第8話:当たり判定の消失と、初期化《フォーマット》される学園
壁に向かって歩き続ける、NPC化した生徒。
異変の調査を始めたカイたちの前に、これまでとは全く異なる「システムのバグ」が生み出した異形の怪物が現れる。
ゴン、ゴン、ゴン。
無機質な音が中庭に響いている。
壁に向かって歩き続ける男子生徒——山田の様子は、どう見ても正気ではなかった。
「ちょっと、カイ! 急に走り出して……って、何ですの、この気味の悪い動きは……!」
「カイ様……。これは、どういうことでしょう」
息を切らして追いついてきたレナとセイラが、山田の異常な姿に息を呑む。
セイラは少し目を細め、かつて『神の演算機』と呼ばれた鋭い視線で彼を観察した。
「洗脳や精神魔法ではありませんね。彼の『魂の形』そのものが欠け落ちています。……まるで、神様が中身をくり抜いてしまったみたいに」
俺の視界(UI)が弾き出した【魂のデータ欠損】という警告と、セイラの分析は完全に一致していた。
教団の実験なんかじゃない。この現実世界そのものが、どこかから壊れ始めている。
その時だった。
——ゾクッ。
右目の奥で、紫色のグリッチ(ノイズ)が激しく瞬いた。
「っ……二人とも、下がれ!」
俺が叫ぶと同時、山田の足元の地面が、まるで「不自然に削り取られた」ように真っ黒な穴へと変わった。
そこから這い出してきたのは、紫色のノイズで構成された、人でも魔物でもない異形の怪物たちだった。
【対象:システム清掃員】
【目的:エラー個体および周辺の不要データの『削除』】
「……清掃員? 不要データの削除って、なんだ……?」
俺がUIの警告文に眉をひそめた瞬間、怪物の一体が刃のような腕を振り上げ、山田ではなく——最も近くにいたレナへと飛びかかった。
「きゃあっ!?」
「レナ! 避けろ!」
間一髪でレナが後ろに飛び退き、刃が空を切る。
そこで俺は背筋が凍る思いで理解した。こいつらはバグった山田だけじゃない、そこに居合わせた『俺たち』もまとめて処理する気だ。
「よく分かりませんけれど、いきなり襲いかかってくるなら丸焦げにしますわ! 灰燼に帰しなさいっ!」
レナが真紅の炎の槍を放つ。
同時に、セイラも虚空から巨大な香炉を引きずり出し、軽々と振り回して怪物へと叩き込んだ。
——だが。
轟音と共に放たれた二人の全力の攻撃は、怪物の体を『すり抜け』て、背後のレンガ壁を粉砕しただけだった。
「嘘でしょ、燃えませんわ!?」
「手応えが……ありません。幻影ですか?」
違う。幻影じゃない。
俺のUIが、絶望的な警告を赤文字で表示していた。
【警告:対象に物理・魔法の当たり判定が設定されていません】
「当たり判定がない……だと?」
理不尽にも程がある。
あいつらの攻撃はこっちに届くのに、こっちの攻撃はすり抜ける。ゲームなら完全にクソゲーの領域だ。
ヤトの『現実は削れていく』という言葉が脳裏をよぎり、右目が焼けるように痛んだ。
だが、ここで出し惜しみすれば全滅する。
俺は右目の痛みを歯を食いしばって堪え、UIの解析レベルを強制的に引き上げた。
「レナ! セイラ! 奴らの体は狙うな! 右から三番目の奴の『頭上30センチ』の何もない空間に浮かんでる、紫色のコアを狙え!」
「頭上!? 何も見えませんけど……ええい、信じますわ!」
「カイ様のご命令通りに……!」
俺が視覚化した『見えないコア』へ向け、二人の攻撃が正確に交差する。
バツンッ! というショートしたような音と共に、スイーパーの一体がノイズとなって霧散した。
「よし、いける! 次は左の奴の足元だ!」
俺の精密な座標指示と、二人の圧倒的な火力。
いかに理不尽な異常であろうと、隙間を突けば破壊できる。数分の戦闘の末、俺たちは全ての怪物を消し去った。
「はぁっ、はぁ……。やりましたわね!」
壁に頭をぶつけ続けていた山田も、糸が切れたようにその場に倒れ込んだ。
なんとか凌ぎ切った。そう息をついた直後だった。
「……ねえ、カイ。あれ、見て……」
レナの震える声に、俺は上を向いた。
夕焼けに染まっていたはずの空が、いつの間にか「巨大な紫色のドーム」に覆い尽くされていた。
外界の景色は一切見えない。
学園全体が、世界から完全に隔離されたのだ。
右目の視界に、無機質なシステムメッセージが浮かび上がる。
【エリア隔離完了:これより対象エリアの初期化を開始します】
「……冗談だろ」
俺たちの戦いは、終わってなどいなかった。
ここはもう、逃げ場のない『バグの檻』だ。
第8話、お読みいただきありがとうございました!
「当たり判定がない敵」という理不尽に、カイの指揮とヒロインたちの力で立ち向かいました。
しかし、学園は完全に隔離され、ついに恐るべき「初期化」が始まろうとしています。
クローズド・サークルとなった学園で、カイたちはどう生き残るのか?
次回からのサバイバル編も、ぜひお楽しみに!
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