三題噺(ランプ、刺す、魔女)
エミリアは恐る恐る手にしていたランプを自分の足元に向けた。
そこにあるのは、無数の動物の死骸だった。腐敗した匂いが辺りに漂っていて、思わず鼻をおおった。
ここは魔女の住む森。エミリアの住む村では最近、若者たちの間でその森で肝試しをするという遊びが流行っている。
エミリアはとても怖がりだったが、今日はじゃんけんで負けてしまって森の中を歩き回ることになってしまったのだった。
動物の死骸はやはり、あちこちに転がっていた。その上その動物の全てに刺し傷があった。
魔女にやられたのだと、エミリアは思った。
すると、声が森じゅうをこだました。
「私じゃないよぉ」
エミリアは驚いてランプを落としてしまった。ランプは音を立てて割れてしまい、火があたりに広がっていった。
エミリアはさらに驚き、どうしようかと焦っていると、水があたりから湧き出てきて、一気に消火してしまった。
呆然と立ち尽くしているエミリアの前に、突如として小さな女の子が姿を現した。
「はじめまして、エミリア。私は北の森の管理を任された、北の魔女。通称・イーレーンと申します」
イーレーンと名乗る謎の少女は何故かエミリアの名前を知っていた。エミリアは恐怖のあまり震え上がった。
「あぁっ、怖がらないでください。私、こう見えてまだ北の森の管理を任されて半年も経ていない新人なんです」
イーレーンは今にも逃げようとしているエミリアの腕をつかまえ、「お願いを聞いて欲しいのです」と続けた。
「おねが、い?」
やっとの思いで口を開いたエミリアの顔を嬉しそうに見つめながら、イーレーンは続けた。
「実はこの動物たちは私の友達なんです。彼らは南の森の魔女に殺されてしまったのです。私の力ではどうにもならなくて、協力してくれる人を探していたのです」
「あー、すいません。わたし今日は夕飯の当番の日でしたぁ」
くるりと背を向けて歩き出したエミリアに向かって、長いものが巻きついてきた。
「きゃっ」
「逃げないでくださいー!!」
「わかった、わかったから、痛い!」
万力のごとくである。
エミリアが苦しそうにもがいているのを見て、イーレーンは慌てて解放してあげた。
「協力してくださるのですか?」
正直に言ってしまうと、得体の知れない少女のことが怖くてならなかったが、エミリアは困っている人を放っておけないたちなのだった。
南の森の魔女の家は、ひどく寂れていた。イーレーン曰く、「北の森にある魔女の家はきれい」らしい。
「ごめんくださーい」
敵陣に乗り込んでいるはずなのになんて丁寧なのだろうかと、エミリアは呆れてしまった。
「あいよ」
ドアの向こう側でしわがれた老婆の声が聞こえた。
やがてドアが開くと、そこにいたのは背の曲がったよぼよぼのおばあさんだった。
「南の魔女さん。すみませんが北の森を荒らすのをやめてもらえませんでしょうか」
「んじゃあ、それは。証拠でもあんのかい」
南の魔女はあくまでしらばっくれる様子だった。
「なめないでください!」
いきなりイーレーンが大声をあげてエミリアと南の魔女を驚かせた。イーレーンはふところからナイフを取り出すと、それを南の魔女に向かって刺し続けた。何度も、何度も、何度も……。
南の魔女はがくんと膝を折り、倒れたまま二度と動くことはなかった。
エミリアは悲鳴をあげるのも忘れて、ただ見ていることしかできなかった。
「さて、エミリア。ここからがあなたの仕事です」
冷淡な口調で呼ばれた時、エミリアは震え上がった。
「南の森の魔女は死にました。よって、あなたがこれから、南の森の魔女になりなさい」
イーレーンはそう言って、ふところにナイフをしまうと、今度は南の森の魔女が手にしていた杖を拾い、それをエミリアの手に握らせた。
「さぁ」
イーレーンは不敵に微笑み、エミリアの目をいつまでも見つめていた。