幻の中で
2割脳内補完
「お前さ……タコだよな」
「ああ」
「何で海じゃなくてこんな所にいるんだよ」
「そういう生き物なのさ」
とある建物の屋上。そこに黒髪のサングラスをかけた少年と体長2メートルほどのタコは寝転がっていた。
「じゃあタコがそういう生き物だとして。そんなに大きかったっけ? クラーケン? あれ? クラーケンってイカだっけ?」
「知らないな。興味も無いし」
自分の体に興味を持たないのだろうかと考えて自分も自分の体について殆ど何も知らないことに気づく。
「それにしても遅いな」
「そうだな」
彼らは人を待っていた。
屋上へ通じる階段を2人の男が上がっていった。
「オレ、金ない。スズキ、金ある。スゴイ」
片言の日本語を話すのはまだ若い金髪の男。ボサボサの髪にヨレヨレのシャツ。浮浪者のようである。
それに対してスズキと呼ばれた男はスーツを着て、サラリーマンの様な風体である。スズキはその素直な賞賛の言葉に笑みを浮かべる。
「私もあのような食事は久しぶりです。いつもは皆と同じ食堂で食べていますよ。金があると言っても無限ではありませんからね」
2人は屋上の入り口まで辿り着きドアを開けた。
優しい日差しが何もない屋上を照らしていた。スズキは光の眩しさに目を細めるながら辺りを見回した。
「おかしいですね。ハンターはここに来ると聞いていたのですが」
「いるぞ」
その言葉と同時に1人の少年が何もない空中から現れる。
「ああ、いたのですか。私はスズキと申します。そしてこちらの男がリアルです」
スズキは丁寧に頭を下げ挨拶をした。
「お前の名前がスズキだと言うことはわかった。俺の名前はクリア。そしてここで擬態してるのがタコだ」
その言葉と共にクリアが腰かけていた屋上のでっぱりが形を変えてタコになる。
「紹介されたタコだ」
いきなり現れた巨大タコにもスズキは動揺した様子を見せずに、にこやかに対応する。
「お二人共、用心深いですね。生き残っているだけあります」
「そんなことはどうでもいい。偵察だろ? どうだったんだ」
スズキのほめ言葉にも厳しい顔を崩さずに対応するクリア。
「では、報告します。この建物の4階レストランで暴走者を発見しました。目から物を硬化させる能力を放つ人形態の暴走者です。ここではゴルゴンと呼びます。ゴルゴンはレストラン内で食材、客、従業員の石化を行っています。建物本体や、机などに被害は見られなかった為、対象は生命があるもの、もしくは水分が含まれているものと仮定します。意識があるかどうかは不明。従業員は残り8人。従業員が全て石化された時点で店の営業が回らなくなり、問題になるかと思われます。早急に対処をお願いします」
「ゴルゴンって言ってたけど、メデューサと何が違うんだ?」
「知らないし、興味も無いな」
クリアとタコは件のレストランの前に来ていた。
「俺が話しかける。抵抗する様だったらその触手で縛り上げてくれ」
「触手では無く触腕だ」
クリアはレストランの中を慎重に進む。家族で食事をしている石像、料理を運んでいる途中の石像、レジを開いたままの石像。様々な石像がそこにはあった。
石像の間をすり抜けていくと1組の男女の客が見えた。そしてその背後には今まさに1人の少女が目からビームを出して料理を石化させているところだった。長く黒い髪は無数の蛇のように蠢き、クリアの背筋を震わせた。
クリアが両の手を合わせるとクリアの姿は宙へと消え、タコは静かに背後に回り込んだ。
「おい、そこの奴、お前のせいで皆が迷惑している。今すぐ止めろ」
ゴルゴンは何も言わずに石化ビームをクリアへのいる方向へ向ける。
クリアは咄嗟に横の机を盾にし、ビームから逃れた。
「タコ、やれ!」
そう叫ぶと同時にゴルゴンの体を触腕が締め付ける。ゴルゴンの表情は変わらないが焦っているのだろうか、四方八方にビームが飛び、少ない従業員や客を石化させていく。
