第61話 友とのコーヒータイム。混じり込むのは、脱落者。
マッケンジー商会の主、オコトギとの打ち合わせを終え。
ようやく訪れた、束の間の休息。
オノレの私室には、芳醇なコーヒーの香りが漂う。
王都の風を運んでくるような、ささやかな再会の祝杯だった。
「いいかい。俺が、わざわざ豆を挽いて淹れるんだから。この一滴一滴に美学が詰まっていると思って、ありがた~く味わうんだよ」
「わーい、オノレ先輩のコーヒーだ! これ、王都の高級店で飲んだら金貨が飛ぶやつっすよね。いただきまーす♪」
「ありがとうございます、オノレ様。貴族の嗜みが身体に染み渡りますぅ……」
ジルは屈託のない笑顔で、ヘイホーは恐縮しきり、カップを受け取る。
……お前ら、よくこんな苦い液体を平然と飲めるよな。
「ふーん。コーヒー一杯で、そんなに感動できるもんか」
「えっ!? そりゃあ嬉しいっすよ?」
「平民のボクだって……こんなの滅多に飲めませんし」
二人が揃って、首を傾げたのを見て、僕は頷く。
「よっしゃ。なら、僕からは後で、ヤバマーズ流の歓迎をしてやろう。魔物肉のフルコースだ。期待してろよ(対抗意識)」
「ま、魔物肉を食べるなんて、聞いてないっす!?」
「手紙に“食事の有無、量不明”とは書いていましたけど……肉の出どころまで不明だなんて!? “されど、謎はここにあり”って、謎肉って意味だったんですかぁっ!?」
「ヘイホー。お前、たまに冴えたこと言うよな。よし、食わせるのは最後にしてやる」
「感心してないで、そんな真似は、よして下さい!」
誰も喜ばなかった。
リュスだったら、喜んでくれるのに。目が淀んだまま。
しかし、我ながら酷い文面の手紙を送ったものだ。
『報酬皆無。名誉絶無。食事の有無、量不明。――されど、謎はここにあり』
あんなブラックすぎる招待状に、よくもまあ、こいつらは釣られたものである。
判断力、大丈夫か?(ひどい)
「ところでアスタ先輩。ぶっちゃけ、大学には戻らないんすか? 学位取得目前だったはずっすよね」
「いや、戻れるもんなら戻りたいよ。だが、単位より先に、家督を継いでしまったからな」
「まあ、若くして爵位継ぐのもカッコいいっすけど……やっぱ、おめでとうって言うべきなんすかね?」
「そこは、“謹んでお悔み申し上げます”だろ。父上の様子がおかしいと手紙が来て、慌てて帰郷すれば、まさかの発狂状態だぞ。祝われるより、今日まで耐えた僕を、褒め称えて欲しいくらいだ」
「うわぁ、聞くだけで胃がキリキリするっすね」
「ああ。僕じゃなかったら、とっくに穴が開いてるだろうな」
思い出すだけで、吐き気がする。
顔を見せにきた親類どもは、父上の惨状を見るなり「おお、可哀想に」と口先だけで同情。
蜘蛛の子を散らすように逃げ帰っていった。
手助けどころか、「アスタ、お前が正式に継げば万事解決だ」などと、無責任に吐き捨てて。
「不良債権の後見人になりたくないからって、十九歳の学生に全部丸投げすんじゃねーよ! せめて、僕の卒業まで待てよ、バカヤロー!!」
「……お貴族様でも、そんなに学位が欲しいものですか?」
「当たり前だろヘイホー! 領地が潰れても、文官として宮廷に潜り込めるだろうがっ! 僕の人生設計、あと一歩のところで木っ端微塵だぞ畜生っ!」
人生の退路が、ぶっつり断れてしまったのだ。
さすがに、タイミングが悪すぎる。
「本当に、ちょっと父上の顔を見るだけのつもりだったんだ。……出来れば、家督なんて継ぎたくも無かったし」
なのに、老執事ゲロハルトと二人三脚。
支離滅裂な父上の世話をして――気づけば、そのまま葬儀の準備。
わずかに残ってた使用人たちも去っていき、大忙しになった。
領民たちの前で、クソ度胸の演説をかまし。
隙を伺う小悪党どもを、睨みつけ。
急いで、王都へ継承の書状をしたためる。
そんな激動を経て、この地の主になったわけだが――。
「実はまだ、王への臣従礼の儀が残ってるんだ。だから継承料も未納のままでな」
「えっ。君、まだ終わってなかったのかい!?」
オノレが驚き、カップを止めた。
そう、僕は、今すぐにでも王都へはせ参じ、跪いて家臣の誓いを立てなければならない。そんな立場なのだ。
「あ、いや。……でも、そうか。君が王都に戻っていない時点で察するべきだったね」
「正直、王都に飛んでいきたいくらいなんだが。……この領地を一日でも空けたら、何が起きるかわかったもんじゃなくて」
「臣従礼未完了、か。それは政敵に付け入る隙を与えるね。王の内心がどうあれ、形式上は『未だ正式な家臣にあらず』と難癖をつけられかねない」
「やっぱり、そうだよなぁ……」
マジで、家督継ぐ手続きめんどい。
『魔物を抑え込む盾、辺境貴族であるがゆえ、遅延はある程度大目に見よう』
そんな温情ある返書が、届いてはいるが……。
「黒銀結晶という利権が絡んで来た今、王都の貴族がいつ手のひらを返すか分かったもんじゃないよ?」
「聞きたくないっ! あーあ。常にカチコチカチコチ。不吉なカウントダウンの時計が、どこかで鳴っているような気がするぞっ!?」
我ながら、ここ最近……心労がえぐい。
「その上、頼りにしてた親戚のおっちゃんに甘い汁を吸われてたってのは、地味にメンタルにくるな。……オコトギは、どうしてあんな真似をしたんだか」
親族で、率先して支援をしてくれたオコトギは本当に有難かったんだ。
でも、リュスの指摘が正しければ。
オコトギがちょろまかしていたのは、まだ父上が健在だった頃からだ。長年の裏切り。
「僕には悪意があるようには、見えなかったんだけどなー……」
思わず、ため息。
僕の見る目が、なかっただけだろうか?
