第6話:聖女の重すぎる愛と、蝕まれゆく現実
教団の施設からセイラを救い出したカイ。
しかし、学園に連れ帰った彼女は、想像以上にカイに対して「重すぎる」想いを抱えていて……?
そして、力を使ったカイの身体にも異変が。
救出作戦から一夜明け。
俺——東雲カイは、自分の部屋の鏡の前で、右目を凝視していた。
「……消えないな」
虹彩の端に、ノイズのような紫色のグリッチが走っている。
『因果絶断』を無理やり引き起こした代償か、UIの視界が時折、砂嵐のように揺れるのだ。
【システム警告:演算コアに過負荷】
【修復プロセス:進行中(完了まで残り 168時間)】
一週間のペナルティか。
視力が落ちているわけではないが、世界がデジタルノイズ越しに見えるのは、正直言って気分が悪い。
「カイ様、お目覚めですか?」
不意にドアが開き、甘い香りが部屋に流れ込んできた。
そこには、俺の予備の白シャツを「彼シャツ」状態で羽織っただけのセイラが、お盆を持って立っていた。
「……セイラ。服、それしかないわけじゃないだろ?」
「はい。でも、これが一番……カイ様の『存在』を近くに感じられますから」
セイラはシャツの襟元に鼻を寄せ、うっとりと深く息を吸い込む。
「……スー、ハー……。ふふ、本当はカイ様の『匂い』を補給してるんです。落ち着きます……」
昨日までの「心を壊された人形」のような面影はない。だが、代わりに宿ったのは、俺に対する**【好感度:測定不能】**という、重すぎるほどの執着だった。
「朝食、作りました。……あーん、してくれますか?」
「いや、自分で食える」
「だめ、です。……私を『空っぽ』じゃなくしたのは、カイ様なんですから。責任、取ってくださいね?」
小首をかしげる彼女の背後に、昨日見たあの巨大な香炉の幻影が重なって見えた気がした。……断ったら、部屋ごと粉砕されそうな圧がある。
そこへ、さらに騒がしい足音が近づいてきた。
「ちょっと! カイ、生きてますの!? 安否確認に来てあげまし……たわ、って」
勢いよく飛び込んできた赤城レナが、固まった。
ベッドの端に座る俺。その目の前で、露出度の高い格好でスプーンを差し出すセイラ。
「…………えっ?」
「……あら。お邪魔虫さん、ですか?」
セイラの瞳から、すっと温度が消える。
レナの額に青筋が浮かび、彼女の周囲に小さな火花がパチパチと跳ねた。
「な、ななな、何をしていますのこの泥棒猫! カイはわたくしの婚約者……予定ですわよ!」
「予定、ですよね。……私は、魂を契約しましたから。カイ様は、私の『神様』なんです」
バチバチと火花が散る。
俺の視界のUIが、パニックを起こしたように数値を弾き出した。
【警告:修羅場発生】
【レナの嫉妬心:88%】
【セイラの独占欲:120%】
【生存確率:——急落中】
「……おい、二人とも。ここ、俺の部屋だぞ。近所迷惑だ、少しは落ち着け——」
「「カイ(様)は黙ってて!!」」
怒鳴られ、俺は口を閉ざすしかなかった。
命懸けで救い出した結果がこれか。……計算外にも程がある。
その時、俺の右目のグリッチが、一瞬だけ激しく発火した。
「……っ!?」
二人の言い争いが遠のき、視界がモノクロに染まる。
視界の端に、バグったテキストが無理やり割り込んできた。
【未知の干渉を検知】
【ID:YATO(夜■)】
ノイズの向こう側に、昨日のモニター越しに見た「紫色の少女」が立っていた。
彼女は俺に向かって、楽しげに指を立てる。
『ねえ、知ってる? 世界を書き換えるたびに、あなたの「現実」は削れていくのよ』
少女の唇が動く。
『あと数回で、あなたは「こっち側」の住人。……楽しみにしてるわね、イレギュラーくん』
意識が現実に戻った時、俺の右目からは一筋の血が流れていた。
「カイ!? どうしましたの、その目!」
「カイ様! すぐに手当てを……!」
心配して駆け寄る二人。
だが、俺の心は冷めていた。
視界に残った文字——『YATO』。
彼女がこの世界の「システム」そのものに関わっているのは間違いない。
俺が救った平和は、まだ砂上の楼閣に過ぎないのだ。
右目のノイズを抑え込みながら、俺は次の「確定した絶望」が訪れる予感に、奥歯を噛み締めた。
第6話、お読みいただきありがとうございました!
救出した聖女セイラが加わり、レナとの正妻戦争(?)が勃発。
しかし、カイの能力の代償と、謎の少女ヤトの不気味な予言が影を落とします。
物語はここから、学園に潜む「新たなバグ」を巡る新章へと突入します。
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