放った。こういう奴等ははっきり言った方が早い。
するとオルガとアルジェルフも何も言わなくなり、ただ静かに一言、
「ありがとう」
「すまないな」
と言ったので、俺も笑いながらこう返した。
「気にすんな」
「――大丈夫かしら? なら、採寸しに行くわよ!」
そんなことをしていると、ベイドルフが良いところで切り出してくれたので、俺は黙ってそれに従った。
「それじゃあ服を脱いで。ついでに採寸しながら色々質問させてもらうわよ!」
「わかった。でも何を聞きたいんだ?」
「そうね、まずは好きな色かしら? 服を作った後に「これは嫌い」とか言われても困るからね。最低三色は言ってほしいわ」
「青と黒と白かな」
「なるほど~……シンプルだけど難しい注文ね。次は服をどんな感じに作ってほしいのかしら? 動きやすさなのか、防御力なのか、はたまた別のモノなのか」
「動きやすさを重視してくれた方がありがたいな」
攻撃が当たる事を前提だと俺の想定する戦闘スタイルと合わないし、そもそも普段着としても使えるように頼んでいるのだから柔らかい方が着心地もいいだろう。
「わかったわ。次に服と言ったけれど、変えるつもりなのは服の上下だけで良いのかしら?」
「いや、それと靴とコートみたいなのも欲しいんだけど、ここで作れるもんなのか?」
「じゃあ全部変えるつもりなのね。任せて頂戴! それと靴も作れるから心配しないで。それじゃあ最後に、貴方にとって服って何かしら?」
今までの質問なら俺の意見を取り入れるつもりなのは分かるが、最後の質問はいまいちよく分からない。
とりあえず、俺が思ったことを口にしてみた。
「服? う~ん、身近な生活に関わりながら生活そのものを彩り、人間が生活する上で無くてはならない必需品、かな。あとは、今では人間の位を示す物となっているけど、人間の肉体的、精神的な殼でもあると思う……。こんな感じでいいのか?」
「そう……貴重な意見ありがとうね」
「今の質問は何なんだ?」
「特に意味はないんだけどね〜。今まで会ったお客さんに必ず聞いている質問なの。それと、採寸も終わったから戻りましょ!」
そう言い終えたベイドルフは少し悲しげに笑いながら歩いていった。
だから俺は、その事についてはあえて何も聞かなかった。
「さて! 色々終わったから、次は代金かしらね!」
先程の顔は全く見せずにベイドルフはそう笑顔で言った。
「そうだな、結構な額になるんじゃないか?」
服の上下に靴とコート。四つ合わせてオーダーメイドなら数万じゃ足りないかもな。
「いや、意外とそうでもないのよねぇ~。貴方次第、だけど?」
「……俺に何をやらせるんだ?」
「そうじゃないわよ。貴方の服を調べるために買い取りたいってさっき話したじゃない!」
横からセシルが口を出してそう言ってきた。
「ああ、そういうことか。だがどれくらいするんだ?」
「その服は見たこと無い素材で出来ているし、作り方も不明のモノだから、本来は買い取りすら難しいのだけど……」
「あんたが注文したものもそれなりに結構するんだけど、それで相殺しても寧ろ私達の方が支払わなくちゃダメなくらいなのよ!」
つまり、思った以上に高値で付きすぎたと言うわけか……でも作ってもらって金ももらうのはちょっとなぁ~と考えたとき、俺は良いことを思い付いた。
「じゃあさ! この服一式売ったあと、多分同じモノを作るつもりだよな?」
「?ええ、もちろんそのつもりよ! どんなに難しくても挑戦あるのみだからね」
「なら、新しく出来た試用品、俺に使わせてくれないか?」
「そんなことで良いのかしら?」
ベイドルフが疑問符付きで俺に聞いてきた。
「ああ、そういう身軽な服は意外と気に入ってるし、着やすいからな。それにあんた達が作った服を着てみたいってのもある」
「それなら寧ろ私達がしてもらいたいくらいよ! 元々使っていた人間の意見なら十分価値があるじゃない! ね、お父さん!」
