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ヘレティックワンダー 〜異端な冒険者〜  作者: Twilight
第四章 迷宮都市中編

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第105話 VS.アッシュ 2


「よそ見してんじゃねえぞ!」


 思考している隙を突くように、アッシュは手に持った剣を投げつけて来た。


「おっと!? 危ないな……」


 ユートは慌てて首で避けると剣は壁に突き刺さり、高い金属音を響かせる。

 頬に薄い裂傷を負うが、すぐに視線を前に向ける。

 アッシュはガクリと首を垂れると、ゆっくりと地面に転がった【指斬】を掴んだ。

 顔を上げたその目には殺意と狂気を宿らせながら、【指斬】を強く握りしめていた。

 それに対して、【指斬】がバチバチと拒絶するかのように光を発する。


「くくっ、殺してやる……」


 アッシュは狂った表情を顔に張り付けながら呟いた。

 その姿を見て、背筋に悪寒が走った。

 先程まで、あんなに嫌悪していた呪具を自ら手に取った。

 それだけでアッシュが正気を失っていると考えるには十分だった。

 【指斬】は呪炎を剣に纏わせ、反発するようにアッシュの手を焼き続ける。

 狂気に飲まれ、正気を失ったアッシュは呪いの炎に蝕まれながら、剣を手に襲ってきた。


「くっ!? おい、やめろアッシュ!」


「殺してやる……」


 言葉を投げかけても、物騒な言葉しか返ってこない。

 ゆらりゆらりと揺れながら、攻撃を繰り出してくる。

 袈裟切り、薙ぎ払い、逆袈裟。

 瞬時に身体強化を行い、躱していく。

 このまま紙一重で避け続ける事が至難の業だと諦め、ユートは剣を手に応戦した。


(正気じゃないというのに、なんつー、一撃の鋭さだ)


 ユートは冷や汗をかきながらも、次第に態勢を整えていく。


(でも正気じゃないのなら、やりようはある。そのために、まずは剣を奪う!)


「チッ、死んでも恨むなよ!」


「殺す!」


 魔力強化した肉体と剣で打ち合っていく。

 アッシュが殺す気で来る以上、気を抜いたらこちらが一瞬でやられる。

 剣同士の金属音が無数に響き、ぶつかり合う。


 力任せに剣を弾こうとしても、脱帽するほど軽く受け流される。

 腕を斬りつけ剣を落とそうとしても、華麗に躱され、防がれる。

 攻撃しても全て弾き、受け流し、防がれる。

 代わりに相手の攻撃は防ぎにくく、避けにくいと来たものだ。


 挑発したのは良いものの、技術に力、そして経験。

 ありとあらゆるものが、俺の能力を上回っていた。


 そんな中でも、俺には一番のアドバンテージがある。

 そう、魔法だ。

 しかし、アッシュはさらに上をいった。

 距離が空いた隙に魔法を撃ちこむものの、簡単に避けられてしまい、むしろ、その隙をついて攻撃してくる始末。

 挙句の果てに、二度目からは魔法の予備動作を見切られ、使わせない様に近距離で封じてくる。

 これまで、ほぼ全ての戦闘において絶対的アドバンテージとなっていた魔法が、今はとても頼りないモノに見えた。


 次第に傷を負う回数も増えていき、至る所に切り傷を刻まれる。

 一応、壊れかけの鎧をつけてはいるが、そろそろ修復できない領域に入りかけている。

 身体や顔にも避けきれず、ところどころに傷を負う。

 そんな攻撃をどうにか最小限のダメージで抑えようと、防戦一方になりつつも身体強化に任せた体で拮抗させる。


 魔力がみるみるうちに減っていく。

 身体強化を常時使い続け、さらに微弱な回復魔法で傷を塞ぐため、魔力の減りが尋常ではない。

 身体強化は言うに及ばず、使わなければ拮抗すらさせてもらえないだろう。

 浅い傷とはいえ、血を流し慣れていない体はすぐに悲鳴を上げる。

 そのため、回復魔法も切らすことが出来ない。

 魔法で戦いたくても距離が近い上に、決定打にも成り得ないと来たものだ。

 このままでは追い詰められて、本当に殺されてしまうかもしれない。

 死の足音が近づいてきた気がした。

 しかし――


(……不思議だ)


