命と時間の定量
Clepsydra クレプシドラ ラテン語で砂時計の事。
女子高生の真希はある朝の登校中、不慮の事故で命を落とす。
目を覚ました真希は巨大な砂時計がある不思議な部屋にいることに気づく。
そこには一人の少年がおり、真希に持っている砂時計を渡すように言う。
真希は自分の頭の近くに小さな砂時計が浮いているのに気づく。砂は全て下に落ちている。
少年の名はクロノスといい、この部屋にある巨大な砂時計から全ての人間に時間の砂を分け与えているという。
死んだ真希の落ち切った砂をまた巨大な砂時計に戻すのがクロノスの仕事だった。
真希はまだ生きていたいと主張する。クロノスと真希の問答が始まる。
「だって私まだなんにもしたい事してないのに…好きな人と付き合ってもいないし、海外旅行も行ってないし、仕事して、結婚もして、子供産んで…色んな事したかったのに…こんなの不公平だわ!」
「うん。大体みんな同じこと言うね。でも君の砂はやっぱりここで終わる量しか入ってなかったんだよ。最初から決まってた事だったんだ。」
「いや、死ぬのなんか嫌よ!」
「死ぬ?死ぬって、何?みんな言うんだけど、それって自我が無くなるって事を言ってるのかい?」
「そうよ!自分が無くなるってことよ。アンタ、今までいっぱい見てきたんでしょ!?」
「僕が一番わからないのはそこなんだ。なんで元いた所に戻るだけなのに、そんなに怖がるのかなあ?だって、君たちはあの砂時計の中から出たり入ったりしてるだけなんだよ?何にも無くなるものなんか無いじゃないか。」
「怖くて当たり前じゃないの!」
「なんで?」
「私は私だからよ!」
「う~ん、しょうがないなあ…ま、いいか。そろそろその時じゃないかと思ってたんだ。僕も飽きてきたし。よし、君にしよう。君でいいや。」
クロノスは独りで何かブツブツ言い始めた。
「なに?なんなの?」
「君にもうちょっとだけ、時間をあげる。その代わり、僕の頼みを聞いて欲しいんだ。」
「頼み?」
クロノスは巨大な砂時計を見上げた。
「僕はここからそれぞれの砂時計に、それぞれに決められた量の砂を分け与えている。入れる砂の量は砂時計が生まれた時にはもう決まっていて、僕にもどうしようも無いものなんだ。だけどその配分が、僕が気がつくといつの間にか変わっている事がある。」
「どういうこと?」
「つまり、自分に定められた以上の時間を持っている砂時計がいて、そいつのせいでもっと長い時間を与えられていたはずの砂時計が予定より早くここに戻ってきてしまうって事さ。」
「なんでそんなことが起こるの?アンタが何かしてるんじゃないの?」
「僕は最初に砂を分ける時とここに砂を戻す時以外、砂時計には一切関わらない。何が原因でそれがおこるのか、僕にもよくわからないんだ。だから、君にそれを元に戻して欲しい。」
「私が?私にどうやってそんな事ができるっていうの?」
「簡単だよ。君に僕の能力をちょっぴり貸してあげる。君は相手を見ただけで、そいつの砂が定められた量より多いか少ないか見分けることができるようになるよ。多かったら砂時計から砂を取り返して、少ない方の砂時計に砂を入れてあげればいいんだ。」
「どのくらい、それをやればいいの?」
「僕が良いと思うまで。」
「…わかった。やるわ。その代わり、私を生き返らせてくれるんでしょ?」
「生き返す、って言い方でいいのかなあ?よくわかんないや。君に砂をもうちょっと追加してあげるってことは、約束するよ。」
「普段通りの生活に、戻れるの?」
「うん、仕事の時以外はね。しっかり頼むよ。」
クロノスは真希の砂時計に手のひらから砂を入れた。
真希の意識が遠くなっていった。