第82話 僕の「よしっ!」は、客人の「ひぃっ!」
(――おかしい。僕の布陣は上手く機能しているはずなのに!)
猟兵たちが窓際、入り口と隙なく包囲。警備体制も万全っ! よしっ!
ジルも裏方を上手く回してる。村の女たちも、一糸乱れぬ統率。よしっ!
祓魔女リュス、聖騎士ロダンは佇むだけだが効果抜群。
威厳を醸し出し、我が家の信頼感爆上がりだ。よしっ!(たぶん)
そして、期待以上の実力を発揮し続けているのが、まさかのヘイホー。
平民苦学生の生存本能、マジで恐るべし!
『きっと、横暴な教授や貴族学生たちよりも。商人の皆様のほうが、遥かにマシなはずですから』
そう嘯くだけのことはあったよ!
お代わりを注ぐ動作から料理の出し方まで、まさに洗練の一言!
時折、商人の耳元で囁いて、お伺いまで立てている。
するとどうだろう、あんなに震えていた大商人が、救い主でも見たような顔でほっとしているのだ。
(こいつ、マジで大学の殺伐とした環境が向いてなかっただけだろ。地方だと、最上級の接待無双人材だぞ……)
やはり、これまでの最悪の群れと戦ってきた実践経験が利いている。
ヘイホーにとって、正確なマナーをこなす程度は、呼吸と同じくらい余裕。
何せここには、スピードに追われる殺伐さもなければ、暴力を振るわれる恐怖もない。
今の彼は、のびのびと“もてなしの演出”に頭を巡らせるスーパー給仕。よしっ!
(条件次第では、並みの貴族より優秀かもな。殴られ罵倒されながら、クレーム対応力を磨いた逸材なんて、そうそう上流階級には存在しないんだから)
トラブルだらけのヤバマーズに、まさに必須人材。
空気を読むのが、めっちゃ上手い!
……まあ、空気読みすぎる小心者って、繊細メンタルでポッキリいきそうだから、そこだけ主君として配慮が必要だけど。
(そう、ありがたい……! 涙が出るほど、ありがたいんだが――っ!)
それはそれとして。
肝心の会食が、致命的に盛り上がらない。
このままじゃ、商談上手くいかなくなるんじゃないかって心配になる。
「もういっそ、デモンストレーション始めちゃおっか(捨て身の思いつき)」
「若様?」
老執事ゲロハルトが、怪訝そうにした。
「いや。皆も退屈しているようだからな、ここいらで一発、新資源黒銀結晶のお披露目会を派手にぶちかまそうかと」
「おお、領主直々の余興でございますか! それは素晴らしい名案ですな!」
ワクワクしているゲロハルト。
いや、お前にその価値が理解できるかは不明だぞ?
すると、そこへ一人の猟兵が駆け込む。
老執事ゲロハルトになにやら耳打ち。
「若様。……たった今、館に新たな馬車が到着いたしまして」
「はあ? ……予定の招待客は、全員揃っているはずだろ」
「左様にございます。ですが、その御仁は……アスタ様の――」
「僕の?」
「――恩師であると名乗っておられます」
恩師。めちゃくちゃ嫌な予感がする。
「なんでも……ゾルジュ・ド・ラ・ボアジエ教授とおっしゃる御方のようで」
「うわぁああ! マジかよ、あのクソジジイ――ッ!!」
思わず、頭を抱えてしまった。
よりにもよって、あのジジイか。
かつて、僕を白日の下に引きずり出し、街中での大公開討論を強制執行。
平穏な学生生活を見事に粉砕した、ひん曲がりに曲がりきった超有名老教授!
学術界の生ける伝説にして、僕の天敵!
(教え子のささやかな私的発表会に、その道の権威がアポなしで突っ込んでくるんじゃねえよ! 招待状を送ってないってことはなあっ、来るなってことなんだよっ!!?)