すると、オノレはコーヒーを啜り、含みを持たせて微笑んだ。
「まあ、本人は“裏切っている”という自覚すら無かったんじゃないかな」
「……どういう意味だ?」
「彼は本気で、君たちを助けてやってるつもりだったのさ。無能な本家の代わりに、ヤバマーズの裏金庫番をやっているってね。“多少の手数料は、その管理代行費だ”って、そんな認識さ」
「いざという時の、蓄えってか?」
「そうそう。“儂がいなければ金の管理もできない、愚かな本家め”という優越感。それでも、本人にとっては悪事ではなく、一種の献身だったのさ」
歪んだ正義感、肥大化した自尊心。
自分を良い人間だと思ったまま、他者の権利を侵食していた。
「だからこそ、僕も悪意を感じ取れなかったのか。……結局、他の親族や領民と同じだったってことだな」
つまり、善人ではないが、根っからの悪人でもないってこと。
(今まで、僕にとっては頼れる親戚だった。大学費用まで融通してくれたし、可愛がってくれていたとも、そう思う)
でも、一方で僕を導くフリをして、搾取しながら、恩でがんじらがらめにもしていた。
(わかったような気がする。オコトギが頭を下げた時に感じた、あの奇妙な爽快感の正体。……僕が、リュスの行動に気持ちよさを感じる理由)
リュスはどんどん、僕が忌み嫌っていた、ヤバマーズを塗り替えてくれている。
それは血族の鎖や、因習からの解放でもあり――。
『領主として敬われることを、当たり前にしなさい』
――同時に僕は、そのように矯正されているのだ。
改めて感じる、上に立つ者の重み。
僕は真に、当主としての産声を上げつつある。
卵から生まれたばかりの雛のような、心細さと高揚感。
(でも、血族の鎖を断ち切った、その場所に。リュス自身が、すっぽり収まろうとしているようでもある。別に、嫌ではないが……それは、果たして正しいことなのかな?)
オコトギはダメで、リュスなら良い。
……どうして?
その理由を僕はまだ、理屈で説明できそうにない。
そんなやりとりを聞いていた、ジルは感心したように頷いていた。
「勉強になったっす。うちも家督を継ぐんだから、色々考えないとダメっすよね」
「お前は……ドワーフ貴族家系で、技術世襲扱いなんじゃねえの?」
たぶん、王室お抱えで、外科医やら技術者やらを兼任している限りは、誰が継いだところで一族安泰である。
ずる過ぎるよな、ドワーフ技術を保有する一族だもんな。国が手放す訳がない。
「さて、そろそろ、黒銀結晶について話したいんだが」
「よっ! 待ってたっす! 本気で語り合う時間っすか?」
「おー、ジルは楽しそうだな」
「当たり前っす! アレで何ができるか、馬車の中でもずっと妄想してたっすから!」
ジルのやる気は最高潮。
さすが、僕の同類だ。
で、ヘイホーは……あれ?
こいつ、“自分だけ蚊帳の外”みたいな顔で縮こまっているぞ。
「……ヘイホーは。その、僕のところに来てくれたのは……黒銀結晶の謎が気になったからか?」
それとも、僕が心配で来てくれたのか。
改めて、動機を尋ねてしまった。
すると――。
ヘイホーは視線を泳がせ、消え入りそうな声で呟く。
「あー、いや。それがですね……ボクは、ただ……」
「ただ?」
「大学生活に耐えられなかったもので……身を寄せる場所が、ここしかなかったんですぅ……」
おい。ちょっと待て。
それだと、話が根本から変わってくるぞ。
「……色々あったのかもしれんが。ごめん、みんな。ちょっと待っててくれ」
ソファーから、気を重たくしながら立ち上がる。
「ヘイホー、悪いが別室でじっくり話をしようか」
ヤバマーズ家訓。
『食うに困って、旗を振って来た奴は。また食うに困ったら、旗色を変える』だ。