「殺すのも忍びないしな……」
クリアは机や石像の影を走りゴルゴンの背後へと抜け、自らのサングラスを外してゴルゴンへとかけた。ビームは未だに出ていたが、サングラスで全て塞がれていた。
2人はゴルゴンを縛り上げ、屋上への階段を上がっていた。
「クリア、お前の目綺麗じゃないか。目だけアルビノというやつか?」
サングラスが外されたクリアの目は血のように赤かった。
「タコには綺麗に見えるのかもしれないが、人間というやつは自分と違う奴を嫌うものなんだよ」
「そういうものなのか」
屋上ではスズキとリアルが待っていた。
「生け捕りとはやりましたね。売る場合は金を四人で均等に分ける。あなた方が調教するなら、相場でいいから半分貰いましょう」
スズキは嬉しそうにゴルゴンを鑑定している。
「あなた方も何も俺たちは今日が初対面なんだが」
「情報を買って来ただけの仲だ」
「手際が良かったのでお二人で組まれているのかと思いました。ソロだと何かと困ることもあるのじゃないですか? 良い機会です。組んでみたらどうですか?」
クリアとタコは顔を見合わせる。
「俺はタコだから理性のある暴走者に出くわしても説得はできなかったし、基本俺は戦闘しか出来ない。お前のように物知りでもないし、頭を働かせることもできない。良かったら次からも組まないか?」
「俺の戦闘能力は極めて低い。俺も1人での限界を感じていたところだ。しばらく組んでもらえると嬉しい」
タコとクリアは握手を交わした。
「いやー、おめでとうございます。では私達が相場の3分の2、あなた方が3分の1ということでいかがでしょうか?」
2人の顔が疑問に染まる。
「おかしくないか? 人数割りが基本だろ?」
「いいですか? ここには4人います。偵察に2人、実行に2人です。さっきまでは半々でした。しかしあなた方が組んだとなると別です。偵察に2人、実行に1グループとなります。グループは仲間と共同して強い獲物が狩れます。この先、
上を狙っていくとなるとグループ同士で共同して戦うことも多くなるでしょう。その時、頭数だけ増やして利益を独占しないように作られたルールです。グループを組むなら少数精鋭で上へ上がったほうが稼ぎはよく、実力がないなら下で単独でいたほうが稼ぎは良いですね」
揃って首をかしげる2人。
「タコ……お前はこいつが何言っているかわかったか?」
「わからない」
「これがハンターの中で決められたルールなんですよ。私にも逆らえません。本当なら私も均等に分けたいところですが……これは仕方ないことですね」
スズキは残念そうに肩を落とした。
「何か腑に落ちないがそういうことなら仕方ない」
「では、私達はこのゴルゴンは必要ありません。売るなら私達が売ります。あなた方が使うというなら、相場でいいから3分の2を支払ってください。後できれば一分以内に決めてください。ゴルゴンが暴れたせいで軍が出動したみたいです」
「軍? どうする俺は人じゃないから人権が無い。出来る限り捕まりたくはないな」
「俺も少年院に入れられて洗脳されるのは真っ平だな。それに足手まといのゴルゴンを連れて逃げられない。そっちで売ってくれ」
財布から金を取り出して、クリアに渡すスズキ。クリアはその金額の少なさにため息をつきながらも、金を受け取る。そしてドアの外へ厳しい視線を向けた。
「軍が扉の外にいる。人数は4人。タコ、捕まらなければ建物の下で集合だ。じゃあ」
クリアが印を結ぶと、クリアの体は宙へと溶け込み消えた。
「後でクリアの能力についても教えてもらうぞ」
タコはビルの壁面に貼り着き、ペタペタと降りていった。
「ではまたの機会があればお願いします。リアル、行きますよ」