さすがに僕が僻地男爵と言えど、アポなし訪問はマナー違反の極みだ。
でも、教授に常識は通用しないし……門前払いするのは無理っ!
「……そこに席を作って案内してくれ」
仕方なく指したのは、本来、領主の親族用の空きスペース。
ようするに、僕に次ぐ予備の上座。
「よろしいので?」
「断れるわけないだろ。ラ・ボアジエ教授は、伯爵家出身の魔導貴族だぞ? だいたい、僕は教え子の立場のままだ」
会話の断片を拾ったらしい。
オノレがさあっと青ざめて、固まっている。
「ラ・ボアジエ教授が来る? そんな状態で、俺たちは発表を始めるのかいっ!?」
酔いが一気に醒めたのだろう。わかるよ、気持ちは一緒だ。
だけど、僕たちが話し合う時間すら許されない。
間もなくして――。
「やあ、我が学生たちよ息災かな」
朗々たるバリトンの響き。撫でつけられた白髪。
群青と濃紺を基調としたガウンは、魔導の学術色である黄に縁取られ、その権威を示す。
老人が姿を見せた途端、大商人たちはざわついた。
「まさか、炎蛇眼のゾルジュ!?」
「あの到達者たる炎達士の……!?」
でも、今はそれどころじゃない。
気付けば僕は、立ち上がって一礼していた。染みついた癖だ。
ホストがこんな状態でも、叱る者はもはやいない。
なにぜ、オノレどころか、ヘイホーやジルまでもが同じことをしている。
視線を隅々まで走らせる、ラ・ボアジエ教授。
客や護衛から、聖職者たちにまで。リュスは、ベールをより深くかぶり直した。
「おや? どうやら想定以上に見知った――」
「これはこれは、ラ・ボアジエ教授。こんな最果てまで、一体どのような風の吹き回しで……?」
慌てた僕の問いかけに、教授は口角を「クパッ」と持ち上げる。
獲物を見つけた爬虫類めいた笑み。
「百と六日振りか。相まみえるまで、ひどく長い欠伸をさせられたよ、我が学生」
「は、はあ……?」
日付まで正確に数えてんじゃねえよ!?
「風が吹く、と言ったか? あいにく、そんな風情ある誘いではなかったよ。私をここへ赴かせたのは歪つで無作法な――実に、鼻につく学報であったのだ」
「学報?」
「そうだ。紡がれる因果とは実に応報。土に落ちた種が花を咲かすのは避けられぬ摂理。……さて、お前の瞳には見覚えがあるのではないかね」
カランカラン。
小さな小瓶に、黒銀結晶を振る仕草。
それに手紙をちらつかせる。
え、なんで教授がそれを持ってんの!?
「実のところ、お前が何を弄んでいたかはとうに識っていたよ、我が学生。招待を受けた者が教室にいたからね。隠し事をするにはこの世は少々、風通しが良すぎる」
「ああっ!? 確かに身に覚えはありますが……」
「やっぱり、お前のせいか」という視線が、仲間たちから集まる。ごめん。
「そう結論を急ぐな。――短慮が過ぎるぞ」
が、すぐに全員が窘められた。バリトンボイスで。
一斉に、しゅんとなる。
「つまるところ、お前たちの研究に王立大学の教授陣も釘付けなのだよ。故に、師として演目を見届けに来た」
「なんでそうなってるのっ!??!」
「学術界の知るところとなったのは、王太子一派の思惑が切っ掛けである。が、我々にはどうでもよきこと。おしゃべりは嫌いではないが、すぐにでも成果物を見せてもらいたい。……確か、お前は記していたね。“されど、謎はここにあり”と」
言い回しが難解だし、端折られ過ぎて状況がよくわからん。
シャルル王太子が、教授陣にどんな働きかけをしたのかはわからないが……。
えっ、なにしてくれてんの、アイツ??? あっ、さては嫌がらせか!?
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