前編
新学期が目前に迫った俺は、やっとの思いで宿題を終わらせベッドへと転がり込んでいた。
春休みに宿題はいらないだろという、生徒たちの声を頑なに聞き入れない数学教師に向けた、ドヤ顔で心地よく目を覚ました。
体を起こし、カレンダーを一枚めくった。
すると、1日の欄にメモが現れる。
今日は幼馴染と出かける約束をしているのだ。
朝9時に家まで迎えに行くことになっているのだが、すでに8時を回ろうとしている。
俺は素早くトーストを口に運び、薄い上着を羽織った俺は家を飛び出した。
住宅街を3分ほど歩くとすぐに目的地が見える。
見慣れた玄関に取り付けられたインターホンを押すと、扉が開き奥から現れたのは俺の幼馴染、藤崎信乃だ。
「ごめんね、わざわざ来てもらって」
整った顔に申し訳なさそうな表情を浮かべている。
「構わないよ。信乃の家からバス停近いしな」
目と鼻の先にあるバス停を目指して歩き出すと、横に並ぶように信乃が付いてくる。
こうしてみると、随分と背が低く感じる。俺の肩のあたりに頭を揺らしている。
胸元にはゆさゆさと大きなものが揺れているのだが、長い付き合いの中で意識することもなくなってしまった。
青い空に薄く雲がかかっている。まぶしいほどの太陽の光と暖かさが春の訪れを感じさせている。
4月1日、この日から世の中は新たな生活を歩み出すのだが、学生は1日ぴったりに新学期が始まるわけではないのだ。
バスを待っている間にも、綺麗なスーツを着たサラリーマンのような男性が並んでいたりしている。
人気の少ないバス停付近の交差点は、住宅街の中に作られているため車が通らない限り極めて静かなのだ。
そんなことを考えているうちに、目の前にバスが現れ勢いよく扉を開いた。
信乃の後を追うようにバスに乗り込み、ICカードをパネルに押し当てる。
高校生になるまでICカードなるものは使っていなかったので、最近の技術はすごいなとお爺ちゃんの如く関心する日々を送っていた。
バスの中には数えられる程度の人が座っているが、まだ座席には余裕があった。
2人用座席に信乃と詰めるように座ると、バスが動き出した。