スズキが屋上から空中へ一歩踏み出す。そのまま落ちるかと思いきや、スズキの足はしっかりと何かを踏みしめた。2人はそのまま宙を歩きビルの森へと消えていった。
1人残ったクリアはドアのすぐ横の壁に立つ。
上手くやり過ごすか……ドアを開けっ放しにしてくれれば楽なんだけどな。
勢いよくドアが開き、フルフェイスヘルメットを被った重装備の男達が現れる。
「逃げられたか……」
「感知系、もしくは情報が漏れていたかと」
「詳しく探せ! まだ居るかもしれないぞ!」
クリアは開け放たれたドアからこっそりと階段を降りた。
「軍はどうだったか?」
「いつもどおりだった」
「そうか」
クリアとタコは無事に建物の下で落ち合った。
「取り敢えず俺の家へ向かおう。ここからは歩いていける」
「良いとこ住んでんだな」
タコはクリアの後について歩き始めた。
「俺の能力は両手を繋ぐと透明になれることと、薄いものなら透視できることだな。両手が塞がれるから透明化中の戦闘能力は著しく落ちる。透視も壁一枚を無視できる程度だな。後一般人、能力持ち、暴走者の区別がつく」
「透視か……男達の憧れの能力じゃないか」
「よく言われるが俺にはよくわからない。透視よりも瞬間移動や、他にも便利な能力は色々ありそうなものだが」
「いずれ分かる時が来る」
純粋な赤い瞳をした少年の頭を撫でるタコ。2人の会話を聞いていたから見れば微笑ましいが、側から見れば巨大タコに襲われかけている少年の図である。
「俺はタコだ。能力はタコの能力を持っているだけだ」
「墨は吹けないのか?」
「墨の代わりに煙幕が吹ける」
口先から少し黒い霧を吹き出すタコ。クリアはそれを見て残念そうにした。
「タコ墨パスタの夢は潰えたか……」
「美味いのか? それ」
「食べたことない」
2人が街の角を曲がろうとした時だった。
「人が来る。能力持ちだ」
暴走者と能力者は色々な特性が違うが、売る分には同じように売ることができる。暴走者を倒して油断したところで、他の能力者に後ろから狙われて暴走者も自分も売られるということもある。能力者が能力者を狩らないのは他のハンターの目が無い時だけだ。
タコは壁に成りすまし、クリアはその場でかき消える。と同時に角を曲がって親子がやって来た。
仕事帰りで疲れた様子の母親とそれにまとわりつく幼い少女。
子供連れなら戦いはしないだろう。
クリアは心の中で安堵の溜息を吐いた。
構ってもらいたいのかグルグル母親の周りを回っていた少女はクリアの前まで来ると足を止めた。
「お兄ちゃん、私が見えるの?」
その少女ははっきりとクリアを見ていた。
クリアは見られたことに気づいた瞬間その場から駆け出した。
感知系の能力を持っているのは恐らく少女だけ、相手の戦意関係無しにこの距離は危険だ。
クリアが距離をとって見るが母親は少女の言葉に何も反応せずに歩いているだけだった。
「能力が覚醒して認識阻害の対象となったが、本人はそのことが理解できずに母親にまとわりついていた。しかし何らかの能力で自分のことを見るお前に気づいて、話しかけてみたと言ったところだろう」
タコが擬態を解き、解説をする。
「なるほど……物知りだな」
「伊達に長年ハンターをやってないさ」
少女は突然現れたタコにも怯える様子を見せずに唯一自分のことを見てくれた2人に質問をする。
「タコさんとお兄ちゃん、私のお母さんが変になっちゃったの。なんでかなぁ。私何にも悪いのしてないのに」
タコがそっと少女の頭を撫でた。
「可哀想な子だな、どうする? 売るか、引き取るか」
「引き取るさ」
クリアは即決した。
「あ、おかーさんが行っちゃう」
少女は母親を追いかけて走っていった。
「それは良かった。後を追おう。このままだと危ない」
タコの言葉にうなづき2人は少女の後を追った。
タコが無性に食べたくてこんな夢を見ました。