「そうね、着ていた本人に着比べてもらえば欠点とか改善点も分かるかもしれないわね」
「じゃ、交渉成立ってことで!」
「それじゃあ、最後に貴方の間の服ね」
「ん? あー、この服売るから着るもん無くなるんだもんな」
「そういうことね。何にしようかしら?」
「ねぇお父さん! 奥に仕舞ってあったやつは?」
セシルがそんなことを言ってきた。
「あの服を? そうね……彼なら大丈夫かもしれないけど危険じゃないかしら?」
「とりあえず、着せてみて本人に決めてもらえばいいんじゃない?」
「それもそうね。じゃあちょっと待っててね!」
そう言うとベイドルフは、足早で奥へと行ってしまった。
服に危険って全く想像がつかないし、何をもって来るつもりなんだ。
「なぁ、何を持ってくるんだ?」
気になったのでセシルに聞いてみる。
「お父さんが作ってみたはいいんだけど、誰も着ないのよね~。見た目は変な服じゃないし、いたって普通なのに……」
……それって普通じゃないから誰も買わないんじゃないのか、と思ったが口に出すことは憚られた。
しばらくすると、ガチャガチャと物音を出しながら、ベイドルフがこちらに戻ってきた。
「さぁ、これらよ!」
そう言って、箱から取り出したのは黒のコートにスカイブルーのラインが入った物と、同様のラインが入ったシャツとズボン、スカイブルーの模様が入った黒色の靴だった。
「へえ、綺麗なものだな」
芸術品のような見た目にポロっと、感想が出た。
それに何か、錬金術師とか暗殺者みたいな服だと感覚的に思った。
「ふふっ、そうよね~わかるわ! このコート一式はランク5のシャドウウルフと言われるウルフ系のモンスターから作ってみたの! スキルとして隠密と闇属性の魔法効果が付いているから少し上がるわ。それに魔力を流すと更に特殊効果だけじゃなくて、防御力も上がるのよ!」
ベイドルフが興奮しながら、そう教えてくれた。
「でもね、ここのスカイブルーのライン部分にはミスリルシルクと言うのを入れてみたんだけど、あまり効果が出なかったのよね……。作ってみたけど売れないし、解体するのも勿体無いから箱の中に入れっぱなしだったの」
それはまた、残念な感じの服なんだなと思ったが気になることもあった。
「でも、何で売れないんだ? 芸術品みたいなんだから好事家とか好き好んで買いそうなものだけど……」
「……それはね、黒色がいけなかったらしいのよ。黒は不吉な色だし、スカイブルーもこの服に合わないから冒険者には見向きもされなかったのよ。しかも服の素材となったシャドウウルフも死の間際に大量の怨嗟を撒き散らしたとかいう話があるくらいだからね……」
外套とか黒いけど、そういう意味じゃないんだろうな。麻とか綿で作る様なシャツが黒いというのが不吉と呼ばれている所以なんだろう。
素材本来の色は自然色だったり土色なのに、わざわざ黒く染める必要性も無い、と言ったところだろう。
「何かこれ……途轍もなく着たくなくなったんだけど」
そんなことを思ってしまった俺を誰が責められようか。
「まあいいや。ちょっと不吉だけど、カッコいいしな!」
「そう、そうなのよ! これカッコいいわよね〜! そう言ってもらえてよかったわ! この服はタダであげるから、大切に使ってね! この服のせいなのか、色々困ったことがあったのよね~」
ベイドルフが頬に手を当てながら憂い多様な表情を見せる。
そして、前半部分の話で得をしたと思った俺だが、最後の後半部分を聞くと一瞬体が固まってしまった。
「おいおい、それはどういうことだよ。ちゃんと説明してくれ」
「え~とね、この服を買った人間が何故か体調が悪くなったり、怪我をするようになったり、周りで軽度の不幸が起こったのよ。それ以上は無いんだけど、それからこの服を封印しておくと止まったのよね」
色々ヤバイような気がするが、貰うと言った以上返すのは俺のプライドが許さないし、何よりタダでもらえる上に服が無いから諦めてこの服を着るしかない。
