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犯罪の訓戒  作者: ミウ天
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第一犯  犯罪教師です (1)

この小説はフィクションです。

 物語上、犯罪を教唆するような言い回しなどもあるかもしれませんが、犯罪は人の人生を狂わせます。決して真似などはしないようお願いします。

 暁仁(あかつきじん)は高校一年生である。つまり、何の変哲もない普通の人間である。

 そんな人物が、なぜこの物語の主要人物となりえるのか。

 誰にもわからないだろう。

 もちろん彼は特撮ヒーローのように悪人と戦うわけではない。

 むしろ、逆なのだ。

 一言で結論を言ってしまうと、彼は―――――。


 仁が目を開け、最初に網膜が映しこんだのは、産婦人科の広告だった。優しそうに笑う女性が、無邪気に笑う赤子を抱いている絵が描かれている。

 チャリッと胸の辺りで金属音がする。仁は首を下に曲げ、首に掛かった細い紐を取り出し、ワイシャツの中に入れていた『大事なもの』に目を遣った。

 首に掛けている細長い六角柱の、透明で小さな水晶のネックレス。水晶の先端は、鉄のカバーのような物が付いていて、先端に紐を通す輪の突起があり、反対側の水晶の先は、割れたように不規則な形状になっていて、真っ二つに割れた片割れのようだった。

 これだけは、ずっと忘れずに身に付けている。仁が意識を手放し、そして気が付いた後に、必ず彼は水晶のネックレスの存在を確認することが癖となり、習慣となっていたのだった。

 ぐらぐらと仁の座る、運転席の真後ろの座席が揺れる。どうやら信号に捕まったらしく、仁を乗せたバスは止まった。

 スマホの時計を確認すると、午前七時二十七分。

 あーあ。やってしまった。そう仁は思った。

 すっかり寝過ごしてしまった。

 先程電光掲示板の表示を確認すると、すでに学校に近いバス停の三つ先を走っているらしい。

 夏服の為露出した二の腕に、容赦なく小さなクーラーは冷たい風を直接当ててくる。仁はその風に軽く身震いしながら、これは参ったと思った。今まで無遅刻無欠席とそれなりに真面目に登校していたのに。今すぐ次のバス停を降り、全速力で走ったところで、それはまさしく無駄足というものだ。骨折り損のくたびれ儲けというものだ。

 そこまで学校というものに執着する気はない、が、今まで同じように行っていたルーティンを崩してしまうのも、いささか躊躇われる。仁はこのままずるずると、まあいいや精神で学校の出席をなあなあにしたくもなかった。

 だが、それと同時に考える。そうして縛られすぎるのも、また窮屈だ。それならたまに、羽目を外すのも悪くはない考えだと。

 どうやら仁は、次のバス停に着くまでの時間潰しに、どうでもいいことを真剣に考えることにしたらしい。

 遅刻か欠席か。結局のところ、どちらの選択肢を取るか取らないかの違いでしかない。だから、仁が今悩んでいることも、詰まる所、何の意味もない思考だ。

 仁は窓の外を覗いてみる。車の数は、さほどない。朝だからこそ、車も多い気がするのだが、たまたま通りの少ない道を通っているのか、他の車がたまたま他の道を通っているのか。

 仁は視点を上へと変える。空は濁った藍色に、アクセントとして黒っぽい灰色の雲が幾らか覆っている。傘無いなぁと、呑気なことを考えていると、

 がた……。

 小さくも、静かな車内ではかなり目立つ音が聞こえた。

 音した横を向く。

 隣の席。バスの搭乗口の一番近くの席。最前列の左側の席。そこに座っていた、無地の青いシャツを着た、痩せた中年男がちょうど立ち上がっていた。

 運転手はもちろん、仁を含んだ意識のある乗客(半分は眠っている)も、不審にその男を見つめていた。

『お客様。運転中に席をお立ちになるのは、大変危険――』


「動くなあああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ」


 運転手のアナウンスに被せるように、男は奇声に近い叫び声を上げた。

 彼は背中に右手をやると、ズボンに差していた何かを抜いた。

 それは、鈍く黒光りする塊だった。形はアルファベットのLの形に近く、短い棒部分を、男はその部分を潰すかのように強く握っていた。

 長い棒部分は、先端に穴が開いており、上部に小さな突起が付いていた。

 Lの曲がった部分に、円状に作られた指の置き場所があり、男はそこに人差し指を引っかけ、ぶるぶると震わせている。

 ここまで描写すれば、誰でもこれが何かわかるだろう。

「拳銃……」

 誰かが呟く。それが乗客の誰かはわからない。だが、それは誰にとってもどうでもいい話だった。乗客のほとんどが、それを皮切りにパニックを起こしたからだ。

 仁はバックミラー越しに、他の乗客の様子を見てみる。当然のように、乗客は大慌てで叫び、恐怖に慄くものが大半で、なんとか標的にされぬよう、自身の動揺を抑え、必死に無言を貫く者もいた。眠っていた乗客も、彼の奇声を聞いて起きたのか、状況を掴んではいなかったが、男の拳銃を見るや否や、先述の乗客と同じ対応を見せていた。

