第8話 初対面への作法、まずは親の仇のように拒絶しよう
着替えてから、客間で対面したところ、聖騎士ロダンは切り出した。なけなしのお茶に口もつけずに、だ。
「我々の目的は、辺り一帯の『魔の森』。並びに、ヤバマーズ男爵領の調査である」
ほーん。ようやっと、教会も重い腰を上げたのかね。思わず、冷ややかになってしまう。
「今さら、助けに来てくださるとは。まったくありがたい限りで」
「ずいぶん、思うところがありそうだな?」
「教会には、何度も助けを求めてきたもんでな。永久に保留にされるかと思っていたところだ」
思えば、父上が何度、書状をしたためたことか。正直、もっと早く来てほしかったけどな。
「……この地で教区が、健全に機能していないのは、我々も理解している。そして、それは秩序の崩壊を意味している」
王国と教会の立場からしたら、そうだろう。
でも、ヤバマーズには、ヤバマーズの人間が維持してきた自治ってもんがあるけどな?
「我々はまず現状把握に努めるつもりだ。よって、ヤバマーズ男爵には、領地および、屋敷内の全面捜査協力を要請する」
「やだ」
「は?」
「い・や・だ」
無条件に従うわけないだろ、ヤバマーズ家の家訓を知らんようだな。
『初手で頷くのは、自ら首に縄をかけ、どうぞお絞めください。と言うのと同じ! まずは親の仇に会ったかのように拒絶しろ!』だ。
だから、まずはごねる! ごねて、ごねて、ごねまくる! これがヤバマーズ流、初対面への作法だ、食らえっ!
「お前らの捜査なんて許したら、埃が舞うだろうが。こう見えて、ハウスダストには敏感でね。貴族はデリケートなんだよ」
「断るだとっ! やはり、貴様、やましいところがあるのだろう!」
「好き好んで、家宅捜索なんて誰が受け入れるか。そんなにしたけりゃ、頭を下げたらどうだ? 家を漁らせてくださいまし、男爵様~ってな!」
「なんだと!」
「お前は礼儀がなってないんだよ、礼儀がな。敬意を持たない相手に、紳士の態度を守る理由がない」
ロダンはティーカップに口もつけず、僕を睨んでいる。が、そもそも出されたお茶を飲まない時点で礼に欠けている。
高いんだぞ、それ。何日分の食費になるか、考えたことあるのか? 元は、領民の血税だぞ?
「へんっ、僕は失礼な奴に従わないぞ。悔しかったら、正式に教会本部から、強制捜査令状でも貰ってから来い」
「ぐぬぬぬ……!」
いくら聖騎士だからといって、王国貴族に対する強制捜査権限など、あるはずもなく。
令状もない現状だと、僕が従うかどうかは、あくまで個人的な善意に基づく同意だ。で、ここであえて部分的に譲歩を見せてやる。
「だが、まあ。西の森への調査は、協力してもいいぞ。これでも敬虔な信徒なんでな」
すると、『敬虔な信徒』という言葉に、控えているゲロハルトが複雑そうな表情をした。おい、お前、僕の味方だよな?
「敬虔な信徒だと? ……ふん、どうだかな」
「事実だ。こう見えて己の食い扶持を、教会の孤児院に全面寄付したばかりだぞ」
具体的には、芋とかな。
聖騎士ロダンは不満げに鼻を鳴らしたが、一方でリュスは、感心したように頷いていた。
「なるほど、そうでしたか。アスタ様は、慈悲深いお心の持ち主なのですね」
「……まあな」
一見、リュスは友好的に見えるが、この女も内心はどうだか。
あ、さては尋問役が二人。片方が鞭で、もう片方が飴担当か? 油断も隙もあったもんじゃないな。まっ、裏取りしたけりゃしてみろ。
「ならば、わたくしたちは教会を拠点として活動させていただきますが、それはよろしいでしょうか」
「そりゃ構わないが。……教会に寝泊まりか、うーん」
「なにか、問題でもあるのでしょうか?」
「問題もなにも、なあ……」
教区を管理する教会は、『教区税』って名目で、民から税金を集める権限があるのだが……。
知っての通り、ヤバマーズの領民には金がないので、税金なんか集めようがない。
「どんな司祭も、『寄付箱に魔物の骨しか入ってない!』って、泣きながら帰っちゃうんだよ。聖王の愛とやらも、懐が寒いと発動しないらしい」
「貴様っ! 聖王教をバカにしているのかっ!」
「で、今、うちの教会にいるのは、祈りの言葉を忘れた空腹の孤児たち。その世話をするシスター。言い方を改めたら、あの子たちの腹が膨れるのかい? バカンスしてたリッチな司祭が、突然、炊き出しでもしてくれるわけ?」
「うぐっ」
ヤバマーズ男爵領には、司祭が常駐してない。来ても、数週間に1回。
税金で司祭を養えないから、教会主導で行われるはずの、慈善事業も、魔物退治も、書類とかの基本運営すらもままならないわけだ。
「……つまり、この地の教会は、荒れ果てているのですね」
「有り体に言えばそうだな」
つまるところ、ここは教会に見捨てられた土地も同然。だから、僕があちこち出張るしかないんだな、これが。
「お前らに食事を出せる余裕があるかすらも、うちの教会は危うい状態なんだ。だから、間借りするなら極力、協力してやってくれ」
聖騎士ロダンと祓魔女リュスが、互いに顔を見合わせたのを見て、僕はチャンスとばかりに話を打ち切った。
それから、二人をそのまま、ゲロハルトに案内させて教会へ送り出す。
嵐が去ったような静寂のなか、僕は一人残り、冷めきったお茶を啜った。もちろん、聖騎士ロダンが手を付けなかったお茶だ。もったいないもんな。
「まあ、これで少しは大人しくなるだろ。あいつらも人の子なら、腹を空かせたガキ共の前で、不敬だの異端だのと大声を出す気にはなれまいよ」
一時は、どうなることかと思った。けれど、これでなんとかなったのだろうか。
いや、なってないな。結局、時間稼ぎをしただけだ。まだ、教会の意図がわからない。
「うちの教会のシスターが、上手くとりなしてくれるといいんだけどなあ」
あの人も、一癖二癖あるもんだから。