 命の危機の筈なのに、心の中ではこの戦いを楽しく感じている自分がいる。

 怯えるよりも、恐れるよりも、驚くくらいに心が躍っていた。


 ――ふふっ。


 剣で左腕を斬られる。

 針で指されたくらいの痛みを感じながらも、自然に笑みがこぼれ落ちる。

 一瞬、アッシュの攻撃が弱まり、たじろいだ気がした。

 その隙を狙い、攻撃を仕掛ける。

 全て防がれたものの、何故だか負ける気が全くしない。


 ――これが“フロー”という奴か……。


 戦いながらも、いつも通り思考が走り続ける。

 集中力が上がり、視界が広くなったように感じた。


 ――おそらくこれがゾーンやフロー、無我の境地と呼ばれる、集中力が極大化した精神状態のことなのだろう。


 眼前の事象を認識しながらも、客観的に自身の事を思考できている。


 アッシュの剣が迫る。

 それに対して、脳が勝手に指令を出し、体が動く。

 まるで、こうすれば無駄がなく攻撃できるという様に、反射的な行動だ。

 先程と打って変わって、互角の戦いを演じる。

 アッシュも俺の動きが変わったことにやりにくさを感じているのか、攻撃するよりも守りに入った。

 勢いに乗った俺は、アッシュの事など考えずに攻撃の威力を上げていく。


 鳴り響く剣閃。

 迸る血潮。

 飛び散る汗。


 俺は一切の容赦なく、攻撃を仕掛けていく。

 頭の端で「殺さないようにしなければ」と考えながらも、剣に込める力は依然として激しさを増していく。

 そしてついに、アッシュのガードが崩れ、致命的な隙を晒す。


「死ねえええ!!」


「クソがァァァァッ!?」


 アッシュは頭を守るように崩れた姿勢のまま防御に入る。

 俺はそんなものを意に介さず、一直線に振り下ろした。


 キィィィィィィィン!!


 鼻先で火花を散らしながら、共鳴音が鳴り響く。


 ――このまま押し勝てば俺の勝ちだ!


 理性がアッシュの事を頭に留めておくも、膨れ上がった自我エゴが本能的に勝利を求める。

 それが仇となったのか。

 剣がぶつかり合う中で、パキッという不吉な音が鳴る。

 その刹那、刃が接する部分に罅が入ると、握っていた剣が折れた。


「――なっ!?」


 ――あともう少しで勝利だったのに……!