 今度は別のバックミラーで運転席を見る。運転手は叫んだりはしていないようだが、さすがに動揺の色が見える。冷や汗を流しながらも、目を細め、この状況をどう対処するのか考えあぐねているようだ。

 さて、と仁は改めて拳銃男の様子を窺う。元々ぼさぼさだった髪はより乱れ、顔色もどことなく青ざめている。どうやら極度の緊張とプレッシャーによるストレスで、どうしたらいいのかわからないらしい。

 男はとりあえず、騒がしい乗客達を大人しくさせるために、通路をゆっくり歩きながら、左右に座る乗客に銃口を向けて叫んでいる。

 仁は思った。

『これじゃ駄目だな』と。

 仁は席から立ち上がった。それに気付いた一部の乗客が息を呑む。乗客の視線を追い、後ろを振り返ると、立ち上がった仁の姿が目に映る。

「おい! う動くんじゃねえ!」

 男は確かにそう叫んだ。そして銃を向けた。気付いていない筈はない。

しかし、仁は彼を振り返ることもせず、特に気にも留めなかった。

 男は予想していなかった、明らかな異常に戸惑っていた。拳銃を向けて、動くなと命令しているのに、まるでそれは、他人事で、自分に向けられたものではないかのように、普通だった。


 普通だから、彼は異常なのだった。


 一方の仁は、拳銃が向けられていることに気付かないかのように、運転席へと近付き、運転手にこう言った。

「とりあえず、行先表示器の操作とか緊急通報システムの操作などは御遠慮下さいね」

 運転手は目を見開き、ステアリングから放していた片手を、また戻した。

「な、んで」

 運転手は掠れた声で訊いた。

「バスの前面にある行先表示器に、助けを求める言葉を表示する機能があります」

 仁は淡々と言葉を口にした。誰もこの異常を止めなかった。

「その他にも様々な対策がなされているので、とにかくバスジャックの時、犯人にとって最も注意しなくてはいけないことは、運転手には、運転させる事が重要で、それ以外は何もさせてはいけないんですよ」

 仁はそう言った。無表情で。その光景に、誰もが固唾を呑んで見守るしかなかった。

 何度も言うが、これは異常な光景だった。

 ただバスジャックが起きたのではない。

 バスジャックの首謀者に、何の変哲もない高校生が、手助けをしたのだ。

 呆気にとられていた拳銃男は、我に返ると、ずかずかと仁の元へ寄り、額に銃口を突きつけた。乗客達が悲鳴を上げる。仁は、うるさいなあと思いながら、彼の言葉を待つ。

「おおおおお前っ、なにっ考えて、るんだ」

 あまりの出来事に、舌が回らず、呼吸もおかしくなっているらしい。

「けっ拳銃を、持ってるんだぞ! 俺はっ、俺はああああああああぁぁぁぁぁぁ」

 また奇声を上げ始めた男にうんざりし、仁は言った。

「安全装置。外れてませんよ」

 へ? と間抜けな声を上げた男から、一瞬の隙をついて、拳銃を取り上げた。

「おおおおおおお!」

「やった! 助かった!」

「ありがとう!」

 仁を称賛する稚拙な言葉が飛び交う。しかし、それも彼は気に留めなかった。そして、乗客たちは表情が凍りついた。

 仁は安全装置のレバーを弄ると、それを目の前の男に返してやったのだった。

「さすがにこれで怖がれという方が無茶な話ですよ」

「は…………へ……っあ、あり……がとう?」

「何お礼言ってるんですか。怒られてるんですよ、あなたは」

 そこでまたまた我に返った男は、安全装置が解除されたその拳銃を、仁の額に改めて押しつけた。今度こそあの拳銃が火を噴いてしまう。そう思ったのか、乗客は目を閉じるか、顔を反らすかの選択をした。

「うう、動、くなって、言って、るじゃないか!」

「台詞が途切れすぎです。それで恐喝罪が付いたら勿体ないですよ」

 仁はあくまでも、冷静に返す。それは、例えばいつの間にか毒を摂取していて、それでいて、それが毒であると気付かずに平然としているかのように。

 自身に降り注ぐ危機も知らないようでいて、そして今回の場合は、目の前に自身の生を脅かす存在が、確実に目視できる状態である中で、仁のその様子はまさに、


『不気味』


 人間にも動物には及ばないが、本能というものは確実に存在しているはずだ。

 当然、危機回避能力も、通常は備わっているだろう。

 銃を突きつけられる。それだけで恐怖の対象になるはずだ。

 人間に感情がある限り、恐怖は常に隣り合わせだ。

それは、彼も例外ではない。

 では、いったい彼は何故。

 なんてことはない、いつもの日常であるかのように。

 平然と立っていられるのだろうか。


「        」


 拳銃男の混乱は、声をからしていた。しかし、彼の訊きたいことは伝わった。

「僕はですね」

 仁は拳銃を引っ掴み、銃口を運転手の方へずらすと、腰を曲げ、ただでさえ近かった顔を、額同士がくっつきそうな程に近付いた。


「犯罪教師です」

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