――俺は後に「タダより高いものはない」という言葉の真の意味を知るのだった、という展開にはならないといいな……。
ヤバい、この展開はそうなる《・・・・》パターンだ。
「少しばかり危険なような気がするが、貰うとしよう」
「おいっ! 本当にそれで良いのかユート!」
「さすがに危険じゃないか」
慌てて二人が俺を止めにかかった。まあそりゃそうだよな、こんな呪いの服みたいなの普通は返すし、着ないもんな。
「言いたいことは分かるし、止めるのも最もだと思うが、大丈夫だろう」
「でも、お前に何かあったら!」
「心配してくれるのはありがたいが、俺の勘がこれを着た方がいいって言っている」
本当はそんな勘なんて一切感じないのだが、適当に自信満々で言っとけば安心するだろ。
「む、そこまで言うんならもう止めないが、本当に気を付けるんだぞ。この世界には呪いと言うモノが確かに存在し、人間を害すこともあるんだ」
それについてもっと詳しく教えて欲しかったぜ……。
とはいえ、今日あったばかりなのにそんなに心配してくれるのはとてもありがたい。異世界に来てから良い奴ばかりだと本当にそう思う。
「それじゃあ着替えてくる」
「奥に試着室があるわよ!」
セシルが親切に教えてくれた。礼を伝えて奥へと向かう。
~数分後~
「どうだ?」
全て着た俺は、みんなに見せながらそう問いかけた。
「おおっ!似合ってるぞユート!」
「うむ。よく着こなしてるな」
「意外と似合うじゃない」
「うんうん! 貴方に合わせたみたいにピッタリね!」
上からオルガ、アルジェルフ、セシル、ベイドルフの順に俺の評価をしてくれた。
「そうか、ならよかった」
「わたしが言うのも何だけど、一応鑑定士に鑑定してもらった結果を渡しとくわね。中身は簡易な説明しか分からなかったから、本当に気を付けてね」
そう言うと、紙を渡してきた。紙には鑑定により判明したことの説明が書かれていた。
「えーと何々、『この服は宵闇のコートと言う名前と、生前生きていたシャドウウルフの嘆きと怨念がこの服に込められている事がわかった。それにより隠密と闇属性の効果が上昇する。使う者の精神力を問うと同時に、死してなお何かを探しているらしい』――とここまでか」
読み終えた俺は、何かがこの服にはあると思っていたが、予想以上に危険そうだと分かったくらいだ。
とりあえず俺も『鑑定』を発動させると少し妙な事がわかった。
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宵闇のコートシリーズ
_____という■■から作られた装備。
この装備には、素材として使われた■■の怨念と憎悪が込められているため精神を汚染する可能性がある。また、隠密と闇系統への効果が上昇する。この装備は使う者の精神力を問うと同時に、死してなお何かを探しているらしい。
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どうやら、俺の鑑定だと別の情報が付け加えられている。この事もいずれ調べるリストにいれておこう。
しかし面白いことに魔物の種類がわからないとは……。まあ何の魔物かはいずれわかるだろうからおいておこう。
「ふふっ面白い。まあ、例えこの服のせいで死んでもあんたを恨みはしないさ」
異世界に来て、さっそくファンタジーな感覚を味わえるとは。
本当にこの世界は俺を退屈させないな。
ニヤリと顔に笑みを浮かべながら、ユートはそう答えた。
「ふっ、なら貴方が死なないように祈ってるわ」
「そうね、もしあんたが死んで恨みを果たしに来たら、私が聖水ぶっかけて浄化してあげるわ!」
ベイドルフが期待げに、セシルが挑戦的に胸を張って俺に言った。
「じゃあ、まだやることがあるからこれで帰るわ」
そう優人が答えると、二人とも笑顔で見送った。
「じゃあ三日後を楽しみにしてなさい!」
「最高の出来の服を作ってあげるわ!」
そうして俺は服飾屋ガーベラを出ていった。