 一瞬の出来事の中で、ユートはそんな思考が過った。

 同時に、次の動作を行おうとして、すぐに止めた。

 硬直したユートの隙をアッシュは突進で押し倒す。


「ぐっ!?」


「動くな」


 背中から倒れた衝撃に咳き込む。

 アッシュに馬乗りにされながら、首元に剣をあてがわれる。

 鉄の冷たい感触が首に触れ、命を握られた事を如実に実感させた。

 俺は咳き込みながらも、ゆっくりと力を抜いていった。


「……俺の負けか」


 手に握った剣を手放しながら、そう言った。

 両手を挙げることは出来ないが、無抵抗を表すように大の字になる。

 血だまりに体が触れ、不快な感触が体を襲う。

 地面に流れた魔物の血は乾いていなかったようだ。

 アッシュは何を考えているのか、じっと見下ろしてくる。

 その目には狂気が薄れ、理性が戻りかけているように見えた。


「――どうして……どうしてあの時、攻撃しなかった!?」


「何のことだ」


「とぼけるな! お前の剣が折れた時、いくらでも俺に攻撃できる隙はあったはずだ。にもかかわらず、お前は攻撃しなかった」


「アンタの勘違いじゃないか?」


「ならどうしてお前が地面に転がっている」


「……」


「お前が攻撃していれば、今の状況は逆になっていてもおかしくなかった」


「……それが出来なかったから、こうなっているんだろう? 俺を嘲笑いたいなら好きにしろ」


 そんな俺に対し、アッシュは小さく笑った。


「フッ、俺の目には、お前自ら無抵抗になったように見えたが、それも気のせいだったか?」


「……さあな。お前の好きな様に解釈すればいい。どっちにしても俺はお前に負けたんだ」


「……くくっ、俺と戦う中でそんな事を考えていたのか。だがお前は、一つだけ勘違いしている事があるぞ」


「勘違い?」


「俺は確かに、試合には勝ったかもしれんが、勝負には負けた」


「何言ってんだよ。どう見たって俺の負けだろ。今の状況を見てみろ」


「そうじゃない。何故なら俺もあの時、予想外の事態に固まってしまった。剣士としては一番やってはいけない事だった」


「たとえ、そうであったとしても、武器もない俺じゃ勝ち目はなかっただろ」


「いや、そうでもない。俺もそろそろ限界みたいだ」


 そう言ったアッシュは俺の上から降りると、カランという音を立てて【指斬】を取り落とした。

 アッシュは呻きながら、両手を震わせる。

 よく見るとその手には黒い呪いが侵食しており、汗をかきながら痛みに耐えているようだった。


「……この手じゃ、どうあがいてもお前には勝てん。だからお前の……ぐっ!?」


「馬鹿野郎ッ!」


 ユートはすぐに【指斬】を握ると、アッシュの手を掴んで座らせる。

 手が燃えるように熱く、それだけで相当な痛みが体を襲っていることが想像できた。


「俺の手を斬り落とすのか……?」


「そんなことする訳ないだろ! 呪いを取り除く。じっとしてろよ」


「呪いを取り除くことも出来るのか。……くくっ、今更だが、本当に呪具だったとはな。この痛み、そして手にした時の流れ込むような憎悪は、まさに呪具としか言い様のないものだった。これを平然と使っているお前が、俺は恐ろしい……ぐあっ!?」


「感想はあとにしろ! とりあえず、呪いを取り除いてみるが、副作用があるかもしれない。注意しとけ」


「……ああ」


 痛みのせいか、アッシュの反応が薄い。

 俺の時よりも長時間握り続けたんだ。

 大量の汗にものすごい熱、そして反応できない程の痛み。

 それほどに呪具の呪いというものは強烈なのだろう。


 眉間に皺を寄せながら、【指斬】を指輪状態に戻す。

 剣の状態で吸収を行うかどうか迷ったが、結局、指輪をした手で優しく触れることにした。

 そっとやけどをした皮膚に触れるように接触する。


 すると、呪いは徐々に徐々に指輪へと吸い取られていき、元の健康そうな手に戻っていった。

 吸収が終わると、【指斬】が自己主張するように「ピカ-!」っと光るので、笑みを浮かべながら優しく撫でた。

 契約をすると他者に奪われても、所有権自体は移行しないのかもしれない。

 ならば、【指斬】を売ってお金に換え、売ったそいつから奪って、と繰り返したらどうなるのだろうか、とくだらないことが頭を過ぎった。


「うっ……痛みが減った? いや、無くなったのか……」


「もしかしたら、幻肢痛のように今日一日は残り続けるかもしれないが、明日になったら治ってるだろう」


「だといいがな」


 痛みのせいで、朦朧とした意識から覚醒すると、アッシュは自分の両手を見た。

 それに先程までの狂気が消えて、初めて会った状態に戻った様だ。


「さて、色々と聞きたいことがあるが……」


「……だろうな。まずは俺のせいですまない」


 アッシュは座った状態で両膝に手を置きながら、頭を下げた。


「謝罪は受け取った。そして俺からも謝ろう。アンタの仲間を侮辱してすまなかった。本意ではないと言え、不快にさせてしまった」


 ユートも膝立ちのまま、心からの謝罪をして頭を下げた。


「俺を正気にさせるためだったんだろう? 正気に戻った今ならわかる。だから頭を上げてくれ。迷惑を掛けたのは俺の方なんだ」


「なら教えてくれ。何が原因でアンタはいきなり豹変したのか。そして、どうしてこんな事になったのかを」


「そうだな……どこから説明すればいいか。俺が仲間と共にダンジョンに潜っていた頃から話すか。聞いてくれるか」


「ああ」


 そうしてアッシュはゆっくりと話し始めた。

 アッシュの過去、思い出、悲劇、そして復讐。

 今この瞬間に至る、一人の人間が歩んできた道のりを―――


――それはとある男の物語。

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